第六章:オレをフッたセンター女子が、所々変わりました

 翌日の朝、オレは教室の机のフックにカバンをかけるや否や、美緒の「翔太」と呼ぶ声にも、「ごめん、後で」とかわさんとした。

「何よ、あの虹虫のことでまた話したいことがあるのに」

「とにかくあれから椿がずっと心配だから、まず様子を見てみたい」

「やっぱり未練タラタラなんだ」

 美緒が口角だけをキュッと上げてオレに急接近する。


「何だよ、オレとお前はただの知人同士じゃなかったのか」

「話したいことがあるのは事実よ。でもそんなに椿が気になるなら、行っていいわ」

 手を外側に払う仕草を見せる美緒に戸惑いながらも、オレは教室から抜け出した。

 廊下には昨日と同じように、大量の男子たちが、A組の教室に群がっている。朝っぱらであることと、二日目だけあって数的には半減しているが、それでも大人気アイドルを一目見ようとファンが集結しているようだ、と形容するにふさわしいのは未だに変わりない。


 オレは再び男衆の隙間を縫って行きながらA組の教室へ入り込んだ。女子たちが入り込む余裕もないほど中央に男子が集結していて、椿の姿が見えない。オレは意を決してその集団へ潜り込んだ。

「ちょっとごめんね、本当にごめんね」

 椿のファン的な男子たちに口々に文句を言われながらも、オレはいよいよ椿の後姿を間近に見た。

「椿!」


 振り向いた椿の顔立ちには、変化は見られなかった。アンドロメダと比肩を成すかと思うほどの美貌が損なわれていないことに、オレは安堵した。

「なあ、一つ質問だけど、虹虫に刺されたのか?」

「虹虫? 確かに、一昨日、虫には刺されたけど」

 椿はあっさりと認めた。こうなったら次に聞くことは一つだ。


「何か、変わったことはない。ほら、何て言うか、椿の体に何か変わったことはないかって」

「おい、それってセクハラ質問だろ!」

「この変質者、出ていけ!」

 椿の「熱狂的なファンども」がオレに掴みかかる。あっと言う間に取り囲まれたオレは、胸倉や肩口を掴まれ、乱暴に揺さぶられ、挙句の果てには殴る蹴るの衝撃を体中に加えられた。オレは、正に袋叩きという名の地獄に引きずり込まれたのである。

 今、A組の教室にオレの味方はいない、正に孤立無援。その時であった。


「うがあああああっ!」

 突如一人の男子が、悶絶して倒れ込む。その背後には、怒りの形相をした椿の姿があった。

 倒れた男子の悲鳴で、すでに教室内は水を打ったように静まり返っていた。


「全く、これだからアンタたちみたいな男子どもは野蛮で好かないのよね」

 今までのセンター女子としての品格をうかがわせる様子からは想像もつかないほど、暗鬱とした口調で、椿は言い放った。

「何よ、これだけの人数が私に群がるなんて。パラサイトですか、コノヤロー」

「いきなり何なんだよ!」

「昨日あんなに楽しく一緒にいてくれたじゃん!」

「センター女子が『コノヤロー』とか言っちゃいけません!」


「うるせえ! その私利私欲剥き出しの様を露にする醜い男子どもがこんなにいちゃ、むさ苦しい!」

 椿はそれまでのイメージを覆すような喧嘩口調で、男子たちに啖呵を切った。

「何だとコノヤロー!」

「折角お前に身を捧げようと思ったのに、ぶち壊しじゃねえか! お仕置きしてやる!」


 二人の男子が椿に殴りかかるも、椿はそれぞれの手で、二つの拳を次々と受け止めた。まさかの反射神経にオレも目を奪われた。だがそれだけでは終わらなかった。椿が拳を受け止めた両手に更なる力を加えると、何と男子たちの腕を強烈な電流が伝っていくのが見え、たちまち奴らの体を包み込んでしまった。


「ギヤアアアアアッ!」

 二人は悲鳴を上げると、昇天したようにその場に倒れ込んだ。それを見た他の男子たちは恐れを成し、一斉に教室から出ようとしたが、数が多かったが故、両方の出口が、我先にと逃げ出さんとする奴らの空回りする思いが交錯するおかげで、想像を絶する大渋滞となった。それを尻目に、椿がオレの目の前にヒザをついて、まじまじと見つめてきた。


