第三章:ギルド

 きのえ




 焚き火において一番難しいのは種火を薪にうつすことだと、個人的に思っている。強く風を与えすぎればもちろんのこと消えてしまうが、酸素がなければ火は炎とならない。

 パタパタとウチワで風を送りながら種火の様子を見守る。仮に失敗をしても、まだマッチはあるが……。

「よし、着火した」

 薪に移れば、あとはこちらのものだ。小さな薪から大きなものへと移らせて、そのあとは薪がきれないように様子を見ていればいい。まさか焚き火が勝手に薪を持ってくれるわけではないので、そこらへんは不便ではある。炎が意思をもって動き出す方が怖いものであるが。

「……ヒカリねぇ、こっちも用意できた」

 テントの用意を任せていた二人の方を振り返る。

「あっ、本当だ。ありがとう」

「……私はなにもしていない」

 これが、謙遜ではなく真実であるのがシンちゃんクオリティである。

 まぁ、テントを張るという作業は意外と難しいところもあるため、技術師としてはシンちゃんをも超える力を持つ、器用さのレイ君が適任であることには間違いがない。そのレイ君は一息ついているのかお茶を飲んでいる。

 それではこの隙に晩御飯を作っていくことにしよう。今日は、というか今日もシチューだ。これは私のレパートリーが薄いというわけではなく、単純に持ち運びやすい食料を効率よく消費するための手法だ。エネルギーも豊富であり、火も均等に通ることから食中毒などの心配もない。それに、シチューと一言で言っても味付けの仕方で様々なものに変化をする。今日はチーズをベースとしたシチューだ。脂肪分が高く栄養も満点である。特にシンちゃんは年齢の割には発育が遅いようにも感じる。

「……何か必要なのある?」

「んーと、じゃあこれにお水入れてきて。ろ過してある水のストックあったよね?」

「……うん。大丈夫」

 シンちゃんを見送ってからまな板を取り出して食材を切っていく。料理に関しては私の仕事である。

 シンちゃんは面倒くさがってか、それとも本当にできないのかはいまだにわからないが、料理をやりたがらないし、レイ君に関してはニンジンを型取りもなしに薔薇型に切ることが出来ても、味付けの過程で妙な失敗をしてしまうことがある。私監修のもと料理を作らせてみたこともあったが、手順はなにも間違っていないはずなのに味がちぐはぐなのだ。原因は不明で、食べられないというほどではないが、やはり食というのは大切なのだから、私に任される方がむしろいい。国に滞在している期間は外食が基本だし、こうしてキャンプをするときぐらい私が活躍することにする。それに包丁さばきに限定をすればレイ君の方が上なので、食材を切る作業や野生動物の解体も彼に任せている。

 ザクザクと調理を進めていく。チラリとほかの人物の様子をうかがうとレイ君は木彫りで何かを作っている様子だ。また新しいガイスティックでも思いついたのか、それとも補充か。

 真剣な表情で彫刻を握っている彼は、今だけはいつもの微笑みを外している。こうしてみると、やはり普段のあれは意識的にやっているものなのかと考えるが、たとえどれだけ辛くても微笑みを絶やさないし、寝ている時でさえ微笑んでいるかのように思えるその様は、無理に行っているわけでもないように感じる。一度訪ねてみたことがあったがうまくはぐらかされたにも思う。けむに巻かれたことさえけむに巻かれた感じで、釈然としない気持ちも忘れ去られる。

 話がどこかに言っているのに気が付いたのは、そのことを尋ねてから一週間後か、一か月後か。

 視線を変えるとシンちゃんはチェアに座って微睡んでいる。まだ夕食までに時間があるとはいえ、あの子は隙があるとすぐに眠ってしまう子だ。過眠症ということではなく、疲れやすいタイプの人間であることは知らされているので。こちらはあきれることはできない。生まれ持った霊感体質というのも困ったものらしい。

