第九章:虫どもと戦うことにしました

「水のスプレーをかけます。一瞬だけでいいから目を開けてね」

 走る救急車の中で、隊員にそう促されたオレは、言われた通りにしては、霧吹きスプレーから放たれる水をひたすら目に受けていた。すかさずオレはタオル的なもので目元を拭われ、さらに包帯まで目元に巻かれた。大袈裟と思う人もいるかもしれないが、医者たちにとっては、殺虫剤的な異物が目に入った事案もまた、シリアスな問題ってことだろう。


「お二人に聞きますが、現在この地域内ではムシデキズが猛威を振るっています。ムシデキズに刺されましたか?」

 隊員からのまさかの言葉である。奴らの蛮行は、もはや町内、つうか世間にも知れ渡っているってことか。


「ムシデキズを知ってるんですか?」

 オレは動揺の余り、質問返しをしてしまった。

「もちろんですよ。もし刺されているなら、副作用が起きてしまう前に送風措置が必要になります。それにより体内のエキスの効能を消し去ることができます」


 オレは一瞬、答えにためらった。もしここで改めて体内に注入されたエキスを放ったらかしにすれば、翌日、オレが目にするのは、また夢のまた夢のような楽園になるからだ。クラス中の女子たち全員から釘付けにされ、別のクラスの女子たちが一様にそこへ加わる。オレは余計なことは求めない。女子たちに囲まれるだけで、オレは生きていることへの歓喜を得ることができるのだ。


 そして、今、ムシデキズに刺されてモテ男子になったことを機にすれば、敵と化してしまった椿も、オレを見て再び心を開いてくれるかもしれない。それに乗じて、彼女をムシデンプレスと別れようと誘えば、彼女は素直に応じ、オレのもとへ戻ってくる。そうなれば万々歳……。


「プシュプシュプシュプシュプシュ」

「さっさと答えなさい」

 応急処置の目的では到底思えない勢いで、霧吹きスプレーが放たれた後、それ以上に冷たい声を、美緒が放った。

「……刺されました」


※ ※ ※


 病院の処置室のベッド上で、オレはなおも、濡れたガーゼで両目を押さえられていた。

「ドライヤーを持って来ました」

「この患者に惚れてしまう前に、早く熱風をかけて」

「はい」


 看護師さんの手でコンセントにコードを差す鈍めの音が聞こえると、ガーゼが取り払われる。オレはなおも目をつぶったままだったが、次の瞬間、思いっきり服の上からドライヤーの風が、マックスパワーで注がれた。


「これでムシデキズの副作用に苦しむことはありませんからね。異性との出会いのチャンスも失われますが、とにかくひどい副作用による身体的リスクの回避が優先されますので、ご了承ください」

「分かりました」

 オレは儚いチャンスを失った気分に軽く苛まれながら返事をした。


「君と一緒にいた女子も、別室で今と同じ処置を受けているところだからね」

「はい」

 美緒が異性に囲まれるチャンスもこれで消えた。最も彼女がそれを認識しているかどうかは別だ。だが彼女が大勢の男子たちに囲まれたとしても、「何よ、よってたかって気持ち悪い、みんなして一人の女子をまじまじと見つめる暇があるなら、もっと勉強とか、部活のイメトレとか、別の趣味とか、他にやることあるでしょ」などと突っぱね、まともに取り合わなかった可能性が高い。


「すみません!」

 そこに聞こえてきた、焦ったような声に、強烈なデジャヴを感じた。まさか、母さんが来たのかと思い、オレは未だに少し痛む目を、勇気を出して一瞬だけ開いた。案の定、オレの母が心配そうな目でこちらを見つめていた。


「翔太」

「両目にちょっとした炎症がありますね。左目の方が相対的に炎症の度合いが高いですが、総合的には、幸いにもごく軽い部類です。念のため、目元に水をかけて、応急処置を施させていただきました」


「そうなんですか。ところで、何故息子の体にドライヤーを?」

「ムシデキズという、このところ猛威を振るっている有害な昆虫がいるのは分かりますか?」

「聞いたことありませんが?」


「大量のムシデキズに刺されたということで、それによる症状が刺されてから二十四時間後に現れる副作用を阻止するために、強い風を当てています。こうすれば、体内に入ったムシデキズの成分が浄化されますので」

