第2話

 1


 四月末だというのに日差しが強く、バカみたいな暑さの今日この頃。

 始業まであと五分。暑さに加えて、迫ってくる授業開始時間が俺の気怠げさを倍増させていく。


「ああー」


 溜息に混じって嘆きまで漏れ出てくる。

 授業開始前からジワジワとHP(ヒットポイント)を削(けず)られている気分だ。

 ゲームのステータス画面で敵とエンカウントしたらこんな気分になるんだろう。

 ということは、毎日そんな気分になる俺の人生は悉くバグっている可能性があるわけだ。


「・・・・・・っはぁー」


 余計に憂鬱な気分だ。

 自分で自分の気分を害すのは、重ね重ね情けないものがある。

 気分直し、というか半自動的に手が勝手に動いていた。

 フラッとした手付きで、携帯電話の画面を開く。


 死んだような目が。


「ん?」


 無意識の内に強く惹(ひ)かれる。


 ヘッドラインニュース先頭、一行目。


『本日未明、I県N市M町の高架橋下で身元不明の死体が―――――――』

「んん・・・?」


 I県N市の、M町?身元不明の死体?高架橋下?


「――――――って、この町じゃねえかッ!!!」


 思わず座席から立ち上がり、携帯電話に怒鳴り散らしてしまっていた。(注:これでも俺は普段温厚な性格である)

 大声を出してスッキリしたせいか、急速に頭が冷えてきた。

 まっ先に目に見えるのは、今年赴任して来たばかりの新米女教師・・・が今にも泣き出しそうになっている様子。


「あ、あの何か私。悪いことしましたかぁ?」


 どうやら悪いことをしたのは俺の方だったらしい。

 彼女がオドオドと半分泣きながら言うもんだから、周囲の目線が俺に雨あられのように冷たくぶつかってくる。

 こんな時に、「男子と女子で人の睨み付け方が違うんだなあ」と考える俺は結構『冷静沈着な』人間なのかも知れない。兄曰く、『冷めているだけ』らしいが今はそっと聞き流しておくことしよう。

 クラスメートの視線に俺の精神力がジワジワ削られていく。 『憂』が取れて、純粋無垢な『欝』になりそうだ。

 キーン、コーン、カーン、コーンとデフォルメ化されたような我が校の始業チャイムの音がありがたいと思ったことは未(いま)だかつてなかった。

 俺はそのまま棒立ち(精神的な磔)になっていう状態から開放されるべく、チャイムの音に合わせて腰を下ろした。『授業が始まったので席に座った』。字面だけなら真面目な学生だ!・・・・・・多分。

 ――――――と、こんな感じで今日の一時限目が始まった訳で。すっかり有耶無耶になった感はあるが、肝心の懸案(けねん)事項(じこう)は忘れようにも忘れられない。


「なんと言っても地元で事件・・・だもんなあ」


 数学の教科書を億劫(おっくう)そうに開きながら、俺は消え入るように独り言を呟(つぶや)いていた。


 ごく身近に非日常な事件が起きていても、俺自身は推理漫画に出てくるような高校生探偵みたく非日常へ果敢に足を踏み入れられやしないのだと考えると。

何か、ふと寂しい気分になった。




◆ ◆ ◆


 一限目の授業終終了を知らせるチャイムが鳴り始めるや否や。正確にはまだ授業時間である内に、俺の制服の襟(えり)に後ろから手を掛ける不届き者が出やがった。

 若干息を詰まらせながら後ろを振り向くと、そこには見たこともないような美少女が・・・・・・居たら良かったのだが現実はそう甘くない。

 人生そんな劇的でドラマティックな出来事はないようだ。

というか、新クラスになってもう一ヶ月近く過ぎているのに後ろの席の奴を見知らない訳もなく、当然そいつが美少女どころか女でもないことは分かりきった事で、その事について今更ながら不平を漏らすのは何もかもが間違っているのだが・・・。

では、なんでそんな事を言いだしたのかというと現実逃避以外のなにものでもありはしない。


「おい、いい加減に手を離せ。首が締まる」

「おお、すまん。すまん」


 大して反省の色の見えない答えが返ってきた。賭けてもいいが、今後こいつが俺を後ろから呼ぶ時は、今みたいに制服の襟を掴むのに違いない。

 せめてこいつが『美少女』であれば・・・!