「大丈夫?」

 先ほどまでのヤンキー丸出しの本性を自ら否定するように、椿はオレに優しく声をかけ、手を差し伸べてきた。

「一応、大丈夫だけど」

「私を信じて。あなたには何もしないから」

「気持ちはありがたいけど、一人で立てるよ」

 オレは体の痛みをこらえながら、自力で立ち上がった。それに合わせて椿も立ち上がり、再びオレと向かい合った状態になる。


「キャンバス・ワールドの時はごめんね。何か、どうかしちゃってたみたい」

 椿は申し訳なさそうにオレから少し目を逸らした。

「どうして急に帰っちゃったの?」

「何か、自信がなかった。最初は翔太が学年一カッコイイ、つまり学年の『センター男子』だって噂が気になって、実際のあなたを見てその噂は本当なんだと確信した。でも、いざ付き合ってみると、私と翔太がカップルでいて、幸せになれるようなビジョンが見えなくなった」


「そうだったのか」

 その時、教室前方の出口の方で、おしくらまんじゅう状態の男子たちが将棋倒しになった。「落ち着け、一人ずつ出ろよ!」とたしなめる声も聞こえる。

「私もよく自分が『センター美女』って呼ばれるのを聞いていた。誇りに思っていたけど、同時にプレッシャーでもあって。そんな状況で『センター男子』と付き合ったところで、ちゃんとやっていける自信がなくなっちゃった」


「いつそう思ったの?」

「ジェットコースターから降りた時」

 ジェットコースターと聞いて、オレはハッとなった。

「オレの触覚が飛んで、ムシ語を忘れた時だ」

「あの時の翔太、なおさら愛嬌があって可愛いと思っていた」


 いや、それはむしろ物好きの考え方じゃないか、とは口には出さなかった。て言うか、今、あんな異常なスキルを放ちまくる女子と付き合ったら、オレが物好きと言われかねない。いや、物好きの域を越えるかもしれない。


「キャンバス・ワールドでは、あんな冷たい別れ方をして、あなたを傷つけてしまった。だから本当にごめんなさい」

 椿が素直に頭を下げる。

「でも、あれからよく考え直して、やっぱりあなたと仲良くしたいと思った。だから、もう一度、改めて、よろしくお願いします」

 誠意の感じられる椿の言葉を前に、オレは許すことにした。


「じゃあ、こちらこそ、よろしくね」

「本当?」

「本当だよ」

「ありがとう」

 椿が両手を丸めながら合わせて嬉しさを表現した。直後にチャイムが鳴った。


「戻らなくちゃ」

「後でまた呼びに行くからね」

「本当?」

 椿は大きく頷いた。

「じゃあ、またあとで」


 オレはためらいがちにそう言い残しながら、A組を出ようとした。その時、戸口で目にしたのは、椿を警戒しながら、おそるおそる教室に戻ってくる、彼女のクラスメートである男子たちの姿だった。オレが困惑しながら教室を出ると、外には未だに椿の「裏の顔」に対する畏怖を表情に浮かべた残りの男子たちで溜まっていた。オレは申し訳ない感じで、早足で自分のクラスへ戻って行った。


 時計が十二時三十分を指し、お昼休みを告げるチャイムが鳴った。

 オレはランチバッグを机に出すと、椿の顔を想像した。朝言った通りに呼びに来るとしたら、このタイミングが一番的確だと思い、どうやって迎え入れようかシミュレーションしようとしていたのだが、今ひとつ決まらない。何故なら相手は一度、キャンバスワールドで唐突にオレのもとから消え去った。そんな椿が何故、今またオレに「好き」と言うんだ。やっぱりあれも虹虫に刺されたせいなのか?


 そのとき、オレの頬に再び指一本が添えられた。オレは思わず正面を見上げた。同じく弁当を持った、椿だ。

「弁当持って。行こう」


 オレは言われるがままに弁当の入った袋を持ち直す。その時、オレのもう片方の手首を、椿が掴んだ。直後に、彼女の手の周囲に、金、銀、銅の三色が滑らかに紡がれた淡い輪の輝きがにじみ出し、オレは思わずそこに見惚れてしまった。北極でも、いや、この世のどこでも見られないオーロラのような煌きを見て、自分が生きているという実感が湧き立ち、何だか辛さを忘れてしまったような気持ちになった。


「復縁早っ」

 美緒が表情ひとつ崩さずして、オレたちの状況をツッコミ風に言い切った。次の瞬間、椿は美緒に謎のスマイルを示しながら、弁当をオレとは別の机の上に置いた。続いて、その手からいきなり蜘蛛の糸を放った。


