第3話 タイトル変更のピンチです!
「えっと……お散歩……とか?」
目の前の旦那様に視線をずらし人差し指でホッペ掻きながら答える私。
自分で言っといてなんですが大変苦しい言い訳です。
「へぇー、クリスのお散歩はこんな夜に出かけるんだね、しかもテラスから出入してまで。」
ごもっともでございます。私も逆の立場なら同じことを思うでしょう……って違うでしょ! やばいよやばいよ、完全にバレちゃってますよ。 これじゃタイトルを『伯爵夫人の(ばれちゃった)お仕事』に変えなきゃいけないじゃない!
自分でも何やら訳の分からない事が頭を過ったが、私はただ今軽くパニック状態です! この非常時を切り抜けるには
①戦う 旦那様に手を上げるなどもってのほか。
②逃げる 正体がバレてるのに逃げてどうする!
③色仕掛け いやいやそれ難易度高すぎでしょ!
④誤魔化す これはコスプレと言う今庶民で流行っている遊び……これだ!
「こ、これはですね、今庶民で流行っているコスプレと言う……」
「クリス、誤魔化そうとしても無駄だよ。フィオナが全部教えてくれたから。」
う、裏切り者ーー!! いや、メイドであるフィオナは主である旦那様には逆らえないわよね。
彼女を見るとますます小さくなっている様子が見える。
はぁ、仕方がないよね。もうこうなりゃヤケクソだ!
私は両足を開き胸を張る。そして怪しげなマスクにてを添えて高らかに叫ぶ!
「ある時は普通の庶民、またある時は普通の女の子、果たしてその正体は!」
「クリスでしょ。……それに普通の庶民と普通の女の子って同じ意味じゃないかな? 僕としてはどちらかに伯爵夫人か可愛いお嫁さんって入れて欲しかったんだけどなぁ……」
私の決め台詞とも言うべき口上を止めたうえ、何故か少し落ち込まれる旦那様。あっれー、私今何か悪い事言ったかなぁ?
「えっと、何だかごめんなさい。私、旦那様の事は好きですよ? 優しいところとか、優しいところとか、優しいところが。」
「……何故か疑問文になっているところが引っ掛かるけど、僕って優しところ以外は魅力がないんだね……。」
励ましたはずが何故かますます落ち込まれる旦那様、あれあれー、おっかしいなぁ?
何はともあれ何だか誤魔化せたようなので、今のうちに足音を殺しながらこっそりテラスへと逃げ出す。
ガシッ! ごめんなさい逃げられませんでした!!
「うぅ、ごめんなさいぃー。」
ぐすん、逃げられないと悟り素直に旦那様に謝罪をする私。もういいわよ、ちょぴっり楽しかったけど、庶民育ちの私に貴族社会の生活なんて所詮無理だったのよ。わぁ〜ん。
バレてしまった以上警備兵に突き出されるかお屋敷追放は免れないだろう、そして旦那様との離婚はまず間違いなく言い渡される。この場合、全面的に私が悪いので『娘が怪盗なんてしている事が世間にバレたら商会やマズイんじゃないですか』、とか父に言えば別に離婚してもとやかくは言えないだろう、そして私は寒い地下の監獄で一人寂しく死んでいくんだ。わぁ〜ん。
「ちょ、ちょっとクリス、何も泣かなくても。」
急に私が泣き出したもんだから旦那様はワタワタしながら体を支えてくれる。
「わぁ〜ん、今までお世話になりましたぁー。牢屋に入れられる前にローズマリーのケーキが食べたかったよー、わぁ〜ん。」
唯一の心残りは王都で大人気のスイーツショップのケーキが食べれない事。庶民にもお手軽な価格で買え、超絶美味しいケーキがもう二度と食べれないと思うと急に悲しくなり、涙が次から次へと溢れてくる。
「えっと、僕の存在ってローズマリーのケーキより下なのかなぁ? いや、そうじゃなくてお世話になりましたって、僕は別に別れるつもりも警備兵に突き出す事も考えてないから、取り敢えず落ち着こうよ、ね。」
