第2話 これが私の秘密のお仕事

「クリスお姉ちゃん」

「お姉ちゃーん」

「皆んな元気にしてたー?」

教会に到着するなり可愛い妹や弟達が私の元へと駆けつけてくる。最近は頻繁に遊びに来ていたから今ではすっかり仲良さんだ。

(精神年齢が低いだけじゃ……とか思ったそこのキミ! ちょっとそこに座りなさい!)



「伯爵様、クリス様、わざわざお越し頂きありがとうございます。」

「こんにちはエマ。」

私達に挨拶をしに来てくれたのはこの教会でシスターの仕事をしているエマ、彼女もこの孤児院で育った一人で、伯爵家からのお願いでここでシスターをしながら子供達の面倒を見てもらっている。

そして私の夜の姿を知っている数少ない人物でもある。


実は教会に相談に来る人たちの中で、理不尽な扱いを受けた人たちの力になりたいと相談され、こっそりと一つの事件を解決させた事がある。別に私の正体をバラした訳ではなかったのだが、その事件を切っ掛けに私の事を怪しまれ、結局最後は正体を気づかれてしまった。

それ以来教会に相談に来られる中で私達が解決出来そうな案件を知らせてくれるようになり、今ではシスターの人脈を使い裏から私を支えてくれる頼もしい存在になっている。



「お嬢様、こちらを。」

フィオナ馬車に積んでおいたお菓子を持ってきてくれる。


「ありがとうフィオナ。」

私は子供たちに配るお菓子を受け取り一人づつ配っていく。

このお菓子はお屋敷で働いてもらっているの料理人さん達にお願いして作ってもらったもので、調理長を除いて全員がこの孤児院出身なため、皆んな心良く引き受けてくれた。


「僕はどうすればいいのかな?」

「旦那様も皆んなに配って上げてください。」

私と同様に子供達に囲まれてしまった旦那様が困ったように私に話しかけてきた。

旦那様はお仕事が忙しいからほとんど孤児院には来れていない、それに一人っ子だったせいで子供とどう接していいのかが分からないんだとか。まぁ私と違って集まっている子が全員女の子なのは仕方がないだろう、ここは大人のお姉さんとして目を瞑っておく。


旦那様が私から受け取ったお菓子を集まった子供達に配っていく。今日のお菓子は甘酢に漬けたレモンを上に乗せたレモンのマフィン、こうやって眺めているといつか私達の間に子供が出来たらこんな感じなのかなぁって思ってしまい、再び私の顔が赤くなってしまった。


「わぁ、お姉ちゃんお顔が真っ赤だよ。」

「私知ってる。お姉ちゃんこの男の人のことジッと見てたんだよ。」

「じゃ、姉ちゃんの男か。」

もう皆んな好き放題に言いながら暴れまくっちゃっています。まぁ子供は元気なのがいいんですがね。


「コラーっ! 失礼なこと言っちゃいけません。この方はこの教会の運営してくださっている伯爵様ですよ。」

「わぁーシスターが怒ったー」

「きゃぁー。」

エマが怒るのも日常茶飯事なんだろう、子供達は各々に喜びながら逃げ回っている。


「申し訳ございません伯爵様、クリス様。子供達が失礼なことを言ってしまい。」

「いえ、僕も中々様子を見に来れなくてすみません、それにしてもまた人数が増えたんじゃないですか?」

旦那様が遊びまわる子供達見渡しながら呟かれます。お仕事がお忙しいのに孤児院から上がってくる資料まで目を通されてるんですね。私としては子供が言った『姉ちゃんの男』って所をもう少ししっかり訂正してほしかったんですが……。


「えぇ、戦争は終わったというのに生活は中々良くならなくて。

実は先日、ご両親が借りられたお金が返せないとかで、お姉さんが連れて行かれてしまった子がいまして……何でもご両親は娘さん達を育てる為に無理が祟ったようで、2年間にお二人共に亡くなっており、見かねた近所の方が残された妹さんをこちらに連れて来られたんです。」

