第6話 お祖母様との出会い

はぁ……

パーティーに来てからまだ30分程度しか経っていないというのに、すでに私は帰りたいモード全開です。


あの後フィル様にご挨拶される方々が引っ切り無しに来られ、一組終われば次の組が来るといった感じで未だ挨拶地獄から抜け出せません。しかも奥様方は何故か私に向けて黒いオーラを放たれており、会話の中に鋭い棘が含まれているとい始末。これが新人虐めと言うヤツなんでしょうか? それとも私が庶民出身と言うのが気に食わないのか、……やっぱ両方かなぁ。


「疲れたかい?」

「いえ、大丈夫です。」

フィル様が気遣ってくださいますが、ここで疲れましたなんて言って困らせるわけにもいきません。


「これはフランシスカ伯爵、お久しぶりでございます。」

「お久しぶりでございますサルビア子爵。」

ほらまた来たよ、ゆっくり話している暇さえない。今度の方は年齢は少し上ぐらいで気の弱そうな旦那様とお化粧のケバい……コホン、素敵な奥様、なんだか見た目が凸凹夫婦ですね、私は先ほどから繰り返している作り笑顔で対応する。


ここでのポイントはこちらから話しかけない事。この方がもし私達の結婚式で顔合わせをしていた場合、『はじめまして』と言ってしまうのは失礼に当たってしまう。だからあえて向こうから話かけてくださるのをじっと待ち様子を伺う、何も話しかけてこられなければそれでいいし、何か言われても相頭打ちだけしていればいいとお義母様が言っていた。さてこの方はどちらなんだろう?


「クリス様とは初めましてですね、私はオスカード・サルビアと申します、お二人の式には都合で参列できず申し訳ございませんでした。」

フィル様との会話の途中で私に話を振ってこられたオスカード様、ふむふむこちらのご夫妻は初見えと言うわけですね。


「初めましてオスカード様、奥様も初めまして。クリス・フランシスカと申します。」

「「えっ!?」」

「ん?」

あれ? なんだがフィル様とオスカード様の反応がおかしいぞ? 私何かミスっちゃった?


「クリス……君のお義姉さんでしょ?」

「はい?」

今なんつった? 私のお義姉さん?

その言葉が徐々に頭が理解していくと同時に額に冷や汗が浮かんでくる。ヤバイ、ヤバすぎるぅー

そーっと顔を上げるとそこにはお化粧を塗りたくったアナスタジア義姉様がいました。


「お、おほほほ、お義姉様が余りにもお美しすぎて見間違えてしまいましたわ。」

ほほほと笑いで誤魔化してみたものの鬼の形相でこちらを睨めつけてきます。

わざとじゃないのよ、余りにも化粧が濃すぎるから分からなかったんだよー。

そもそも人の顔を覚えるのが苦手な私が、たった一度会っただけで覚えられるはずないじゃない。


旦那様方がこの場の空気を変えようとフォローしてくださいますが、私とお義姉様の間には無言の冷たい風が吹いております。きゃー誰か助けてー


「フィル、クリスちゃん、そろそろ公爵様にご挨拶に行きましょうか。」

神様キター!

気まずい雰囲気をぶった切って下さったのは神様こと素敵なお義母様、もう一生付いていきます!

公爵様というお名前がでた以上雑談はここまでって事で私たちは無事救出されました。


「クリスちゃんが何か困ったような顔をしていたから話かけたのだけど、大丈夫だった?」

「はい、お義母様ありがとうございます! すっごく助かりました、もうナイスタイミングって感じです。」

どうやら私たちの様子を見ていて下さったようです。

私は旦那様の腕を振りほどきお義母様の腕にしがみつくと「あらあら、フィルに焼もちを焼かれちゃうわね。」と言いながら私の頭を軽く撫でてくれます。もうお義母様はマジ神様です。

隣でちょっと拗ねたフィル様はこの際見なかった事に。




「お久しぶりでございます公爵様、公爵夫人。」

義父母様とフィル様に続き公爵夫妻にご挨拶をする。

顔までは覚えていないが、お二人には結婚式でお会いしているので間違っても初めましてとは言えない。

公爵様はどことなくお義母様に似た顔立ちで同じ白銀の髪色、お隣におられる素敵なご婦人が公爵夫人で、左隣のお二人がご子息のクロード様とそのご令嬢シャーロット様、さらに反対側おられるご年配の夫婦が前公爵様という事なんだろう。……あれ?

