第7話

 6


「み、水島・・・・・・サン?」


 固まる野郎二人。

 噂をすれば何とやら・・・って本当にあるんだな。


「挨拶ぐらいしたらどう?」


 水島だってまだ挨拶してないだろう。

 だけどそれは言わないで、とりあえず挨拶はしておく。


「お、おはよう」

「ふむ、よろしい」


 水島は偉そうに(実際、部(予定)内ヒエルラキー的に偉いんだけど)首を縦に振った。


「――――――で、そっちの『Nノ宮』クンは誰?」


 完全に名前知ってるじゃねえか。多分、身元も・・・・・・。


「おい、二ノ宮。何か喋ったらどうだ? 水島の方もお前に興味があるみたいだぞ」


 ・・・・・・どうした? 二ノ宮。黙りこくって。


「あ・・・・・・あが、あが・・・・・・おは、おはよ――――――」


 駄目だ。完全に壊れちまってる。早く修理業者に送らねえと。


「というか、どうしたの小畑くん? 髪の毛ベッタベタになってるけど」

「えーっと、これはなんだ。・・・・・・新しい整髪料に失敗したんだ」

「なんだ、犬に襲われてヨダレがべっとり付いたんじゃないのね?」


 ・・・・・・・・・・。


「いつから見てた?」

「犬と一緒にランニングしながら登校とは健康によさそうよね」


 全部見られてた。


「ところで小畑くん」

「・・・・・・なにか?」


 俺は非難表明を視線に込めながら新聞部(予定)の上司を睨んでみた。全然、牽制にはならないと半ば諦めながら。


「そこの二ノ宮くん貸してくれない?」

「は――――――?」


 虚を突かれるというのは正(まさ)にこの事だ。

 俺は思考停止した間抜け面を曝す羽目になった。

 俺でさえこれなのだ。当事者の二ノ宮はさらに衝撃に見舞われたらしい。

 客観的にどー見ても唐突過ぎる台詞を口走った。


「――――――あの、好きです。付き合って下さい」


 一応、言っておく。俺の台詞ではない。

 右に居る友人、某Nノ宮氏が口走ったのだ。

 本音が出た・・・・・・とは言え随分と人の虚を付いて来たな。

 そういう意味では存外、お似合いなのか?

 俺は横目で呆れの電波を氏に飛ばした。伝わったかは分からない。

 そうしている内に返ってきた台詞もちょっと俺の感性的には逸脱しているものだった。


「――――――良いわよ」

「「・・・・・・・・・・・・はい?」」


 男子高校生が二人並んでアホみたいに口を開けている光景というのは、やはりアホ以外の何に見えるのだろうか。俺にはとんと思いつかない。

 要するに、俺ら二人は間抜け面を長々と晒したという訳だ。

 いや、待て。

 俺、今すごい現場を目に見てしまった・・・・・・のか?


 多分、一生に一度しかない高校一年のこの時期に。

 青春の一ページ目が幕開けたばかりの四月末のある日に。

 そんな簡単に恋人付き合いを決断してしまって良いのか?

 他人事だけど心配せずには居られない。

 ――――――それに気付いて、俺はようやくこの二人に対してそれとなく気を置いて居たのだと理解した。

 何はともあれ、良かったじゃないか。二ノ宮。

 念願の彼女が、念願の相手に決まったんだ。一夜の夢かも知れないけど、覚めないうちは現実と何も変わらねえよ。


 俺の隣で石化魔法を掛けられた二ノ宮も同じこと考えているようだ。

 ニヤけるのは水島が立ち去ってからにしろ。


「・・・・・・奇跡だ。今なら地雷原を鼻歌混じりに散歩できる」


 新感覚の死亡フラグを立てるなよ。


 ――――――考えてみれば、俺たちは慌て過ぎていた。

 俺は夢現な精神状況だったし、二ノ宮は脳内にお花畑を満開させていた。

 だって相手はあの水島なんだぞ?

