第二章:眠らぬ国
「それで、入国の目的は?」
目つきの悪い入国審査官が私たちをじろじろと調べる。目元に深い隈がついていて、明らかにイライラとした感情が、呪術能力のない私にも伝わってくる。
「一応、観光ということになります。しかし、状況に応じてはお仕事をさせていただくこともあるかと」
「仕事ぉ? なに、アンタ等商人かなにかか?」
「いえ、旅人をしております。生業として、呪術師の一座も行っております」
「呪術師? どこかのギルドに入ってんのか?」
「いえ。ギルドには加入しておりません。旅人としてあちこち移動しながら浮遊(ふゆう)呪術師として活動しております」
「……少しそこで待っていろ」
何かを悩んだような顔を見せる審査官。まさか、このまま不用意に突っ切り、指名手配をされるというわけにもいかないために、おとなしく指示に従う。
――――呪術師に興味を示したのかな。それとも……浮遊という部分に?
通常呪術師を名乗った際に聞かれるのが、どのギルドに所属をしているかであることが多い。ギルドに所属をしていて、初めて依頼をするかどうかを考えるという人物すらいるほどに。それほどまでに、呪術師にとってギルドのバックアップや信頼度というものが高い。仮に私が呪術師に頼むというのであれば、何者かわからない存在より、きちんとギルドに所属をしているものの方が安心でもある。
だが、あえて浮遊呪術師に頼む存在もいる。例えば、難易度が異様に高く、依頼を受けいれてもらえな者や、報酬が支払えない人物。そして……呪術の名の通り、誰かを呪い殺す依頼、という場合。
「大丈夫ですよ、クロネコは幸せを運ぶ一座です。不幸は返し、闇夜に逃れます」
不安を見越してか、レイ君が声をかけてくれる。私もそこまで気にしたつもりはなかったために、小さく頷くに答えを抑える。
とはいえ、やはり気がかりともなるのだ。
クロネコが、自衛目的以外で誰かを不当に傷つけることはない、ということを理解している。そういった依頼は断るし、一度引き受けたものであったとしても、その裏の危険性が垣間見れば、その部分を追求し、不当に傷つけるなんてことはないはずだ。
しかし、同時に複雑な思いも宿る。
ギルドに頼めぬ依頼というのは、一癖も二癖もある。あとは、緊急な依頼で、ギルドの過程をたどるのが面倒くさい可能性もあるが……どちらにしろ危険であることに変わりない。下手をすれば命を落とすというような出来事に巻き込まれることも。
「お前たち、この国から仕事の依頼を受けてもらいたい」
しばらくして、戻ってきた審査官は至極真面目な雰囲気をそう伝える。
「依頼、とは?」
「国王秘書官からじきじきに説明がある。ついてこい」
「依頼を拒否した場合は?」
「その場合はこの国の滞在を拒否する。今すぐ出ていけ」
「かしこまりました。では、お話は聞いておきましょう」
私達をちらりと確認してからレイ君は答える。警戒はしておくように、ということであろう。
少しだけ、意識を集中させてから、ひとまず話を聞くぐらいならば安心であろうことを願う。少なくとも、この場でのおかしな状況は見えない。
王宮への道のりは、馬車で十数分程度であった。辺りの様子を観察しようにも、窓には全てカーテンがかかっており、視界がシャットアウトされている。しかたがなく、顔を伏せてこれからのことを予測することに、意識を集中させた。
馬車を降りて、王宮二階にある部屋に案内をされる。そこは応接室となっているのであろうか、机をはさんでソファーが二対並んでいる。ソファー自体は三人用ではあるが、私は呪術に関してはまったくの素人である点からも、そのソファーに並んで座らずに、少し後ろに立つ。気を利かせた召使の人間が丸椅子を持ってきてくたので、これぐらいならばとそこに座った丸椅子にも関わらず、豪華な布製品が使われており、ふかふかとしていて気持ちがいい。
腰を下ろしはしたが、すぐに立ち上がれるかどうかの確認も大切である。ひとまず、この椅子自体にトラップが仕掛けられてることはなさそうであるが、いつでも立ち上がることの出来る準備は整えておく。
