第8話 ジャッカルとアラビア人 Schakale und Araber
わたしたちはオアシスに宿営していた。同行人たちは眠っている。背の高い色白のアラビア人が、わたしの傍を通りすぎて行った。彼は駱駝の世話をして、寝床へ帰るところだったのだ。
仰向けになってわたしは草地へ倒れた。眠りたかったが、できなかい。ジャッカルの嘆くような遠吠えが聞こえた。わたしはふたたび上体を起こす。そして、あんなに遠くにいたのに突然、近くにきていた。ジャッカルの群れがわたしの周りを囲んでいたのだ。くすみながらも金色に煌き、光の消えた瞳をしている。細い身体は、笞の支配下におかれたように規則的にすばやく動いていた。
一匹がわたしの背後から這って来て、腕の下に潜り込んで、ぴったりとわたしにくっつく。まるでわたしの暖かさを必要としているかのようだった。それから前に出てきて、わたしと目を合わせ語りだした。
「わたしはここいらでは最長老のジャッカルなのです。ここで貴方に挨拶ができてよかった。もう望みを捨てかけたところだったのですよ。貴方を途方もない時をかけて待っておったんですから。母が、その母が、そして更には、彼らの母の全てが、全てのジャッカルの母にいたるまで、貴方を待っておったんです。信じて下され!」
「驚いた」薪に火をつけるのを忘れて言った。その煙でジャッカルを遠ざけておこうと準備していたのに。「とても驚いたよ。ここには単に偶然で来たんです。とても北の方から。そしていまも小旅行の最中です。あなたたちはどうしたいんですか、ジャッカル?」
こんなに友好的に話しかけられて勇気づけられたのか、彼らはわたしを囲む輪を狭めた。短く、ふーっと息を吐いている。
「わたしたちは知っているのです」と最年長のジャッカルが語りだした。「貴方が北から来たことを。そしてそこではわたしたちの望みが叶うということを。そこには、ここアラブ人の支配下では見つけるべくもない悟性が存在する、と。この冷酷な高慢さから脱け出せば、ねえ、悟性を打つ閃光などないのでしょう。彼らは獣を殺して、むしゃぶりつきます。そして死体には見向きもしないのです」
「そんな大きな声で話さないでください」とわたしは言った。「寝てるんですよ、アラブ人が、近くで」
「貴方はほんとうに他所から来たんですね」とジャッカルは言った。「世界史の中で、ジャッカルがまだ一度も、アラブ人を恐れたことがないと知っていたなら、そんなことは言わなかったでしょうに。それとも彼らを恐れろとでも? この民族のもとに追放されただけでは充分に不幸とはいえないとでも?」
「そんなこと言いたいんじゃない」とわたしは言った。「わたしにはなんにも判断が出きなかったんだ。だって遠い出来事すぎて。とても古い戦争のようで。たぶん血のなかにあるのでしょう。ひょっとしたら血をもって初めて終わるのかもしれない」
「聡明なお方だ」老いたジャッカルは言った。そしてみんなは呼吸をますます荒げた。肺は熱くなっているのに、やはり彼らは鎮まって立っていた。ときどき歯を食いしばってしか耐えられないほどのとても苦い匂いが、開かれた口々から漏れ出た。「聡明なお方だ。貴方の言うことは、わたしたちの古い教えと合致します、彼らから血を奪えば、戦争は終わるのです」
「ああ!」と思ったより荒々しく、わたしは言った。「彼らは自己防衛するでしょう。一団となって猟銃で君たちを撃ち斃すかもしれない」
「わたしたちを誤解しておる」と言った。「北の方であっても無くなることのない人間らしい考え方ですな。彼らを殺したりはせぬ。死体を洗い流せるだけの水が、ナイル川にあればそれでもいいでしょう。わたしたちは生かしたままの彼らの裸眼から去り、清らかな空気へ、それゆえにわたしたちの故郷である砂漠へと走っていくんだ」
周りにいるジャッカルは全員、そのあいだもっと多くのジャッカルが遠くから集まってきていたのだが、前足の間に頭をうずめ、後ろ足で身体を磨いた。それはまるで嫌悪感を隠すかのようで、わたしは驚きすぎて、高く飛び上がり彼らの輪から脱け出たくなった。
「何をしようとしてるのですか?」と尋ねて立ち上がろうとした。だけどできなかった。二匹の若い獣が背後でわたしの上着とシャツを噛みついていた。座っていなければならなかった。「貴方の長裾を掴んでおります」と最長老のジャッカルは真面目ぶって説明した。「敬礼なんですよ」「放して!」と老いたジャッカルに向いていたところから、若いやつらのほうに振り返って叫んだ。「もちろん、そうしますよ」と老いたジャッカルは言った。「貴方が望むならね。でもちょっとかかりますよ。礼儀に倣って深く歯を入れるんです。まずはゆっくりと噛みしめているのを緩めないとね。その間に頼みを聞いてくだされ」「君たちの態度はそうさせてはくれないみたいだね」とわたしは言った。「こちらの落ち度を寛恕してくだされ」と言って、嘆き声を発し助けを求めた「私たちは憐れな獣なのです。ただ牙しかない。わたしたちの望んですることは、善いことも悪いこともすべて、そのために残されているのは、ただひとつ、牙だけなのです」「きみは何を望んでいるの?」とわたしは尋ねた。ぜんぜん落ち着かなかった。
