第3話

 2


 本日の晴れ晴れとした空模様とは裏腹に、俺の気分は悪い意味でのブルー色に染まっている。1,2限目の授業前に悪目立ちしたことが大体の原因だ。

 4限目が終わり、昼休みに突入すると、俺は逃げるように教室を後にした。

 運が悪いのか、良いのか判別しにくいが。俺にはこんな時、トイレ以外に向かえる先がある。決して安住の地とは思わないが、構わないさ。


新聞部の部室である。


 コンコンと乾いた木の音が指の第一関節に染みる。


「・・・・・・・」


 部室の中から応答はない。

 それで、俺が戸を引いて中に入ると。


「あれ、今日はこっちで食べるの?」


 水島がカップラーメンの容器にお湯を投入しながらこっちを見つめた。

 居るなら返事くらいしろよ。

 それと毎日、昼飯をカップ麺で済ましてるんじゃないだろうな? 健康に悪いよ?


「今日はたまたま食べたくなっただけだから。・・・・・・座れば?」

「・・・・・・・ああ」


 俺は言われた通りにいつものパイプ椅子に腰掛けた。

 ・・・・・・二週間前に比べれば人の話を聞くようになった気がする。

 水島の手元にはA4用紙が何枚か散らばって置かれている。鉛筆で何か書いていたらしい。


「それ、今度のブログのプロット?」

「『ブログ』じゃなくて『デジタル学校新聞』と呼びなさい」


 あらゆる点で自称だろうが。


「違うわよ。そうなる『予定』なの!」


 ・・・さいですか。


 そう言えば、『デジタル新聞(予定)』のプロットを見てて思いだしたのだが。


「なあ、今朝方に近くの高架橋下で人が死んでたんだってな」


 どうも色々と行動に問題はあるが、ここまで物事に一直線に進んでいく奴を嫌いにはなれない。

 俺はついついブログのネタになれば良いと思い言った。

 が。

 俺のちょっとした感慨、好意もどこ吹く風。水島鈴音新聞部(予定)部長は死んだような目で。


「だから? 学校新聞で学校外の事を記事にする訳ないでしょ。第一、そういうのは警察に任せておくべきよ。少しは高校生であることの自覚を持ったら?」


 アンタだけには言われたくない。

 勝手に廃部になった新聞部の部室を占拠して、生徒会長を脅してインタビューするわ、それを没にするわ、ブログ作り始めるわ、こんな好き放題に振舞う生徒なんてアンタぐらいだ。分かってるのかね? 一部の他生徒(たせいと)から、水島(きみ)は新聞部の亡霊だと恐れられてんだよ?

 それにしても、なんだかんだいって正論を主張してくるのが腹が立つなぁ。

 俺がそんな事を考えていると、水島は追い打ちを掛けるように口早(くちばや)に言った。


「そんなアホなこと考えてないで連載記事のネタ考えたら?」

「ん? 連載記事?」


 そんなのあったっけ?

 言っておくが、俺に最初に渡した学校新聞のプロットは殆ど却下になったのは覚えているよな? 二人でそう結論したの覚えてるよな? ・・・・・・殆ど、俺の泣き言と説得に費やされた部活(仮)会議だったが、一応(いちおう)効力(こうりょく)はあるはずだ。・・・・・・あるよな? ・・・・・・た、頼むぜ?

そんな俺の願いも虚(むな)しく、水島は実に偉そうな態度で。


「テーマは『学校の怪談』。今週末までに草稿提出しなさい」


 今日は金曜日なんだが。


「為(な)せば為(な)る」


 やるのは俺なんだがな。

 部長権限による、拒否権、団結権、団体交渉権、団体行動権、最低限度の高校生らしい部活動をする権利、その他等の一切厳禁。

 権限が権利より強いとはつくづくブラックな部活であることよなあ。水島が抱えるストレスを俺に向けて発散するように無茶な計画を立て来やがる。

 まあ、結局は・・・・・・やるんだが。




 ◆ ◆ ◆


 部室での楽しい(棒読み)おしゃべりもそこそこに。俺は持ち込んだ弁当を食い終わると、そのまま最短経路で教室に戻った。いつもと同じ道順(みちじゅん)を辿(たど)って。

 一、二限目前のことで若干の気まずさは感じるが、それ以上の『胃に悪い環境』に寸前まで浸かっていたおかげか気が楽になった。

それが「良い事なのか」と聞かれれば、「まあ、良くは無いわな」と答えないといけないんだろうが、しかし午後の授業をサボる訳にもいかないので荒治療に出たのだ。そういう事にしておこう。余計な仕事が増えた事は、今はまだ目を瞑っておくとしよう。・・・・・・締め切りが明後日(あさって)、俺にどうしろと?


