追い駆けっこ~キャッチアップ~

「ちっ」

 ジャンは舌打ちして銃口を下げると、目の前に広がる草原の向こうを目を眇めてみた。どこまでも続く草原、その向こうにぼんやりと見える低い峰、青い空には小鳥が高くさえずっている。

「はしっこい奴だったな」

 ベルナルドの言葉にジャンは振り向きもせずに頷いてみせる。

「また、最初はなっからだ―――野火ノビの奴め」

 草原の向こうを見据えながらジャンは忌々しそうに呟いた。


 ―――野火狩り。UCに入ってから1世紀以上が過ぎたというのにもかかわらず『狩り』というものが存在するのにはそれなりの理由があったからに他ならない。

 いわゆる強者が弱者を狩るといった人間の動物としての本能を満足させるためのもの、というよりこの野火狩りは本能的な恐怖を拭い去るためのものだった。

 得体のしれないものに対する恐怖、これに対抗するために人間は野火を狩ることを選んだ。それも、もっとも原始的な方法で。いや、選んだとは言えないかもしれない。あらゆる近代的な手はことごとく野火には効かなかったのだ。鉛の弾を打ち込むという方法以外は。


「焼き払っちまえば済むと思うんだがなぁ」

 ベルナルドが頭の後ろに手をやり、背凭れに凭れて天井を仰ぐと溜め息混じりに呟いた。

「無駄だよ」

 ジャンはハンドルに両手を掛けながら宙を睨み付けるようにして言った。

「どうしてだい。焼き払うのはやったことないんだろう?」

 体を起こしながらベルナルドが聞く。

「野火を馬鹿にしちゃいけない。繁殖力が強いだけじゃない。恐ろしく知能が高いんだ。そうでもなければとっくに野火狩りなんぞせずともよくなってるだろうよ」

「その知能の高い奴がだぜ、何だってあそこの草原で俺たちの的になってるんだ?」

「的になってるって? 本気で言ってるのか?」

 ジャンは驚いたふりをしてベルナルドを見た。

「どういう意味だ?」

 ベルナルドは気に入らないというふうに眉を上げた。

「明日はあの先に行ってみよう。的になってるわけじゃないってことが解るぜ」

 ジャンは剣呑な表情のベルナルドに、素知らぬ振りで提案すると車を小屋ロッジに向けて走らせ始めた。


 ―――野火の正体は進化した猿であるとも退化した人間であるとも言われている。あるいは、かくも汚れた大気と土壌が生み出した新しい生物であるとも……姿が見えるようでよく見えず、見えないようでいて垣間見える。影のように実在感がないにもかかわらず被害は増すばかりだった。


「ベルナルド、奴が逃げるぞっ!」

 ジャンはそう叫ぶと野火を追って走り出した。その後をベルナルドが追う。

「右から回り込む。追い立ててくれ」

 草原の奥に向かってひた走る野火を追うジャンは大きく迂回して野火の横に付こうとした。そうしなければ銃を自由に使うことができない。走っているばかりでは野火に敵うわけがないのだから。


―――ガウン


 体制を整えて撃ったはずだった。しかし、弾は大きく逸れて野火には当たらない。

「ちぃっ!」


―――ガァーン


 ベルナルドの撃った弾も当たりはしなかったようだ。

 ジャンは野火と並行するように走り、2・3発の弾を消費した。ベルナルドはそれ以上を消費しているに違いない。


―――ガスン


 何発目かに撃った弾が、野火を地に伏せさせた。小さくはしっこい最後の1匹を。

「やったか?」

「ああ、手応えがあった」

 追い付いたベルナルドと肩を並べ、獲物に近づく。この瞬間を何度夢見たことか。二人は少年のように頬を紅潮させて野火の倒れたであろう草むらを覗き込んだ。


 血痕と小さなロケット。野火の姿はなかった。


「ちっ」

 ジャンは舌打ちすると前に広がる丘を眇め見た。

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ショートストーリーズ 砂塔悠希 @ys98

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