 さっさと逃げるべきだったのだ。

 少なくとも二ノ宮はよ。




 ◆ ◆ ◆


 気がつけば二ノ宮の襟元(えりもと)に水島の手が掛かっていた。

 ほぼ胸ぐらを掴む体勢。柔道技でもかける気か。


「な、なにやってんだ?」


 二ノ宮は水島との急接近(物理)に『しどろもどろ』するのに忙しそうだったので、俺が代わりに訊(き)いた。


「それじゃあ、今日の夜。『初デート』って事で一緒に『流星群』を見に行きましょうね!」


 俺の言うことなど尽く無視する信念でも獲得しているらしい。恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬべき、という思想もあるから文句を言うつもりは毛頭(もうとう)もないけど。

 ・・・・・・って、お前もか。水島。

 最近女子の間で流行っているのか? テキトーなお伴と一緒に流れ星を見に行くの。

 俺も冬美と一緒に「星に願いを(悪魔に対して)」を敢行する予定から他人事ではないのだが、一言置いておくとしよう。


「良かったなー、二ノ宮。そしてザマーミロ」


 二ノ宮徹(高一)は俺の戯言(ざれごと)に対する反応も残すことなく、水島に引き摺(ず)られて行った。

 アーメン。いや、グッドラックか。

 拉致(らち)現場に立ち会った時の気分ってこんな感じなんだろう。


「部室行くか・・・・・・の前にオカルト研に寄(よ)らないとか」


 その前に髪の毛に付いた犬の唾液(だえき)を取らないといけない。

洗面所で頭洗うか・・・。

 この頭の上に乗っかった不快感を取り除く具体的方法に考えを巡らしていると。

 頼んでもないのに、もう一つそう言えば放ったらかしにしてあった案件が向こうから突撃して来た。

 飛び掛かり頭突き。

 俺の背中の中央目掛けて。

 ボグッ!!!

 派手な音がした。

 けど、実際のところ大して痛くなかった。

 原因は頭突きを実行した奴の体重が軽かったおかげだと思う。


「誰がチビだって?」


 襲撃犯の不機嫌そうな声が聞こえた。

 ミシリと、『ロケット頭突き』実行犯の指が俺の頭蓋骨を陥没させようと躍起になった。

 これは洒落にならないほど痛い。


「誰もチビっていないだろ。マジで痛いから。なんで、そんな馬鹿力が――――――」

「誰が「馬鹿」だ。この野郎ッ!?」

「あだだだだだだだだだだだ」


 これならクルミ割り人形にセットされた胡桃くるみの方がまだマシだ。


「つーか、どっから出て来たんだ? 井ノ村響香サン」


 あと俺の自転車どこやった。


「(笑)」

「笑顔で誤魔化そうとすんな」

「大丈夫だって。ウチに割り当てられた駐輪所に止めて置いたから(笑)」


 その『(笑)』はやめたまえ。話に裏が有りそうで心配になってくる。ただでさえ心労が重なっている気がするのに。ストレスで胃潰瘍か、十二指腸潰瘍にでもなったらどうしてくれんだ。


「あれー、あんたら二人で何やってんのー?」


 うぐっ、本当に胃が痛くなってきた。

 冬美嵐ふゆみらんの呑気な声は生徒玄関扉を一枚隔てて聞こえて来た。

 で、人が大型犬にパクつかれるのを見殺しした奴が今更なにしに来たんだ?




 ◆ ◆ ◆


 とある新米女教師による俺への復讐もしくは意趣返しとして固く閉じられていた扉を、冬美は内側から鍵を開けて、ヒョイと表に出て来た。

 そして挨拶も抜きにさっさと用件を告げた。


「そんなことより、はいコレ。昨日頼まれてたモノ」


 俺が謎の大型犬に頭しゃぶられた一大事を、「そんなことより」の一言で済まされた。

 つっても、原稿入りメモリースティックを拝領している俺に文句を言える資格があるのかというと。十中八九ないんだけども。


「ん?」


 俺は、俺と冬美が向かい合い、互いにしか分からない会話するのを凝視する視線を感じた。

 言うまでもなく井ノ村(孫)その人の視線だ。踏ん張ると、目からビームでも出るのか?