 何となくで開いた携帯電話の『ヘッドラインニュース』及び『その他』を見る限り、今朝方の中々に刺激的な事件の続報は入っていないようだった。近場で人死が出るのは・・・こう言ってはなんだが少なくない出来事だ。「病気で死ぬ」というのは大抵の人の死因だろうし、車が割と走る地域だから交通事故だって起きているだろう。しかし、こう明らかに不審死っぽいニュースが流れたのは、俺の知る限り地元で初めてのことだ。

 

それはさておき。


「学校の怪談・・・。入学して一ヶ月も経たねえ奴の書く記事じゃねえよな」


 一人で頭を捻っていても仕方がない。俺は取り敢えず手近な所に声を掛けてみた。


「なあ、二ノ宮。お前、この高校の怪談話とか知らねーか?」


 後ろの席でぽけーっとして座っている同級生は本日二限目の授業が開始したあたりから少し老け込んでいるように見えた。そのせいか声にいつもの鬱陶しい程の張りが無い。


「最近、新聞部の部室で女の幽霊が出るらし――――」


 その話はもういい。

 何が嬉しくて『水島幽霊説』の記事草稿を水島本人に提出せねばならんのだ。


「悪いが別のはないのか?」

「そんなこと言われても、入ったばかりの新入生に高校のコト訊かれても分かる訳ないだろう」


 全く仰(おっしゃ)る通り。

 水島にも同じ台詞を言ってくれないか? 折角だから、それを機会に親睦(しんぼく)を深めると良い。そして互いに永久に消えない心の傷を与え合えば尚(なお)良(い)い。

 二ノ宮が水島にコンコンと説教を食らわす図を思い浮かべると、二ノ宮が口を開いた三秒後には水島の強烈なアッパーカットが二ノ宮の顎をクリーンヒットしている光景が見えた。・・・やはりアプローチとしてはダメそうかな。


「・・・まっ、元気出せよ。誰もお前の性癖を気にしたりはしないよ。全く興味無いって」

「人の傷口に塩を塗り込んでくるな。別に二限目の事はもう気にしてないからな」


 少しは気にしろよ。人目を気にしないと水島みたいになるぞ?


「余計なお世話だ。というか、その水島さんのことでオレは思い悩んでいるんだよ。だから邪魔するな」


 なんだ。ヤケに元気が無いと思ったら、恋(こい)患(わずら)いかよ。

 なんかそう言われると無邪気に心配した自分に腹が立ってくるな。


「失恋(しつれん)する心の準備は出来たのか?」

「なんで断られる前提なんだよ」


 案外元気そうだ。本当に「患(わずら)っている」のか? 仮病(けびょう)では無いだろうな?


「うるせーよ。ちょっと今、どうやってデートにお誘いしようか考えてんだから」

「・・・・・・」


 そうか、頑張れよ。

 そうだな、成功したら二人で新聞部の取材旅行でもして来たらどうだ?

 テーマは是非、『学校の怪談』で頼む。その分、俺の仕事が楽になるから。




 ◆ ◆ ◆


 この日の午後は、緩やかな右肩下がりの曲線を描くようにして、平穏無事に日程を消化していった。

 赤っ恥かいたり、また余計に仕事が増えたりしたが、なにもそんな騒々しい出来事ばかりが満ち溢れているはずもなく。平凡な日常があるからこそ、アクシデントってのを騒がしく感じるものだ。

 アクシデントってのは台風みたいなもの。

そして台風ってのは必ず無風の『目』があるもので。俺に出来るのは台風の目に潜んで、暴風雨が過ぎ去るのを待つぐらいだ。そう思って5・6限目を過ごしたのだが・・・・・・

 どうやらこの日、俺が遭遇していたのは『台風』ではなく、『吹雪』だったらしい。吹雪に『目』も『中心』も『安全地帯』もない。ただ吹き荒び、ぶち壊していくだけだ。放課後、俺はそれを痛感した。


 まさに雪山の嵐の如く、それは訪れた。

 今日の授業を全て終えて、掃除当番から外れていたので、俺はいつもの習慣に従い新聞部の部室に向かって歩いていた。

 「さーて、学校の怪談か・・・どうしたもんかなー。あっ、そう言えば『学校の怪談』って通学路の怪談も含めるのかねー?」と廊下のガラス窓から差し込む日の光に当たりながらノンビリ考えていると。


「おーい!」


 なんか遠くからぼんやりと声が聞こえてくるではないか。

 幻聴か? それとも正に今、学校の怪談的な展開が舞い降りてきたのか? 女の声に聞こえるが・・・。


「おーい!」


 また聞こえた。それも、さっきよりハッキリと。

 何かが近付いて来ているような――――――


「おい、つってんでしょ!」

「うわっ」


 背後からの声に俺は素(す)っ頓(とん)狂(きょう)な声を上げて驚いた。


「全く聞いてた通りね。人の顔見てびっくりするなんて失礼な」


 何を、誰から聞いたんだ?