「はい」

 母は今一つ、ムシデキズのことについていけてない様子だった。


「ムシデキズに刺されるとどんなことに?」

「高校生なら、次の日、少なくともクラス中の女子全員にモテます」

「何言ってるんですか、それって素晴らしいことじゃないですか! 勿体ない!」

 母がやたら残念がっているのが、声から伝わってきた。


「ウチの息子は、かねてから語っていたんですよ、『彼女が欲しい』『彼女が欲しい』『結婚したい』『七股かけたい』」

 最後の一言は明らかに余計だ。極めて軽率なことを親の前で口にしてしまったことは素直に申し訳ないと思う。それでも、こんな形で母の口からはバラして欲しくなかった。

「あと、彼はよく女子に告白しては失敗していて、もうすぐフラれた相手の数が」

「あああああっ!」

 デリケートな情報を知られまいと、オレは絶叫した。


「どうしました!?」

 看護師の慌てた声が飛び込む。

「いや、何でもないんです。別に風を当てられているせいではないので、続けてください」

「はい」


 看護師が再びオレの体にドライヤーを当てる。

「お母さん、息子にモテて欲しい気持ちは分かりますが、ムシデキズに刺されると、その効果でモテた、さらに次の日にとんでもないことが待っていまして」

「何ですか?」

「ひどい副作用があります。それもムシデキズの種類によって異なります。頭から触覚が生え、口から糸を吐き、中には目からビームを飛ばし、耳から感染ミサイルを飛ばす者もいます。その感染ミサイルに当たった者もまた、頭から触覚が生え、口から糸を吐き、中には私物とそうでないものの区別がつかなくなり、スーパーのお惣菜を勝手にムシャムシャ食べてしまったり……」


「もうやめてください!」

 その声で、母が恐れおののいていることが十二分に伝わってきた。

「ウチの子を、スーパーのお惣菜を勝手にムシャムシャ食べるような子に育てた覚えはありません」


「母さん、誤解を招くような言い方はやめて。オレ、マジでそんなことした覚えないから。て言うかムシデキズのせいで盗癖つくかもしれないって初めてこの場で知ったから」

「ウチの家族での盗みは、私が正志のハートを、大学の卒業式で盗んだだけで充分なんです」


 何つう告白かましてんだ。この人、本当にウチの母か?

「いやいやお母さん、そこまで感情的にならなくても」

「しかもそれから二十年余り、今度は正志のハートを、リョウスケに奪われるなんて」


 椿がムシデンプレスの手に堕ちた時とは違う意味で、オレの顔が青ざめた。父・正志の浮気が原因で両親が別れたことは知っていたのだが、その浮気相手が、リョウスケ? リョウコじゃなくてリョウスケ? え、もしかしてボーイズ何とかって感じ? これどうやってリアクションしたらいい? て言うかそもそも病室で大袈裟なリアクションしたら余計に重病って誤解されそうだし。え? どうやって思い過ごしたらいいの? 誰か教えて。マジで教えて。


「あの、どうかされました?」

 看護師の心配する言葉のあと、オレは漠然と放たれ続けるドライヤーの風ばかりを聞いていた。言葉だけじゃない。看護師が戸惑いながらオレを見下ろす顔がはっきりと見えている。そうだ、この頃にはもう、目の痛みは大分マシになった。まだほんのりジンと痛むけど、殺虫剤の食らいたてとは比べものにならないほど痛みは引いていた。実は心の中に疼いたもっとひどい痛みに誤魔化されているだけなのかもしれないが。

「いや、何でもないです」

 オレは取り繕うように、一文字ずつ丁寧に受け答えた。


「すみません、私の処置、もう終わってるんですけど」

 気が付けば、美緒が診察室の奥に立っていた。こんな場でも、表情は相変わらず良い意味で平行線だ。

「それと、翔太のお父さんって、ゲ」


 その瞬間、オレはここぞとばかりに美緒を全力で睨んだ。これでもかと言うぐらい、未だ少し痛みが残る目に力を込め、鬼神のオーラを美緒に送った。すると幸いなことに、美緒の言葉がピタッと止まり、こちらを振り向いた後、平静を装った様子でオレの母の方へ向き直った。


