第7話 パーティーの裏側で
「ラフィエル、クリスと約束をしているから連れて行くわね。」
私が必死の抵抗としてリゼット様を睨めつけていると、突然腕を掴まれ強引に引っ張られて行く。何が何だか分からないままお屋敷の中へと入り、客間と思われる部屋の中へと連れて来られた。
「ちょっと何て顔をしているのよ、シャーロット何か顔を拭くものはないかしら?」
未だ何が何だか分からないまま椅子に座らされ、リゼット様は先に部屋の中におられた女性の方に話しかけられる。
あれ? シャーロット様って先ほどお会いした公爵令嬢様? するとお二人はお友達と言う事なんだろうか、身分も近いお二人なら仲が良くても何ら不思議ではないし。
「これでいいかしら?」
シャーロット様がそう言ってタオルをリゼット様に差し出して来られる。
「もう涙でお化粧が落ちかけてるじゃない。」
受け取ったタオルで丁寧に私の目元を拭いてくださるリゼット様、何んだろうこの状況は。
「あの二人に何か言われたの?」
タオルで拭いてくださった後に簡単にお化粧を直しながら話しかけて下さるが、今の状況について行けない私はただ首を傾げるばかり。
「ちょっとリゼット、クリスが困っているわよ。」
私の様子を見ていたシャーロット様が助け舟を出して下さる。
「あぁ、ごめんね。私てっきりあの二人に虐められてるんじゃないかと思って連れて来ちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「えっ、いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」
どういうこと? 何故リゼット様が私を助けてくれるの?
「私が言うのも何だけど彼奴って嫌な奴でしょ? 何かにつけて自慢ったらし事ばかり言ってきて、正直私もウンザリしているのよ。」
彼奴っていうのは義兄の事だろうか? それ以外に思いつかないけど、仮にも旦那様にあたる人をそんな風に言ってもいいのだろうか。
「あのー、何で助けて頂いたのでしょうか?」
「何でって、会場で貴方を探していたらあの二人に絡まれていたから連れて来ただけよ。さっき約束したでしょ? 後で話がしたいって。」
「はい、でもそれはフィル様の話じゃ?」
いやそれは聞いていたけど、恋敵の私を助ける動機にならないのでは? 私が不思議がっていると
「何でそこにフィルが出てくるのよ。」
「あっ、もしかしてクリスちゃんもあの噂を信じてる人?」
あの噂とはフィル様とリゼット様が結婚していたかもしれないと言う話だろうか?
「えっとリゼット様とフィル様の事ですよね? はい聞いております。」
「あぁ、あれは全くのデマだから安心しなさい。私とフィルは兄妹みたいな関係だから恋愛感情はお互いにないわよ。」
どうも噂話に心当たりがあるのかすぐさま否定されてきます。
「そうなんですか?」
リゼット様の話では小さい頃から一緒にいすぎて、フィル様とは恋愛感情まで発展しなかったんだとか。何でも学術的な話ではお互い3歳以下で出会った場合、恋愛感情ではなく兄妹として認識してしまう場合があるらしく、お二人の間ではお互い異性として見るという事が出来なくなっているらしい。
「じゃなんで助けていただけたのでしょうか?」
私にフィル様の事で文句を言いたいと言う訳ではないとすれば、ますます助けていただいた理由が分からない。
「さっきも言ったけど約束していたでしょ? シャーロットを待たす訳にもいかないから強引に連れてきたのよ。それに泣いている子をそのまま放っておくなんて事は出来ないわよ。」
どうも私の事を義兄から聞かされており、心配だからと三人で普通にお茶を飲みながら話が聞きたかったらしい。
うぅ、リゼット様って凄くいい人なんだ。それなのに私、誤解して思いっきり睨めつけてしまったと言うのに……ぐすん。
「ちょっと、だから泣いちゃダメだって。またお化粧が落ちちゃうでしょ。」
私の目に浮かんだ涙を慌てて拭き取って下さる。
「クリスちゃんってあの二人と随分性格違うんだね。」
「それはそうよ、ラフィエル達とは一緒に暮らしてなかったんだから。」
「そうなの?」
「あ、はい。私はその……」
どうやらリゼット様は私のどこで暮らしていたかまでご存知のようだけど、シャーロット様は私たち3人が一緒に育ってきたと思っているようだ。
いちお父から口止めをされているから言っていいものかどうか迷っていると
「クリスはあの二人と母親が違うのよ、だから一緒に暮らしていなかったし、あんな嫌な性格には育たなかったのよ。」とあっさり暴露。
先ほどから聞いていると、リゼット様はどうも義兄達の事を嫌っているような感じがする。
「リゼット様ってお義兄様の事を……」
「嫌いよ。だってあの性格よ? 両親や領民の為じゃなきゃ誰が結婚するもんですか。」
「それでいいんですか?」
随分ハッキリとされているけど結婚なんて一生に一度のものだ、そんなに嫌いな人と一緒にいなければならないって辛くないんだろうか?