 見ため純粋無垢な小型少女は首を傾げながら自分の推測を口にした。

 そういや探偵系の漫画ファンだったな。


「た、互いのコレクションを貸し借りする仲・・・・・・なんて爛(ただ)れた関係なの!!!」


 一瞬でその場を凍りつかせる魔法の呪文。

 とんだ迷探偵だな。おい。


「ちょ、ちょっと勘違いしないでよね!? 私たちはそんな関係じゃないんだからね!」


 冬美の過剰反応。


「ツンデレ! やっぱりそういう関係!? しかもツンデレって!」


 井ノ村(孫)の連鎖反応。 

 だから止めろと言って――――――


「寝ているウチの唇を奪っておきながら!!!」


「「は・・・・・・?」」


 な、何を仰ってくれちゃってるんですか。井ノ村(孫)サン?


「まさか覚えてないの? ウチが目を覚ました時――――――その、こう・・・・・・甘い味がしたし」


 生々しい感想言うな。そもそも俺には身に覚えが――――――


「あ、甘い味。キ、キキキキキキキキ、スの味!?」


 落ち着け、冬美。

 俺だって寝耳に水なんだよ。

 取り合えず俺の両肩掴んでブンブン、ガタガタ揺らすのやめてくれ。何も出て来ないから。何も落とさないから。

「なにチチクリあってんのよ!? この変態キス魔!」

 と言って、井ノ村(孫)が俺の胸骨に繰り返し(リフレイン)頭突きを開始する。

 このままでは、肩と腰に重篤な後遺症が残りかねない。


 なんでこうなった。

 まさか俺が寝てる間に、無意識下で井ノ村(孫)の――――――いやいや、いくらなんでも。それはないって――――――っと、ちょっと待て。「甘い味」がした? あっ、なんか思い出しそう・・・・・・。

 あーっと、そうだ。

 井ノ村(孫)よ。お前、橋の下で気絶する直前、俺の上げたキャラメル食ってただろ。その後味が目を覚ました時、口の中に残ってたんだよ。よって俺は無実だ。

 命の危険に晒された一大事のおかげか思いのほか頭が冴える。俺は捲し立てるように二人に説明した。

 少しの間を置いて――――――


「「判決を言い渡します。有罪!!!!!」」

「冤罪だッ」




 ◆ ◆ ◆


 俺の反対弁論もなんのその。

 「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ」を体現したかのような女子が二人。

 俺を精神的にも、物理的にも地獄に叩き落とそうと躍起になっている。

 自然界の脅威にすら一切の怯えも見せそうにない連中を、平々凡々の男子高校生たる俺にどう扱えと。

 ・・・・・逃げるか?