「ヒャアアアアアッ!」

 異常極まりない不意打ちに、さすがの美緒も悲鳴を上げた。しかもこの蜘蛛の糸も、金、銀、銅の三色が絶妙な配分で混ざりあっている。

「椿、何やってんだ!?」


「だって私のことからかったのよ。それともあなたかしら? それとも両方? どのみち冷やかす人間にはカツと言うものを入れなきゃね」

「いや、美緒には悪気はなかったと思う。何て言うか、今のは美緒なりの、オレたちがまた友好的な関係になったことを祝福する言葉って言うか」

「とにかく、行こう」


 椿は自分の弁当を取ると、いきなりその場でジャンプすると、彼女の体が空中に浮かび上がった。床の方を見てみると、間違いなく彼女の足はそこから離れている。すると、オレも椿に引っ張られる形で、その体が空中に浮かび上がった。

「ええええええええええっ!?」


 まさか、浮遊した状態で、真上から教室を、クラスメートたちを見下ろすことになる日が来るなんて、夢のまた夢にも思わなかった。クラスメートたちも、二人の同級生が空を飛ぶという、怪奇現象同然の現実を目の当たりにして、一様に言葉を失っている。しかし美緒だけは、無駄に絢爛な蜘蛛の糸にまみれてもがいており、それどころではない状態だった。


「美緒、何か分からないけど、ごめん」

 オレが椿に代わって詫びた直後に、椿はオレを率いて教室から抜け出した。

「痛っ!」

 椿は戸口を過ぎる時は、慎重を期して超低速になったが、それでもオレが額の角に扉を打ち付けた時の衝撃は、骨の髄まで響かんばかりだった。


「ごめん、ぶつけちゃった?」

「見事にぶつけてたよ。これから人を引っ張りながら飛ぶときはマジで気をつけて欲しいな」

「本当にごめん。以後気をつけるから」


 こんなやり取りをしている間、椿は廊下を通り、階段も空中を滑ることで完全にスルーしていく。もちろん前から迫り、後ろへ過ぎる人たちは、一人残らず口アングリ状態だ。そりゃそうだ。自分たちと同じ制服を着た男と女が、ぶっ飛んじまってんだ。

「て言うか何で空を飛んでいるの? 椿はただの人間だよね? て言うか何でオレも飛べちゃってるの? これも虹虫に刺されたせいか?」


「ムシデキズのこと?」

「名前、知ってるのか?」

「うん。ムシデンプレスの手下はみんなムシデキズって名前みたい」

「ムシデンプレス!? 何だその新情報!?」

「ムシデキズを仕切る虹虫の女帝。私はそれに刺されちゃった」

 椿からの衝撃的な告白に、オレは愕然とした。そうこうしているうちに、椿は屋上前の踊り場で、オレとともに着地した。


「さあ、おいで」

 椿が屋上の扉を開き、オレを外へ連れ出した。その先はちょっとしたコンクリートの砂漠で、仕切られた柵の向こうに、ありふれた住宅街の景色と、それを彩る薄雲交じりの空がどこまでも広がっている。


「もしかして、屋上で食べるの?」

「いいえ」

 椿がそう告げると、繋いだ手の力を一旦緩めた状態からまた強めた。そして彼女は、何のためらいもなしに再びオレとともに飛び上がった。


「さあ、参るわよ」

 椿は、悠々と柵を越え、学校の外へと飛び出してしまった。何この大胆過ぎる行動、すっげえワクワクするけど、やっぱりワケ分からないんですけど。オレは墜落しまいと椿の手を必死に握り返し、ひたすら天空の風を感じていた。ジェットコースターのような安全バーもなければ、オレには翼も、空を飛ぶ能力があるわけじゃない。心の準備もできていないが、今はひたすら椿に全幅の信頼を寄せて、彼女の右手にオレの左手を託すしかない。極限の状況、でもそれは空中デート。良くも悪くも、オレは心臓の高鳴りを感じていた。


 喜んでいいの? 楽しんでいいの? 先生に見つかって怒られない? 生徒に見つかって先生にチクられて怒られない? て言うか、堕ちたりしないよね? オレの命はどうなる? て言うか、図らずも始まった椿とのスリリング過ぎるデートの行方は、一体どうなるの?


