FANTASIA on GREEN THRIVES

 ギイがその少女に出会ったのは草深い森の奥にある小さな泉のほとりだった。少女は草に寝そべって小鳥や兎たちと語り合っていた。木洩れ日が少女の金の髪に輝き、微風が草を梢を撫でていった。ギイはこの静寂に包まれた風景を飽くことなく眺め、眺めているうちに不意に場違いなところに足を踏み入れていることを恥じた。この風景を乱すまいとほとりから離れようとしたギイの腕に灌木の枝があたりパキンと音を立てて折れた。

 果たして風景は乱され、小鳥は空に舞い上がり兎やその他の小動物も木陰に姿を消した。

「だあれ?」

 少女の前に横たわる泉のように澄んだ声で少女は言った。半身を起こし、音のした方へと茂みを見回す少女と瞳があったとき、ギイはいたずらを見つかった子供のように射竦められその場に立ち尽くした。少女の瞳はその髪の色を映したような金と泉で色を洗い落としたような薄いブルーだった。

 小鳥が頭の上の梢でチチッと鳴いているのが聞こえた。

「あなた、だあれ?」

 再び少女が言うのを夢うつつに聞いていた。少女は立ち上がってギイに近付いてくる。金の髪が少女の動きに連れて揺れ、サラサラと肩に落ちるのが見える。肩を過ぎて背中に落ちる長い髪は少女の心のように真っ直ぐで輝いていた。

「ねえ、あなたは、だあれ」

 三度少女が聞いたときになって漸くギイは口を開くことができた。

「ギイ。僕はギイ」

 君は?という言葉をギイは飲み込んだ。聞いてはいけないことのような気がした。

「ギイ? ギイね」

 そう言って少女はにっこりと笑うとくるりと背を向けて元の泉のほとりへと戻ると、泉に向かって片膝を抱いて座り、顎を膝の上にのせて水面を見つめた。ギイは一枚の絵になってしまった少女と泉を眺めつづけた。総ての時が止まってしまったような静寂の中で。

 その時ギイは14になったばかりだった。

 その夏の日々をギイは泉のほとりで過ごした。朝早くから夜まで少女を待ち泉を眺めながら。しかし、少女は二度とギイの前に姿を現すことはなかった。

 幻だと思いたくはなかった。目を瞑れば思い出せる不思議な金と銀の瞳、澄んだ泉の水のような声、陽に映える金の髪、鳥と戯れ泉を見つめ続けた少女を。


 炸裂音が耳の中に谺していた。口笛と喚声に包まれる。70年の革命記念日の行進パレードだ。いや…これは……

「おいっ!ギイ! しっかりしろっ!ギイ!」

 ベイルに頬を叩かれてギイはうっすらと目を開けた。ほっとしたベイルの顔が目に入る。

「すまん」

 ギイは言うと半身を起こした。遠くに火の手が見える。奴等がここに到達するまでそう時間はかからないだろう。ギイの小隊ももう半数も残っていない。

「グラス、いるか?」

 ベイルが煙草を勧めながら銜えた一本に火を付ける。

「よせ。見つかる」

 ギイはベイルを制止して小隊を見やった。

 72年に始まった戦争は泥沼と化し、ギイたち志願兵が敗走を始めたのはいつの頃だったか。あの国境の森にある泉を守るためだけにギイは志願したのに、敵はギイたちの考えるより強大で容赦なかった。最後の砦も落とされただ広い草原だけが奴等を阻んでいた。逃げ込んだ森は暗く、草原の真ん中でたった一軒きりの家が盛んに燃えていた。風景に見覚えがあった。

 もうここまできてしまった。守るべきあの泉まで。

 ギイは振り返って、疲労の影も濃く敵を睨む仲間たちを見た。その後ろにはチラチラと泉の輝きが見えている。

 と、カサッと音を立てて何かが目の端を通り過ぎた。隊列を抜けてそっと音のしたほうに這い寄る。茂みをかきわけ音を立てないようにしながら。

 鳥が飛び立ち、ギイの前の茂みが切れ目の前にあの日のままの泉が現れた。兎が一羽泉のほとりに座りこちらを見ている。その金と銀の瞳を真っ直ぐにギイに向けて。

 ギイは土を掴むと、やおら立ち上がりついて来た小隊に向き直って最後の号令をかけた。

「行くぞ!」

 ギイはそれだけ言うと草原に走り出た。

 ―――守ってやる。おまえだけを。俺の天使!―――

 砲火が草原を走っていった。

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