「逃すと思う?」


 冬美嵐ふゆみらん嬢がなんか俺を羽交い締めし始めた。

 胸板は残念なほどに固く、平ら。

 なんか切ない顔してしまう。


「・・・・・・・・・・・・」


 ギリギリギリギリギリギリ

 突如、俺の脇を締める力が倍増した。


「痛い、痛い、痛い。肩がもげる」


 俺の悲鳴を右から左に受け流しつつ、冬美は柔らかな笑みを向ける。まるで咎人を前にしたシスターさんのように。


「最後に懺悔することはありますか?」


 折角なので正直に答えたみた。


「冬美さんのワイルド文学少女っぽいビジュアルで、シスターさんキャラは無理があると思います」

「処刑執行人。出来るだけ生々しい結末を! 罪には罰を!」

「せめて最後までシスターさんキャラを突き通せよ」

「安心しなさい。介錯はして上げますから。死ぬ程苦しんだ三十分後に!」


 生殺しだ。拷問だ。人権団体を呼んでくれ。


「嵐(らん)ー! こっち、準備出来たよ!」


 クラウチングスタート体勢を整えた小型女子が大声を張り上げた。

 冬美に呼び掛けた井ノ村(孫)は何故か遠くに居た。丁度、走り幅跳びの助走距離ぐらいだろうか。

 首を回しつつ、手首を鳴らしている。


「待て、井ノ村サン。お前は冬美と違って話せば分かる奴だろ? 少し距離を詰めて離さそうじゃないか」


 冬美の羽交い締めが余計に強まった。


「ちょっ、冬美サン。今のは言葉のアヤで。別に冬美サンを人の話を聞かない単細胞だと思っている訳では――――――って、いだだだだだだだだだだ」

「チッ! またチチクリあいやがって!」


 俺は思わず目を見開いた。

 井ノ村(孫)、別名『頭突き少女(パキケファロサウルス参照)』が一直線に俺の水下向けて助走を開始する。

 言わずもがな。頭から突っ込んで来る。

 ものの数秒で助走距離を駆け抜けると、最高速度で地面を蹴飛ばす。

 速度が破壊力に変換される瞬間――――――俺だって、そうやられ放題じゃないさ。


「甘いぞ。井ノ村(孫)」


 俺は腰を回して、突進する井ノ村(孫)に背を向けた。

 もちろん、俺を羽交い締めしてくる冬美ごとだ。


「なっ――――――!!?」

「いっ――――――!!!」


 驚く二人。「ザマーミロ」と言いたい所だが、生憎首が締まって上手く話せない。

 ドゴン!!!

 鈍い衝突音が二人の声に続く。

 冬美の腰と井ノ村の頭頂部が激突した。

 互いに予想外の衝撃を受け、二人とも地面に倒れ込む――――――って、あれ?

 ちょっと待て。こうなると、二人とも俺の上に倒れ込むんじゃ――――――


 ベシャリ!!!!!

 女子二人の全体重を、俺は地球と共に支えることになった。




 ◆ ◆ ◆


 口の中は生焼け状態。

 頭は犬のヨダレだらけ。

 服は泥だらけ。


「踏んだり蹴ったりだ・・・・・・」

「ま、まあまあ。私らも少しやり過ぎたと反省してるよ?」

「少し?」

「うっ・・・・・・大分、反省してます。すいませんでした」


 素直に反省を口にする冬美とは対照的に、井ノ村(孫)は無言無表情で、俺の真隣を歩く冬美の隣を歩いている。

 俺も今朝方、牛乳とホットケーキを台無しにしてしまったから強く言えないが。それにしたって言う事があるだろう。


「それで、さっきのメモリースティックの中身はなんなの?」


 そういうことじゃないだろう。言うべき事は。

 答えを渋る俺に代わって、冬美が答えた。


「今度、新聞部(予定)の記事になる予定の原稿。テーマは『学校の怪談』!」

「・・・・・・ッ!?」


 『学校の怪談』のワードを聞いた瞬間、軽い電気ショックを浴びせられた子猫みたいに井之村(孫)の両肩が釣り上がった。

 昨日、橋の下でのやり取りを思い起こす限り、井之村(孫)は『怪談話』とか駄目なんだろうなー。

 ということは、井之村(孫)への逆襲チャンスか。


「冬美サンや。折角だから井之村(孫)にも、この原稿の内容を口頭で説明してくれない?」

「・・・・・・ファア!?」


 井之村(孫)は口を小さく開けて何か言いたそうに俺を睨んだ。

 井之村(孫)は『鼠』って柄でもないし、俺も『猫』役は荷が重いから、「窮鼠かえって猫を噛む」こともないだろう。心置きなく仕返しさせてもらうか。


「別にいいけど?」


 冬美は、俺と井之村(孫)の火花散る睨み合いを不思議そうに眺めながらも了承した。

 井之村(孫)の冬美を見る「ブルータス! お前もか!」的な目線は愉快であることだな。・・・・・・そろそろ「やり過ぎ」の罪悪感が首をもたげ上げてくる頃合か。小心者に生まれた自分の度量が少し物寂しい。

 小声で井之村(孫)に呟いた。


「おい、怖いのダメなら止めておくか?」

「だ、大丈夫だし!」


 返事は元気だが膝が笑ってるぞ。

 むしろ全身バイブレーションモード――――――


 ドゴッ!