全員お顔を覚えようとそれぞれの特徴を探していると、前公爵夫人と思われる方の膝の上に見慣れた白いモフモフが目に付いた。


「みゃぁー。」

「シロ?」

ついつい思っていた事が声に出てしまい慌てて口を塞ぐが、すでに全員に聞こえてしまったようで視線を一斉に浴びてしまった。

でも今日はお屋敷でお留守しているはずのシロがなぜここに? もしかして兄弟とかなのかなぁ? 私が不思議がっているのが可笑しいのか周りでクスクスと笑い声が聞こえて来る。


「この子は正真正銘本物のシロよ。」

そういって前公爵夫人が私にシロを渡してくる。あぁ、この肉球の手触りはいつものシロだ。シロを受け取りながらついつい何時もの癖で肉球を堪能する。

「ふふふふ」

私の行動がなぜかお気に召したようで、前公爵夫人が暖かく微笑んでくださる。


「ごめんなさいね、貴方がシロにしている事を見ていると昔のお姉さまを思い出しのよ。」

「お姉さまですか?」

「えぇ、お姉さまもよくシロの肉球を触っては幸せそうな顔をしていたのよ。」

なんと、私と同類……もとい、同じ感情を持った方がこんな短におられるなんて。なんだかそのお姉さまと呼ばれる方に一度お会いしてみたいなぁ。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この度フィル・フランシスカ様の妻になりましたクリスと申します。」

「これはご丁寧に、私はエリス・エンジウム、フィルのお嫁さんなんだからお婆ちゃんでいいわよ。」

お義母様と同じく白銀の綺麗な髪のエリスお祖母様、若い頃はきっと綺麗な方だんだんだろうと簡単に想像できてしまう程素敵な方。

エリス様のお話ではシロは時々フランシスカのお屋敷を抜け出してここに遊びに来ているんだとか、そういえばシロはもともとお義母様のお母さん、つまりエリス様が飼っていたとおっしゃっていましたね。

それにしてもフランシスカのお屋敷からは結構距離が離れているのによく一人(一匹?)で来れるわね。


シロのお陰で一気に公爵様御一家と和んでしまい、後ほど一緒にお茶でもしましょって事で一旦フリータイムへと移行しました。

私たちの後にも大勢の出席者の方々と挨拶されるみたいです、主催者側というもの楽じゃないんですね。

ここでお義母様たちともお別れして私とフィル様はダンスエリアへと足を運ぶ事に。

来ました本日最大の難関ダンスタイム、普通のパーティーなので難しい曲は流れず素人さんにも優しいらしいが、今までヒールなんて履いた事がない私にとっては踊るという動作は中々に難易度が高いんです。


本当ならフィル様とのダンスもご遠慮したいところなんですが、夫婦仲がいい事を見せておかなければご婦人方の噂話に上がってしまうんだとか。

「まぁフランシスカご夫妻ってダンスすら踊らないらしいんですってよ。」

「私聞きましたわ、フィル様っていやいや小娘とご結婚されたって。」

「それじゃ夫婦仲はもうおわりですわね。」

「そんなホントの事を言ってはいけませんわ」

「「「おほほほほ」」」

てな感じで広がっていくとフィオナがモノマネをしながら言っていた。


私たちは流れるワルツの曲に合わせてステップを踏む。この三ヶ月間みっちりフレディにシゴかれたお陰と、フィル様のエスコートのお陰で思ったより自然と体が動く。

「随分練習したんだね、とても初めてのダンスなんて思えないよ。」

「あ、ありがとうございます。フレディに毎日シゴ……教えていただいてますので。」

「ぷっ、フレディは何でも完璧主義だからね、根はいいヤツなんだけど。」

「はい、それは見ていれば分かります。実はメイドたちからも頼りにされてるんですよ。」

二曲目に突入した辺りで私にも少しづつ会話ができるぐらいには慣れてきた。こうしてダンスをしてると二人の距離って結構近いんだなぁって改めて思えてしまう。

そして再び曲が変わるのをキッカケに私たちは一度休む事にした。


「どこかのテーブルで休みますか?」

会場にはいつでも休めるようにテーブルと椅子が並べられている。主催者である公爵様の隣にもテーブルは用意されているがそこは公爵家御一家専用で、それ以外は誰でも使っていい事になっているんだそうだ。

「そうだね。」


「クリス様お久しぶりでございます。」

私が空いているテーブルを探そうとしていると若い女性陣がフィル様を取り囲んでしまった。

まるで私を近づけないよう壁を作りしきりにダンスのお誘いをされている。旦那様は困った顔をされているが、女性陣から立ち込める黒いオーラに私はつい

「私は少し疲れましたので休んでおりますね、旦那様はごゆっくりご雑談なさってください。」と早々とその場を立ち去る。

あんなドス黒い女の戦いは是非ご遠慮したいところだ、ダンス程度修羅場が回避出来るなら喜んでフィル様を差し出しますよ。チキンなめんな。


フィル様から離れた私はなるべく目立たない場所を探し退避する。こんな地味子で端っこにいる私に話しかけるレアキャラはいないだろうとタカをくくっていると、こちらに向かってくる男女のカップルが……って義兄と義姉じゃない! 逃げ出そうと試みるが端っこに陣取っていたため退路がない。結局怯えながら待ち構えていると