 はぁ。

 まことに運命の歯車を恨むばかりだ。


「おい、テメエ。何を考えてるんだ?そんな恨めしそうな顔で見るなよ。襟首掴んだのは悪かったって言ってるだろう」

「別に怒っている訳じゃねえよ。ただ世の無情さを嘆いるだけだ」

「意味が分からん」

「まあ、今のお前には徹頭徹尾関係の無いことだからな」


 一度死んで、女に転生して出直してくるのなら話は別だけど。


「そりゃあ、どういう意味だ?」

「ところで、ここで一つ質問があるんだが」

「ん?なんだ?」

「お前なんて名前だっけ?」

「テメエは・・・・・・本当にひでえ奴だな。一ヶ月近く後ろの席に居るクラスメートの名前を覚えてないのか。最初のホームルームで自己紹介しただろう。俺の目の前の席に居たのに聞こえなかったのか? 中耳炎(ちゅうじえん)にでもなってるんじゃねえのか?」

「うるせえよ。後ろの席であんな大声出されたんじゃ、逆に何にも聞き取れなかったよ!」


あの時は本気で鼓膜が破れたんじゃないかと思ったね。


「むしろ、お前には周りの人間が全員両手で耳を塞いでいる様子が見えてなかったのか? まさか若年性老眼の恐れがッ・・・!?」

「文法的におかしいだろ、その病名はよ・・・・・・。いや、まあ。オレ、基本的にシャイだからさ。自己紹介ん時は天井見てた」


 話すときは前を見ろ。選手宣誓じゃないんだから。

って、お前。自分のことを『シャイ』と言うのに違和感は無いのか?


「ああん?オレのどこが『シャイボーイ』じゃないと言うんだ!」

「『シャイ』な奴がなんで『別の中学出身の奴』に毎日話し掛けてんだよ!」


 その『別の中学出身の奴』とは無論、俺のことである。

 どういう訳か知らないが、このシャイボーイ(笑)はここ最近よく俺に突っかかってくる。

 いや、理由に『全(まった)く』心当たりが無い訳じゃないんだが・・・・・・。

 つーか。むしろ、心当たりはたった一つだけだ。




◆ ◆ ◆


「それで新聞部の活動はどんな調子だ?」


 また始まった。

 この出だしが最近の定型句(ていけいく)になってきている。


「少しは遠回しに訊(たず)ねろよな。このストーカー野郎・・・・・・」


 思えば。今まで名前以上に目立つ特徴があったから、このストーカー男の氏名に興味が湧(わ)かなかったかも知れない。そうなると、俺がこいつの名前を未(いま)だに憶(おぼ)えていないことに関して、悪いのはコイツ本人なように思えてくるな。


「テメエの記憶力の悪さをオレのせいにしないでくれよ。そもそも俺はストーカーではない」


 そう思っているのは自分だけじゃないのか?

 自分で自分が『異常』だと判断するのは難しいだろうからな。

「絶対に違うって。だってオレ、水島さんの半径五メートル以内に入ったこともないし。それに、ほら・・・・・・オレ、シャイだからさ」


 まだ言うか。


「それに彼女の捨てた空き缶をゴミ箱の中に見つけても、拾いはしなかったぜ!」

「そんな発想を思いついた時点で、一般人とかけ離れているんだよ」


 第一、なんで水島が空き缶捨てたゴミ箱の位置を把握していたんだ?

 やっぱり見紛(みまご)う事なき正真正銘(しょうしんしょうめい)のストーカーだろ。


「だから違うって。偶然、水島さんが捨てているのを見かけただけで・・・」

「ああ、そうかい・・・・・・」


 これ以上の押し問答は面倒だな。

 どれ、こいつがストーカーでだという決定的な証拠を上げるとするか。


「おっとー!あれは、北東三十メートルの位置に我が新聞部の部長氏が――――――」


 シュババババッ!