 あと、俺はまだ君の顔を見ていないんだけどもね。驚いたのは後ろから声を掛けられたからだ。てっきり前から来ると思い込んでいたからね。全く、どっちの方が失礼なのか考え直したらどうだい?

 走馬灯のように脳内を駆け巡る取り留めのない愚痴(ぐち)を無視しながら、俺は後ろを振り向いた。


「どうも」


 片手を上げて挨拶してくるのは、柄の悪い文学少女みたいな女子生徒だった。お下げ髪でワイルドな雰囲気を出すってのはどうなってのんだ?


「なんの用ですか。俺と面識ないですよね」

「あらあら、水島さんから聞いてないんですか?」


 水島(あいつ)の差金(さしがね)か。苛(いら)つきで奥歯が一ミリ磨り減る。


「改めて説明してくれるとありがたいんだけど・・・・・・?」

「はい」


 言葉での説明はなく、彼女はスカートのポケットから取り出した布切れを渡してきた。

 ハンカチ? 

――――――ではなく、それは腕章(わんしょう)だった。

嫌な予感がする。

 サインペンで何(なに)か書かれてある。ますます悪い予感がする。

 『新聞部特別顧問 オカルト部部長 冬美嵐(ふゆみらん)』

 そう書かれている。

 

 類(るい)は友(とも)を呼ぶ。

 実際、あるものなんだと思い知らされた。




 ◆ ◆ ◆


「えーっと何年生で?」

「一年生よ」


 同級生なのか・・・・・・。


「それじゃあ、一年生でオカルト部の部長ってのはどういう事? うちみたいに非公式で名乗っているのか?」

「違うわよ。去年の三年生が卒業して部員ゼロになったところに、私が一年生一人で入部したのよ。だから部員一人で、強制的に部長なわけ」


 成程(なるほど)。うちと違って、一応は正式な部活動らしい。


「で、なんでうちの部長に特別顧問なんて頼まれてんの? なんで上級生と面識あるんだ?」

「何言っているの? 水島さんとは同じクラスよ。近くの席に座ってて、それがキッカケね。「今度からの連載記事、アドバイス通り『学校の怪談』にするから協力お願いね」って」


 元凶現る。アンタが要らん事を水島に吹き込んだのか・・・・・・。

 ああ、ちょっと待て。今はそんなことより気になる発言があったぞ。


「ええっと。ということは、うちの部長は一年だったのか?」

「んん? なんの話?」


 心底、訳の分からなそうな顔だ。どうやら本当に、あの部長氏は一年生らしい。マジか。見た目と態度は明らかに同級生には思えないが、しかし少々(しょうしょう)得心(とくしん)いく部分もあるな。


 例の『水島鈴音幽霊説』またの名を『新聞部の亡霊伝説』がなんか(俺の)周りでまことしやかに囁かれ始めている原因のことだ。多分だが、理解できたぞ。

 俺も含めてそうなのだが、てっきり水島のことをずっと上級生、恐らく三年生、ひょっとしたら二年生だと思い込んでいたからな。

 俺は違うが、二ノ宮とあの哀れな生徒会長氏は各々の事情から水島の姿を探したことがあるんだろう。上級生の教室周辺で。

 その結果、何をどう探しても見つからん訳だ。当然である。水島は一年生なのだから。

 だが、そんなことを夢にも思わない、現時点では二人確認されている諸兄はさぞかし驚いたことだろう。放課後の新聞部や日中の廊下で時たま見かける女子生徒が、二、三年教室の何処にも所属していないのだから。

 そこで二人はこう結論付けたと思われる。


「水島鈴音という生徒はずっと昔に死んだ新聞部員で、時折見掛ける彼女はその亡霊なのでは?」


 成程そうか。だとすれば、そう思っても仕方はない・・・・・・訳あるか。

 要因はいくつかあるかも知れんが、最終的には連中の思い込みが甚(はなはだ)だ激しいだけじゃないか。


 ああ、でもこの話。『学校の怪談』のネタに使えるか?