 感情を強く受け止めやすいということは自身の感情が希薄になりやすく、同時に表現をすることも憚れるということになる。今でこそ私や初めて会った人間にも最低限の礼節をもって接しているが、初めて会ったときは不思議な子だと思ったものだ。

 ともかく、常に感情を受け止めてしまうあの子はストレスを過度にためやすく、そしてそれがストレスだと認識するのにも時間がかかるらしい。

 とはいえ、仕事前の重要な時にも眠ろうとしたりするところはさすがに見過ごせないが。

 こうして考えてみると、私も含めてだが本当におかしな一座だ。

「後は煮込むだけ」

 こちらも焚き火と一緒で基本的には放置をしていてもいいが、完全に放置をすると、鍋にシチューが焼き付いてしまうのでだめだ。シチューが自動でかき混ぜてくれるわけでもないので時々様子を見守る必要性がある。

 急な突風、焚き火の不調、地震や雨など何が起きるのか分かったものではないのがキャンプだ。

 ――――まぁ、何が起こるかわからないからこそ面白いんだけどね。

 未来がわかった人生など面白みを感じないものだ。




 きのと




 やや多めに作ったシチューのはずであったが、食べ盛りの私たちにとってはちょうどいい具合で、あっという間に完食となった。鍋と皿は簡単に洗う。一連の流れが終了後、日もほとんど落ちかけている。

「そういえば、レイ君は何を作ってたの?」

「あぁ、『プリズン』の補充と。新たに『ドール』というものを作ろうかと」

「ドール?」

「まだ、試作段階ですがね」

 レイ君は懐からその、ドールの試作品らしきものを取り出す。見た目は……普通、といってはなんだか本当に一つの板から作ったのかと問いたくなるほどに繊細で人の形を模している。

 まだ途中だからか、それともあえてなのかはわからないが、目も口も鼻もない。いわゆるのっぺらぼうのような状態だ。

「……なるほど」

 シンちゃんが小さく呟く。なにかに気が付いた様子だ。

 半ばひったくるかのようにドールを受け取ったシンちゃんは隅々までチェックをしている。私を置いて話が進んでいる様子なので視線でどういう状況なのかを尋ねてみせる。

「このドールはまったく感情がこもっていません。ゆえに、今は無の状況です。しかし、これに霊の感情が混じればその感情に表情が移ろいます。しかも使い捨てでないのでいつでも使えますし、シンですら確認するのが難しい、薄い感情や、逆に様々な感情が混じりあいすぎて察知することが出来ない感情も、純粋に一番核となる感情のみを反映します」

「なるほど、原因究明に役立つ道具ということなんだ」

「……それだけじゃない、でしょ?」

 私が感心をしていると横から少し鋭い言葉が響く。

「その通り。人形というのは形代とも言い換えられる存在です。もしも、私たちに何かしら悪霊的な存在が悪さをした場合、すぐにこちらに移すことが出来ます。身代わり人形ということです。まぁ、その際は使い捨てになってしまいますがね」

「自衛目的にもなるってことか……。すごいね」

 素直に褒める言葉を漏らす。ガイスティックにかかわらず一つの道具で複数の用途が考えられているものは、すごいと思う。

「とはいえ、そこまで褒められるものでもないんですよね。本当のところは最初に言った、探知系のみのガイスティックにする予定だったのですが、副産物としてこの効果が付けれそうだとわかったので、そちらの効果もつけてみた、という形です」

「副産物だったんだ。だけども、それを活かせるっていうのもすごいよね」

 つまり、呪いの代行というのは偶然でしかなかったということになる。それは一歩間違えれば感情を吸い取ることもできず、むしろ呪いを受ければ暴発を起こしてしまう危ないものになりかねない。それを副作用とするのか、それとも副産物と代えることが出来るのかが、技術者としての発想や腕前といったところだろうか。