「捕捉完了ッ・・・!」


 わずか2秒の間に、奴(やつ)は鞄から取り出した双眼鏡のピントを標的に合わせやがった。


「その変態(へんたい)的(てき)、高速(こうそく)挙動(きょどう)をもっとマシな使い方出来ないのか? Mr.ストーカー君よ」


「ハッ!? いや、今のは違うぞ! 反射的に身体が動いただけで!」

「よく訓練されたストーカー技術じゃないか。救いようが無いよ。ほんと・・・・・・」


 両手を床につけ、全力で肩を落としている姿は悲壮感が溢れて大変結構だが、こちらとしては憐れみの気持ちが一ナノ単位も発生してこないからな。


「冷てえ奴だな、テメエは。そんなにオレの恋路(こいじ)を邪魔したいのかよ」


 人聞きが悪いことを言うな。俺はただ単に後ろの席の奴がストーカーで、毎日そいつからストーカー談義を聞かされるのが我慢できんだけだ。

 せめて、その恋路(こいじ)が合法的であれば邪魔しようとまでは思わないから。


「そうか。じゃあ、直接水島さんにアプローチを掛ければ文句無いんだな!」

「いや、なんというか。別に止めやしないけどもさ。もっと別の女子を狙ったらどうだよ?」

「なっ、テメッ!・・・他人の一目惚れにケチ付けんのか!?」


 一目惚れだったのかよ。

 いや、それはどうでもいいか。


「まあ、なんだ。俺が他人のことを言えた義理じゃないが、あれは完全に変人の部類に入ってるぜ?」


 あくまで俺の個人的な見解(けんかい)だがな。

 変人ってのは、単純に性格が悪いやつより始末が悪い。なんつったって、自分が一般常識から脱線事故を起こしてるのに欠片も気付いてないんだからな。


「何を言い出すかと思えば、そんなデタラメ話かよ。なんか実際にあったのかよ。あの可憐で、美しい水島さんによ! まさかテメエも水島さんの事を・・・!」


 断じて違う。絶対違う。そんな事は有り得ない。もしそんな自体が起こったら、俺は迷わず精神病院に向かうから。

 そこまで言うなら話してやるが、その前に俺からさ3・・・5メートルは離れた所に居てくれよ。

「何で」だと?

 決まってんだろ。お前がこれから受ける『失恋のショック』の巻きぞいを物理的に喰らうのはゴメンなんでな。

 俺は。




 ◆ ◆ ◆


 俺が思うに、人生というのは有意義に過ごす分には短すぎるが、無意味に過ごすのには長過ぎる。

 人間が何かするには大抵、幾分(いくぶん)かの時間が必要だ。カップラーメンを作るのには三分掛かるし、学校の授業を一限受けるのには五十分、ここから電車で県庁所在地まで行くには約一時間半、隣の県まで行くのにはだいたい二時間ほど掛かる。「時は金なり」とは、昔の人はよく言ったものだと今更ながらに感心してしまう。

 しかしながら人生というものには有限、上限がある上に。幸か不幸か、まともな人間にはその人生の長さを自身で決定することは到底(とうてい)不可能である。

やはり人間という生き物は自分の満足する一生を過ごすのには多分(たぶん)の無理を生まれた時より抱えて居るのだろう。


 ・・・・・・と、そんな皮肉な事を考えていたとしても。


 やはり俺だって『楽(たの)しい一生(いっしょう)』を望みたい。ワガママで悪いな。

 そうなると『時間が掛からない何か』を制限時間(せいげんじかん)一杯(いっぱい)までやり倒せば思いのほか有意義(ゆういぎ)な人生になるのではないかと、俺は考えた。

 例えば衝動的、感情的に新たな行動を起こしてみるとか・・・・・・。

 ああ、そうだね。それは俺の苦手(にがて)分野(ぶんや)だ・・・。

 そんな訳で不安要素はあったのだが、それでも俺はともかく自分の考えを行動に移そうとした。


 随分と長い前置きだったかも知れないが、本題はここからだ。


 前述したような俺の『幸せ人生論』を正面からブチ砕くような悪魔と出会った話の本題は―――――そう、そいつは新聞部の部室に居た。

 俺の心情的には『蠢いていた』とか『潜んでいた』とか出来るだけマイナスイメージの強い表現を使いたいところだが、実際ただ単にそいつはパイプ椅子に腰掛けていただけなので仕方がない。

 その頃はまだ部活の体験入部期間だったから、もう二週間以上前の事になるのか。

時の流れとは全く無情である。巻き戻しがもし叶うのなら、是非(ぜひ)試してみたいものだ。

 時期が時期だけに。春真っ盛りの空模様が、いくらか俺の精神状況に作用したのかは定かではないが。俺はその時何を思ったのか「そうだ何かテキトーな部活動でもしてみっかなあ」と、止めておけば今よりは幸せになっていたであろう『禁断の青い果実』的な思い付きをしてしまった。

 そして折(お)り悪(わる)く、俺はその時やたら長い前置きの通り「感情的に人生過ごせば幸せじゃね?」という無味(むみ)乾燥(かんそう)なモットーを打ち立てており、「それじゃあ、まず手始めに・・・」ってな感じに即行動。