「すみません、やっぱり立ち入った話ですよね。失礼いたしました」

 自重を決めた美緒を見て、オレは安心して目の力を緩め、呪縛から解き放たれたかのようにベッドに身を委ねた。


※ ※ ※


 翌日、幸いなことに目の痛みもすっかり引いたオレは、いつもの調子で通学路を進んでいた。だが、オレは途中から周囲の異様さに感づいていた。前方に一人、後方にも一人、オレとは別の男子が、それぞれ五、六人の女子にまとわりつかれ、まんざらでもない様子でいる。彼らもまた、ムシデキズの餌食となり、束の間の楽園を味わっているのだ。だがソイツらの翌日以降を想像すると、考えるに堪えられなくなり、オレは前方の男子を駆け足で追い越した。


「おはようござい……!」

 オレが正門に立っていた警備員に挨拶しようとした時だった。何と警備員の頭には、帽子ではなく、大根の先のような葉っぱ的なものが生えていた。


「あの、それは何ですか?」

「何のこと?」

「頭から、何か生えてます」

「これのことか」


 警備員は頭頂部に触れた。

「私にもよく分からないんだよ。そう言えば、一昨日ムシデキズに刺されて、昨日になって十人ぐらいの女子生徒に囲まれて、みんなから『付き合ってください』って言われたな」

「そうですか。分かりました」


 この警備員、推定五十代である。彼が女子高生と付き合えば、援交以外の何にも見えない。ましてやこの人、警備員である。そう思うと、平静を装うのに必死になる。


「あっ、警備員さん、頭から生えているそれ、かわいい」

「私にも触らせて」

 二人の女子生徒が警備員に急接近し、揃って頭に手をかざす素振りを見せた。

「こらこら、あんまり邪魔すると、職務妨害になるぞ」

「分かってま~す」


 ああ、気まずい、気まずい。オレはただただそう感じて、駆け足で一気に校舎までたどり着いた。

「おい」

 玄関口に入った瞬間に、横から呼び止める美緒の声にオレは軽く驚きながら振り向かされた。

「これ、しまっておいて」

 美緒が差し出したのは、殺虫剤だった。


「ムシデキズがやって来たらこれを出して構えるのよ。大丈夫、刺されても二十四時間以内に決着付ければお終い。お家帰ってドライヤーでも浴びれば大丈夫。病院で分かったでしょ」

「分かったよ」

 オレは美緒から殺虫剤を受け取った。


「こうしている間も、異性同士でイチャイチャしあってる頭空っぽ丸出しな連中が学校に流れ込んで来ていると思うけど、構わないで。ソイツらに殺虫剤でもかけやしたら、それこそアイツらの目に入り、私たちが問題にされる。余計な波風を立てずに、虫軍団に手を下すことが重要よ」


「でも、イチャイチャしている人たちは、明日になったら苦しむハメになるんだぞ。今すぐかけた方がいい」

「それじゃあただのトカゲの尻尾切り。そんなことしている間にも、ムシデンプレス軍団は次々と人を刺していっているわ。大切なのは根絶やし。殺虫剤はムシデンプレスとその仲間たちにしか使っちゃダメ。液の無駄使いは禁物。あくまでも彼女たちの到来を待ち構えるのよ」


「そうか」

 オレはカバンに殺虫剤を入れ、美緒とともに階段を上って行った。

 しかし、この日の学校は、オレの身の回りだけでも、かつてないぐらいのカオスぶりだった……なんて一言では済ませられないほどの事態が、オレの目の前で連鎖し続けた。


 まずはホームルーム。

「ヘーイ、皆さん、席ついちゃって~」


 教室に入るなり、軽いノリで声を上げた担任の菅野先生の見た目だ。あの人は推定三十代後半、どこにでもいるような地味でちょっと冴えない感じで、いつもならちょっとヨレ気味で、グレーとかカーキとかダークグリーンとかの謙虚な色合いのスーツを着た男性だったのにも関わらず、今日のスーツは何だ。何で真っ赤なジャケットとパンツで、中のシャツは豹柄なんだ。まるでアレか。懐かし物の特集で見たバブル期にディスコとやらで踊りボディコンっていうド派手な服に身を包んだ女たちをナンパする男ってところか。


