7 はじめての遭遇

 最初に感じたのは肌寒さだった。

 どう考えても全裸で地面に寝かされているという感じだろう。

 というかまぁ、ぶっ倒れてるだけなんだけどね…… 

 ずきずきと身体全体がめっちゃくちゃ痛くて、動かせるけど動きたくない。

 てゆーか普通に考えて滑落したんだからまともに動けるわけがない。


 それが私のしってる人間の身体だったならだけど……


 と、意味深な感じにしたところで……私は、痛みをこらえて無理やり身体を起こす。

 いつまでもよく分からない場所でぶっ倒れてたらそれこそ襲われかねないし、助けが来るなんて今更思わない。

 自力で生きる。

 厳しい野生の掟なのだ……ちくしょう。

 まずは見える範囲、動かせる範囲で身体の状態を確認。

 手足はところどころ鱗が剥がれ落ちて赤く滲んでいるけど、小さい鱗が生えかけているようなので外傷は大丈夫。

 身体を動かすとズキリと痛むけど、徐々に慣れる……というか引いてる気がするので、関節系に問題はない。

 他にも色々触ったりしてみるが、擦り傷部分がしみて痛いぐらいで骨や内臓にダメージはないっぽい。

 そこまで確認したところでひとまず安堵することができた。


 私は生きのびたらしい。

 しかも……けっこう大したことないっぽい。

 思ってたほど高所から落ちなかったのかな?

 なんとなく気になって、崖の方を見上げてみると……


 うーん……いや、これ高いよね?


 どう安く見積もっても10階建てマンションぐらいはある。

 しかもほぼ垂直。

 岩肌もゴツゴツしてるし……思い出したくないけど、何回かぶつかった記憶がある。

 草木や土の地面がクッションになった……としても、重症は確実でしょうに普通なら。


 どうやらこの身体……すっごい頑丈らしい。

 それか自己再生力が半端ないのか?

 …………いや、どっちもかな。うん。


 気づけば擦り傷はいつのまにか消えていて、鱗も完璧に生え変わっている。

 身体を動かしても痛みはもうなかった。

 想像以上の性能である。

 我ながら……けっこう凄いモン娘に転生したのかな?

 それとも、この世界における魔物モンスターの回復力ならこれがデフォなんだろうか?

 通常戦闘で常時回復だらけとか……うーん、一体を集中攻撃で撃破……余裕があるなら弱体化魔法デバフをかけて…………


 …………っと、つい癖で考察してしまってた。

 今はそんな場合じゃないっての。

 とにかく現状確認しないと。


 まず、生まれ故郷たまごのばしょには戻れなくなった。

 いや、戻る道はあるのかもしれないけど、私は知らない。


 けどまぁ戻れたとしても、あそこが安地って確証はもうないんだよねぇ……


 残されていた足跡の事を思いだす。

 寝ている間に何かされたことはなかったみたいだけど……味方の保証なんてない。

 そもそも正体がなんなのかわからない存在が来る場所でおちおち寝てるられるほど図太い神経を私は持ってない。

 たぶん。

 足跡の方へ行けば突き止められたかもしれない。

 ゲームでだったらそうするように指示してただろう、フラグっぽかったし。

 私は死亡フラグもきっちり踏んずけ……いや、踏ませて反応を見たい派だ。

 けど現実で死亡フラグなんて踏みたくもないし、踏ませようと思うほどSじゃない。


 反対側も落下死フラグだったけど……い、生きてるんだから問題ないよね?


 そんなこんなで、飲食の他に新しい寝床を探すというミッションも追加されてしまった。

 幸先が全力で不安である。

 最初っから不安だっただろ!? という突っ込みは受け付けません。

 けど、そんな心境とは裏腹に、ここは場違いなほど綺麗な花畑が広がっていた。

 色とりどりの花が咲き乱れ、かわいいちょうちょがちらほら飛び交う、典型的なザ・花畑!


 ……やっぱり私は死んだのん?