 奈落の底へ落ち始める一分五十二秒前の出来事である。


 なによりも「テキトーな部活に入ろう」と思い付いたのが『新聞部部室』と書かれたプレートの真下だったのが致命的だった。

 「ただの偶然」というより、「何者かによる呪い」か、「ご先祖様の祟り」のせいだと言われた方がまだ納得できる。

 もしも俺に真っ当な危機管理能力があるのなら、その教室(という名の魔窟)の扉を開けなかった。

 が。

 現実として開けてしまったのだから仕方あるまい。


 戸を開きながら。


「すいません。新聞部入っていいですか?」


 俺は挨拶(あいさつ)をすると同時に、入部の意思を示した。

 自分で言うのもなんだが、性急(せいきゅう)に過ぎた話だ。この件に関してだけは、後ろの席のストーカーを馬鹿に出来ない。

 だけれどもこの程度の話だったなら、その時の俺が多少(たしょう)奇矯(きっきょう)であっただけのこと。

 想定外は部室の中からやって来た。『奇襲』と言い換えても結構だ。


「あっ、はい。いいですよ。歓迎しますよー」


 間の伸びした声の返事。気怠げさが全身から滲み出ている。その女は俺に背を向けるようにパイプ椅子に座っていた。

 そして顔だけをこちらに向けて、座ったままイナバウアーのような姿勢をとり、こちらに逆さまになった瞳を魅せつける。


 水島鈴音。

 ストーカーに惚れられた女子。

 空前(くうぜん)の奇女(きじょ)。

 そんな彼女との初対面(ファーストインプレッション)である。




 ◆ ◆ ◆


 こう言ってはなんだが。

 正直彼女を一目見たとき、新聞部は当たりだと思った。無論、『過去形』での話だが。

 四月の、放課後もそこそこの時間帯、部室に女子が一人。しかも綺麗(きれい)に顔立ちの整(ととの)った、『美少女』と言っても差し支えない少女が居たのなら、嬉しく思わない方がおかしい。それが神話時代からの絶対則というものだ。

 何(なん)とも怠(なま)けきった、もとい大変リラックスしていた様子には少々びっくりしたが、俺だって大差ない調子で新聞部部室に闖入(ちんにゅう)していたから全く人の事を言えた義理ではない。だから俺は、目の前で気怠げな女子が椅子上イナバウアーしている珍景(ちんけい)を全力でスルーした。


 返す返すも俺の穴だらけ危機管理能力には唖然とするばかりである。ザルどころの話じゃない。アリ塚のように穴だらけだ。


「それじゃあ私、部長の水島鈴音ね。それで、これが来月号の分の取材予定一覧。はい、いってらっしゃいー」


 間伸びした口調なのに、何故か驚く程の早口(はやくち)であった。

 入部届けどころか、まだ名乗ってすら居ない奴にさらりと部の資料をポンと投擲(『投げ渡す』なんて生易しいものではなかった)するなんて、随分とおかしな話だ。

 その上、その仕事を俺一人にさせようと企んでいるのは火を見るより明らかで。ほとんど無表情で、手をひらひらさせながら、有無を言わせぬ口調で言うだけ言うと。そのまま彼女―――水島鈴音新聞部部長殿はすやすや気持ちよーく夢の世界へと旅立ってしまいなされた。他人(ひと)の事を言えた身分じゃないが、この女(ひと)警戒心が薄過ぎはしないだろうか?


 本当に他人の事を言える身分ではなかった。俺にはまだ理解出来ていなかった。自分が何処に足を踏み入れているのかを。

 あの時の俺は純粋だったのだ。自分から生贄用仔羊(スケープゴート)に立候補するようなものだ。

なんたって真面目に律儀に手渡された資料にちゃんと目を通したのだから。

 とは言ってもひと目で内容を把握するのは無理だったが。

 内容が難解(なんかい)だったわけじゃない。

 ただ単に内容が膨大(ぼうだい)過(す)ぎただけだ。容量が半端(はんぱ)じゃなかった。

 おまけにA4コピー用紙一枚に文章を無造作に圧縮してあるものだから、文字が小さすぎて物理的にも判読(はんどく)するには大変な手間(てま)と暇が掛かった。

 しかし結局は印刷された用紙だけでの把握は諦めて、部室に備え付けられたパソコンに保存されていた文書データを2・3度読み直してようやく理解出来た。

 部長殿が俺に突き付けた指令(という名の『理不尽(りふじん)』)は簡単に説明すると以下のようなものであった。

恐るべきは、『要約(ようやく)』したのに全然『簡潔』になってくれない所だ。




 ◆ ◆ ◆


 以下、手渡された資料の要約。

 題名は『今週の予定表』。

 まず書き始めが、「今週の予定表」となっている時点で不穏過ぎる・・・。どんだけ働かせる気だ。

 ・・・気を取り直して、肝心の中身を見ると。

『1.新生徒会役員へのインタビューその1 新生徒会長編

2.新学期に際して、校長先生へのインタビュー

3.各学年主任教師へのインタビュー

4.用務員の皆さんへのインタビュー

5.新入生へのアンケート結果発表

 6.新連載小説の第一話

 7.今年度の抱負(在校生へのアンケート調査)