 シンちゃんはいまだにドールをしげしげと眺めている。

「……でも、複雑。なんだか、仕事がとられたみたい」

「そんなことはありませんよ。このドールはちょっとした指針でしかありません。もちろんですが、思考をすることはできませんし、それによってどのような見解を得られるかは私一人だけでなく、シンの意見も必要となってくるんです。ヒカリさんも、その広い視野と思考が必要となってくるわけですからね。クロネコは誰一人かけてもいけないんです」

 ニコニコとずっと微笑みを浮かべているからか、その言葉に真実味が薄くなってしまう。私のことを必要と思ってくれているのは確かだとは思うけども。

 そもそも、クロネコはレイ君とシンちゃん二人でやってたものに私が加わった物であって、旅の仲間としては意味があるかもしれないが、クロネコとしての私の立場は今一つわからないものだ。

 私の仕事というか特技はこれからのことを視るだけで――――。

「静かに。誰か来る」

 口に指をあてて静止をさせる。さすがというべきか、私の合図で吐息すらもなくなり、本当に気配がなくなる。

 どこから来るかは私が視線を送ってみせる。

 もしかしたら、ただの通行人だとか、私たちと同じ旅人という可能性もあるとはいえ、追いはぎやらの可能性だって十分ある。簡単にやられるつもりこそないが、無駄に戦闘をしたいわけではない。

 悪意のある人物なのであれば、キャンプ地を荒らすこともあろうが、それに夢中になっていれば後ろから襲い掛かることもできる。殺すつもりはないけども、縛り上げるぐらいはしてやってもいい。

 ――――人数は一人。最低限の荷物を抱えた20代半ばの男性……。襲い掛かっては、こないね。

「二人とも大丈夫」

 私の言葉に安堵したように息を漏らす二人。少しすると、その男が手をあげながらやってくる。戦闘の意思はないということだろう。私たちを認めると安心させるように笑いかける。

「やぁ。ボクはとある仕事の帰りにここを通りかかっただけなんだ」

「そうでしたか。私どもは旅のものです」

「旅人さんですか。正直僕も迂回しようか迷っていたところだったんだ。なにか悪い人間だったらどうしようかとね」

「何があるか、わかりませんからね」

「そうだ。もしよろしければこの近くでキャンプをはらしてはもらえないかい? 他にいい場所もなさそうで」

 青年が言う通り、確かにこの近くは砂利道ばかりである、この一帯だけが日光の関係か草が生えている場所だ。確かにキャンプをするならばここがいいだろう。断る理由も特別思い浮かばないので、私たちは視線の会話の後、彼を受け入れることにする。

「いやいや、ありがとう。そうだ、まずは自己紹介からはじめないとね。ボクはミスト。呪術師としてギルド“天界への使い”にて働いている」

「おや、呪術師の方でしたか」

 少し驚く。まさか同業者だとは思わなかった。それにギルドの人間でもあるらしい。いや、ギルドに入っているのがスタンダードではあるのだから、むしろこれで浮遊呪術師と言われた方が驚くべきところかもしれないが。自分たちがギルドに属していないと、それが通常であるかのように錯覚をしてしまう。

「あぁ。そうだ、呪術師といっても気持ちの悪いものではないし、幽霊を引き連れているわけでもないからね」

 ごくまれに、呪術師といえばという形で訪れる、ある種差別的要素を誤解であることを伝えてくる。クスリと笑ってしまう。

「えぇ、わかってますよ。もしそうならば、我々はすぐに気が付いています」

「すぐに? もしや」

「えぇ、私どもも呪術師ですよ。ただし、先にお話ししたように私どもは旅のもの。どこのギルドにも属しておりません。では、改めて、浮遊呪術師一座、クロネコの呪術技術師、レイです」