「お待たせいたしました。私はこの国で王国秘書官をしております、レインズと申します」
「呪術師一座クロネコの、呪術技術師、レイです」
「……同じく、呪術師、シン」
「同じく、ヒカリです」
今更だが、私の役職は存在しない。旅の手助けをしているという意味では、召使的な立場なのかもしれないけども、別にご主人様と敬っているわけでもなく、かといって呪術師というわけでもない。自分でも立場は行方不明だ。
「早速ですが、依頼の方を、お伝えさせていただきます」
彼、レインズの顔色は非常に悪く、丁寧な物腰でこそあるが、その裏に隠されたとでもいうのだろうか、疲労が見て取れる。呪術に頼る人間の多くはこういった顔色をしていることも多い。それほどまでに困っているというか、こういった手を使うしかないというかだ。
特にこの国の秘書官というのであれば上からの重圧、民衆からの声と気苦労は絶えないだろう。それも、浮遊呪術師に頼らざる得ないほどに、緊迫しているのならば、疲れるなという方が無理がある。
「あなたたちの世界ではラップ音、とでもいうのでしょうか? 深夜になると不可解な音が町中に鳴り響くのです」
「具体的には?」
「何かのささやくような声、といったあたりでしょうか。また、その囁き声に応じるように、石ころから石造まで無尽蔵に飛び交い、破壊を繰り返すのです。幸いにも市民には被害が少ないのですが……ゼロではありません。そもそも、音による被害が夜な夜なあるものですから……多くのものが慢性的な寝不足に陥っているのです」
私はメモ帳に素早く対話現象と物品移動現象と書き込む。ラップ現象と対話現象は微妙に異なる……らしい。
対話現象はその名の通りに、霊体が何らかの方法で話をする方法だ。そもそも、声とは空気を震わせる現象であるため、基本的には指摘通りラップ音といっても差支えがない。しかし、ラップ音がただ音を鳴らすだけであるのに対して、対話現象では狙った音を出さないといけない時点で、思念の低い低級霊ではこの現象を起こすことは難しいだろう。それなりに大きい霊体であることを記載する。
そのことからも、ポルターガイスト現象ではなく、物品移動現象と書き込む。ここら辺の違いは生きている人間の力を、媒体として用いることが必要かどうかだ。辞書的にしか記憶していないため詳しくは理解などしていない。解釈することは出来ても本質の理解など出来る日は来ないだろう。
「これらの現象はいつごろから?」
「もう、四年になります」
「四年?」
黙って話を聞いていたシンちゃんもピクリと反応をする。もちろん、レイ君も、私もだ。視線も自然に鋭くなっていた。
そもそも、ここまででの話であれば、やや強力な霊現象ではあるものの、ギルドに頼めないほどではない。いくら、手続きが面倒とはいえ、四年も待つことになるはずがあるまい。
「……いままで、呪術師になんで頼まなかったの?」
ここはかなり重要な質問である。呪術師に頼まなかったのか、それとも呪術師に頼めなかったのか。
しかし、答えはかなりあっさりしたものであった。
「いえ、正しくはあなた方以外にも呪術師を派遣していただいたことがございます。しかし、どれもが任務の遂行を果たせずじまい。解決できたかのように思えても一定時間たてばまた音に悩まされる日々……。いつのまにか、ギルドたちの間では我々の国に派遣されず、我々もギルドに頼むのに疲弊したために、決まりやルールに縛られない浮遊呪術師に頼むようにしているのです」
ギルドにて門前払いをされるのであれば浮遊呪術師に頼むというのならば、理解ができる。しかし、同時に身構える必要性が否応にも現れる。命の危険こそないだろうが、一度除霊行為を行っても、また同様の現象に悩まされ、そして原因も不明。そもそも、ギルドに門前払いをされるほど厄介な任務ということは、それなりに高度な呪術師相手でも、ことを成し遂げれなかったということであろう。
「……呪術師の見解とか、なかったの?」
「残念ながら、お役に立てそうな見解はありませんね。どれもがとってつけたかのような理由です」