 8.連載記事その1(内容は好きにどうぞ)

 9.連載記事その2(内容は好きにwww)

 10.連載記事その3(内容はwww)

 11.なにかテキトーに

 12.おまかせ

 13.春っぽい感じで

 14.新入生への高校学習の手引き(性的な意味で)

 15.今日の献立(去年からの連載記事)

 17.最近面白かった漫画レビュー(記者の好きな漫画をどうぞ)

 18.玉ねぎ、人参、豚肉、じゃがいも、ペパーミント、シナモン

 19.ミトコンドリア

 20.編集者のあとがき

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・』


 半分以上が産業廃棄物。出会って一分も経ってないが、どうやら彼女は俺の事が相当(そうとう)に大(だい)嫌(きら)いらしい。

 追記すると、この二十個の箇条書きはまだ題名だけなので、書かれていた内容もまとめるともっと長くなる。・・・が、そんな事をするつもりは毛頭ない。何をどうしようが、ゴミはゴミだ。

 序盤部分はまだ良い。明らかに、俺を忙殺する気なのは分かるが、まだマシだ。

 何だ。中盤部分からの流れは。

 中盤部分とかテキトー過ぎるだろ。ネタが尽きたからって、こっちに丸投げするなよ。

 いや、それより終盤がもう駄目だ。

 『電波』とかそういう次元じゃないだろう。こっちに理解させる気が端から無いだろう?

 18番のアイデアとか、晩ご飯の材料みたいになってるじゃねえか。ベタなボケかと思ったら、ペパーミントやシナモンやら、何を作るのか見当も付かない。

 19番の「ミトコンドリア」に至ってはどうコメントしていいものか・・・・・・。

 そもそもこんな珍妙なアイデアを見せ付けられたら、そのまま回れ右して教室を出るのが正解じゃないのか?

 ここで文末に「?」を足して、ふらついた態度を取ったのが運の尽き。

 着々と破滅への階段、もとい崖先まで足が伸びてきている。


「悪いけどやっぱり入部は無かったことに――――――」


 その台詞を切り出すのに、俺は結構な時間を掛けた。その間ずっと不穏な一覧表を眺めていた。

 調子良い感じに部室に闖入してしまった手前、言い出しにくかったのだ。自分でも、よく言い出せたものだと今思い出しても褒めたくなってくる。


 が。


 それは無駄な努力だった。


「ええー、だってもう生徒会長呼んじゃったよー」


 間延びした部長氏の声と新聞部の部室の扉をノックする音は全くの同じタイミングで聞こえてきた。そして、それは俺にとって最悪のタイミングであることを意味していた。

 アルバムの写真のように全く色褪せず当時の光景を思い出せる自分の無駄に良い記憶力が憎らしい。




 ◆ ◆ ◆


 片脚(かたあし)が崖(がけ)の上に浮いている。もしくは膝下まで棺桶に足突っ込んでいる。そんな気分だ。

 まさかこの歳でそんな経験するとは思ってなかった。

 そうは言っても本当に死ぬような事じゃないから、あくまでも気分上の話だ。

 本当に半死人である訳じゃない。まあ、これから過労死するかも知れんが。

 新聞部の苛烈な活動のために・・・・・・。

 何とも締まらない話だ。学生生活を少しでも楽しくしようと思ったせいで、生命の危険を感じるハメになるとはさ。


「あのー。ここ、新聞部の部室で合ってるよね?」


 新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)・・・ではなく。正当な招待客、本校の生徒会長と思しき学生服の少年は露骨に戸惑いながら確認してきた。


「あっ。ええ、そうですよ」


 きっと水島に訊いていたのだろうが、思わず『俺が』答えてしまった。これで、生徒会長氏(男)は俺を新聞部の一員であると思ったことだろう。だが実際は、まだ新聞部とは無関係なのであって。活動内容は・・・・・・不本意ながら知ってしまったが、別に活動に参加した事実がある訳でもない。れっきとした部外者なのだ。

 だから俺はそのまま部室からそろそろとフェードアウトするのが吉だと思った。自業自得とは言え、これ以上面倒に巻き込まれるのは賢くないと。

 生徒会長に空いた席を掌で示してから、彼が部室に入るのと丁度(ちょうど)入れ替わりになるように、俺は部屋を出ようと、生徒会長の横を通って開きっ放しの扉を抜けようとした。

