第5話 恋敵の出現です

カタカタカタ

一台の馬車が貴族区と呼ばれる街並みを通り過ぎる。


「クリス、緊張しているの?」

「ハ、ハイィ!」

普通に返事をしたつもりが緊張のあまり声が裏返ってしまい、フィル様やお義父様達にクスクスと笑われてしまった。


「この間も言ったけどそんなに緊張しなくてもいいのよ、今から行くエンジウム家は貴方にとっても実家のようなものだし、兄様達と会うのも初めてじゃないでしょ?」

笑顔でお義母様が話しかけてくれるが、そんなもの何の慰めにもなっていない。

そもそも兄様とおっしゃっていますが現エンジウム公爵様ご本人だし、お会いした事があると言っても結婚式の時に軽くご挨拶しただけなのだ。正直あの時はあの時でテンパっていたので顔すら覚えていない。


「そうなんですが……実はあの時も緊張しすぎていてお顔を覚えていないんです……」

「大丈夫よ、兄様のところへ行く時は私も一緒について行ってあげるから。」

「ありがとうございます。でも他の方々に挨拶回りするにも誰が誰だかわからないし、なんてご挨拶をしていいのかもわからないんです。」

公爵様の存在も怖いが私にとっては完全に未知の世界なのだ、当然友達と呼べる人なんて誰一人として存在しないし、私の評価はそのまま伯爵家へと跳ね返ってくる。挨拶一つ、世間話一つで私の質が図られてしまうかと思うと怖くて喋れない。


「そんな事を心配していたの? そんなのフィルの隣でニコニコしていればいいだけだから。」

「そ、そうなんですか?」


「えぇ、私だって出席者全員の顔なんて覚えてないし、会話なんて適当に『はい』とか『そうですね』とか言っておけばいいのよ。あとはフィルが対応してくれるわ。」

そんな程度でいいの? それなら何とかなりそう。


「それに何か困った事があったら私が助けてあげるから。」

ガシッ! お義母様ってなんて心強いの! 思わず両手を握り目をうるうるさせてしまいましたよ。


「私、お義母様にずっと付いていきますね!」

「任せなさい、可愛い義娘の為だったら何でもしてあげるわ。」

「……出来れば僕にも頼ってほしいんだけどなぁ。」

私とお義母様との友情を確かめ合っている隣で、何故かフィル様が悲しげな表情を浮かべていた。




「それじゃ公爵様達が出て来られる前に挨拶回りでもしようか。」

公爵邸に着いた私たちは広い庭園に案内され、すでに多くの人たちが集まっている会場へとたどり着いた。

まずは一旦ここでお義母様達別れそれぞれ一通の挨拶を済ませてから、後ほど公爵様にご挨拶に行く時に合流する手はずとなっている。


フィル様から事前に聞いていたパーティーの大まかな流れは、まず出席者への挨拶回り。ここで重要なのが自分より爵位の高い上級貴族や上司にはこちらから足を運ぶこと、間違っても向こうから挨拶されるのは立場上いろいろ問題があるんだとか。

フィル様の爵位は伯爵だからこの上に侯爵こうしゃく家と公爵こうしゃく家、あとは王家が存在する。なんだそれぐらいしかないんだと思うなかれ、侯爵家と公爵家は共に王家の血が色濃く残っているいわば王族、伯爵家との間には広くて深い空間が存在している。


じゃ別にワザワザ呼び方を変えなくてもいいじゃないって事になるのだが、侯爵家は国から支援されたり永続的に存在する公爵家爵と違い、一代限りの場合や国から支援される家格保持のための永続資金がなかったりする。悪く言えばぶっちゃけ名前だけなのだが、それでも国からの給費は出るし領地をそれなりの裕福な生活も保証されているのだ。


そして挨拶をしていると本日の主役である公爵様が登場され、これまた上級貴族から順番に挨拶をしに行く。その後はそれぞれお喋りやダンスを楽しむと言う流れになっているんだそうだ。