「……そう。わかった」
呪術師の見解は得られず、か。クロネコの呪術は呪術道具としてガイスティックを使用するなど、特殊であるために、一様に纏めることはできないけども……、それでもよその呪術師の見解を聞ければ攻略へのヒントになりうるのだが。残念ではあるが、仕方がない。
「わかりました。クロネコ、その依頼をお受けいたしましょう」
「本当ですか!?」
「えぇ、とはいえ、お話を聞く限りそれなりの難易度と危険性がはらまれる可能性が高いです。報酬はそれなりにいただきますし、続行が不可能と考えられましたら、その場でこの依頼の放棄をさせていただきます。それでも、クロネコに依頼をなされますか?」
「あぁ。報酬はこれぐらいまでならば出せます。それ以上は財政の方と相談となりますが……。今は藁にもすがりたい思いなんです。クロネコ一座の皆様、どうかご依頼の遂行を願います」
「えぇ。では、進展がありましたらまたこちらにお伺いさせていただきます」
「そのときは、ぜひ国王閣下の前で」
秘書官に頭を下げて私たちはその場を辞する。
そして、旅人にとって一番重要な宿の確保をするために、そこまで馬車を出してもらい、ホテルに止めてもらう。部屋は一室。何かあったときに手助けを行えるようにだ。特に今回は霊現象が必須となる。『蒼き数珠共感』さえあれば、一度は危機から脱することが出来るだろうが、そのような危機に迫らないほうが一番である。
「なかなかに高級なホテルですね。それが無料で泊まれるとは。ありがたいお話です」
クロネコの家計簿を握っている私としては、その気になればいつでもこれぐらいのホテルに泊まれるのに、とため息をつきたくもなる。まぁ、節約をすること自体は反対ではない。私も贅沢をしたいとは思わず、わずか数日を泊まるぐらいならば羽を休めればどこでもいいというような思いも根付いている。
「この後はどうする?」
「……寝たい」
「さすがにそれは却下ですね。現象の本番は夜ですが、それまでにいろいろと街の様子を観察させていただきましょう。シンには魂の揺らぎなどを見てもらいたいところです」
「……それなら、レイだけでもできる。街の観察なら、ヒカリねぇの方がうまい」
「私では見落としてしまうようなところをカバーしてほしいんですよ。日が堕ちたら、深夜になるまでの間は寝てていいですから、いきますよ」
グイっとベッドに静まろうとするシンちゃんを抱き起す。彼女もいやいやとするように抵抗をするが、ひっぺりはがされて仕方がなく二足歩行を開始する。
「……おーぼー」
「横暴とは違うと思うよ。というか、シンちゃんもそこまで眠そうじゃないし」
代わりにツッコミを入れて部屋の戸締りを行う。いくら霊能力があろうが、こういったものはアナログに勝るものはなしだ。シンちゃんを無理やり動かせるにはデジタル機器でどうこうしたり、霊能力を使ったりするよりは、こうして物理に物を言わせた方が何倍も速い。幸いなことに筋力の順位はシンちゃんが最下位でレイ君、私の順になるのだから。この部分に関してはレイ君の筋力がなさすぎるところを責めたいところである。曰く呪術師としての修行を幼いころからやってきたために、筋力を持たせる時間がなかったとのこと。私が異常なわけではなくレイ君が異常なのだと……思いたい。いや、正常なのこのグループにはいないのかもしれない。
ともかく、このメンバーで移動を開始するにしたがって用心棒的な役回りをどうしても請け負うことになるのは必然だった。
ホテルマンに城下町までの道のりを尋ねて、ひとまず商店街の方へと向かう。商店街はたくさんの人であふれていた。しかし、どの人物もが目の下に大きな隈を作っており、寝不足であることが理解できる。また、町のオブジェクト的なものがところどころ壊れているのを見ると、霊体が暴れているというのもわかる。
「あれ、どう思う?」
だが、私たちの関心は別にあった。そして、それと同時にこの国の問題点になりうる部分がわかったようにも思う。
「アンタら旅人さんだろ。どうだい? 安く売るよ?」
「いえ、せっかくですが」