 したらば、生徒会長の右手がスッと出て俺の進行方向を遮(さえぎ)った。

 おかげで緊急停止だ。

「なんの用だ?」と思ったら、生徒会長の左手に紙切れ一枚収まっていて、それはどこかで見たような感じのコピー用紙だ。

 俺が記憶を辿るのも待たず、生徒会長はそのまま部室のドアを閉じてしまった。

 ・・・・・・退路が絶たれた。

 生徒会長は深刻そうに、ただし声量は小さめの話を始める。


「それで・・・インタビューを受けたら例の画像データ、消してくれるんだよね?」


 「早く家に帰りたい」、切実にそう思った。


 いくら鈍感な奴でも分かる。

 とてもメンドーな事に巻き込まれつつある。現在進行形で。

 何の画像だかは知らないが、彼の表情を見る限り絶対、人に見られたくない類の画像らしい。彼の性別を考えれば自(おの)ずとその内容は察(さっ)せられる。

 ハルマゲドンの到来を目前にしているような顔の生徒会長に対する、水島の態度は傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)この上(うえ)なしだった。


「そうねー。『私たち』の要求に応えてもらえれば、きっと悪い結末にはならない・・・と思うわよ」


 そこで彼女はニヤリと笑った。見事のまでの悪人面。

 机に両肘ついて、どこまでも気怠げなオーラを発しているが、

「目が活(い)き活(い)きし始めた」と感じたのが俺の勘違いだとは思えない。この女、『良い』性格している。

 それと、この女。さらりと俺を共犯者に仕立て上げやがった。『私たち』の部分が事実(じじつ)無根(むこん)なのは言うまでもない。俺は水島(かのじょ)ほど捻(ひね)た性格はしていない。

 だが、俺が自分の精神世界でいくら声だかにそう叫んだとしても意味は無い。

もう生徒会長の中では、俺は水嶋と同類、新聞部の愉快(笑)な仲間たちになってる。

 彼の死んだ目がこっちを見て来た。死んだのなら一人で死んで居て欲しい。このままでは俺も巻き込んで心中しそうな具合だ。俺に男と心中する趣味は無いぞ。

 本当、勘弁して欲しい。彼女は俺に対して何か大きな恨みでも抱(いだ)いているのだろうか?




 ■ ■ ■


 教室中央のテーブルに三人向き合って座っている。

 なにか既視感があると思ったら、中学時代の三者面談があったな。あの時は、こんな三つ巴状態じゃなかったはずだが・・・・・・。


「えーと、それでお名前は?」

「あっ、どうも。三年二組の―――」

「へっくしゅん!」


 ああ、名前が聞き取れなかった。

 信じられない程タイミングの悪いクシャミをかましたのは水島である。俺には真似しようと思っても出来ないぐらいの折悪さだ。「わざとやってんじゃないか?」と思わず横目で新聞部部長を見てみたが、わざとではないらしい。バツが悪そうな顔をしている。それがまた意外だった。


「・・・・・・」


 二年先輩の生徒会長氏は無表情で固まってしまった。

 目が腐り始めた・・・・・・気がする。ついに怒ったか?もしも俺が彼の立場だったらとっくにキレていると思うが。


「ま、まあ名乗る程の者でもないか・・・・・・」


 全然冷静・・・・・・でもなかった。

 耳を赤く染め、肩をプルプルと震わせている。流石、最上級生と言ったところかも知れない。感情を表に出さないタイプなんだろうかな? だてに生徒会長を務(つと)めている訳(わけ)ではなさそうだ。


「・・・・・・だからメモリースティックを返してくれ。頼む! 土下座でも何でもするから!」


 いや、気のせいだったみたいだ。


 あーっと・・・・・・。

 生徒会長が口にするには随分と情けない内容の話が何(なに)か小声(こごえ)で聞こえてきた気もするが、気のせいだろう。そういう事にしておこう。今度から学校集会の度(たび)にこの生徒会長を変に意識してしまうのは嫌だ。特に今みたいな理由では尚更(なおさら)に。

 きっと『耳を赤く染め、肩をプルプルと震わせている』のは、あくまで名乗っている最中で話を遮られた事の恥ずかしさのせいであって、決して水島になんらかのデータを握られた事への恐怖心のせいではないだろうな・・・・・・せめて、そう願わせて欲しい。


「でも名前は教えてもらえないと記事にならないんですけど・・・」


 何故だか、そう指摘したのは俺だった。逃げるつもりが、さっきからまるで新聞部の一員のように生徒会長にインタビューしている・・・・・・なんでだろう?


