第5話 家父の心配 Die Sorge des Hausvaters
オトラデクという言葉はスラヴ語に由来し、それに基づいてこの言葉の形成を証明しようとしているひとたちがいる。ほかにも、ドイツ語に由来し、たんにスラヴ語からは影響を受けたに過ぎないと考えているひとたちもいる。しかし解釈はどちらとも曖昧で、とりわけこの言葉の意味がほとんどわからないために、正しくないと推測される。
もちろんこんな研究に従事しようとする者などいないだろう、オトラデクなるものの実物がほんとうにいないのならね。さしあたりそいつは平板な星型の撚糸を巻いた糸巻きにみえるし、実際のところ撚糸が巻きつけられているようなのだ。確かにそいつは破損し、古びて、互いに結び合わされているだけにもみえるだろう。また様々な種類と色の撚糸のかたまりが縺れ合っているのだ。しかしそれはたんなる糸巻きではなく、星の真ん中から短い横棒が伸びていて、この棒にもう一本の棒が直角に接ぎ合わされている。この棒と星の突端のひとつを二本の肢のようにして、その総体が直立している。
この形象は以前だれかの目的にかなった形状だったが、いまではたんに壊れてしまったのだと信じようとしているひともいるらしい。しかしそんな事はなさそうで、少なくとも証明される兆候はない。どこにもこういったことを示唆する手がかりや破損は見当たらない。たしかに全体には意味がないが、彼の流儀のうちでは完成されているのだ。それはそうとこいつについて詳しいことは言えないのだ。なにせオトラデクは異常なほど動き回って捉えどころがないからな。
そいつは屋根裏や、階段室や、廊下、玄関にかわるがわる立ち止まっているらしい。ときおり何か月も姿を消し、おそらくほかの家々を渡り歩いているのだろうが、またわたしたちの家に不可抗力的に帰ってくる。またときおり、玄関の扉から出るとそいつが階段のしたのほうの手すりにもたれかかっていて、話しかけたくなる。もちろん難しい質問なんてしないで——そいつが取るに足らないのでそうするのだろうが——子供のように扱うのだ。「それで、お名前は?」「オトラデク」と彼は言う。「それでどこにお住まい?」「住所不定」彼は言って、笑う。それは肺のないような笑い。落葉のなかでかさかさ、そんなふうに鳴る。たいていはこれで会話が終る。しかしこんな答えさえも常にはもらない。しばしばそいつは長いこと木のように黙り込む、そいつは木みたいなんだ。
無駄なことだろうが、わたしはこう自問する。こいつには何が起きるのだろうか、と。こいつは死ねるのだろうか? 死にゆくものたちは全て、目標やら仕事やらそういった類のものをもっていて、それに向かって身をすり潰すのだが、オトラデクには当てはまらない。こいつはいつかわたしの子どもたち、孫たちの脚下で後ろに引きずった撚糸でもって階段を転げ落ちていけばいいのか? こいつが誰も傷つけないのは明らかだ。しかし、わたしが死んだあともこいつが未だ生き続けるのだろうという予想が、わたしにはほとんど苦痛なのである。
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