「そんなこと言わずによー。もしかしたら聞いてるかもしれねぇが、今うちの国色々やべぇんだよ。家畜はすぐ死ぬし。種類はたくさんいるぞ?」
まだ長く説得を続けようとする彼を振り切り私たちは商店街の端による。正直な気持ちを表すのであれば、今すぐにでもこの国を脱したいところである。
「……家畜、扱いなんだ」
「この国の方針、といよりはこの国ではそれが普通なのでしょう。否定するつもりはありませんが、やはり気持ちのいいものではありませんね。奴隷というものは」
チラリと向けた視線を追う。そこには鎖でつながれた人間が品出しを行っていた。20~30代程度の男性。ボロボロのシャツと、そして番号の書かれたネームプレートがある。このネームプレートが彼女の名前だろうか。
先ほどの奴隷商から無理やり持たされたチラシを見る。若くはまだ年端もいかぬような少女、少年から、20代近い男女まで。ただし、30代以上の奴隷は売られていなかった。そこに達するまでに全て売られているとは正直考え難い。そこで、彼らの家畜という表現から……おそらくは処分をされているのであろうことがわかる。積極的に殺害をしているのか、それとも医薬品などの研究に使われているのかはわからないが、どちらにしろ気持ちのいいものではない。
今までも奴隷の存在を受け入れている国は多くあった。どこから拉致をしてくるのかわからないが、奴隷市は賑わっており、様々な理由で奴隷たちを所持していた。
「これが、理由だと思う?」
もちろん、心霊現象のことである。奴隷も人間である以上、そこに含まれた複雑な心境や、奴隷どうしの記憶が悪霊と化すことも十二分に考えられる。
「そう決めつけるのは早計ではありますが、その可能性は高そうです。しかし……」
「……仮に奴隷だとたら、悪霊の力が強すぎる、気がする」
「どういうこと?」
「こういってはなんですが、統計上では奴隷というのはそこまで強力な想いを形成することが出来ないんです。ひどい扱いを受けようが、どうしようが、奴隷自身が『自分は奴隷』と言い聞かせていたり、奴隷の宿る思いが、どちらかといえば自分の運命を呪う、あったとしても自分を売買した存在、誘拐した存在を呪うなど、正直たいした悪霊にならないんですよね」
悪霊の中にも階級というか、どれほどの力を有しているかが、個体によって異なることはなんとなく理解している。しかし、奴隷という存在が悪霊となったときに与える影響がそれほどまでに低いものと言われると違和感が生じていた。
同時に彼の指摘を考慮したうえで今までの旅路を思い返す。奴隷が存在する国に訪れたことはあったが、強力な悪霊に悩まされていることはなかった。それどころか、奴隷が原因で霊現象に悩まされているということを聞いたことがなかった。
――――当たり前を押し付けてはならない、ということかしら。
呪術師の一座として同行しているとこの言葉をなんども思い出させる。立場や環境、状況に応じて人の感性というのは異なるのだから、簡単に人を判断してはならないのだ。奴隷という存在も考え方そのものを改める必要性がある。
そもそも、奴隷と簡単に言っても、どういった過程で奴隷になったかはわからない。
先ほど考えたように、誘拐となった人たちの集まりというのであれば、もしかしたらその奴隷の家族や友人関係の記憶や感情がここに襲ってきて……というようなことも考えられる。しかし、産まれながらに身分が低い場合や、戦争などによって獲得された商品という考えもありうる。
そもそも、この国の人たちは奴隷制を当たり前のものとして受け止めている以上、そこを追求してもしかたないだろう。そもそも奴隷をいけないものと思っているのは、そういった教育や環境を受けていたからである。これが正し価値観であるのかどうかを、私は知らない。
――――だからこそ、今はクロネコの教えに『幸せ』について従う。
私達は幸せの欲望を暴走させて、隷属をしているのだから。