 いやいやいや、ここはジュリアナじゃない。机の上に立って原色の羽根で飾りつくされた扇子を振って踊る文化など、誰が知ってるんだ。ここに荒木はいるが、ソイツはただの体重推定百キロのメガネをかけた少年だ。到底「師匠」だなんて呼べない。

 髪の毛をたくし上げてかっこつけているが、イタい。イタすぎる。鼻の両穴からイバラみたいなものが突き出し、二つのU字を描いているせいだ。


「おーい、その女子二人。いつまでも喋ってるとこれでマニッシュな髪型に仕上げちゃうぞ」

 先生はそう言いながら右手を突き出した。衝撃が走った。奴の右手は、ハサミそのものだ。新品のように研ぎ澄まされた二本の刃が、おっかなく飛び出しちまっているのだ。

 注意された女子たちも引いている。て言うかその女子たちの髪型は何だ。一人は何故か金髪の、それこそ推定十センチは上に伸びたトサカヘアー。その地点でマニッシュの域を超えてる。もう一人は、髪型にこそ異常はないが、背中から、右は黄緑、左は紫って感じで、それぞれ黒っぽい水玉模様のついた羽が生えている。立派な成長ぶりで今にもこの教室の窓から飛び立ってしまいそうな気配さえ感じる。


 しかも羽の生えた女子の右頬から「すみ」、左頬から「ません」という、筆で書いたような文字が浮かび上がった。頬っぺたで謝るな。せめてそこは声を出せ。


 今度は生物の実験である。担当は安田先生、舞台は理科室。つまり今回も解剖だ。だが今回のターゲットは生き物ではなかった。

「今日は、ボールペンの解剖をします! 筆箱からボールペンを一本取り出してください。持ってない人はこちらで配るので」


 安田先生は間違いなくそう言った。正直これは幻聴かとオレは疑った。だが筆箱から出した赤いボールペンで手のひらをゆっくりと刺してみたら、ちゃんと痛みが走った。安田先生は間違いなく、ボールペンの解剖を宣言した。


 あの人の言葉通り、みんな思い思いにボールペンを解体している。キャップを外し、インキの入った芯を筒から抜く。根っこのホルダーも外す。くだらない。くだらな過ぎる。オレも時に流されるようにボールペンを解体してパーツをひとつひとつ見定めているが、心が引きつっている。そもそもボールペンって、生き物だったか?


 担任の菅野先生による数学の授業。

「これが三角関数の図で~す」

 気取った調子で先生が見せたのは、黒板に特大コンパスで描かれた綺麗な円に十字が切られた三角関数の図。下半分で、左右対称の直角三角形が向かい合っているのだが、何かが違う。違い過ぎる。先生、何故わざわざ、左側の三角形をあなたの右手のハサミで表現しているのですか。


 それに戸惑っていたら、今度は教室の外が、まるで南米のどこかのカーニバルのように騒がしく聞こえ始めた。まさか、体育の授業でサンバをやっているクラスでもあるのかと思い、思わず外を睨んだ。


※ ※ ※


「何かもう、エスカレートしてないか」

 オレはすっかり辟易しながら、隣でともに廊下を歩く美緒に問いかけた。

「仕方ないわよ、これが現実よ」

「何かムシデキズに刺されたら次の日から激モテって言うけど、刺された奴らが多すぎると、やっぱり後から虫化した奴はさすがにモテづらくなるみたいだな」


 そんなことを語りながら階段の踊り場に出たら、壁一杯に男女の生徒六人がこちらに背中を向けながら密着していた。よく見ると、みんな頭からカブトムシのような角が生えている。カバンを肩に回しつつ、彼らの一人をおそるおそる覗き込むと、何とソイツは憑りつかれたような表情で、壁をなめていた。


