第8話 即バレしちゃいました!

 夜空を月が薄暗く照らしている。

 公爵家で行われたパーティーの翌日、私は早速義兄が暮らす屋敷へと忍び込んだ。敷地の広さは私が暮らす伯爵家と大差がないほど大きく、屋敷自体も最近建てられたものか新しく豪華な造りになっている。


「それにしてもやたらと警備兵が多いわね」

 誰に言うわけでもないがついつい独り言が出てしまう。そういえば最近似たような事で声を掛けられ驚いた事があったわね。

 今頃お城で溜まったお仕事をしているであろうフィル様の事を思い出しながら、闇に溶け込み警備兵の巡回のタイミングを見計らい屋敷へと近づく。


「サーチ」

 小声で探索用の魔法を起動させ、探し物の腕輪を思い浮かべながら検索する。すると反応はすぐに現れ、魔法が指し示す三階の部屋へと向かう。

 このお屋敷の構造は王都でよく見かける三階建のコの字型に建てられたもの、普通最上階が主人が暮らすプライベートエリアになっており、使用人達は一階か別棟に建てられた小屋で生活を送っている。おそらく反応が三階なので義兄の専用部屋か何かではないだろうか?

 まさか私から奪ったものをリゼット義姉様にあげたとも考えられないし、二人の寝室に隠しているとも思えない。


 私は魔法で三階のテラスまで登り部屋の中の様子を伺う。この暗闇の中で部屋の明かりがついていない事から誰もいない事はわかるが、フィル様との一件もあるので慎重に中の気配を探る。

「誰もいないようね」

 腰裏のポーチから細い針金を取り出し、扉と扉の間から差し込み留め金をそっと外す。この手のお屋敷は外観を優先するためにそれ程難しい鍵は使われていない。そもそも強盗ならばガラス窓を叩き割れば簡単に潜入出来るし、警備兵を多く雇い入れる事もないだろう。


 内部に潜入し再び小声で探査魔法を起動する、反応は私のすぐ横に現れた。そこは一見在り来たりの壁と、手前に観葉植物を置いただけのごく普通の光景、だけど反応はその壁の奥を指し示している。

 一瞬部屋を間違えたかと思ったが、観葉植物を置いている床にほんの僅かだが鉢を動かした痕跡に気づいた。多分明るい昼間なら何とも思わなかっただろうが、窓から入る月明かりが偶然そこだけを照らしていたので気付けたのだろう。

 私はそっと壁に触れて確かめると、わずかに亀裂が入っている事がわかる。手前び鉢を音を立てずに横へとずらし、壁の亀裂を調べていると少し窪む個所が見つかった。


「隠し扉って、あの腕輪そんなに高い物なの?」

 装飾品の価値なんて全くわからないが、経営が苦しい伯爵家にそんなに高い物が残っているとは思っていなかったので、今更ながら簡単に手放してしまったことに身震いしてくる。

 見つけた窪みに少しずつ力を入れていくとそこから取っ手が現れ、壁の扉をそっと開くと、その中にはそこそこ大きな鉄の箱が一つ収納されていた


「うそん、これ金庫じゃない」

 起動している魔法の反応は、この重そうな金庫の中を指している。

 私の腰の辺りまでの大きささだから、頑張れば持ち出せない事はないが問題はその重さだろう。開ける方法が鍵ならばそれらしいものを探し出せばいいのだけれど、どうもこの金庫はダイヤル式で番号が分からないと開かない仕組みになっている。

 まさか義兄を見つけ出し脅して聞き出すわけにもいかないし、折角ここまで来たのに手ぶらで帰るのも何となく負けたようで嫌だ。


「まぁいっか」

 例え重い鉄の箱とはいえ私には対象物を軽くする魔法がある。このサイズの金庫を抱えながら屋根から屋根へと飛び跳ねるのは、バランスを崩さないようにする事が重要になるだろう。

 私は特に深く考えることなく金庫を持ち出すべく魔法を起動する。その時だった。


 ついつい金庫の事で頭がいっぱいだった私は、部屋の扉が開くまで人の気配を全く気にしていなかった。

「! 貴様、何者だ!」

 何者なにも、暗闇の中で重そうな金庫を両手で抱え持ち、怪しいマスクをつけた人間がいれば変質者か泥棒の二択ではないだろうか? うん、自分で言ってて悲しくなってきた。

 とりあえずこの場は逃げなければならない、何か気を散らす物はないかと考えた時、私の頭に昨日のパーティーの出来事が浮かんだ。


 よし、蹴ろう。

 別にこんな男に気を使う事はないんだ、この際だから昨日泣かされた仕返しをしてやる、物理的に。

 私は金庫を抱いたまま一気に詰め寄り飛び蹴りをかます。


「怪盗きーっく!」

「ぐぎゃ」

 抱きかかえた金庫の重みが乗ってしまったのか、思っていた以上に威力があり、大きな音を立てながら義兄と一緒に扉を突き破り廊下まで飛び出してしまった。

(うぁ、ちょっとやりすぎたかなぁ。)

 目の前で伸びている義兄の様子を伺うと死んではいないようなので安心するが、今の音で下の方から「何だ今の音は」と言う声が聞こえて来る。


「やばっ」

 騒ぎが大きくなる前に、さっさと入ってきたルートから脱出を試みようとしたとき、向かいの部屋の扉……つまり私の目の前の扉が開く。

「何の騒ぎなの?」

「……。」


 目の前に現れたのは言わずと知れたリゼット義姉様。

 彼女はまず私の顔を見てから足元に転がっている義兄を見、最後に抱えている大っきな金庫に目をやった。

 流石にマスクをしているので私だとは気づかれないが、誰がどう見てももう申し開きのない現状。ここで「怪しい者じゃないので、それじゃ。」と言っても信じてくれる人は居ないだろう。いや、今の私は怪し人か。

 このまま義姉様を張り倒して逃げるなんて以ての外だし、睡り草を使うには両手がふさがっている。私に残された選択肢はただ一つ、黙って逃げる!