 ・・・・・・無意識の内に『デジタル新聞』の完成予想図を浮かべている自分に気付いて、俺は心底恐怖した。

 俺自身がだんだんと『水島』に近付いて行っている気がする。




 ◆ ◆ ◆


「それで。えーっと、・・・冬美さん。この腕章の『特別顧問』ってのは要(よう)するにオカルト研が新聞部(予定)の記事作りに協力してくれるってことだよね?」


 彼女はこっくりと首を縦に振った。


「つーことは、この高校にも七不思議的なものがあるの?」

「それはね。そこそこの歴史もあるわけだから」


 確かに校舎の老朽具合を見れば結構な年月を感じずには居られない。

でも、君も一年生で新入生のはずだよな。なんで学校の七不思議なんて既に知ってんだ?


「最近有名になってきている怪談だってあるし、他にもオカルト研部室に蓄えられている怪談話の資料を見たりとかでかなり詳しくなったわ」


 はー、そうか。

 で。


「その最近有名になってきた怪談話ってのは、まさか新聞部の女幽霊じゃないだろうね?」

「なんで分かったの?」


 冬美女史が首を傾げる。

 気のせいか目が輝いて見える。獲物を見付けた大型猫科動物のようだ。

 一応だが、俺は別に読心術が出来たりするわけではないよ?

解剖しても面白くないからな?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなことする訳ないじゃない」


 今の長い『間(ま)』はなんだ。


「そんなことより『新聞部の亡霊』以外の話なら、(オカルト研の)部室に資料があるんだけど」


 ん、そうなると・・・・・・どうなるんだ?


「どうぞ狭いところだけど」


 こうして俺は誘われるままに、再(ふたた)び得体(えたい)の知れない部活の本拠地に足を踏み入れる事になった。




 ◆ ◆ ◆


『怪奇現象研究部』。

 それがオカルト研の正式名称らしい。部室の表札(?)に油性マジック書きでそう表記されている。

 なんか新聞部を初めて訪れた時とデジャブする。

 ・・・そりゃあ、既視感があって当然だろうな。


「お隣さんだったんだな」

「今更?」


 今更なんだよ。今までずっと隣は空き教室だと思ってたから気にも止めてなかったからな。

 まさか怪しげな部活(その内一つは廃部済み)の活動拠点が双子みたいに並んでいるとは想像もしなかった。この事実の方がよっぽど怪談だと思うぞ。ここらの廊下と部室を兼ねた教室一帯を『魔のバミューダトライアングル』的なネーミングで何かパワースポットらしいキャッチコピーでも付けてみるというのはどうだろう?オカルト研の宣伝になるかも。


「怪しげとは失礼な。しっかり活動しているし」

「それは、そこの壁に掛けてあるスコップやらツルハシで何かを採掘しているということか?」


 それにしては赤錆が盛大に繁殖しているが。ここ最近使ってないのは間違いないだろう。


「今はそういう時代じゃないから」


 じゃあ、どういう時代なんだ。


「怪奇現象を探し求める時代は終わってこと。今は自分たちで巻き起こしていく時代なの!」


 その思考だけでも十分に怪奇に満ちている。

 とは思えど、面白そうだから少しつついてみる。


「ほう、具体的にはどうするんだ?」


 オカルト研部長は待ってましたとばかりに百点満点の笑顔を咲かせる。


「取り敢えず明日の夜、五十年ぶりの流星群に祈りを捧げるの!」

「ああ? 祈る? 何を?」

「この『教科書』に書いてある通りに、よ!」


 そう言って冬美が持ち上げた本は、如何にもオカルト染(じ)みている黒塗りの『魔道書』的な物であった。それ以外の種類の書籍に見える奴はこの世界に存在しないだろう。

 どうやらこの女は本気でやる心(こころ)積(づ)もりらしい。彼女の精神衛生(せいしんえいせい)が心配だ。

 だが俺はここ二週間の内に、こういうエネルギッシュな変人をどう扱えば良いのかという術に通じてきているのだ。よって、華麗(かれい)にスルーさせてもらう。


「そうか、頑張れよ」

「集合は午後八時ね。道具はこっちで準備するから心配しないで」


 今、えらく凄い勢いで心配すべき事項が山積したんだが。

 俺はこの時になって遅ればせながら状況が読めてきた。

 つまりは、冬美の『特別顧問』の報酬をどうやって払うのかという話に関してだ。

 ・・・・・・あの女、謀(はか)りやがった。

 新聞部(予定)の女部長の顔が脳裏(のうり)に浮かび上がった。




 ◆ ◆ ◆


 水島鈴音と冬美嵐の、一部当事者にとってヒ・ミ・ツの盟約により、俺は明日の晩『星に願いを』を実演することになった。女子と二人っきりでお出掛けだー。

 わーい、やったね。

 ・・・・・・ふざけんな。

 せめて清楚な女神辺りに祈りを捧げさせてくれるのならば。そしてミロのヴィーナス的に目の前に化現(けげん)してくれるのならば何の文句もない。

 が。

 よりにもよって弱小オカルト研監修による悪魔召喚儀式を敢行することが全くもってめでたくもなく決定してしまっては、どんなリアクションをすれば今の俺の心情を適当に表せるのか見当も付かない。