「そうなんですか……。」

シスターの話を聞いて落ち込まれる旦那様。こんな話はゴロゴロとよく転がっている事で別に珍しくも何ともない。私がいる伯爵家も領地を復興させるために多額の借金を抱えている。

今はようやく少しづつ借金を返す事が出来ているが、その為の資金作りにお義父様は私の父が経営しているロズワード商会に頭をさげる羽目になってしまった。


父としては本当は義理の姉の方を伯爵家の嫁にしたかったのだろうが、生憎あいにく先に子爵家の方から縁談が持ち込まれたようで私が呼ばれた時にはすでに結婚していた。

義理の姉としては後から出てきた私が自分より階級の高い伯爵家に私が入る事は気にいらないのだろうが、今更別れる訳にもいかず、かといって伯爵家との繋がりをそのまま見逃す事も出気ないので、16年前にたまたま出来てしまった私の事を思い出し、急に担ぎ出したと言う訳だ。



私はこの姉妹の話を先日ここを訪れた時にエマから聞いており、お姉さんを助け出す為に裏でいろいろ動き回っている。

実は昨日の夜に出かけたのだって情報取集の為だったりする、商会に忍び込んでお姉さんの事を調べていたところをうっかり見つかってしまい、慌ててカモフラージュの為に近くの金貨を奪って逃げたという訳。

幸いお姉さんが別の街へ身売りされる日時と輸送路は調べられたので、後は決行の日を待つのみ。ついでに言うとこの国では人身売買は認められてはいないが、自身を借金返済の為に何処かの家や商家等に働きに出ることは別段違法行為ではない。ただ本人が納得していればの話だが。 


恐らくこの場合妹さんの事でも持ち出されて脅されたのではないだろうか、昨日調べた限りではご両親が借りられたと言う額はとうの昔に返しきれていた。今は何だかんだと理由をつけられて利息分を払わされていると言ったところだろう、近所の噂では連れて行かれたお姉さんは中々の美人さんだったそうだから。


「何とか助けてあげたいのだけど、今の僕じゃ何も出来ない。全くなんて不甲斐ないだろう……」

旦那様はつれさらわれたお姉さんの事でご自分を責めておられる。だけどこればかりは旦那様でもどうする事はできない。基本起こった事件はその領地の当主が取り仕切ることになっている、つまり王都で起こった事件は陛下の管轄となっているのだ。しかも表向きは事件ではないため警備兵は全く動く事が出来ずにいる。


「旦那様……」

私は安心させる言葉も励ます言葉も出せず、ただぎゅっと旦那様も腕を抱きしめる事しか出来なかった。


「ありがとうクリス、今は僕に出来る事を精一杯頑張るよ。」

そう言ってもう片方の手を優しく私の頭へと差し伸べてくれた。




「さてそろそろ行こうかしら。」

あれから数日がたった今日、私は疲れたからと言ってディナーを頂いてから早々部屋へと篭る事にした。ご義父母たちは優しく『ゆっくり休みなさい』と部屋から送り出してくれた。

旦那様は今日は帰りが遅いので、戻られる前に何とかかたを付けて戻りたいところ。最悪間に合わなかった場合、フィオナに私の部屋で休んでいると伝えて欲しいと言ってある。

とっても紳士な旦那様は、私の返事がない限り決してこの部屋には入る事がない。だってこの部屋で着替えたり湯浴みをしているんだから、うっかり入ってきたときに私が生まれたばかりの姿だったら流石に気まずいでしょ?


フィオナに手伝ってもらい伯爵夫人の姿から闇夜のプリンセスの姿へと変える。

全身赤黒い色を基調にしたジャケットに同じ色のスカート、丈の長さは膝上10cmで所々にフリルをあしらった可愛いく紳士的なデザイン。

動きやすいように全身スラリとした感じで、太ももまでの長いブーツと二の腕まで隠すグローブ、さらに背中には怪盗らしくマントを羽織り、顔は当然のごとくバタフライマスクで隠している。

