昼は暖かくなってきたが、夜はまだ寒さが頬を突き刺す。

夜中になると僕はふら~っと近くの公園にでる。

別に都会に住んでいるわけではないので、夜になると一気に人が少なくなる。

元からそんなに多くの人が居るわけではないが、昼頃はちらほらと人が居るのを見る。

家を飛び出してここに住み始めてから、バイトを続けていたがそれも続かなかった。

お金も無いしいっそ死んでしまおうかと思ったこともあったが

死ぬのもうまくできない気がした。

さて、この公園にはガゼボがある。よくある屋根があってベンチがある小さな休憩所のようなところで、東屋とも呼ぶ。

夜中になるとそこにいるのは僕と数匹の野良猫だけになる。

ここで野良猫を眺めながら現実から目を背け続けるのだ。

僕がザラッと猫の餌を地面に撒くと、「みおーみおー」と寄ってくる。

この猫たちも僕ではなく餌に懐いてるのだと思うと、たまに猛烈にいやになってくるが、美味しそうに食べている猫を見るとそれも失せてしまう。

猫には不思議な力があった。

ぼうっと猫を眺めていると後ろでがさっと音がした。

音の方を見遣ると、ボブカットの女性がこちらを見ていた。

コンビニの袋を手に下げて、僕よりも少し背の高い女性。

公園の電灯に照らされた右側と月の灯だけに照らされた左側。

とても綺麗で幻想的だった。

「いいですか?」

彼女が言う。僕はハッとして

「もちろん!どうぞ!」と少し大きめの声が出て自分で少しびっくりしてしまった。

特に興味も無さげにベンチに座った彼女は、袋をガサゴソとあさっていた。

袋からビールのロング缶を取り出し、プシュッと開けた。

間髪入れずに呑んだ。そこそこ長い間呑んでた気がする。

半分くらい減ったんじゃないかと思った。

もっと落ち着いている人だと思っていたので、面食らっていた。

彼女は、ふぅと一息をついて、遠くを見つめた。

僕はそれを見つめていた。

ふと我に帰った僕はまた猫に目線を移した。

猫はかわらずめうめう鳴いている。

「よくここにくるんですか」

彼女が聞いてきた。

「最近は毎晩来てます、嫌なこととかがあると一人になりたくて」

猫から目線を逸らさずに答えた。

言ってから気づいたが、毎日嫌なことがあると言っているようなものだったし

彼女のことを邪魔だと言っているようにも聞こえた。

「そうですよね」

そうですよねの意味が少しわからなかった。

嫌なことがあるから来たとか

嫌なことが多いですよねとか

一人になりたいですよねとか

君は毎晩きてそうですねとか

いろいろな答えが考えられた。もしかしたらその全部かも知れない。

「でも人が居るのも良いものですね」

邪魔だと言っているように取られたくなかったので、フォローした。

彼女は聞こえていないのか聞こえているのか、答えは無かった。

ポツポツと雨が降ってきた。

最初はポツポツだった雨が次第にサーッという音に変わっていく。

彼女はまたグビッとビールを呑んだ。

僕はそれを眺めていたけれど、猫もご飯を食べ終わったので帰ることにした。

本当のことをいうと彼女をもっと眺めていたかった。

ビールを片手に月を眺めている彼女は、なんだか悲しいほど美しかった。

カバンから折り畳み傘をベンチに置いて、僕は帰った。

彼女はこちらをチラッとも見なかった。

使ってくれたら嬉しいけれど、本当のところ。

彼女が返しに来てくれることを期待していた。

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