 取り敢えず今は一言の愚痴もこぼさず、顔をしかめるばかりである。


「新オカルト研による最初の活動に参加できることを光栄に思ってね。きっと後々(のちのち)、自慢できるようになるから!」


 この女、本当に目が節穴(ふしあな)なんじゃないだろうか?

 それにしても、この人の話を要所(ようしょ)要所(ようしょ)で聞かない性格・・・・・・。

 互いに似かよった性格のくせに、よく水島と話の折り合いがついたものだ。不思議だ。何故だ? 二人とも妙なシンパシーにでも目覚めてしまったのだろうかな?


「報酬(ほうしゅう)の話の前に肝心(かんじん)のオカルト研の働(はたら)きを見せてくれ。例えば、学校の怪談(かいだん)のひとつを教えてくれるとか」


 そして『その怪談話』を記事のネタには不適当だと却下してしまえば、俺に報酬―――オカルト研の流星群(りゅうせいぐん)観測の手伝い―――を支払う義務はなくなるわけだ。たまには俺だって手段を選ばないのだよ。なにより明日の晩までには『学校の怪談』の草稿を書き上げないといけないからなぁ。悪いが、冬美と悪魔召喚している暇はない。


「そうね。当然の権利ね。じゃあ、しっかりと貢献してあげる」


 一応、『権利』の概念は持ち合わせているらしい。


「ああ、それと新聞部の亡霊話は無しの方向でよろしく」

「えっ!?」


 いい加減(かげん)聞(き)き飽(あ)きてるんだよ、その話は。


「まさか他にネタがない訳じゃないよな?」


 それならそれで俺は睡眠時間をガッツリ削る無謀な行為をしなくて済むということだ。むしろそっちの方が良い。俺の体調的な意味で。

 そんな淡い期待を込めながら、俺はオカルト研部長の困った顔を注視した。


「こうなったら奥の手ね。とっておきの話をするしかないわ!」


 奥の手出すにのが早過ぎるだろう。


「覚悟して! 本気(まじ)で怖いから!」


 こんな片田舎の高校にそんな怖い話ある訳ないと思うが。大方、オカルト研が自作した作り話が関の山だ。

 俺がのんびり構えていると、冬美は気分を害したようで恨み溢れんばかりの邪悪な笑みを浮かべながら話し始める。ご丁寧にホラーな感じのBGMを部室に置かれていたCDラジカセで流して、彼女は暗く声のトーンを落とした。




 ◆ ◆ ◆


「発端は数十年前の話だから、もう『昔』と言っていいと思うけど。この『怪談話』自体は今でも現在進行形・・・・・・らしいわ」


 冬美は物静かな口調で話し始めた。


「異世界への扉って信じる?」


 異世界の扉?

 急に中二病みたいな話だな。


「別に、目の前に突然現れた謎の扉をくぐったら異世界の勇者になっていました・・・・・・みたいな話じゃないわよ」


 じゃあ、どういう話なんだ。


「消えるのよ・・・人が」

「消える・・・?」


 えーっと、つまり。


「この取り立てた特徴もない高校の校舎内で人が異世界の扉に飲み込まれて消えてしまうと・・・・・・?」

「らしいわね」


 バカバカしい。


「そうかしら。世界的に見てもそういう話はあるわよ。忽然(こつぜん)と、何の理由もなく姿を消す人の話」


 そういうのは、夜逃げか家出と相場が決まっているだろう。もしくは何か事故か事件に巻き込まれたとか。


「はたして、そんなありふれた原因だけかしら」


 数が多いから「ありふれている」って言うんだろ。


「『統計(とうけい)的(てき)に多(おお)い』ことが正しいことへの証明にはならないわ」


 それは詭弁(きべん)だろ。


「話を本題に戻そうぜ。つまり冬美さんはこの学校の何処かに異次元への扉か、それに準じた何かがあると言うのか?」

「そうよ」

「証拠は? 話の実在を証明できるのか?」


 思わず前のめりになってしまったが、考えてみれば俺は今ただ『学校の怪談』の取材をしているのだ。別に冬美の話す怪談話に証拠は必要ないはずだし、それこそ嘘っぱちでも何の問題もないはずだ。記事として取り敢えず面白ければ『怪談』っていうのは十分(じゅうぶん)及第点(きゅうだいてん)だろ。誰も実在を信じてるわけでもないだろうし。