 井之村(孫)の額が、通算何度目かのクリーンヒットを俺の腰周りに打ち据えた。




 ◆ ◆ ◆


 腰を擦りながらオカルト研部室に向かう道すがら。

 冬美オカルト研部長はやけに嬉しそうに話し始めた。

 その反作用を全面から受けたように井之村(孫)のテンションはダダ下がりらしい。俺としては喜ばしい限りだ。


「十数年、もしかしたら何十年も前かも知れないけど。昔、この高校に通う女子生徒が一人亡くなったの。

 文化祭の準備期間中に実際あった出来事よ」

「未解決事件・・・・・・なのか? 警察は何やってたんだ」


 冬美は想定していたように滞りなく答えた。


「事故死として処分されたわ。最も事故原因も何も分からなかったそうだけど」

「・・・・・・事故死?」


 井之村(孫)は首を傾げた。

 話聞いてたのかよ。無理するなよ。また気絶された日には、俺が担いで行かないといけない可能性があるんだぞ?

 俺が微妙に心配そうな顔で見るのを、井之村(孫)は露骨に眉をひそめて嫌がった。


「イヤラシイ目で見るな!」


 見てねえよ。自意識過剰か。


「そういや、冬美と井之村(孫)は顔見知りなの? 特に自己紹介もせずさっきから話してるけど」


 ふと俺の思案が話の流れを分断した。


「何言ってんの?」


 井之村(孫)がバカを見る目をして。

 冬美は当然の事実を伝えるように言った。呆(あき)れ果てた、というジェスチャー付きで。


「私(冬美)と井之村(孫)さんは同じクラスよ?」


 えーっと。ということは、冬美のクラスメートである水島(彼氏持ち←new!)と井之村(孫)もクラスメート同士って訳で。

 つまり・・・・・・俺の通う学校のとある教室はこの春から『人外魔境』になっていたという事か。


「「誰が『人外』だ・・・・・・!」」


 不愉快そうだが、口元は笑っている女子二人。

 これからどんな制裁を下そうか考えるのが楽しいんだろう。結構根に持つタイプなんだろうか?

 ちなみに、俺の深層心理ではこの二人と水島を加えた三人娘は狸、狐、マングースだと思ってらしいし。やっぱり人外魔境であってるような。ああ、でも他のクラスメートも居るのか。人外魔境は云い過ぎか。




 ◆ ◆ ◆


「昔、この高校に通っていた女子生徒が一人死んだの。

 結論的には『ただの事故死』で処理されたそうだけど・・・・・・」


 含みのある喋(しゃべ)り方を演出しようとする冬美だが、綺麗(きれい)に整えられた三つ編み髪のくせに隠しきれないワイルドさを滲(にじ)ませる彼女には荷(に)が重(おも)いように思える。

 とは思っても、俺の目を閉じている分には十分含みを持たせられている話し方ではある。


「『ただの事故』ではなかったて言いたいのか? まさか何らかの怪奇現象によって一人のうら若き乙女は命を失ったのです・・・・・・なんて愚直なオチを用意してるんじゃないだろうな」

「さあ? オカルト研部長の立場としては『幽霊』が実在している、ってのは面白い話だとは思うわね」


「ゆ、幽霊・・・・・・?」


 恐る恐る呟いたと思われる井之村(孫)の声は、まさに『幽霊』のソレと思える程か細かった。

 こんな昼間っからの怪談じみた話にそこまで恐怖心を抱けるのは一種の才能なのかも知れない。

 冬美は井之村(孫)の顔色を少し伺い、何事もなかったように話を続けた。

 オカルト研部長として人の恐怖心を煽るのが好きだという所があってもおかしくはないか。


「文化祭が近づいて来た時期に、放課後の教室である女生徒が死体で発見されてね」


 ええっと、文化祭って何時だっけ?