「……同じく、呪術師のシン」

「同じくヒカリです」

 相も変わらず私に役職はない。この流れであれば呪術師として扱われるかもしれないが、特別訂正をするつもりないし、勘違いされていたら勘違いされていたで別にいい。

 それに、やはり彼としては、呪術師というワード以外に現れた、気になるワードがあるらしい。

「技術師? それに浮遊呪術師か……。何やら変わってるな」

「同業の方にはよく言われます。浮遊呪術師として活動しているのは、旅をしたいからです。それ以上の理由はありませんよ」

「では、技術師とは? 君たちは生計を立てるために、何か別の仕事でもやっているのか?」

「いえいえ。私たち一行の仕事はあくまでも呪術です。そうですね……ミストさんも、呪術師ならば、呪術に必要な道具を持っていませんか? お札など」

「あぁ、お札ならさすがに持ってますよ。あとは私達“天界への使い”の考え方で、十字架をギルドメンバー全員が所持をしています」

 首元から、ネックレスのようにつけている十字架を見せる。呪術道具としては珍しい方ではあるが、ガイスティックに比べれば理解もある道具だ。

「ボクたちは天界の使いとして、この世の怪異を天に昇らせるんだ。この十字架はそのつながりだとでも思ってほしい。それはさておき……?」

「私が技術師と名乗っているのはそういった呪術に必要な道具を自ら作りだしているからです」

「……? 例えば十字架を自己作成をしているとかそうういことか?」

「違います。呪具はいわば、自身の力に指向性を持たせたり、より強力にさせたりする、増幅器的役割をもたらすのに対して、我々が作り出しているのは、霊能力と併用することで新たな力を開花させるものです。また、道具そのものを新しく作るという部分も違う点ですね。例えば、こちら、プリズンは霊現象を封じ込める呪具――――私たちは通常の呪具と分けるためにガイスティックと呼んでいますが―――――とにかく、こういった道具たちのことをガイスティックと呼んでいるんです」

「なるほど、だから技術師と。おもしろいな……」

「そういっていただけるならば幸いです」

 プリズンは正直量産もまだできる方だし、一度に集めて封印できる、という手間を省く道具でしかないため重要度はそこまで高くない道具だ。商売敵にそれをみせてもあまりいたくないところだろう。

 そもそも、レイ君が言うには、たとえすべてを理解されたとしてもこれを作ることが出来るのは世界で私だけ、らしいので完璧に模倣されるということはないだろうけども。

 シンちゃんですら、この技術を完璧に身に着けられていないのは確かであり、作成には繊細な霊能力の調整も必要となってくるらしい。それに、技術師としての腕というものもあり、器用さも求められている。私が今まで出会ってきた呪術師の絶対数は決して多くはないから一概には言えないのだろうが、このようなことが出来る人間は確かにレイ君意外見たことがない。

「興味深いですね……。もし、よろしければなのですが、しばらくの間お話を聞かせていただけませんか? 私自身、そして“天界への使い”の考え方に一つ衝撃を与えられるかもしれません」

「私たちの考えは特殊ですから、必ずしもいい影響を与えるとは言いませんが、いいですよ」

 レイ君はさらに微笑んでどのような話を持ち出そうか視線をさまよわせる。そして、一つ話を決めたのか、歌うかのように語りだした。




 ひのえ



 これは、とある人物から依頼を受けた時のお話です。その人物はとある王国にお住いの女性――――そうですね、さすがに本名を出すわけにはいかないのでミーシャ、とでも致しましょうか。

 ミーシャさんは私達が浮遊呪術師だと知ると、とある依頼をしてきたんです。ミーシャさんのお宅は、あまり裕福とは言えない家庭なようで正規ギルドに頼むには依頼量が支払えないという問題が発生をするそうなのです。その点浮遊呪術師ならばうまくいけば格安で頼めますし、最悪姿をくらませることもできるとお考えになられたのでしょう。