 俺は冬美の眉間の中央辺りを見ている内に段々と落ち着きを取り戻した。

 そこで「ああ、すまん。ちょっとムキになった」と謝ろうとした矢先、冬美は軽い口調で言った。


「目撃者が居るのよ」

「なに?」


 思わず聞き返した。


「何十年も前からずっと、この学校の生徒たちが何人も目撃しているの。」


 俺はアホみたいに口を開きっぱなしにした。

 だってそうだろう? 目の前にこんな安っぽい怪談話を大真面目な顔して言って聞かせてくる奴がいるんだから。さらには目撃者という証人まで居ると言う。

 それにしても、茶化そうとしている様子が皆無なのは逆に気味が悪いな。


「見たこともない生徒が・・・男か女かも一定じゃないけど・・・校内を彷徨いているのを目撃した話が昔からあるのよ」


 それってただの不審者なんじゃ・・・。


「さあ、どうかしら。現れる場所は不定で、目撃者が出るのもタイミング的に定まっていないの。一年に何人も見た人が居たこともあるし、数年間音沙汰なしって時期もあったそうよ」


 「あったそうよ」ってまるで自分で調べてきたかのように話すな。お前、今年の新入生なんだろ。


「オカルト研は元々、こんな感じの『学校の怪談』を調べていた先輩が設立したから・・・」


 それで当時からの調査結果や資料が残っていると。


「だけどそれのどこが怪談なんだ? 全然怖くないだろう。単に面識のない他生徒を目撃しただけの話にしか聞こえないだけども」


 それに、どこに異次元の扉要素があるんだ。見知らぬ人間イコール異世界人とは限らないだろう。もしかしたら宇宙人とか地底人の可能性もなくはない。全部、同じくらいの確率で存在して居ないだろうけども。


「この目撃談には全部、同じ結末があるの」


 冬美の声のトーンが変わった。さっきよりもずっと低い声で。


「誰とも知れない、その謎の人物はね。ぼんやりとした様子で、ふらりと近くの窓に近付いて行くの。そしてね・・・・・・そこから飛び降りるらしいの」

「・・・・・・」

「目撃した人たちは驚いて、その窓に駆け寄り、そこから下を見るわけ。そうしたら、そこには全身を強く打って死んでいるらしき人の姿が見えて・・・・・・」

「・・・・・・」

「でも、ふと目を逸らした後に見直すと忽然と消え去っている・・・そういう話なの。ねっ、しっかりと怪談っぽくなっているでしょう?」


 俺は冬美が話を聞き終えた頃を見計らい、無言のまま席を立った。

 これ以上話を聞いてられるか。こっちまで頭が変になりそうだ。


「どこ行くの?」


 冬美が聞いてくる。 

 決まってる。帰るんだよ。


「そう、じゃあ帰ろうか」


 だから、そう言っただろうが。


「一緒に」


 ・・・・・・。


「なに?」


 思わずアホみたいな顔で聞き返してしまった。




 ◆ ◆ ◆


 同級生の女子と一緒に下校する。

 「そんなシチュエーションで萌えない男は居ない」というのが俺の自論だったのだが・・・・・・。

 何事にも例外がある、というのは本当らしい。だって俺、今あんまり嬉しくないもの。


「―――それでね、明日の夜なんだけど悪魔召喚のためには幾つもの条件があるわけ。だからアナタにも今日の内から心積もりを・・・って人の話聞いているの?」


 そうだな。例えば人の平穏無事な生活をぶち壊さんとする奴が隣を歩いていたら、それが同級生の女子高生であったとしても有(あ)り難(がた)みは空気中に含まれる希ガス並みに薄くなるというものだ。


「聞いているよ」


 一応な。

 俺のなおざりな答えを、冬美がどう感じたのかは知らない。

 生徒玄関を出た頃から明日の(冬美的には)楽しい夜間日程を聞かされ続けたせいで脳内思考回路がショート寸前で、冬美に対するリアクション用の神経はとうに死滅している感がある。


