幕間:始まりと終わりと(後編)
それは最初は『探検』と呼ばれた。
彼らは長い時間をかけ――それでも出来る限り最速で――ついに穴の中へと入る方法を見つけた。
魔物を倒した際に出現する青白い粒子。
最初こそは人体に悪影響を与えるものだと恐れられてきたが、時が経つに連れて無害であるということが分かり、彼らも含めたすべての人は気にしなくなっていた。
その粒子は時間が経つと消えるというのが通説だったが、厳密には消えていないということが判明したのだ。
倒した魔物を最後まで見届けることもないからこそ、その事実に気づくまでに時間がかかってしまっていた。
無理もない。
倒せば希少価値の高いものを落とすわけでもなく、ただ赤い血が流れるのみ。自身の手で無残に殺された死体をじろじろと眺めるものなどいるはずもなかった。
なればこそ、彼らは自身の業を見つめるという意味合いも込めて殺した魔物の最後を見ることにしたのだ。
もしも神がいるとするならば、相互理解を行うことなくただ一方的な虐殺を繰り返した――世界を守るという『正義』があったとしても――彼らの行いをせめてもの贖罪だと認めてくれたのだろう。
ある一つの事実に気づかせてくれた。
その粒子は消えていたのではなく、穴の中へと還っていったのだ。
その事実は彼らに一つの
――もしも、魔物の体を構築しているものが我々人間と同じように血と肉ではなく、この粒子だったならば。
幸いにも彼らの中には学者気質のような者もおり、研究は順調に進んでいった。この研究に関しては今まで惜しみなく情報を発信してくれた彼らであっても、確証足り得る成果を得るまでは口外することはなかったという。
研究が進んでいく中である一つの仮説が彼らの中で生まれた。
魔物の体を構築しているこの粒子を通して、人間があの穴の中に入ることができたならば、元凶を断つ手段を知ることができるのではないか。
蜘蛛の糸にも等しい希望を掴んだ彼らは、そこからはただひたすらに魔物を狩る日々が続くことになった。
今までのような世界を守るための闘いではなく、世界を救うための闘いに。
そのために彼らは鬼となる道を歩むことに決めた。
現れては殺す。出現場所を予測して殺す。とにかく殺す。
血に飢えているかのように戦う彼らの姿はいつしか人々からは『修羅』と呼ばれる存在へと変わり果ててしまっていた。
今まで守ってきた人々から轟々と批難を一身に浴びながらも、彼らは何も言わなかった。
その先にあるものは、世界の救済という希望だと信じることが彼らを動かす原動力になっていた。
魔物の屍の山を築き上げ、その体を血に染め上げながら、誰からも理解されない闘いを続けた彼らはついにたった一つの手段を手に入れた。
自身の血を混ぜた粒子を穴の中へ還し、向こうで再び粒子の力を利用して再構築する。
皮肉にも穴だらけの理論だったが、これに縋るしかないこともまた事実であった。
ここでようやく彼らは世界にこの情報を発信した。
元凶を断つ手段を探る手段を得ることが出来たこと。その実験台に彼らがなること。そして、帰ってこれる確率も限りなく低いということを。
もはや人々の間で『修羅』として恐れられていた彼らの言葉に耳を傾ける者は少なくなっていた。しかし、ゼロではなかった。
『修羅』として恐れつつも、心の片隅で彼らが『勇者』であることを望んでいる。
そのような人々だけが、彼らの行く末を祈った。
彼らが穴の中へ向かう理由など、それだけで十分すぎた。
血に染まった自分たちの帰りを願ってくれる者がいる。ならば、その人達のために気『険』を『冒』す。
彼らのその在り方は確かに『勇者』だったのだ。
少なく、しかし大きな祈りを背負い、彼らは穴の中へと消えていった。
世界初の、人類初の、誰も経験したのこと無い、誰も足を踏み入れたことがない未踏の地へと『探検』しに行った。
帰ってきたものは、たった一人だけだった。
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