「えっと、こんばんわ?」

「あ、はい。こんばんわ」

 私が逃げることを決意したとき、いきなり声をかけられついつい返事をしてしまう。さすが義姉さま、こんな時でも挨拶を忘れないとは尊敬しちゃいます。

 いやいや、そんな事より早くにげないと。


「ところで、こんなところで何してるの? クリス」

 ブフッ!

「ヒ、ヒトチガイデス、オネエサマ」

 思わず動揺してしまったが咄嗟に声色を変えて返事をする。

 こんな怪しい姿で私だとバレてしまえば速攻牢屋行きが決定するというもの、マスクさえ外さなければ後でいくらでも誤魔化せるはず!

 金庫で顔を隠しそーっと元来た部屋へと移動する。


「貴方ね、声色を誤魔化すなら義姉様はないでしょ」

「へ?」

 あれ? 今何て言った?

 ため息交じりの義姉様の表情を見て、サーッっと血の気が引いていくのが自分でもわかる。そんな時階段の下の方から誰かが上がってくる足音が響いた。


 どうしょうどうしょうと迷っていると「とにかくこっちに来なさい」と無理やり自室に連れ込まれ、衣装部屋へと誘導される。

 「ちょっとそこで隠れてないさい」



「奥様、何の騒ぎですか!」

 義姉様が部屋の外へと出たのと同じタイミングで何人かの男性がやってきたようだ。ここからじゃよく聞こえないが旦那様や医者を呼べなどの声が聞こえて来る。

 その後はバタバタと慌ただしく動き回る足音と、慌てた男性たちの声が聞こえて来るが、一向に部屋の中には誰一人入ってくる様子はない。しばらくして部屋の外から声が聞こえないようになった頃、ようやく衣装部屋の扉が開かられ、目の前に現れたは呆れ顔の義姉様。


「さて、説明してもらいましょうか」

 

***************


 いつものように自分に与えられた自室で調べ物としていたら、突然部屋の外から可愛い女の子の声と、ドスンと大きな音と、最後にカエルが潰れたような声が聞こえてきた。

(かいとうキック? 今の声ってどこかで……)


 私は一旦調べていた書類を机の中に隠し廊下へと続く扉を開くと、そこには見るから怪しいマスクを付けた女の子が驚きの目をしながらこちらを見ている。

 足元に転がる旦那を見て、その次に女の子に不釣り合いの大きさの金庫に目をやったところで私は初めて驚きの表情を表す。別に女の子が金庫を軽々持っている事に驚いたわけでは……いやこれも正直驚いたけれど、本当に驚いたのは金庫そのもの。だって私がずっと探し求めていた物が目の前にあったのだ、思わずその金庫を何処でと言いかけたところで、目の前の女の子に違和感を覚える。あれ? この子クリスじゃない。

 ブロンドの長い髪に背丈もちょうど同じぐらい、何しろ昨日出会ったばかりなのだから分からない訳がない。

 出会う前までは旦那から散々悪いイメージしか聞かされていなかったので、正直昨日は警戒していた。私の、いや私たちの計画の邪魔になるようなら排除する必要があったから。

 でもいざ彼女自身を目にすると、旦那達の事を心底嫌っているし敵対心すら浮かべていた。


 本人は否定していたが、話してみると意外と外見も中身も可愛らしく、フィルが好きになる気持ちもわかるような気がした。

 最近は旦那と義父、そして旦那の妹のせいでイライラが溜まっていたので、クリスの存在は私にとって結婚生活以降初めてよかったとさえ思えたのだ。



「ところで、こんなところで何してるの? クリス」

「ヒ、ヒトチガイデス、オネエサマ」

 私は純粋に何をしているのかと聞きたいだけだったのに、見事なまでの慌てっぷり。その様子を見た時、最近街で噂の怪盗の事を思い出した。


 そういえばあの怪盗って、うちが経営する商会やその関係のところばかり押し入られると、旦那が怒っていたわね。つまり全部クリスの仕業って事? そう考えると色々納得出来る事が出てくる。

 とりあえずこちらに向かってくる足音が聞こえてきたので、クリスと思われる女の子(いや確実にクリスだけど)を自室の衣装部屋とと追いやり、私は部屋の外で旦那を気遣う振りをする。

 その直後に数人の男性使用人が慌ててこちらにやってきた。


「奥様、何の騒ぎですか!」

「怪しい人物がラフィエルを張り倒して逃げていったわ」

 まぁ、間違った事は言っていない。クリスの姿は十分過ぎるほど怪しかったし、張り倒した事も間違いないだろう、あっ、靴の足跡……ん〜、この場合蹴り倒したって方が正しいのかな?


「あなたは外の警備兵にこの事を連絡して、他の人はラフィエルを運ぶのを手伝って」

 邪魔臭いがテキパキと指示をだして使用人達を追い払う。旦那はまぁベットに寝かしておけば別にいいだろう、後は私は介護するとか言っておけば誰も近寄らないだろうし、こんな男の為に医者を呼び出すのも勿体無い。隣の寝室に速やかに運ばせ使用人達を追い払う。

 当然介護なんてするつもりは全くないので、この階から誰もいなくなった事を確認し自室に戻った。


「さて、説明してもらいましょうか」

 少しは落ち着いたのか、それとも観念したのか、うっすら涙目のクリスの姿がそこにあった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る