 そう勘違いしてもしょーがないと思う。

 けど残念ながらココは現実で、その証拠に私の周辺は落下の衝撃で地面がヘコんで抉れ、無残にも花々が潰れていた。

 大きめの石に蝶が挟まれて、ぴくぴく動いている……あれはもう虫の息ってヤツだからきっと助からないだろうなー……

 まぁ運が無かったってことで諦めてもらおう。

 不可抗力だから私は悪くねぇ! 私は悪くねぇ!


 のどかで平和な花畑の真ん中でアホな事を叫んでていると、私の聴覚がガサガサと蠢く音を聞き分けた。

 ビクっと一瞬驚いてすぐ、あたりをキョロキョロと見渡す。

 音は後方からか……振り向くと少し先の草花が怪しく揺れている。

 何かが草花の中を移動しているみたいだ。

 急いでヨツンヴァインの体勢になっていつでも動ける準備を整えて、じぃぃーっと睨むように見続ける。

 心なしかぐるるる……と低い唸り声をあげてたかもしれない。

 警戒しながら見続けていると、そいつはひょっこりと姿を現した。

 小柄で真っ白な体。

 耳は大きく天に向かって伸びている。

 黒い鼻をひくひくと動かしながら、深紅の瞳でこちらを睨みつけるそいつは……


 う、兎だぁぁぁあーーーーー!!


 ………………って、兎かよー。

 小柄な体でぴょんぴょんと飛び跳ねながら動くそいつは紛れもなく白兎だった。

 緊張が抜けてへたりと座りこむ。

 

 のどかな花畑に白兎とかベタだわー。


 へらへらと笑いながら白兎を見下ろす。

 じーっと私の方を見つめながら、小首をかしげる姿がなんかかわいい。

 こっちにこないかなぁー? と手招きして呼んでみる。

 まぁ、兎って基本おくびょうだから近寄ってこないだろうけど……って、おぉ?

 予想とは裏腹に、ひょこひょこ近づいてくる白兎。

 ずっとボッチで寂しかったこともあり、初めて出会った癒し系の存在がすっごく愛しく思える。

 かわいいなぁー……この子ペットになってくれないかなぁ?

 もう少しで手の届くところへ寄ってくる……そしたら抱きあげれるかな?

 両手を広げて受け入れるポーズで待っていると、白兎が意図を察してくれた? 腕の中へめがけて飛び込んできて…………


 ガァブゥッ!!!


 私の喉元へ喰らいついてきたじゃあーーりませんか。


 って、ぎゃおおおおおおおおおおおおっ!? いたいいたいいたいぃぃいいいい!!!


 のたうちまわって暴れまわる私。

 けど白兎の野郎はしっかり牙を突き立てて放そうとしない。

 それどころかさらに奥まで喰らいつこうとしてくるんだけどぉ!?


 な、なんなん!? こいつなんなんっ!!?


 引っぺがそうと伸ばした手は無意識に爪を立てていたようで、それに気づいた兎が素早く私から離れる。

 捕まえることはできなかったけど、離れたなら取り敢えず良し。

 首元を触った手には、べっとり血が付いている。

 白兎の口がなんかもごもご動いていると思ったら……どうやら私の首が嚙み千切られたらしい。

 幸い痛みがひどくなる前に血は止まってくれて、傷もふさがってきたみたいだけど……

 

 ……さ、再生能力なかったら死んでるぞこの野郎!?


 可愛らしい兎の顔がもはや邪悪な存在にしか見えない。

 あかん、これ逃げないと食われる系だわっ!?

 急いでヨツンヴァインフォームになった私は逃げようと試みたけど……時すでにおすし。

 白兎が甲高い声で鳴くやいなや、周辺からガサガサと出るわ出るは兎さん。

 

 …………つ、詰んだぁーーッ!?

 あたりにいる血走った兎達の瞳を見つめながら、私の頭の中にピコーンとうかんだのは一匹の魔物モンスター……


 【首狩り兎ヴォーパルバニー


 わ、私……今度こそオワタ……!?

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