先ほどのシンちゃんではないが、本音をこぼすとするならば私はホテル内にこもっておきたかった。正しくは外出をしてからそんな風に感じてしまった。ただし、本当にホテル内に籠もり、レイ君達と離れれば、私の体質上すぐに悪霊にとりつかれることであろう。
それほどまでに、夜になってからのこの国の邪気は恐ろしいものがあった。
人前で吐き出すわけにもいかないので、レイ君たちの力で悪霊を寄せ付けないように札をはってもらいつつ現場まで急行する。
「話に聞いてたけど、異常だね……」
そこは修羅とも思わされる、不可思議な空間だった。ラップ音とか対話現象とか、それとはまた違う。幽霊が日常に溶け込み、存在をしている。タチの悪い悪党集団のようだ。騒音を立てて物を破壊する。彼らとの違いは姿が見えているか見えていないかと言ったところか。
「……大丈夫?」
「大丈夫……ではない。だけど、頑張る」
「ヒカリさんのためにも一度悪霊退治をしてしまったほうがいいですね。簡単な封印で悪霊を封じ、その後の様子を見守りましょう」
普段ならここで私が道具を差し出すのだが、今日の私は立っているだけでもやっとなのでその役目をシンちゃんに渡す。
彼女はバッグから道具『プリズン』を取り出すとそのまま眼前に突き出す。
そして、自分の指を犬歯で切り裂き血を滴らせる。ツーと血がプリズンに滴る。その瞬間、それは爆発ともいえる出来事だった。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
ドクンと叫びだされる負の感情の塊。頭に響くは、その感情と叫び。頭の中に延々と走り回る。そしてそれは次第に明確な言葉をなくして音となり、叫びとなり、感情となる。
――――――――――――!!!!????
近くにいるだけでその強烈な感情が、生への渇望と生者への妬み、嫉みが襲ってくる。近くにいるだけ、とはいってもこのあたり一帯を惑わしていた魂がここに集まって攻撃を開始しているのだから、それらが聞こえるのは当たり前かもしれない。
「……収まれ、悪意よ」
シンちゃんの言葉に集まるかのようにそれらは一気に収束され、そして消えていく。物理法則を超えた動きをプリズンが行った後、赤黒い光が辺りを包む。この光は、記憶の光。感情の光だ。
それが消えると間もなくに、ペタリと札を張る。
「……簡易的なお札。あとできちんと封印する」
「それより、シン。早く絆創膏を張って下さい」
「……プリズンにお札に絆創膏。今現在でも費用はこれくらいはかかってるかな」
「そういうのは私がやるから」
意外と目ざといシンちゃんだった。
しかし、一気に体の重さがどこかに消えていくものだ。ただの体調不良や怪我と違うのは、原因を解決させればたちまちに体調がよくなることである。まぁ、もしも嘔吐してしまえば、嘔吐したことによる気持ち悪さは残るのだが、今回はそこまでいってなかったので助かった。
それはともかくとして問題はここからである。
「今のこの状況……幽霊の退治ということであればこれで解決です。しかし、本当の問題はここからでしょう」
「……だけど、今は気配ない」
「そうですね。ヒカリさんも気持ち悪さなどはないですよね?」
「そうね……。というか、レイ君私の気持ち悪さを一つの指針にしようとしてない?」
「まさか、ただの気遣いですよ」
どうだか、という言葉は口の中でつぶす。ここでの口論は意味を持たない。そもそも、指針にされたところで文句も言えないし、私をみすみす殺すということもなさそうだ。
「そういえば、どれくらいで霊現象が復活をするかは聞きそびれましたね。まぁ、気長に待ちましょう。とりあえず今日はお休みしましょうか」
「そうだね。そもそも、今日はまだ旅の疲れも残っているし」
「……寝る。早く、寝る」
なぜか妙にカタコトになっているシンちゃんを引き連れ宿に戻りしばしの惰眠をむさぼることにした。
ここから数日はゆっくりできると、この時の私達は疑わなかった。
「これは……。さすがに予想外ですね」
翌日深夜。一応のつもりで巡回に来たのだが、そこで待ち受けていたのは飛び交う物質、声、そして全身を襲うけだるさ。さすがに昨夜ほどではないが、なかなかに気持ち悪さを感じる。後者の気持ち悪さを感じるのは私のような特異体質だけであろうが。