「ああ、そうだね。市村(いちむら)和樹(かずき)だ。漢字はこう書く」


 親切にも近くにあった紙切れ(俺が読まされた一週間分の新聞部予定表の裏)に自ら氏名を書いてくれた。下を向いて、そさくさとペンを走らす姿を見ていると、なんとも言えぬ哀愁(あいしゅう)を感じてしまう。


「ええっと、それで質問が・・・いくつか」


 前もって用意された質問用紙でもあれば良いのだが、残念ながら俺の手元にあるのは水島から(彼女的には)当たり前のように渡されたA4白紙のコピー用紙が一枚だけ。俺にどうしろと?

心の内では苛立ちながらも、自分でも不思議だが必死に質問内容を上手く考え付こうとする『俺』が居た。

 まあ、だからと言って名案が浮かぶとも限らない訳で――――――




 ◆ ◆ ◆


「はい、ちょっと待て」


 無粋な声が俺の回想アナウンスを遮った。


「何だ? 名も知らぬストーカーよ」

「二ノ宮(にのみや)徹(てつ)だ!」


 どさくさ紛れに、今更ながらの名乗りがあった。

 一応なので覚えておくとしよう。だが賭けてもいいが、これから先コイツをフルネームで呼ぶことはなさそうだ。『ストーカー』と呼んだ方が短いし、本人と分かりやすい。


「なんだ、その顔は。スゴく失礼なこと考えてるだろう?」


 中々、勘が鋭いね。


「そんなことより一つ確認したいことがある」

「なんだ? 水島に関わることは教えられねえぞ」


 ストーカーに情報を漏らしたら俺が水島(みずしま)の手によって帰らぬ人にされてしまう。


「失敬な。そんな卑怯な真似はしねえよ。俺が聞きたいのは、新聞部の週一機関紙についてだ!」

「ん? それがどうした」

「俺はそんなものを見た覚えがないぞ。生徒会長のインタビュー記事もそうだし。その他、水島さんが企画した数々の記事についてもそうだ。そもそも新聞部がこの高校にあるなんて、今さっき初めて知ったぞ」

「そりゃそうだろう」


 俺だって新聞部の発行物を見たことない。


「ああ? 何言ってんだ? さっきから意味が分からねえ」


 それは「お前の理解力不足だ」と切り返してやりたい所だが、あまりそういう強い台詞を言える立場じゃないのが残念だ。

 なんといっても俺自身、全く気付いていなかったからな。あの生徒会長とのインタビューが終了間際になった時まで。


「第一、新聞部なんてこの高校に存在しないからな」


 なんてこと夢にも思わなかったからな。


「はい?」


 この時、向かい合わせに座っている某『Nノ宮』氏の間の抜けた顔を見て思ったのは、俺も恐らく二週間ほど前に同じ顔をしたのだという事だった。せめて口を閉じろ。みっともない。

 追加で捕捉しておくと。本高校において、確かに新聞部という文化部は存在していた・・・そんな時代もあったんだそうだ。詳しくは知らん。


「部員ゼロ状態が三年続いたから、去年正式に廃部になったんだと」

「・・・・・・」


 二ノ宮は未だに思考停止が継続しているようだ。

 何をそんなにショックを受けているんだ。少々、大袈裟するだろう。そのリアクションは。

 それに心なしか顔色が徐々に青ざめて来ているような・・・。


「・・・・・・ということは」


 大分(だいぶん)の間を置いて、二ノ宮が口をきいた。


「廃部になった新聞部の部室に、あの水島鈴音さんが居たということだな・・・?」


 掠れるような声で、何を言っているんだ。今更過ぎる問い掛けだな。


「えーと、つまい居るはずのない人が居たという訳だよな・・・?」


 ははん、なるほど。コイツが言いたいことが分かってきた。

 そこから次の一言を出すのに、二ノ宮はかなりの覚悟を要したようだった。


「・・・・・・つまり水島さんは若くして死んだ美少女新聞部員というかとか!」


 なんでそうなる。

 これで二人目だぞ。

 二週間前の生徒会長と今の二ノ宮が精神的双子に見えてきた。 俺にはそのことの方がホラーだ。




 ◆ ◆ ◆


 時系列が行ったり来たりするが・・・・・・。

 えー、『今』から遡(さかのぼ)ること『二週間前』。

 『今』というのは、つまり今朝方のヘッドラインニュースにて地元での死体発見が報道された日のことであり。

 ということは、その『二週間前』と言えば俺は放課後に生徒会長と水島鈴音氏と三者面談的インタビューに頭を捻らせていた時のことである。

 俺はなんだかんだ言って、割と本気で真っ当なインタビューをやり通したと自負していたのだが・・・・・・現実とは残酷である。いや、水島が酷い奴というだけかな?