困ったような顔から必死に私をあやしてくれる旦那様。
「ぐすん、私捕まらないの? ……またケーキ食べられるの?」
「出来れば僕と一緒にいれる事を喜んで欲しいけど、捕まらないしケーキも食べれるから。」
よしよしって感じで私の頭を撫でてくれる旦那様、許して貰えると分かり泣き止んだ顔で旦那様を見つめる距離は僅か数センチ! やっぱり私の旦那様はやさしいです。
「コホン。」
見つめ合ったまましばらく動かなかった私たちに、困った様子のフィオレが頰を赤くさせ明後日の方を向きながら咳払いを一回。
気づけば『なに人前でバカップルぶりを全開してるんですか、完全に私の存在忘れてますね!』ってオーラがフィオレの背後から漂っていた。
私と旦那様は急に気まずくなり、背中を向けながらお互いの顔を見れなくなってしまった。
「と、取り敢えずいつまでもそんな服着てないで着替えなよ、僕は寝室に戻って待っているから、フィオレ後はまかせたよ。」
旦那様はそれだけ言うと足早に寝室に繋がっている扉から出て行かれた。
ん〜、何だか許してもらえた感じ?
未だ涙顔の私はフィオレに手伝ってもらい、軽く湯浴みをしてからパジャマに着替える。
フィオレの話では帰って来た旦那様が私が体調を崩して寝ているのを心配され、様子を見るために部屋へ入ろうとしていたんだとか。彼女は必死に旦那様を止めていたがメイドの身では主人に逆らえず、結局最後は私が居ない事がバレてしまったらしい。
旦那様の性格を読みきれなかった私のミスね、次はもっと上手い理由を考えなきゃいけないわね。
そんな事を考えながら寝室へと向かう、フィオレにはこの後の事は明日報告するという事で怪盗の服の片付けを任せ、部屋を後にした。
寝室に入るとソファーで一人お酒を飲んでいる旦那様の姿、私が入ってくるのに気づくと少し体を横にずらし右手でスファーをポンポンと叩く、つまりそこへ座れということだろう。
普段でも隣に座るといったことは殆どないので、少し戸惑いながらも言われた通り少し距離を取りながら座る。すると旦那様が私の体に両手を回し強引に自分の方へと引き寄せられた。
「だ、旦那様?」
今まで見せた事がない大胆な行動に思わず顔を見合わせてみると、頬をすこし赤く染めながら真っ直ぐをこちらを見てくるので、自然と視線が重なり合う。
「よ、酔っておられるんですか?」
「酔う? あぁそうか、僕は酔っているんだ。だから何をしてもいいよね。」
「えっ、ちょむぐ!!!!!」
右腕を私の首裏に回したかと思うとそのまま顔を近ずけてブチュ。結婚式で愛を誓い合ったチュッっとした可愛らしいキスではなく、吸い尽くすかのような熱くて濃厚なキス。
旦那様の口が私の小さな口を見事に覆い尽くされているので、鼻から息をするしかないのだが、こんな間近で鼻息を吐いたら旦那様の素敵な顔に掛かってしまう、ここは必死に我慢するが徐々に限界が……い、息ががぁーーー。
んんーーーっ
必死に抵抗しながら無理やり旦那様を体ごと引き離す。く、くうきぃー。はぁはぁ
「クリスは僕の事がそんなに嫌い?」
無理やり引き離した事をキスを嫌がったと勘違いされ落ち込まれる旦那様。
ちょっぴり甘えるような表情はイケメンだから許されるのではないだろうか、思わずギュッとしたい症状を抑えながら誤解だと告げる。
「ち、違います。息が続かなかっただけです。」
「息? 口を塞がれたなら鼻からすればいいじゃない。」
「そ、そんな事出来ませんよ、だって旦那様に鼻息がかかるじゃないですか……そんなの恥ずかしいです……ごにょごにょ」
「……ぷっ、あはははは。」