「さっきのはどういうこと!」

義姉が開口一番小声で怒鳴りつけてきた。

さっきの事とは間違えて『初めまして』と言った事だろう、まさか厚化粧で分かりませんでしたとはいえず、緊張しすぎていてテンパってしまいましたと誤魔化したが、どうも腹の虫が収まらないのか尚も私に鬼の形相で迫ってくる


「貴方ね、自分の立場が分かっているの! 本来ならゴミみたいな生活をしていたところを私たちが助けてあげたのよ、それを感謝もせず何て態度を取っているのよ!」

「自分の置かれた立場を勘違いしてるんじゃないだろうな、お前はただお飾りのためだけに存在しているんだ。余計な事は考えず、ただ俺や父の言う事を素直に聞いてればいいんだ。」

以前お母さんに見せた態度で私に言い寄ってくる。ここで何かを言い返したいところではあるが、倍以上になって返って来るのが分かっているし、お母さんの事も心配なのでジッと我慢するが、この二人は自分たちが苦労もせず暮らしている近くで、泣いている人たちが大勢いると言う事を知っているんだろうか。そう思うと次第に腹が立ってきた。


「……申し訳ございません。自分の立場も分かっておりますし、逆らうつもりもございません。」

沸き起こる怒りを抑えながらなんとか口から言葉を捻り出す。

「ふん、分かっているならいいわ。」

「初めからそうやって従順な態度を見せていればいいんだ、何かあればこちらから指示するからそれまで大人しくしていろ。」

私の態度に満足したのだろう、こちらとしては初めから逆らうつもりはないが、従うつもりは毛頭ない。


「おい、これはなかなか良い物じゃないか。」

そういって義兄が触れてきたのは私が腕にはめている腕輪だ、今身につけている装飾品は全てお義母様から譲り受けたもので、この腕輪もその一つである。

私の細身の腕でも邪魔人らないような落ち着いたデザインで、淡い色の石が幾つか散りばめられており、年若い子が好みそうな可愛い腕輪。


「これはお義母様からの頂いたものです。」

こんな人に一時でも触れていたくないので素早く腕を引っ込め、腕輪を隠すように後ろに回す。

「お前には勿体ないぐらいの品だな、おい、もう一度見せてみろ。」

つい今しがた逆らわないと言った手前見せないわけにもいかないし、かと言ってまた体には触れられたくもない。仕方がないので腕輪を外し義兄へと渡す。


「ほぉ、やはり大したものだな。」

そう言って目の前に腕輪も持って行きマジマジと見つめている。

私に宝石や貴金属の価値は分からないが、伯爵家の持ち物なのだからもし売ったりするとそれなりの金額にはなるんじゃないだろうか。

「いいだろう、これは俺が貰っておこう。」


「……は?」

今この人何て言った? 貰っておこうとかいいませんでしたか?

私が頂いたものではあるが、今身につけているものはすべて伯爵家の持ち物だ。はいどうぞと簡単に渡せるわけがない。そもそも何故義兄に私の持ち物を差し上げなければならないのだ。


「待ってください、それは伯爵家の持ち物です。お義兄様と言えど差し上げるわけにはいきません。」

慌てて取り返そうとするが、すでに懐のポケットにしまわれてしまい強引に取り返そうとする。


「お前が貰ったものなんだろう? だったら構わないじゃないか。それとも何か、俺に刃向かおうと言うのか?」

「逆らうつもりはありません、ですが腕輪をお渡しすることは出来ません。」

取り返そうと抵抗するが、義姉に阻まれて近寄ることができない。


「こんな処でさわがないでよ、みっともない。全く育ちが悪いとこうも品がないなんて、貴方の行動が私たちの品位にも関わってくるんだから。」

人のものを奪っておいて何が品位だ、育ちが悪い? 上等よ、私は庶民育ちだからって悔やんだり恨んだりした事など一度だってない。

お金持ちがそんなに偉いの? お金があれば幸せなの? 悔しい、お金も宝石もいらないのけどこんな人達に負けるなんて悔しすぎる。


「何泣いてるのよ。あらよく見ればそのイヤリングもいいわね、それもこちらに渡しなさい。」

もう嫌だ、こんな人達にお義母様の持ち物を何一つ渡したくない。逃げなきゃ、早くこの場から逃げ出さなきゃ全部取られてしまう。

そう思うが私の足は一向に動こうとない。心のどこかで逃げたくないって気持ちと、腕輪を取り返さなきゃという気持ちが私が体を動かすことを拒否している。


「何をしているのラフィエル?」

突然私たちの中に割り込んできたのは義兄の奥様であるリゼット様、一番最悪な場面で来るなんて何て嫌な奴なんだろう、これで私の逃げ道が完全に閉ざされてしまった。

最後の抵抗としてうっすら涙を浮かべた顔でリゼット様を睨みつける。もういっその事ここで大騒ぎを起こして自害したい気分です。

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