第9話 桟敷にて Auf der Galarie
時に或る虚弱な肺病みの曲馬嬢が円形演技場でよろめく馬にのって飽きもしない観衆のまえ鞭揮う情の薄い支配人に数ヶ月間休みなく円を描くようにぐるりと追い回されて、馬上でブンブンと音をたて飛び回り、キスを投げて、くびれをくねらせるなら、また時にこの演技がオーケストラと換気扇の絶えることのない騒音のもとで繰り返し開く灰色の未来へと続き、蒸気ハンマ―の手による拍手の過ぎ去っては新しく膨れ上がる音が伴奏するなら——ひょっとしたら桟敷を訪れた若い男のひとりが急いで長い階段をあらゆる階上席を通り抜けて降り、円形演技場に転がり込み、叫ぶのだろう。止めろ! と。常に順応するオーケストラのファンファーレを借り受けて。
ところがそうではないのだ。美しい一人の紅白の衣装を着た少女は緞帳の合間から飛んで現れ、立派な制服を着た人達が彼女のまえでそれを開く。支配人は彼女の瞳を献身的に求め、動物のように彼女に向かって息を吐き、心配そうに斑のある灰色の馬に乗せる。まるで彼女が最愛の孫娘であり、これから危険な旅に立とうとしているかのように。鞭で合図をするのを決心できず、ついに克己して破裂音を打ち鳴らして馬と並んで口を開けて走っていき、曲馬嬢が跳躍するのを鋭く目で追う。彼女の芸がどれくらい熟達しているか殆ど理解していないのだ。英語で叫んで警告を試み、輪を掴んでいる厩務員に怒りながら用心するように勧告し、オーケストラに手を上げ懇願する。沈黙せよ、と。遂に少女を顫える馬から持ち上げ、両頬に口吻し、観衆の表する敬意を充分なものとはみなさない。彼女自身、彼に支えられているために、つま先立ちになっているのだが、埃塗れになって、両腕を広げ、頭を後ろに反らして自身の幸福をサーカス全体に分かち合おうとする——事はそう言った次第なので、その桟敷に訪れた青年は胸に頭を垂れて悪夢に沈み込むような閉幕の行進曲の最中、涙して、それを知らない。
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