「十月」


 冬美は間髪入れず答えた。最初から想定していたらしい。


「警察が検死したら『死亡推定時刻は五時から七時まで』ってことが分かったらしいの」


 文化祭の準備ってのはそんなに大変なのか? 高校での文化祭は未だ体験したことないからイマイチ実感(じっかん)が湧(わ)かないんだが。


「うーん、学校によると思うけど。うちの高校は基本的に大して力入れてないと思うよ? まあ、中には青春を全力投球して来る人達も居るらしいわ。

 例の死んだ女子生徒もそういった類の人だったらしくてね。そんな訳で、彼女が死体として見つかった時の学校には大人数の人が残っていたという事はないの」


 冬美は、その当時学校に残っていた小人数の中に人殺しが紛れ込んでいたと考えているのか?


「ははっ、私は別に『探偵役』に成りたい訳じゃないの。ただ単に気になっているだけ。

 どうして『午後七時前に死んでいた生徒の姿がその一時間後に見かけられている』のか? ・・・・・・という事にね」




 ◆ ◆ ◆


 午後七時までには死んでいたはずの人間が歩いていた?


「冬美、それは幽霊ではなくてゾンビでは?」

「そうなるとオカルトじゃなくてSFの領域じゃない?」


 質問に質問を返すな。

 あと論点が尽くズレてる。


「つーか、誰が見たんだ。その女子生徒を」

「同級生の女子二人が。あっ、別のクラスの人ね」

「・・・・・・見間違いじゃないのか?」

「かも知れない。

 死体が発見されたのは午後八時頃。

 目撃者二人が見た、ほぼ直後。発見が早かったし、室内に死体があったから死亡推定時刻はかなり正確に出せたはずだけど・・・・・・」

「死後硬直する時間をズラすトリックでも使われたと?」

「さあ、どうだろうね?」


 なんかテキトーな言い方だな。本当は興味ないんじゃないのか、冬美?


「そうでもない。もしかしたら、もっと面白そうな点もあるし」


 『もっと面白そうなこともあるし』?

 『歩く死体』以上にオカルトじみた話があるのかよ。やっぱりこの学校は『魔窟の宝庫』なのかも知れん。


「だって、教室の中で『転落死』なんだよ!?」


 あーっ、えーっと。


「何だって?」


 難聴を患っている訳でもないが思わず聞き返した。

 だってそうだろ。

 室内で転落死だぞ。

 校舎二階、三階、屋上から落っこちたならまだしも。

 段差らしい段差といえば、黒板前に置かれた踏み台ぐらいだ。

 そんな場所でどうやって落下死が出来る? それこそオカルト――――――

 ・・・・・・ああ、待てよ。確か、ごく最近似たような話を聞いた気がするぞ。ええっと、それは――――――


「随分(ずいぶん)と子供(こども)騙(だま)しだね」


 俺はこの声の主が誰であるのかということ、そして何よりその言葉が持つ意味を理解して驚きを禁じ得なかった。

 率直(そっちょく)に言おう。

 俺は滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に驚いた。


「井之村(孫)?」


 俺はやたら挑発的だった声の主を見つめていた。

 別にフォーリンラブ的な心のトキメキのためではない。純粋な好奇心からさ。

だって、昨日は人が奇妙な死に方をした現場に近づいただけで気絶した少女が。

 今、この瞬間は。まるで謎解きを完遂(かんすい)した『名探偵』がするような笑顔をしているのだ。

 これを「つまらない」、「下らない」、「退屈だ」なんて言えるはずがない。

 大いに興味があるね。

 一体、何が「随分と子供騙し」なのか。

 俺だけでなく、冬美もそう思ったらしい。彼女は意表を突かれたらしい表情を浮かべながら言った。


「それじゃあ、その謎解きを聞かせてもらえる?」


 きっと完全犯罪を企んだ芸術家気取りの犯罪者はこういった笑顔を浮かべるに違いない。

 冬美はそんな魅力的な笑みをつくった。

 一息の間を置いて、井之村(孫)は何かを語り出そうとした。

 ――――――っと、その前に。


「すまん、二人とも。話の前に、頭洗って来て良い? 犬の涎でベタベタなんだ」

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