それにしても、レイ君たちのうろたえる姿を久しぶりに見たが、それも仕方ないだろう。精通をしているとは言えない、私でさえ今回のことに驚きがあるのだ。よく理解をしているものほど驚くこともあるのだ。
「どうしましょうか……。いたずらに今封印してもまた暴れだすだけですし」
「原因究明を優先させる?」
「そうですね。念書日記を使いたいところですが、昨日のプリズンのことを考えますと書き出されるのは恨みつらみだけでしょうから、意味もなさそうです」
「……じゃあ、私は帰る」
推理を放棄してホテルに帰ろうとするシンちゃんをそれとなくストップさせる。別段推理能力が劣るわけでもないのに、なぜサボりたがるかが私にはわからないところである。
それにしても不思議だ。昨日の今日で現れたということは、ここで毎日の用に恨みやつらみが生産されているということになる。
「そういえば、常にこの量を出し尽くしているんだったら、昨日の悪霊とかもっとすごいことになっててもよさそうだったのに、今日よりちょっとひどいくらいだったんだね」
「あぁ、そうですね。悪霊……というよりは感情などは、磁場を変えて通常では視認できない世界に存在しています。しかし、その空間も無限にあるわけではありません。感覚的には理解しがたいかもしれませんが、感情にも体積などは存在をするということです。つまり、何もない空間ならば簡単に産まれ、そこに居つくことが出来るのですが、空間がいっぱいなのであれば、もう産み出す余裕もない状況となるわけです。まぁそれでも、微量つつなら生産はされ続けますが」
「だから、昨日――――というよりはいままでも封印などで異空間をリセットにかけてもまた産まれていたってわけね」
納得はしておく。理解はしがたい。
しかし、ここまで悪霊が産まれているとなると誰かが恣意的にこの悪霊を産み出しているようにも感じる。呪術師の解呪や除霊といった役割にはよく立ち会っているが、呪術をかける側にはあまり明るくないが、そういった呪いがあってもおかしくなさそうだが。
「……たぶん、ヒカリねぇが考えていることはないと思う」
「呪い?」
「……うん。仮に呪いならば必ず術者の悪意が混ざっているはず。その悪意を私は絶対に見逃さない」
たいした自信である。自意識過剰でも何でもないところがシンちゃんのすごいところだ。となると、呪いの線は消してもいいかもしれない。無意識に呪いにかける状況を作ってしまったという線もゼロではないかもしれないが、それだとするならばあまりにも高度すぎる呪いだ。あったとしても何憶分の一とかその程度の確率だろう。
「だとするのであれば、一番可能性として高いのは奴隷……ですかね。しかし、奴隷が悪さをするにあたる、しかもこの状況で増え続けるなんて、正直考えられません」
「……でも、この街の人たちは、この悪霊現象以外は普通に暮らしている。こんなものを産み出すとは考えづらい」
「悪法に悩まされているというわけでもありませんからね。ヒカリさんは何か気になった点はありましたか?」
「街の雰囲気としては、シンちゃんが言ってくれた通りに何も問題がなさそう。奴隷についてはまだ詳しく調べてないけど、一つ気になったのは奴隷にしては、あまりにも安価すぎるところかな。この国の物価が特別安いというわけでもないのに、下手をすれば椅子とか電球とかそんな感じで奴隷という存在がいるようにも感じる」
いくら奴隷が普通にいる国とはいえ、やはり奴隷は高級品である。一般庶民がやすやすと買える商品では決してないはず。どこかの富豪が自分の使用人として大量に購入することはあっても、それは使用人を普通に雇うよりコストパフォーマンスがいいからであるにすぎないように、長期の目で見る必要性がある。
この町の雰囲気、並びに町で確認できた奴隷の様子から、本当に使い捨ての商品のようにすら感じるのだ。
「奴隷の値段、でしたか。そこまで気が回ってませんでしたね。ここはひとつ『奴隷』をこの国のキーワードに設定してみましょうか。奴隷を求める欲望の暴走……。どこにたどり着くのでしょうか」