「そうだ、ここにしよう」

 椿が目をつけたのは、とある雑居ビルの屋上だった。二人一緒にここの屋上に着地する。

「ここで食べよう」

 椿がいつもの純潔な笑みで誘ってきた。

「いや、ちょ、ちょっと待って。屋上なら学校で」


「ベタ過ぎ、ベタ過ぎ。折角私飛べるようになったんだから、どうせなら学校とは違う建物の屋上で二人きりのランチを楽しみたいと思ったのよ」

 椿の行動力って、こんなに驚異的なレベルだったっけ? それはともかく、今のオレを取り巻くカオスぶりなんて素知らぬばかりに薄雲が流れる青空の下、オレたちは二人でそれぞれの弁当にありついた。


「ねえ、その弁当、どうしたの?」

「オレの手作り。母がホテルで夜勤だから自分で作った」

「ああ、そうなの、家事とか上手いタイプ?」

「確かに段々慣れてきた。洗濯とかも掃除とかの面でもね」

「家事の出来る男子って素敵よね」

 椿が爛々とした愛嬌でオレを褒めてくるが、オレの心中はそれどころではなかった。


「ムシデンプレスと、どこで遭遇したんだ?」

「日曜日、買い出しから帰る時。その途中で、ムシデンプレスが私を待っていた。彼女は手下として十匹ぐらい虹虫を連れていたわ。その虹虫たちは、本物の虹のような色彩に体を染めたものから、赤系、青系、黄色系と、特定の色系統を、前から後ろへ段々淡い方から濃い方へ染めていったものまでいたわ」


「その虹虫たちを仕切っているんだから、なおさら大きい虫なのかな?」

「ムシデンプレスは、何て言うか、人間っぽかった?」

「人間? 虫じゃないのか?」

 オレはムシデンプレスのイメージを掴みきれず、困惑した。

「何かと言うと、虫が擬人化したみたいな感じ」

「要するに、女の子が虫のコスプレをしたみたいな……」

「私もムシデンプレスにそう言ったの」

 この時、椿が表情に自嘲的な感じを覗かせた。


「そしたら、ムシデンプレスが、『誰がコスプレじゃ! お仕置きしてやる!』と言いながら私のおでこに対し、前頭部の真ん中から生えた、極細の銅色をした角のような針を私に刺してきたの」


「チクッとした?」

 オレは食いつくように椿を問うた。

「ちょっとね。それ以上にあの態度がムカついたけど」

 椿は素直に笑って答えた。


「ムシデンプレスは、金髪から二本の銀色の触覚が生え、額の中央からは角のような針が突き出している。さらに、不思議なドレスを身にまとっていた。上から金、銀、銅と三色に分かれているのだけど、色の移り変わりの具合が実に神秘的と言うか、とてもデザイナーの腕では作りこなせないぐらい繊細に金から銀へ、銀から銅へと変化していっているようだった。ちなみに背中から生えた羽根の銀色もまた、尊い煌きを放っていたわ」


 オレは椿が言ったムシデンプレスの格好を想像してみた。あのドレスの三色も、虹のように神々しく並び立った色合いということか。だが虹に使われたどの色よりも威厳に満ちている分、その様は実に椿の目さえも魅了してしまったに違いない。


「惜しむらくは、私と出会うなり、彼女の表情はどこか人間を恨むような感じだったこと。目がツンツンしていると言うか。きっとあの娘もあの娘で、普通にしていれば周囲から可愛いともてはやされそうな見た目なんだけど、実際はそうじゃなかった。自分が薄幸を強いられていることで世を恨んでいるような」


「そのムシデンプレスは何でそんなに不機嫌だったんだ?」

「私には分からない。ただ、私の行く手を虹虫とともに阻むなり、『随分可愛い顔してるわね!』って因縁をつけてきたの」

「それで?」

「私は驚いたけど、すぐにその場を凌ごうと思い、『素敵なドレスですね。何かのコスプレでしょうか?』と聞いたら、先ほども言った通り、『誰がコスプレじゃ! お仕置きしてやる!』と……」


「症状は、いつから出たんだ?」

「今日の朝。私、マンションに独り暮らしなんだけど、そこの出口へ繋がる階段の最後の段を降りようとしたら、急に足が床に着かずに浮いたままになっちゃって」

「それで、飛べるようになったのか?」

「うん。あの時も何気なく浮いたまま動いてみたら、そのまま飛び回れちゃった」

 椿はとぼけた感じで首を傾けた。この瞬間に見えるあどけなさも好きだと思った。


「その前は、寝る前に何気なく両腕を天井に向かって飛ばそうとした時に、電気のようなエネルギーが走った。だから窓から腕を突き出し、思いっきり力を込めてみたら、そこから痺れるような光線が放たれた。私、超能力者になっちゃったのかなと思いながらその時は寝たわ」