私が恥ずかしながらも本当の事を話すと何故か突然笑出される旦那様、私今変な事言った? 女の子ならやっぱ鼻息が相手の顔にかかるのとかって気にするじゃないですか。
「ごめんごめん、そんな事を気にしてたの?」
「そんな事じゃないです、女の子は誰でも譲れない乙女心ってのがあるんですからね。」プイッ
笑われた事にちょっと怒った風に装って抵抗する。
「僕は全然平気だよ、クリスの息なら喜んで受け入れるよ。」
「そうじゃなくてですね、わたしはむぐ!!」
最後のセリフまで言えず再び旦那様の口が私の口を塞ぐ、今度はいくら抵抗しようが一向に離れてくれる気配がなく、むしろ私を抱きしめる力が徐々にキツくなってくる。
そのまま数分間旦那様にされるがまま、超濃厚と言っていいほどの熱いキスをされ続けた。
なんかね、ただのキスだと言うのにもう全身の力が抜けたようにぐったりして、ちょっぴちエッチな気分になりましたよ。未だ火照った体が冷めず、心ここに在らずといった感じで力無く旦那様にその身を預けた。
私は軽く抱きしめられながら
徐々にハッキリとしていく頭を何とか机の上の瓶に目をやると、そこには見慣れたブルーベリー30%の果実水のラベルが。
「……旦那様、酔ってませんよね?」
抱かれながらも旦那様の顔をジト目で見つめながら机の上の瓶へと目線をずらす。するとどこか照れ隠しのように顔をそらしながらこちらを見ようともしない。これは確信犯ですね。
「だ・ん・な・さ・ま。」
「ごめんごめん、そんなに怒らなくても。」
「怒ってません!」
「怒ってるじゃないか。でも僕は嬉しかったよ、クリスの気持ちが何だか分かった気がして。」
私が怒っていると言うのに、何故か上機嫌の旦那様。ま、まぁ、私もそんなに嫌だとは思ってませんけど……ごにょごにょ。
「ねぇ、なんであんな事してるの? フィオナに大体の事は聞いたけど、僕としてはクリスの口からちゃんと聞きたいんだ。」
真剣な眼差しで見つめる旦那様、正体を知ったうえでこれまで通りの生活を許してくれた彼に、私は全てを話す決意をした。
父から口止めされていた自分の出征の事、私がいままでどんな暮らしをしていて何処で暮らしていたか、そしてある日父親の前に連れ出されて結婚させられたかを。
怪盗を始めたキッカケが父の悪事を知った時からで、この三ヶ月間どんな盗みと人助けをしていたかを全て包み隠さず話した。
旦那様は私の出生の事までは知らなかったようで大変驚かれていた。それはそうだろう、あの父が自分に不利益になるような事を教える訳もないだろうし、私にも母の存在をチラつかせ口止めをしていた。
フランシスカ家からしてみれば赤字経営のドン底で、相手を調べるような真似をして機嫌を損ねてしまうと、結納金目当ての結婚が無くなってしまう可能性がある。例えどんな人物であろうが資金さえ調達できれば誰だって良いのだ、あえてリスクとお金を使ってまで調べようとはしないだろう。
「ごめん、クリスがそんな生活をしていたなんて思ってもいなかった。それじゃ君は僕たちのせいでお母さんと……」
「待ってください、私は旦那様にそんな顔をして欲しくて話したんじゃないんです。確かに最初は嫌々の結婚でしたが、いまでは旦那様と引き合わせてくれた事だけは感謝しているんです。ご義父母も使用人の人達もみんな優しくして下さいますし、旦那様だって私の事を大切にしてくださっているでしょ。だから私は今とても幸せなんですよ。」
悲壮が漂う旦那様に私はとびっきりの笑顔で笑いかける。これは別にお世辞でも旦那様を励ます為でもない私本心の気持ち、貴族社会というしがらみだけは慣れないが、今はまだ社交界やお茶会と行ったものに参加している訳でもないし、孤児院の子供達に何かしてあげられている事も旦那様のお陰だと言ってもいい。