レイ君はあたりをじろりと見渡す。そして犬か猫のように鎖でつながれた一人の奴隷の前で固定する。
「どれだけデジタル化が進もうが、アナログ的な聞き込みに勝るものはなかなかありませんからね」
彼はその微笑みを浮かべたまま奴隷の少女に声をかける。こんな暗闇の中でもよくはえる、赤い髪の毛であるが、手入れをなされていないためぼさぼさだ。体には生傷もある。肉付きも悪く、少女と称て見せたが年齢も推測しづらい。
「すみません、起きていますでしょうか?」
ビクリと肩を跳ね上がらせる少女。隈だらけの眼で、レイ君を見上げる。そこには怯えの表情も感じ取れるが、それ以上に衰弱が見て取れた。
「少々辛いことをお聞きすることになるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
コクリと首を振る。言葉を喋れないのか、それとも喋らないようにしているのかはまだわからない。
「あなた方奴隷の出生地の出生地はこの国、なのでしょうか?」
またしても小さく頷く。
レイ君らしい。彼女が首を振る以外の答えを示さないので、YES/NO質問で進めていこうということであろう。
「なるほど……。もともとスラム地帯などにお住まいだったのですか? なるほど、では、両親はご存知なのですか? 知らないとなると、どのようにここまで育てられたかは?」
だが、そこで彼女の答えが沈黙となる。それは答えたくないという意思なのか、それとも別の意味があるのか。だが、よく観察すると彼女の瞳に迷いが生じていることがわかった。
そして、霊現象にかき消されそうなほどか細い声が喉から発せられる。
「呪術師?」
「えぇ。私たちは今回依頼を受けまして、呪術師として活動をさせていただくこととなりました。申し遅れましたね。呪術師一座のクロネコです」
「今までも……、来たこと、ある。呪術師……。でも、みんな死んでいった」
「死んだ?」
そのような情報は初耳だ。スッと視線を細くする。
「正しくは処刑、された。嘘ついたって」
「……教えて。この国の欲望を。奴隷であるあなたが見た、真実を」
シンちゃんが丁寧に、そして真摯を込めた目線で訴えかける。
霊能力が高いということは人の感情を強く受け止めやすいということだ。シンちゃんは彼女に何かを感じたのだろう。
「奴隷は……人じゃない――――」
その言葉から始まる真実で、私たちはこの国の異常性とそしてなぜ悪霊が産まれ続けるのかを理解した。
豪華絢爛な謁見の間。その玉座に座るは、国王たる男性。年のころは60代といったところであろうか。厳格な装いで、ふてぶてしささえ感じるのは、私の中でバイアスがかかっているせいでもあろう。
当たりを見渡す。さすがというべきか警備も万端である。あたりからは薄い殺気が私たちを包んでおり、少しのおかしな動きもできないように監視がされている。
「それでは、今からこの国に起きている状況についてと、私どもクロネコが行いました措置についてお伝えします」
「あぁ。楽しみにしておるぞ」
レイ君はこのような場であってもいつもの微笑みは外さない。大してシンちゃんは居心地悪げに私の横についている。私としてはこちらの方がやりやすいし、正直助かるところだ。レイ君には悪いが、報告は任せて、私は未来のことについて脳と瞳を使うことにしよう。
「この国の悪霊によってもたらされる現状につきましては、ひとまず私どもの方で封印の方をいたしました。しかし、助言に合った通り、すぐに霊現象が復活をいたしました。このままではいたちごっこですので私どもは原因究明を急くことにいたしました」
「あぁ。ギルドのものは霊現象を始末してすぐどこかえと消えていきよった。おぬしらはきちんと、正確な正体を見つけ出したのだな?」
「えぇ。今回の悪霊の正体、それは奴隷の複雑な心理状況と、そして、それを利用するこの国の人々の心がまじりあった結果です」
「奴隷の?」
ピクリと眉が動くのがわかる。それは不快感の表れのようにも感じる。