「クリスだって初めは嫌々の結婚だったんでしょ?」
「はい、私の場合はお母さんの生活の事を持ち出されて……」
「うわ、何てサイテーな奴らなの。でもまぁ、私も似たようなものよ。貴方も私の立場なら嫌な奴でも結婚していたでしょ? それに私達貴族の女子は幼い頃から言い聞かされているから覚悟は出来ているのよ。」
こんなに軽く言われているが、結婚の話が持ち出された時は相当な覚悟が必要だった事は私にもわかる。今まで貴族なんて綺麗な服を着て美味しい物を食べているだけの人だと思っていたけど、フィル様やリゼット様達を見ていると、そんな風に外側しか見ていなかった自分が恥ずかしくなってくる。
「これからもしあの二人に虐められたら言ってきなさい、ちゃんと私が守ってあげるわ。これでも立場上クリスは私の義妹になるんだから。」
ぐすん。フィル様もお義母様達もやさしかったけど、リゼット様の存在は私に大きな安らぎを与えてくれた。
「リゼットお義姉様……」
「ほら、また泣く、もうこの子は」
よしよしって感じで優しく抱きしめてくれる。血の繋がっているのがあの人達じゃなくてリゼット様だったと思うと、私は今頃怪盗なんて仕事はしていなかっただろう。
もしかしたら内側から変えていこうと考えたのかもしれない、だけど今更何を言っても言い訳にしかならない。まったく世の中って何でこんなにも理不尽なんだろう。
「さて、何時までもこんなところ隠れていても仕方がないから会場に戻らなきゃね。」
「そうだ、お義母様達が心配しているかもしれない。」
すっかり和んでしまっていたので忘れていた、今頃私の姿が見えない事で心配させちゃっているかもしれない。
「そこは普通フィルの名前でしょ、相変わらずあの子は頼りないんだから。」
「そ、そんな事ないですよ、フィル様もとっても優しいんですから。」
「頼りないところは否定しないのね。」
「えっと……」
「……ぷっ」
「あははは」
私が言いよどんでしまった事が面白かったのか、リゼット様とシャーロット様が突然笑い出され、それにつられて私も一緒に笑い出してしまった。
そのあと三人で会場に戻り、探し回ってくださっていたフィル様に謝ってからお義母様達と一緒に帰路へと着いた。
結局エリスお祖母様達とゆっくりお話出来なかったけど、私の機嫌は非常に穏やかだった。
ただ一つ心残りが義兄に奪われた腕輪だが、必ず奪え返しに行くと決めている。フィル様との約束は怪盗の仕事をするときは必ず相談する言っていたが、こればかりは話すことが出来ない。話せばきっと止められるだろうし、諦めるよう説得されるに違いない。
だから約束を破ることにはなるが黙って行くつもりでいる、腕輪が売られる前になるべく早く行動に移らなければならないだろう。
下調べも何も出来ないが、私の魔法があれば腕輪の在り処は簡単に分かるはず。あんな人の心も無いような人達には絶対負けないんだから。
―― おまけ ――
「そういえばクリス、あまり食事を取っていなかったみたいだけどお腹は減っていないの?」
帰りの馬車の中、フィル様が思い出したかのように私に尋ねて来た。
「そういえばすっかり忘れていました。」
フィオナにコルセットでキツく締め付けられているせいか、お腹が空いているって感覚が全くなかったわ。
「あら、もったいないことをしたわね。せめてデザートだけでも食べておけばよかったのに。」
「デザートですか?」
お義母様が残念そうに私に言って来る。そらぁ甘いものは大好きですけど、そんなに美味しいものだったのだろうか?
「今日のパーティーに出されていたデザートは全てアリス叔母様手作りなのよ。」
ん? アリス叔母様と言われても私には今一ピンとこない。有名な人? って思いフィル様に救いの目を向ける。
「クリスの大好きなローズマリーの創設者の方だよ。エリスお婆様のお姉さんに当る方でスイーツ業界に革命を起こしたと言われている人なんだ。」
何ですと!?
「お義母様それ本当なんですか!」
「えぇ、そうよ。出席者の皆さんからも評判が良かったってお母様もおっしゃっていたわ。」
うわぁー何たる失態! そんな人の手作りデザートを食べ損なうなんて!!
「あらあら、そんなに食べたかったのね。それじゃ今度叔母様にお願いしてみるわ。」
私が一人苦悩していると優しいお義母様が素敵な提案を。
「本当ですか!? ぜひお願いします! あぁローズマリーを作った方のデザート、どんな味なんだろう。」
馬車の中でクスクス笑われていますが今の私はめげません。デザートをゲットして腕輪も取り返してみます!
そう心に誓うのでした。
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