 えぇ、おっしゃる通り、ほとんどの場合において私達、呪術師から逃れることなどは不可能なのですが……まぁ、私たちは死の果てまで追いかけようとは思いませんし、その人の困り具合を見ているつもりです。本当に困っているのであれば、無償でやることも考えています。そんなことを言うとギルドの方には厄介がられるのかもしれませんが。

 えぇ、そうですよね。公平な取引の邪魔になってしまうことは重々承知しておりますよ。ですが、こうでもしないと旅人というのは、かくも辛いものなんです。私たちは呪術師である以上に旅人であることにもこだわっているので。

 それはさておきまして、ミーシャさんの依頼というのは病に伏している弟――――ミラノさんを救ってほしいというものでした。ミラノさんは10歳の男の子、仮名です。

 もちろん、ただの病気であれば出番は医者であり、我々呪術師ではございません。ですが、その病気というのは『悪夢』なんです。比喩証言ではございませんよ。まさしく悪夢そのものなんです。

 いつも通り眠りについたのが一ヶ月ほど前。それ以来彼はずっと眠りっぱなしで嫌な汗をかきうなされているとのことでした。もちろん、医者にはすでに掛かっているようですが、原因は不明。まったく意味の分からない現象――――怪奇現象です。

 しかし、複数の医者にかかったことで、もとより裕福でなかったミーシャさんのお宅はギルドに頼むこともできなかった。そこで私たちの出番です。

 ひとまず状況を確認したく私たちは彼のもとへと訪れました。

 ……何気なく話してますが、たしかこの時にはヒカリさんはいましたよね? あぁ、よかった。そうですよね。ヒカリさんが加入した直後のお話でしたね。記憶が曖昧でした。

 コホン。ミラノさんはベッドの上で横になっていました。ミーシャさんの言う通りひどい寝汗もかいており、一ヶ月も眠り続けている影響か、頬は痩せこけていて栄養が十分に回っているそぶりもなさそうでした。今の彼の栄養源は血管に注入されている管から流れる栄養剤だけであり、その栄養剤にも多額の金がかかっていることは言うまでもないと思います。

 すぐに、情報の整理と周りの状況を確認しました。そうですね、ミストさんがおっしゃる通り真っ先に考えたのだが呪いの類です。こんないたいけもない少年を呪う意味もあるのかとも感じましたが、一応ミーシャさんたちにもお尋ねしました。やはりというべきでしょうね。恨まれたり、呪われたりする理由は思い浮かばないとのことでした。

 ですので、残りの可能性として、ミラノさん自身がなにかの間違いで自身を呪うなり、いたずらに幽霊を刺激してしまい悪夢にとらわれているなりを考えました。

 しかし……。私たちのどちらも、強い幽霊の存在を感じませんでした。そこで役に立ったのがこちら……『メモリーシアター』です。

 はい、こちらのフィルムを対象者に押し当てながらゆっくりとまいていくことにより、その人物の記憶を覗くことが出来るというものです。過去を覗くことでなにが原因かを見ることが出来るという考えも確かにありましたが、それ以上に重要だったのは、彼がを見ている可能性が高いということです。悪夢にかかわらず、夢というのは記憶の整理で起きるものと言われています。つまり、外部から悪夢を見せられているにしても、何かしら刺激を受け続けているにしても、必ず記憶のずれとしてこちらに映ると考えました。

 その結果は、大成功とでもいいましょうか。詳しくは守秘義務などの関係上お話しすることはかないませんが、暗闇の中を歩み続けるミーシャさんが映りこんでいたのです。その中でおぞましい姿の――――ここからはシークレットです。申し訳ありません。

 えぇ、呪術師として、ナイーブな面を覗く機会が多いですからね、そういうことも多々あるとご理解いただけることは嬉しい限りです。

 さて、何かしらの影響を受けてこのような状況になっていることは理解をいたしましたが、なぜこうなってしまったのかはわかりませんでした。原因が不明な以上、適当なことをしてより暴走をさせるわけにもいきませんから。そこで私たちが注目をしたのが歴史です。