だから……
「本当にクリスは幸せなのかい?」
「はい、私は世界一の幸せものだと思っていますよ。」
「ありがとうクリス、僕は絶対君を幸せにするから。」
「ふふふ、だからもう十分に幸せだって言ってるじゃないですか、これ以上幸せになっちゃったら鉢があたっちゃいますよ。」
「……それじゃ僕も一つ幸せな気分を味わってもいいかな?」
どこか言いにくそうに旦那様が私に言ってきた。をを、これってもしかして子供が欲しいとか言う流れなんじゃないですか!? ちょっとまって、そらぁいずれ子供に囲まれた生活も憧れてますよ、だけど私はまだ16歳、しかも貴族社会に入ったばかりのピカピカの一年生です。正直子育てよりも自分の事で精一杯なんですよ、私のマナーで素敵な旦那様に恥はかかせられませんからね。それに子供を作るって事はその……あれでしょ? 私だって赤ちゃんがコウノトリが運んでくるなんて思ってませんよ。
「どうしたんだい? 何かいけない事言った……かな?」
私が隣で顔を赤くさせ、俯きながらモジモジしていると旦那様が覗き込むように見つめてきた。
「!? い、いえ違うんです。その今は自分の事で精一杯というか、旦那様に恥をかかせらせませんからもっとマナーや勉強をしてからの方が、私としてはありがたいというか助かるというか……ごにょごにょ」
「? クリス、何か勘違いしていないかい?」
「えっ?」
「僕はただ、その……旦那様というのをね、名前で呼んで欲しい……だけなんだけど……」
名前で呼ぶ? えーーーーーっ!
私一人で何勘違いしてたんだろう、自分でも顔が真っ赤になっていくのがわかってしまう。見せられない、絶対に私が何に勘違いしていたかを知られるわけにはいかない。
「何と勘違いしてたの?」
「!? いや、その……えっと……そ、そう勉強です。勉強が大変だから今はまだ子育ては大変だって……」
ぎゃぁーーーーー!!! 何言ってるのよ私は!!!
流石に今の言葉で旦那様が私が何を考えていたのかが分かったようで、みるみる顔が赤くなっていくのが分かる。
「いや、えっと、その、大丈夫だから。そう大丈夫。ちゃんとクリスの準備ができるまで僕は待つから……じゃなくて……あっ、嫌だって言ってるわけじゃないよ。僕もクリスとの子供は欲しいと思っているからいずれは……あぁそうじゃなくて…………僕はクリスが嫌がる事はしないよ、クリスが僕を本当の旦那様と認めてくれるまで何時迄も待つから!」
私以上にアタフタと赤面しながらおかしな事を言い、必死に自分の気持ちを伝えようとする旦那様。
なんだ、私と同じ気持ちなんだと思うと何故か自然と笑いがこみ上げてきた。
「ふ、ふふふふ。」
「も、もう笑わないでよ、これでも結構真剣なんだから。」
笑われた事にちょっぴり怒った顔の旦那様、もうイケメンはどんな表情をしてもカッコイイんだから。
「ごめんなさい、旦那様も私と同じ気持ちなんだと思ったらなんだか嬉しくなって。」
「フィル、これからは旦那様って言っても返事しないから。」
「はいフィル様。不束者ですがこれからもよろしくおねがいしますね。」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね僕の可愛いお嫁さん。」
この後お互い笑いながらいろんな話をした。今まで大した事しか話してこなかったのが勿体ないと言わんばかりに盛り上がった。子供の頃の話からフィル様のお仕事の話、私が伯爵家でどんな風に毎日を過ごしているかも。
あれ? 怪盗の話がうやむやになったぞ、ラッキー。
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