「そう言えば、水島さんに聞かされていたよりも早く「帰る」って言い出したけど、今日なにか用事があったの?」

「ん? まあ、そうだな・・・・・・」


 特に理由はないんだが早く帰りたい気分になっただけだ。あとは明日の夜の話をうやむやに出来ればと思ったぐらいで。まさか一緒に下校するついでに事細かに明日の計画を説明されるとは想像もしていなかったが。

 というか、水島の奴は俺の帰宅時間の情報まで伝えていたのかよ。

仕返しに二ノ宮の奴に水島の情報を渡してやろうかな、そんな考えが頭を過ぎる。


「諸用(しょよう)があってね」


 ここは曖昧(あいまい)のまま誤(ご)魔(ま)化(か)しおくとしよう。


「どんな?」


 随分と追求(ついきゅう)してくるな。俺のスケジュールがそんなに気になるのか?


「いや、なにか用事があったんなら部室まで招き入れたのは迷惑だったんじゃないかって・・・・・・」


 歯切れの悪い言い方は思いの外、良い意味でのギャップを感じさせる。

気を使わせてしまったのか?


「別に明日の夜の活動なんだから、明日の朝に説明しても良かったのに・・・」


 それはそれで迷惑だろ。勝手に人の予定表に赤丸を付けるな。当日の予定を当日に言われても困るだろう。拒否権が無いのなら尚更だ。


「今、説明された方が(まだ)良かったよ」


 なんと言っても『怪談話』聞いちまった以上、無視を決め込むのは流石に気が引ける。


「そう言ってくれるとありがたいわ。私、他人に迷惑を掛けないのが信条だから」

「・・・・・・そうか頑張れよ」


 立派な信条だ。・・・違うな。信条は立派だ。


「A山の公衆トイレ前の駐車場に、夜十時集合!明日、土曜日に!」


 そんな遅くに外を出歩くのか。家族が心配するだろう。もう少し自分の親の―――


「問題ないわ。夜、皆に私が部屋で寝ていると思わせた後、部屋の窓から出発するつもりだから」


 君はよ、どこの国のピータパンだ。第一、なんで親に黙っているのが前提みたいになってんだ。毎回、そうなのか?


「荷物はさっきも言った通りこっちで全部用意しておくから。絶対に遅刻しないようにね! 悪魔召喚は星の位置が超重要なんだから!」


 ああ、そうか。分かった。それで、行かなかったらどうなるんだ?


「月曜日の授業前に『制服ひん剥いて校庭の中央に磔の刑』に処すわ!」


 そんな恐ろしいことを、そんな満面の笑みで言うな。

 実際やったら君が捕まるぞ。


「アンタの趣味を手伝っただけと弁明するわ! そしてアンタは露出狂のドMとして新たな伝説となるのよ!」


 本当にひでえことを考えやがる。

 ・・・・・・ハア。

 自然と溜息が出てくる。




 ◆ ◆ ◆


 俺と冬美の二人は普段自転車登校なのだが、明日の打ち合せをするために自転車を手で押しながら並んで歩いている。まあ、冬美がほとんど一方的に話すのを俺が「うん、うん」と相槌打っているだけだが。

 無音動画だったら爽やかな青春の一ページに見えなくもない。

 音声のみだと黒歴史モノの若気(わかげ)の至(いた)りにしか聞こえない。

 どっちにしても歪曲(わいきょく)したモノの見方なのは共通しているか。

 コレは互いにギブアンドテイクな関係なのであって、若者らしさ溢れる爽やか青春ライフ成分はかなり薄いだろう。ただまあ、高校生活の痛々(いたいた)しさならかなりの分量(ぶんりょう)含んでいるとは思う。

 キッカケはなんであれ、冬美による部室での怪談話は結構怖くない訳でもなかったから御の字と言ったところか。

 別に俺は特別怖がりでもないが・・・人並みに恐怖を知っているというか・・・なんだ、その、大変人間らしい感性を持っていると自負しているというか・・・・・・詰まるところ、正直ホラー系の話はあまり聞かないようにしてきたので・・・俺は怪談に疎いから実際のところ冬美の話には大助かりだ。

 こうなった以上、明日の晩の悪魔召喚の儀式だろうが、星に怪しげな呪文を唱え奉るとしようが、行かないので無視を決め込むのは俺に満ち溢れる善良な心意気に多少の傷跡を残してしまうだろう。


「・・・仕方ないな」

「ん、なにか言った?」


 俺の消え入るような声に、冬美は敏感に反応した。

 耳が良いんだな。


「にしても、今日帰ったら急いで草稿書かないと。今日中に終わらせないと明日行けないしな」

「ああ、だから今日はこんなに早く学校を出たのね」


 そういうことにして置いてくれ。


「そんなに大変なら私が直接記事書いた方が効率良いんじゃない?」

「・・・・・・」


 えっと、それはつまり。原稿を代わりに書いてくれると・・・?