 つまり、彼女はムシデンプレスにより、例の飛びきりのモテ成分を注入されるとともに、超常的な副作用を与えられていた。分かっていただけでも二つ、しかも美緒の証言からして、まだまだどんな副作用が起きるか分からない。ああ、奇跡的にそのムシデンプレスとやらの針がたまたま不調で、副作用が今の程度にとどまったってことはないかな? それって無茶な願望かな? もうこれ以上椿が奇天烈極まりない虫に汚される姿を見たくない。汚れるのは、オレだけで充分だ。何とか椿を助けられる方法はないのか?


「そうだ。椿、ちょっといいかな?」

「どうしたの?」

 オレは彼女の顔の前で両手を仰いだ。力一杯仰いだ。

「何してるの?」

「椿、虹虫のリーダーに刺されたんだろ? オレが虹虫に刺された時は、ジェットコースターで強風を受けたおかげで、触覚もムシ語も取れた。椿もこれで何とかならないか?」


 しかし椿は堂々とオレの両手を掴み返し、動きを封じた。

「こんなんでどうにかなるわけないでしょ」

 椿はここぞとばかりにキッパリと言い切った。そりゃそうだ。ジェットコースターとは比べものにならないちっぽけな人力で椿をどうにかできるほど、世の中甘くない。その証拠か、再び椿の両手が、オレの手首のところで再び金、銀、銅の華美な三色の輪を描いた。こんな時にも、オレは不覚なことにその煌きの輪に見惚れてしまう。


「ちょっと待って、オレに絡んだ男子たちを掴んだ時は、電流が走ったのに、何でオレの手首を組んだらこんなアルティメット・プレミアム級の輝きが出るんだ?」

 そう言って椿の顔を直視した、次の瞬間だった。椿はいきなり、オレの顔面をそのまま近づけてきた。オレはこれから何が起きるのか、理解しかねた。


 近づいてくる椿の顔は、優しく目を閉じ、唇を控えめにすぼめていた。そのまま、自らの唇を、オレの唇に密着させた。肉感をあまり感じない、艶やかな唇、何て快い触れ心地だ。そう思っている間に、椿がそっとオレの口元から離れ、自然味溢れる優美な微笑みを見せた。


「あなたを正式なパートナーに任命することにしました」

「……えっ?」

「私は、あなたの正式なパートナーです」

「マジで? また、話早くなってない?」

「今度は本気なの。私のパートナーは、白藤翔太ただ一人」

 椿はオレの手を自らの両手で握り、目をキラキラとさせながら迫ってきた。

「パートナーになってくれる?」


 唐突な二度目の告白に、オレの心臓が再び高鳴りを聞かせる。オレは目を閉じて気持ちを落ち着かせてから、彼女の顔を見据えた。

「分かった」

「本当に? 嬉しい!」

 椿が即座にオレを抱きしめる。晩秋の生冷たい風から、椿のありのままの温もりを帯びた体がオレを守ってくれているように感じた。オレもその事実に気を許すように、彼女をそっと抱き返した。


※ ※ ※


「どこ行ってたの? 屋上?」

「まあ、そうだよね」

 学校じゃなくて別の建物の屋上だなんて、口が裂けても言えない。しかし、教室の周囲から漠然とした騒がしさが絶えず聞こえる。オレと椿が美緒の前で手を繋いでいるからか? それとも……。

「椿に一つ質問」

「何なの?」


「どこで仕入れたの、そのド派手な制服」

 オレは何事かと思い、椿の方を見た。彼女の現在の服装に、オレは度肝を抜かされた。

 何と椿のブレザーが金色に、スカートが銀色に、リボン、ソックス、靴下が銅色に染まっていた。そして彼女自身の周りが、光の輪のように紡がれる形で、金、銀、銅の三色のオーラに染まっていた。おかげで周囲は絶えず口々に感嘆の声を漏らしていた。


 だが、オレにとっては、さすがにそれどころではなかった。

「これも、ムシデンプレスのせいか?」

オレは不安になって椿を見たが、彼女の表情は、どこか惚けていて、事の重大さを分かっていないようだった。どうやら椿は、ムシデンプレスに呑み込まれている。

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