これが闇夜のプリンセスと呼ばれている私の姿だ。

別に自分で名乗ったわけじゃないわよ、何処かの新聞が見出しに書いた事からそう呼ばれるようになったんだから。


「気をつけて行ってくださいね。」

先日フィオナに黙って出かけた事から散々お説教をされた私は、今後出かけるときは必ずお手伝させてほしいと約束させられてしまった。本当は誰も巻き込みたくはないんだけど、四六時中見張ると言われれば諦めざるを得なかった。

お陰で旦那様にバレないようするのに助かってはいるんだけど。


私は早速自分に体を軽くする魔法を掛け、テラスから暗闇の中へと消えて行った。

今日の目的は身売りを強要された女性たちの救出、あれからもう少し調べていたのだけど、どうも例のお姉さんだけではないらしく、他に二人の女性も無理やり連れてこられ、一緒に別の街へと送られる事になっていた。


「こういった後ろめたい事をする人たちって、夜に行動してくれるのでホントたすかるわ。」

誰に言う訳でもなくついつい一人言を言ってしまう。

月影に隠れながら屋根から屋根へと華麗に飛び越え、次第に明るい街灯りから暗闇が支配する旧市街と呼ばれる地区に辿り着く。予定ではそろそろお姉さんたちを乗せた馬車がこの辺りの道を通るはず、私は静かに屋根の上でもう一つの魔法を発動させる。


「サーチ」

一定範囲内を私が知っている情報を元に探し出す探査魔法。この場合人を乗せた馬車になるが、この時間で馬車を動かしている人はそう多くないだろう。

しばらく魔法を展開していると一台の馬車が魔法の範囲内に反応した。


素早く魔法が感知した方へと向かう、そこには夜の闇に隠れるように走り去る一台の馬車。荷台が帆で囲まれているので中に誰が乗っているかまでは分からないが、幸い護衛らしい人物は近くにおらず、御者台に二人の男性の姿だけが見える。

私は周りに誰もいないことを確認し素早く馬車の後ろに回り荷台の後ろから音を立てず中へと忍び込む。

突然の出来事で中にいた女性たちが驚き声を上げようとしたところを、静かにするように指を口元に当てて伝えた。

予想通り中に乗っていたのは3人の女性、その中に一人に私が知っている女の子によく似た人がいたので小声で話しかける。


「リナさんですか?」

予め女の子から聞いていたお姉さんの名前を口に出し、頷くのを確認してから本題へと入る。


「助けに来ました。これから逃がしますのでついて来られますか?」

「……でも、逃げ出したとして私には行く当てがありません。」

リナさんは落ち込むように項垂れる、確かに例え今逃げ出したとしても暮らしていた家にはもう帰れないし行く当てもない。ならばこのまま連れていかれた先で苦渋に耐えながら一生を過ごした方がいいのではないかと考えるのも分かる。だから私は……


「今この場の事を黙ってて頂けるのなら私の信頼出来るところへご案内します。但し王都から離れる事になりますし、二度とこちらには戻れないかもしれませんが、妹さんと暮らせる事だけは保障します。」

「妹を知っているんですか!?」

妹さんの事を持ち出したのに驚いたのだろう、思わず声が大きくなりそうになり慌てて口元を抑えた。

この馬車は伯爵家にあるような豪華で密閉された馬車ではない、いくら静かな夜だとはいえ走る車輪の音で私達の会話は外まで聞こえていないだろう。


「えぇ、今は街の教会で暮らしております。リナさんが逃げられるのでしたら妹さんに会わす事をお約束します。」

「本当ですか!」

今までずっと妹の事が気がかりだったのだろう、わずかにリナさんの涙が頬を濡らした。


「あの……よろしくお願いします。」

リナさんは一瞬深く考えた末私と一緒に逃げ出す決意をしてくれた。


「分かりました。皆さんもご一緒にいかがでしょうか? どうせこのまま連れていかれても待っているのは苦渋に満ちた生活だけです。ならば新しい人生を過ごそうとお考えの方は一緒におつれしますが?」

私の提案に他の女性も力強く頷かれた。


それを確認してから私はスッっと御者台の方へと向かい、腰の後ろに付けた小さなカバンから二本の細い鉄製の棒を取り出した。この棒は中身が細い空洞になっており眠り草を気体にしたものを詰めている。