 いや、それは流石に迷惑・・・なのか?

 別にオカルト研の部長が記事を寄稿するのに目くじら立てる理由も無いな。元々、新聞部(仮)とはお隣さん同士だから不自然な成り行きでもないか。なによりオカルト研の部長は新聞部の『特別顧問』であるだそうだからな。その上、本人が承諾してくれるなら。アリか。アリなのか?


「本当にやってくれる?」


 正直そうしてもらえるとかなり嬉しい。俺は他にも記事の執筆を担当してるからスケジュールが割とキツいんでな。水島は記事の内容決定やブログの構成、インタビューの根回し等の下準備は何でもこなすんだが文章を書くのだけは何故か頑(かたく)なに拒(こば)むものだから、その煽りをモロに受ける形で俺が新聞部の殆どの文章を書いているのが現状だ。


「そうしてくれると本当にありがたいな・・・」


 俺は拝むように冬美の顔を見た。


「うん、良いわよ。書いて上げる」

「本当にありがとう」


 いや、本当に。変人扱いしたのを誠心誠意謝りたい。今から『女神』として崇め祀りたいぐらい気分だ。


「あっ、私はこっちの道だけど・・・」


 冬美はそう言ってT字路で立ち止まった。

 おう、そうか。じゃあここでお別れだな。

 そういや、そっちの道は今まで見たこともねーな。


「それじゃあ、原稿の締め切りはいつなの?」


 別れ際に一番答えづらい問い掛けが飛んできた。かと言って答えない訳にもいかないのが心苦しい。


「・・・・・・今週末まで」


 今日は金曜日。つまり明日まで。

 俺はボソリと呟いた。すまん。俺も知ったのは今日なんだ。


「ああ、そう。分かったは、じゃあ明日の朝メモリースティックに原稿入れて持ってくわ。放課後、新聞部の部室でいい?」


 彼女は事も無げに言った。

 えーっと、冬美さん・・・?

 明日の夜八時から天体観測もとい悪魔召喚の儀式するんですよね? 大丈夫なんですか・・・その体力的に。頼んだ俺が言うのもなんだが無理はしない方が賢明だと思うぞ。水島だって友達(だよな?)の冬美の話なら少しは聞くだろうし、草稿の締切を伸ばしてもらうのも・・・・・・。


「別に平気。というか、オカルト研部長としてはこの機会は千載一遇のチャンスよ!最高に面白い怪談の記事を書けばガンガン部員を捕獲・・・じゃなくて確保できるようになるわ!」


 不穏な誤字があったような気もするが、それを吹き飛ばすような元気溌剌さ。それが少し羨ましく思った。俺には真似できそうにない。ここまで前向きに生きるのは。


「明日、夜八時。A山の公衆トイレ前の駐車場よ。忘れないように!それじゃっ!」


 それだけの台詞を早口で告げると、冬美は自転車に飛び乗ると思いっ切りペダルを踏む・・・・・・。


 その前に。


「あっ、そう言えば」


 こちらに背を向けながら、冬美は何か思い出したようだ。


「学校に忘れ物でもしたのか?」

「ああ、違う。違う」


 冬美は自転車に乗ったまま、首を回してこっちに顔を向けた。


「一つ言い忘れてたの」

「ん?」


 何をだ?


「さっきの話のオチよ」


 さっきの話って・・・やっぱり原稿の代筆を断るってことか?


「違うって。ほらさっき話した怪談の発端は数十年前って、私言ったでしょ?」

そう言われれば、そんな気もしなくはないな。で、それがどうしたって?


「あの学校の怪談・・・流行りだす前に・・・本当に一人生徒が死んでるの。しかも教室の中で転落死してたらしいわ。梯子とか踏み台になるものはなかったっていうのにね。本当、奇妙な話よ」


 日が暮れて夕焼けの色が印象的になっていく。

 そんな中、長く大きな人影を作る冬美は爽やかな笑顔のままそう言った。

 そして言い終わると、そのまま自転車のペダルを今度こそ踏み、帰り道を急いで行った。


「・・・」


 俺は何も言えず呆然として冬美の遠ざかる背中を見送った。

 冬美の姿が完全に黒い点と化した頃に気付く。


「あれ、そういや俺は今どこに居るんだ?」


 周りを見渡せば、いつの間にか見(み)覚(おぼ)えのない場所に立っていた。

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