 もう改めて言うまでもないが結論だけ述べると。


「だめ、全然だめ。こんなインタビューを記事になんて出来ないから!」


 一刀両断。塵も残らない言い草であった。

 情状酌量の余地ぐらいはあっても良かったんじゃないか? せめて最終弁論する猶予(ゆうよ)をくれてもバチは当たらないだろうに。

 俺はそう思った。

 だが水島はそうは思わなかった。

 俺も俺で水島のダメ出しに面食らったが、生徒会長の方がずっとショックを受けていたのは間違いないと思った。元々部室に入った時から悪かった顔色をさらに青単色に近づけていく様といったら、真剣に119番も連絡すべきかどうか思案したぐらいだ。


「大丈夫ですか? ものスゴく顔色悪いですけど」

「い、いや・・・ちょっとね。・・・昨日、徹夜したものだから」


 そんな台詞を目の焦点が合ってない人に言われて、どんな反応をするべきか分かるほどに俺は人生経験に恵まれていない。一体、どれだけこのインタビューがストレスだったんだ、と富(と)みに興味が沸(わ)いてくる。そっちの方がインタビュー内容として魅力的だとも思う。

 俺のそんな興味深げな目を気にしてか、は判断しかねるが。

 生徒会長は眉間に皺を寄せに寄せた不健康そうな顔をして、小声で呟いた。


「なあ、君。僕の記憶だと新聞部はもう潰れているはずなんだが・・・・・・彼女は新聞部員の亡霊なのかい?」




 ◆ ◆ ◆


 二ノ宮の台詞を聞いて、生徒会長の言っていた事を思い出したのだが。

 どいつも、こいつも、俺も含めて発言・行動を大概にした方が賢明な奴らばかりであることだ。


 ――――――と思ったので、俺は目の前に居るこいつにも何か言っておくとした。


「なあ、二ノ宮。お前が、その何だ、恋した(?)、とかいう女はだ。勝手に廃部になった新聞部部室を占拠して勝手に学校新聞を発行しようとして、それが学校側に却下されるや否や、誰の許可も得ずに新聞部のブログを開設するようなやつだ。その上、人使いが荒いし。なんというか『あんなの』の恋人になれるのは真性のマゾぐらいだと思うね」


 俺個人としては水島と付き合いが長い訳でもないし、そんな信憑性バツグンの事実だと主張つもりは髪の毛の先っちょ程も無いが、なにせ今の水島は何かに取り憑かれたように高校一年の春の時間を新聞部の活動の為だけに凄まじいパワーで食い潰して行っている。間近で見ていて「彼女は本当にイカれてるんではなかろうか?」と思った事がほんの二週間の間だけでもう二桁を超えている。ちなみに水島を除いて同様の統計を取ってみると、平均(アベレージ)は『0』となる。

それを知って居ながら、二ノ宮に「そうか、さっさと告白してみれば?」というのも気の毒だ。

 だから俺としては、一度(いちど)くらい「少し待て」と言いたかった。

 水島だって無尽蔵のテンションの高さを蓄えているハズもないだろうから、諦められないと言うのならば。せめて五月の連休明けとか、六月の梅雨時期あたりの、水島の元気が一般平均並みに落ちそうな時期まで待ってからでも、二ノ宮の恋路は遅くはあるまいと考えた次第である。

 だが、まあなんと言うべきか。ここは、「やはり・・・」と言っておくとこだろう。

 やはり、どいつも、こいつも大概だ。

 二ノ宮はスクッと席を立ち上がると、実に運動部らしい張りのある声で、高らかに宣言した。


「俺はMでも、Sでもいけるから!」


 教室がやけに静かになった。

 俺をはじめとして、教室内の生徒連中は皆(みな)ポカンとして二ノ宮の真剣な面持ちを眺めるだけであったし。

 不運な数学女教師(一限と二限ともに同じ先生が連続して数学を教えることになっていた、悲劇的な授業日程の妙である)は本日二度目の泣き顔を披露することになった。

 今、よーく分かったよ。

 二ノ宮と水島、実によく似たテンションで。

 先の読めない言動全般も含めて、お二人さんはこれ以上を想像出来ないって程に。

 ・・・・・・お似合いだ。

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