眠り草とはその名の通り眠りを誘う薬草の一つで、この国で医療用等に使われており、この葉をお湯で煮詰め乾燥させたものを小さく磨り潰すと睡眠効果のある薬が出来上がる。それを鉄製の細い棒に詰め外側から炙れば、中で粉が解けて気体へと変わるのだ。


私は帆の隙間からこっそり御者台を覗き込むと、一人が馬車を操っておりもう一人はその隣で眠っている様子が見えた。

まずは眠っているであろう男性を、後ろからそっと棒の先だけを出して軽く吹きかける。すると白い煙のようなものが一瞬ふわっと男の顔のところに掛かるのを確認すると、すぐに隣で馬を操っている男性にも同じように吹きかけた。


男性は一度顔を手で拭くような動作をして、徐々にうつらうつらと体を左右に振りながら眠りへとつく。

私はそっと手を出して男性に衝撃を与えないよう御者台に横にさせ、手に持っていた手綱を操りながら人目のない裏路地にそっと馬車を止めた。


「馬車は目立ちますのでこのまま徒歩でに逃げます。男たちは薬で朝までは目を覚まさないと思いますので、皆さんが逃げ出したのが分かるのは恐らく明日の朝以降になるでしょう。」

私はそう言うと女性たちに手伝ってもらい、男性達を帆の中に移動させてから旧市街地の闇の中へと消えていく。


しばらく入り組んだ街中を移動しながら目的の場所へとたどり着く、そこには一台の馬車とリナさんの妹が待ち構えていた。

私は二人の感動の再開を見てから御者台に座る男性に話しかけ、女性達を急ぎ荷馬車へと乗せる。

この馬車はシスターエマが用意してくれたもので、御者台に座っている男性も全てを理解した上で一番信頼の出来る人物をよこしてくれている。


「これから皆さんが向かわれる先はフランシスカ領にある小さな教会となります。そこで狭いながらもお部屋をご用意しておりますので、今後の事をゆっくりとお考え下さい。また困った事があればそちらのシスターが皆さんのお力になってくれますので相談してみてください。」

「分かりました。いろいろお気遣い下さってありがとうございます。」


「それとこれを皆さんで分けて生活の足しにしてください。」

差し出したのは先日商会に忍び込んだ時にカモフラージュで奪った数枚の金貨、私が持っていても仕方がないし、リナさんが払い過ぎた利息分を取り返したと思えば別にいいだろう。


「ホント何から何までありがとうございます。」

「これからしばらくは大変でしょうけど、皆さんが幸ある暮らしが送れるようお祈りしております。」

私は御者台の男性に合図を送りそのまま馬車を見送った。


このあと彼女たちは私が手配した教会でしばらく暮らすことになるだろう、フランシスカ領にはこの王都と同じく伯爵家が運営している孤児院が併設されている。シスターエマに事前にお願いして、女性達を少しの間かくまってほしいとお願いしている。フランシスカ領ならば王都の商会は中々手が出せないし、どこに逃げたか分からない女性達を探し出すことも難しいだろう。

それにフランシスカ領には復興の為にいろいろと人手が足りていないから、彼女たちの仕事もすぐに見つかるはずだ、後は努力次第と無責任な発言になってしまうが、一度は諦めた人生なのだからきっと一から頑張ってくれるに違いない。

私は彼女たちの今後を幸せを祈りながら再び夜の暗闇へと消えていった。




「ただいまー」ボソリ

こっそりテラスから部屋へと入り、誰もいない自分の部屋の中へと入っていく。

ついつい誰もいない空間に独り言のようにつぶやくが、当然の如く返事は……


「お帰りクリス、こんな暗い夜にどこへいってたのかな?」

「!?」

突然部屋の中が明るくなったかと思えば、そこに仁王立ちになっているのは初めて見るお怒り顔の旦那様。隣にはシュンっとなったフィオナの姿もある。

そして私は怪しいマスクを着けた怪盗姿のまま、えっと誤魔化しようがありません!!

どうしよう! バレちゃったよーーー!!!

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