「旦那」と彼は叫んだ。そしてジャッカルは全員、唸り声を上げた。遠くのほうで、それがわたしにはメロディーのようにみえた。「旦那、戦争を終わらせて下され。この世界を対立させる戦争を。そのようにわたしたちの先祖は書いておられる。貴方がそうするであろう、と。アラビア人どもから平和を取り戻さねばならぬ。息のできる空気、地平線をぐるりと見渡す彼らの視界から解放されれば、アラビア人に屠殺される羊たちの嘆き叫ぶ声が響くことはない。あらゆる獣たちは安らかに野垂れ死ぬべきなんだ。殺されずに、わたしたちに血を飲み干され、骨まで清められるべきなんだ。清浄、清浄のほかは何も望みません。わたしたちはね」——いまやみんな泣いて咽びながら言った。「この世界の中で貴方はどうやって耐えているのですか。高貴な心と甘やかな内臓の貴方は。汚辱は彼らの白。汚辱は彼らの黒。灰色なのは彼らの髭だ。彼らの眼の隅に映ったら、唾を吐かずにはいられない。彼らは腕を挙げる。腋の下に地獄がひらく。だから、ああ、旦那、だからさあ、ああ、高貴な旦那さまよ、全能の御手のお力添えで、その全能の御手のお力添えで、この鋏をお使いになり、彼らの頚を切り裂いてください!」彼が頷くと、ジャッカルが一匹こちらへ近づいて来た。古錆に覆われた小さな鋏のようなものを犬歯に咥えている。
「ついに鋏のご登場か、これにて閉幕だ!」とキャラバンのアラビア人の指導者が叫んだ。風にむかって忍び足でこちらへ来て、いまや長大な笞を振り回している。
みんなは大急ぎで逃げていったが、いくらか離れると立ち止まり、ぴったりとちぢこまった。多くの獣たちがそんなにぴったりと硬直しているので、鬼火から逃げ回る幅の狭い移動柵のように見えた。
「貴殿もこの俳優を見聞なさいましたね」とアラビア人は言って、嬉しそうに笑った。それは家畜を抑え込んでいるようだった。「きみは、獣たちが何を望んでいるのか知っているの?」と僕は尋ねた。「もちろんですよ。ご主人」と彼は言った。「そんなことは誰だって知ってますよ。アラビア人がいる間は、この鋏が砂漠を歩きまわるんです。日が暮れるまで私たちと一緒に彷徨うのです。ヨーロッパ人ならだれにでもこの鋏が提供され、その偉大な所業を求められるのです。ヨーロッパ人なら誰だって、ちょうど彼らには使命を預かった者のように見えるのですよ。馬鹿げた望みをこの獣たちは持っておるのです。愚かしい、ほんとに愚かしいことです。それだから私たちは愛しているんです。こいつらは私たちの犬ですよ。貴殿たちの犬よりも、ずっと美しい。見ていてください。一匹の駱駝が夜のうちに息絶えたのです。こちらへ運ばせました」
四人がかりで運ばれた重い死体がわたしたちの前へ放り出される。着地するとすぐに、ジャッカルたちは声を上げた。まるでひとりひとりが抗いがたく縄に牽かれているように身体を地面に擦りつけて、こちらにやって来た。彼らはアラビア人を忘れていた、憎しみを忘れていた、蒸気をあげる死体が現れて何も見えなくなるほどに誘惑されていた。もう一匹のジャッカルがその頚に縋りついて、最初の一噛みで動脈を見つけ、はげしく燃え上がった火事を何が何でも消そうとイカれた小さなポンプのように、その場で身体の筋肉をぴくぴくと痙攣させた。そしてもうジャッカルたちは死体のうえで同じようにして高い山をつくった。そのうえを闇雲に笞で鋭く打った。彼らは頭を上げる。陶酔と気絶が半々だった。アラビア人が自分たちの前に立っているのを見た。罵られながら鞭を浴びるはめになる。跳ね戻って後方に走り、距離を置いた。駱駝の血が笑った口もとに付着していて、さらさらと流れる音がする。あの肉体はあちらこちらに食い散らかされていた。彼らは抗えなかった。また肉体のほうに。リーダーが鞭を掲げた。わたしは彼の腕を掴んだ。
「貴殿は正しい、ご主人」と彼は言った。「彼らを自分の召命のもとに残しておきましょう。それに出発の時間でもありますしね。彼らを見たでしょう。驚嘆すべき獣たちだ。そうではないでしょうか? それに私たちをなんと憎んでいることか!」
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