「おい、汚いぞ!」

 思わずオレはソイツに注意した。その場が不純な静寂に支配される。

 クワガタ野郎がオレを睨んでいる。その目は相変わらず憑りつかれたままだ。次いで他のクワガタな生徒たちもオレを取り囲んだ。


「翔太?」

 奴らの向こうから聞こえた美緒の声が、いささか深刻な感じだった。注意されたクワガタ男子がオレを掴み、押し倒したのをきっかけに、他の連中も無言のまま、一斉にオレに襲いかかってきた。ぬめったものが一斉にオレの顔や体を濡らしてきた。

「何だコイツら! オレのことベロベロ舐めやがるんだけど!」


「翔太、殺虫剤を使って!」

 美緒の指示通りに、オレはカバンのチャックを開け、右手を入れたが、すぐさまその手を掴み上げられ、殺虫剤に触れ損ねてしまった。オレはカバンから離れたところまで引きずられた。


 次の瞬間、ガタイのいいクワガタ男子の背中に殺虫剤が浴びせられると、彼の頭に生えていた角が力無く外れ落ちた。その瞬間、他のクワガタ男子&女子の動きも止まり、ガタイの良い男子の方に注目した。彼は我に返ったようで、青ざめた顔で立ち上がった。

「オ、オレ、何やってたんだ……とにかくすみませんでした!」


 彼はオレに必死で頭を下げると、逃げるように階段を駆け下りて行った。

「アンタたちも、これ受ける?」

 美緒が威嚇するように殺虫剤を軽く一噴きして見せる。するとクワガタと化した生徒たちが恐れを成して、ガタイの良い男子の後を追うように走り去って行った。


 悪夢から解放されたオレは、さっさと乱れた服装を正す。一方の美緒は、ただただ冷めた顔でオレから目を逸らしているだけだった。

「あの、『大丈夫』とか言わないの?」

「甘えないで。私にとってあなたはただの知人男性の一人でしかないから」

「いい加減、友達ってことくらい認めたら?」

「アンタが五百人にフラれたと知ってから可哀想過ぎて、同情しているだけ」

「そんな感情をずっとここまで一貫させてきているのか?」

 美緒はコクリと頷くだけだった。


「それに今は緊急事態なだけ。それが終わったら……」

「終わったら……?」

 美緒の言葉の途切れが、ちょっと意味ありげに感じたので、オレは少し上半身を美緒の方へ傾けた。


「何だっていいでしょ」

 美緒はオレの方から完全に背を向けた。でもオレには分かった。彼女は、ちょっとだけ、デレることを覚えていた。例え伊達でも五百人の女子と向き合ったオレだ。デレる素振りがどんなものか、少しぐらいなら分かる。背中でデレを語ることは、演技じゃできない。


「キャアアアアアッ!」

 階下から聞こえる女子の悲鳴が、オレを我に立ち返らせた。一人の女子が、荒い息遣いをしながら、オレの方へ駆けつけてきた。

「お願い、助けて!」

「どうしたの!?」

「何か、変な虫の女王様が暴れているの!」

「虫の女王様!?」

 オレに思い浮かんだのは、アイツだけだった。


「ムシデンプレス」

 美緒が静かに憤るようにその名を口にした。

「カバン持って。行くわよ」

 オレは急いでカバンを拾い上げ、美緒とともに階下へ向かった。


 一階へ降りると、大量のムシデキズが、そこら中の生徒や先生に、蜂のように群がっては、刺しまくっていた。

 オレたちが玄関の近くに来た、そのときだった。正にムシデンプレスが、外から扉の窓に向かって口を開いていた。一見すれば奇妙とも言える仕草だったが、オレはソイツの意図が分かるや否や、戦慄した。


「グワッシャアアアアアッ!」

 ガラスがものの一瞬で粉々に砕け散った。まるで爆弾の威力に晒されたかのように、細々とした鋭利な粒が玄関中に広がっていく。オレたちは咄嗟に身の危険を感じ、壁際一杯にまで後ずさりした。

 跡形もなくなった窓を、ムシデンプレスがくぐり抜け、オレたちの真ん前に降り立った。

「そんな顔してどうしたのかな?」

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