雨が多く全体的にジメジメとした梅雨を越えて、8月。

僕は今も夜になると公園に来ている。

春からは一人じゃなくなった。名前もしらない女性が居る。

缶ビールを呑みながら、話した。別に嫌なことがない日だってここへ来て話した。

その日嫌だったこと、それまで嫌だったこと。

ネガティブな話題が多かったが、夢の話や、楽しかったこと。

いろんなことを話した。

たぶん相手が名前もしらない人だったから吐き出しやすかったんだと思う。

少なくとも僕はそうだった。

そんなことを考えながら猫に餌をあげていると、ガサッと音が聞こえる。

ふっと笑顔になりそうになったが、なんだか笑顔で迎えるのは恥ずかしかったので

特に気にしていないような無愛想な顔で音のする方を見る。

いつもの彼女が立っていた、コンビニ袋を手に下げて。

春よりも少し髪が伸びたような気がする。

柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ている。

「こんばんは」

「こんばんは」

ベンチに座った彼女は、プシュッとビールを開けた。

ゴクゴクっと呑むと公園を眺めた。

僕は猫から視線を外して彼女を見た。

「今日は何かありましたか」

尋ねる。

「今日はなにもないとてもすばらしいなーんにもない一日でした」

ほぼ毎日会っているとたまにこういう日がある。

彼女は毎日嫌なことが有るわけでもない。

いつもは僕の嫌なことを聞いてもらったりするのだけど

今日は僕もなにもないとてもすばらしいなーんにもない一日だった。

最近は嫌なことがあると、彼女に話そうと思って嬉しい気持ちになる。

嫌なことが楽しみにすらなりつつある。

「君って、お酒飲まないの?」

突然だったので少し驚いた。

「飲んだことないです」

「飲める年だっけ、飲める年だよね」

「一応飲めます」

そう答えると彼女は飲みさしのビール缶を僕に向けた。

僕は黙って受け取った、間接キスだと頭を過ぎった。

けどいい歳して気にしているのもダサいと思ったので、グイっと呑んだ。

初めて飲んだビールの味は

苦くて美味しいもんじゃなかったけど、とてもドキドキする味だった。

「どう?」

彼女が心配そうに僕を見る。

「あまり美味しいものじゃないですね」

残念そうな顔をして

「少年にはまだ早かったね」そう言った。

僕はそれを聞いて、もう一度グイッと飲んだ。

なんだか彼女に近づけた気がして嬉しかったからだ。

彼女はそれをみて何も言わず新しい缶を開けて、乾杯してくれた。

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