第6話

 警察との連携が功を奏したらしく、山下公園の事件は事実を曲げて報道された。

 二件の「女子高校生殺人事件」犯人が土曜日夕刻、山下公園にて女性を殺害し凶器を所持したまま山下埠頭に逃走。追跡した警官三名を死傷させ射殺されたと、神奈川県警本部から公式発表があったからだ。

 だが、その代わり、日曜日の昼頃から事情説明を求める大量のメールが送られてきた。すべて、相馬からだ。

 最初は友好的な内容だったが、康則が無視していると次第に脅迫めいた強気発言になり、とうとう泣き言に変わった。

 相馬は、回転が速く明晰な頭脳と鋭い着眼点を持っている。慎重な対応が必要だ。

「資料を用意して、近日中に時間を取る」と返信したところ「いつだ」と聞いてきたので、「今週末には必ず。時間は当日連絡する」と返すと、ようやくメールが来なくなった。

 今週に入ってから、学園内の空気は穏やかだ。

 殺人犯が警察の手により葬られ、親たちも安心したのだろう、登校を控えていた生徒も出席するようになった。

 しかし真の敵はまだ、どこかに潜んでいる。

「なぁ……康則ぃ? うちの女子が死んだ例の事件だけどさ、土曜日に起きた山下公園の犯人と、ほんとに同じかなぁ? でさ、それ何みてんの?」

 金曜日の昼休み時間。スキャナで取り込んだ古文書を調べていた康則は、タブレットの電源を落としデスク前に乗り出している鳴海良昭の顔を見上げた。

「二週間後にある、定期テストの対策問題集だよ。それで犯人がどうとかって話、何か根拠でもあるの?」

 ここにも、解決しなければならない問題が一つあった。康則は注意深く、良昭の表情を読む。

「あー、オレ、物理やばい! まあ、犯人のことは、根拠あるってワケじゃないけどさ。テレビや新聞では、精神異常者による無差別殺人だと言ってるだろ? だけど最初の被害者二人の死に方は、普通じゃなかった。オレが思うに、この事件は人間の仕業じゃない!」

「普通の死に方がどういったものか、俺には基準が分からないよ。人間の仕業じゃないなら、宇宙人のキャトルミューティレーションだとでも? 良昭の頭も、とうとうBSチャンネルに洗脳されたな」

 良昭は、意外そうな顔でドングリ眼をくるりと回した。

「めずらしいな、ヤスが冗談言うなんて。なんか、良いことあった?」

「……何もないよ」

 情報源を聞き出すためガードを緩めたが、少し決まり悪い。敏感に康則の心情を見抜いた良昭は、嬉しそうに笑った。

「入学式の日に助けてもらってから三ヶ月になるけど、やっと……か。もうちょっと、早ければ良かったのにな」

 もう少し、早ければ? それは、もう遅いと言う意味に繋がる言葉だ。漠然とした予感が、康則の胸に影を落とす。

「康則、おまえさ、オレに聞きたいことあんじゃね? 聞きたいこと言いたいことあるならさ、直球で言えよ。知る必要性があるんだろう?」

 康則は、もう驚かなかった。良昭は、事件の核心に触れる場所にいる。そして恐らく、鬼龍の務めを知っているのだ。

 真剣な目を見つめ返し、思った。

 ああそうか、ここでも決断を求められている……と。

「じゃあ、聞くよ。きみの極秘情報は、いったい何処から仕入れているんだ? 今日は、誤魔化さないで答えて欲しい。俺はその情報源を、知る必要がある」

 緊張が解けたように、良昭は大きく息を吐いた。

「これで、初めて対等になれた。だけど、まだ終わりじゃない。情報源については複雑な事情があってね、いまここで話すわけにはいかないんだな。あ、そうだ今日の夜、予定あいてる? オレ、友達と横浜のクラブに行くんだけどさ、一緒にどう? その時に、詳しく教えてやってもいいよ。ねえねえ、日向子さんも一緒に行こうよ!」

 鏡面になったタブレットに映り、康則も気が付いていた。教室の後方、心配そうな面持ちで二人を見守っていた日向子に良昭が声を掛ける。

「俺はまだ、行くとは言ってない」

「ちょっと前だけど、そのクラブで将隆さまに会ったぜ?」

「将隆さまが、横浜のクラブに?」

 この期に及んで、良昭が嘘を言うとは思えない。興味を引かれたが、餌で誘われた気がして不愉快だった。

「あのっ、康則さまが行かれるのでしたら、わたくしも……そのクラブに御一緒させていただきたいですわ」

 いつの間にか日向子が傍らに立ち、拝むように手を合わせて康則を見つめていた。二人の不穏な雰囲気を察して、心配しているようだ。

 良昭の目が、承諾を煽る。

 以前の自分ならば、誘いには乗らず静観しただろう。しかし、それでは事態は動かない。

 危険はない、何かあっても対処できると判断した。

「解った。時間と場所は?」

「放課後、相談しよう。裏門で待っててくれ」

 良昭は、我が意を得たりの笑みを浮かべた。

 放課後、裏門の駐輪場で良昭を待っていた康則は、門扉の向こうから声を掛けてきた人物に、ため息を吐いた。

「やあ、康則くん。奇遇だね」

「奇遇じゃなくて、奇襲でしょう? こういった真似は感心しませんね、相馬刑事」

 相馬は康則の硬い反応に肩をすくめ、頭を掻いた。

「一日でも早く、君に会いたくてね」

「確かに今週末と返信しましたが、学園まで来られては迷惑です」

「まあ、そう怒らないでくれよ。鬼龍家付きになってから、通常業務を外されて暇なんだ。君にメールしても、冷たい返事しか返ってこないしね。どう? 仕事の話は抜きにして今夜、一緒に飯でも食いに行かないか?」

 軟派な手だが、情報を集めるために相馬が使う常套手段なのだろう。

「折角のお誘いですが、先約があります。申し訳ありません」

「ほんと、冷たいなぁ。じゃあ、明日は……」

 相馬が、なおも食い下がろうとした時。

「康則さま、探しました。もう、こちらにいらしてたんですね」

 鞠小路日向子が頬を紅潮させ、息を切らせながら走ってきた。そして相馬に気付くと、慌てて小さな頭を下げる。長い髪が、ふわりと広がった。

「ごめんなさい、お話の邪魔をしてしまいました」

「構いませんよ、もう話は終わりましたから」

 日向子の仕草に康則は、うっかり頬を緩めてしまう。すると二人を見ながら、相馬がニヤリと笑った。

「へぇ……友人相手だと君も、ずいぶん優しい顔をするんだね」

 心外な言葉に康則は、相馬を睨んだ。

 丁度、良昭が裏門にやってきたので、まだ何か言いたそうな相馬を無視して門扉を離れる。

「ヤス~、お待たせ! 二十時に現地集合な? 場所はここに書いてるから……あれっ? いつかの刑事さん?」

 興味深そうに良昭が門扉に近付くと、相馬は康則に手を挙げ挨拶してから慌てて車道の向こうに渡り、敷地外駐車場に姿を消した。戻ってきた良昭は康則に向かって、つまらなそうな顔をする。

「刑事が動いてるなら、まだ事件は終わってないって事だね。もしかしたら、俺たちで解決できるかもよ?」

「……」

 良昭の秘密を知れば、答えが出るとでも言うのか? 

 何が待ち受けていようと、後には引けない。

 康則は、店の場所を記した紙片を握りしめ覚悟した。


 

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