私としては挨拶だけでお腹一杯なので、ダンスやお喋りはご遠慮するつもりだ。

ちゃんと執事のフレディからダンスをお断りする練習も受けているし、私に話しかけてくるレアキャラもいないだろう。

つまりこの挨拶さえ乗り切れば後は隅っこで目立たないようジッとしていればいいのだ。




「今日ご出席されてい方々って爵位の高い方も当然来られているんですよね?」

周りを見渡しても華やかな衣装を着飾った方々ばかり、何と言っても最上級貴族でもある公爵家主催のパーティだ、流石に王家の方はいらっしゃらないだろうが、二大公爵家と呼ばれるもう一つの公爵家の方は出席されている可能性が高い。


「そうだね、アフリカーナ侯爵様とハルジオン公爵様はご出席されるとは聞いているよ。」

「アフリカーナ侯爵様ですか……」

やはりもう一人の公爵様も来られているらしい、そして私が一番聞きたくなかった名前がアフリカーナ侯爵様。

なぜ付き合いも全くない私が知っているかというと、以前私たちの結婚式で一度だけお会いした事があり、ご本人の印象は余り覚えていないが、侯爵様のご令嬢が義兄の結婚相手に当たってしまうのだ。

アフリカーナ侯爵様は元王女様という事もあって、このパーティーに一族全員が招待されており、当然ご令嬢の夫でもある義兄もそこに含まれている。


これだけでももう帰りたい度MAXなのに、この上義姉もこのパーティーに参加すると聞いている。

彼女は立場上私より下の子爵家に嫁いでしまっているので、向こうから挨拶をしにくる立場になっており、プライドの高そうなあの人は決して私の事を良く思っていないだろう。

はぁ……会いたくねぇー


「大丈夫だよ。僕の近くにいればいいし、アフリカーナ様ご本人はとてもいい人だから。」

私が義兄と義姉を嫌がっている事はフィル様に伝えてあるから心配してくれたのだろう、やっぱりうちの旦那様はやさしいです。


「ありがとうございます。」

ぎゅっとフィル様の腕を力ずよく握りしめいざ出陣です!




「あらもしかしてクリスちゃん?」

「あ、はい。」

にこやかな笑顔で話しかけて来られたのがアヤメ・アフリカーナ侯爵様。そのお隣には旦那様とお嬢様であるリゼット様、そして……


「ご無沙汰しておりますお義兄様。」

侯爵様方にご挨拶を済ませ、義兄であるラフィエルにも精一杯の作り笑顔で挨拶をする。

一瞬睨め付けるようにこちらを見て、すぐさま作り笑顔で返してくる。向こうからすればどこの馬の骨とも分からない小娘に義兄などと呼ばれたくもないのだろうが、それは私とて同じ気持ち。何と言っても会うのがはこれで二回目なのだ、これで兄妹だといわれても誰がハイそうですかと言えるのだろうか。


「結婚式以来ね、フィルには良くしてもらっている?」

「はい、お陰様で優しくして頂いております。」

アヤメ様が旦那様をフィルと呼びつけるのはお義母と大変仲良しだから、そのためフィル様とリゼット様は幼少の頃からのお知り合いで、昔は家族ぐるみでのお付き合いがあったんだとか。

もし戦争が起きなかったり資金不足に落ち入らなければ、お二人は今頃結婚されていたんじゃないかと聞いた事がある。


ご挨拶と軽く会話を済ませ立ち去ろうとした時、リゼット様が私に話しかけられてきた。

「クリスさん後でお話があるんですが、宜しければお時間空いておられますか?」

突然の事で思わずフィル様に助けを求めるも『いいんじゃない』ってバッサリと切り捨てられました。

いや、私が求めていたのはそんな答えじゃなくて、やんわりとお断りしてくださるのを期待していたんですが。


結局フィル様の了承が出てしまったせいで、後ほど私とリゼット様のバトルが決定してしまいました。

義兄の義姉の事でも一杯一杯なのにこの上リゼット様との対決ですか……わかってるのかなぁ旦那様、リゼット様からすれば結婚していたかもしれない人を奪った私は言わば恋敵。しかも彼女の旦那様は私の義兄ときているのだ、私がどんな人物なのかは尾ひれが付いて散々悪い事を吹き込まれているだろう。

あぁ早く帰ってベットに潜りたいよぉ〜。

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