それに合わせるようにあたりのさっきも一層濃いものになった。
「正しくはそれを利用する人々の心の方が問題なんです。この国は奴隷を量産、させていたのですね」
畜産で生計を立てるために必要なのはただ、育てて売りさばくだけではだめだ。そのようなことをすればすぐに元の動物がいなくなってしまう。そのため増やす作業というのが必要となってくる。
しかし、全ての畜産業で出産などをさせているのかといえば違い、繁殖農家という存在から買い取っているところもある。そしてこの国はそんな繁殖農家が奴隷という商品でも成り立つほど、奴隷の売買が盛んにおこなわれているのだ。
「奴隷といえど、人は人。そのような行いをすれば、人を人と思わなくなっていきます。その結果、特に繁殖を専門となされる業界の方では人の心を失った存在が大量に産まれ続けることとなる。しかし、失った心というのは文字通りゼロになるのではありません。異空間に行き、そこで自身の暗い感情を吐き出し続けます。そこに対して懺悔の気持ちでもあれば多少はその心が癒えるのでしょうが……今回はそれすらも行われていません。この国から霊現象をなくすには、奴隷制度の見直しが必要となることでしょう」
これが私たちがたどり着いた答えである。この国は異常だ。奴隷どうしを勾配させて、そして繁殖を繰り返させる。その欲望の先に見えるのは、人と奴隷という種族すらも分け隔てられるというものとなる。
つまり、私たちができるのはここまでである。ここからは国王による政策の変更が必要となってくるところだが。
「そうか。お主らもそのようなたわごとを」
「たわごと、ですか」
「いいか! 奴隷というのはそういう存在だ! 偶然にも人と同程度の知能を持つ存在だ。そいつらを利用しないわけがなかろう。それを、あたかも人と同じ存在のように扱うなど、人の王である余の侮辱も甚だしい!! こ奴ら――――」
「奴隷も私と同じ人間なんですけど、国王様にはそれを理解なされなかったようですね」
私はナイフを彼の首元に近づけ短く宣告をした。そしてまた誰かが何かを言う前に先にくぎを刺す。
思えばその節は最初からあったのに見逃していた。秘書官は浮遊呪術師に頼むようにしたと、すでに何人か頼んだことがあるような口ぶりで話していた。となると、彼らはどこに消えたのか。何もできずに逃げ出したのか。そのように勝手に考えていたのが、間違いだった。これは私のミスだ。
「私たちをとらえることなど不可能です。ほらっ、だから今、取り出そうとした拳銃はあきらめてください。国王さん。構わず拘束しろなんて命じるんですか? あなた方が動くよりも数秒早くに私は国王を殺します」
「こ、ことごとく余らの動きを……。この」
「「化け物め」」
声を合わせる。それにしても化け物とはひどいものだ。私はただ先を見ているだけの話なのに。
「なっ」
「手は見えています。クロネコはなかなか捕まえられないんです」
「……私たちは報酬をもらえばこの国をどうこうするつもりはない」
「ただ、この国の奴隷をそのままにしておくと、いずれ他国にも被害を及ぼす可能性がありますから、もしもこのままこの奴隷制を行い続ければこの国全土に厄災が堕ちるようには設定をいたしましたが、それだけです」
「ぐっ……」
「余計な行動はしないでくださいね。人を殺すことに躊躇なんてありませんから」
これは脅しでも何でもない。幸せを求めるクロネコは、窮地に立たれれば爪を立てる。
「わかった。好きなだけ持っていくがいい。だから、早く余の喉からナイフを離せ」
「はい。ですが、その前に」
そっと、国王の胸元を触る。彼の体つき、そして手つきから、考えると、このあたりに……あった。
毒針だ。
「即効性の毒。もしもの時に仕込んでいたんでしょう。私がナイフを降ろしたそのすきにとお考えだったようですね」
「…………」
「では、報酬の方をいただいて私どもは帰らせていただきます。あぁ、最後に。この国に幸せを」
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