 はい、私たちの考え方今の状態に至るには必ず過去があるということです。この過去をどうにかしなければ何も進まないということを認識したうえでこの国の歴史を見てみることにしました。今までに同じような症状に陥った人物はいたのか、いたとしたらそれは解決できたのか、できなかったのか。その後どのようになったのか、などを。

 しかし、残念なことに悪夢を見続けるといいう症状は見つかりませんでした。

 ……はい、そうです。しかし、原因ではないかと考えられる、要因を見つけることができました。

 この国ではその昔、とある国と戦争を起こしたらしいんです。航空機での爆撃、毒ガス、爆弾、白兵戦。その全てがこの国が有利を取っていたのですが、ある時を境に優勢と劣勢が入れ替わったんです。なんと兵士が突然仲間を裏切り攻撃をしだすということが多発したのです。のちにこれが呪術による精神支配であることが分かったらしいのです。単純な戦力ではかなわないと知った敵国の反撃だったのでしょう。

 この精神支配の呪いの効果は主に二つ。一つは意識を完全に失わせるもの、二つ目が記憶を書き換えて敵と仲間を誤認させるというもの。こうして、意識はないにもかかわらず、思考ができてしまう人間の出来上がり。何も考えない、ただただ敵と認識してしまった味方を殺すだけの兵器が出来上がったわけです。

 それから多くの時を経て、現代にいたり、彼がその呪術の余波を受けたのです。だいぶ効力は薄まっていたために、完璧に精神支配をするまでには及ばず、意識を失わせるものが眠り続けるというものに変質し、記憶の誤認が悪夢という形になって影響を与えたのです。なぜ、彼がその余波を受けたのかは……正直私どもにはわかりませんが、感受性豊かな方でしたので、この国の歴史を知り、同情をしてしまったことでこの呪いのために亡くなった方と同調をしてしまい、呪いを受けたに近い存在になってしまったのではないかと、今では推測をしています。いくつもの悲運が重なってしまった結果です。

 さて、こうして呪いの原因が理解しましたので、あとはこちらのシンが簡単に呪い返しを行ってくれました。呪い自体はガイスティックやその他呪具を用いる必要すら感じさせない、弱り切ったものでしたね。

 今回は『メモリーシアター』というものを用いりましたが、時には複数のガイスティックを用いることもあります。

 さて、このような考え、及びスタイルが私達クロネコ一座の呪術式なんです。




 ひのと




「素晴らしい……。君たちの考え方はもちろんだが、それ以上に君たちの動き、ガイスティックという道具の数々。浮遊呪術師にしておくにはもったいないレベルだ!!」

 これ以上ない絶賛をミストは行った。同業者としてこれらの行為がどれだけ素晴らしいことか、ということんであろう。

 素人目で見れば、呪術師としての仕事は等しく神秘性にあふれており、すごいという感覚しか浮かばないが、同業者が見ればまた違った視点になりうるのだろう。

 ミストの呪術師としての能力がどれほどのものかは私は知らないが、少なくとも誰とも組まずに一人で依頼を対処できるほどの能力の持ち主である可能性が高いことは確かだ。

 通常、ギルドの人間は何かが起こったときの対処として少なくとも二人一組の、ツーマンセルか、スリーマンセルで動くことが多いと聞く。簡単な依頼だったりするときはその限りではないらしいが、それでもキャンプをする必要があるほどの遠出の依頼を、彼がひとりで受けていたという事実からかんがみるに、彼自身もそこそこの実力の持ち主なのではないだろうか。そのような人物に褒められるということは、最近は近くにいすぎて忘れがちだがレイ君、シンちゃんの二人はかなりの実力の持ち主なのだろう。それこそギルドに入っていないのがおかしいほどに。

「そう思っていただけるのであれば嬉しい限りです」

「そうだ、それならばどうだろうか? 確か、レイさん、それにシンさんといったね。君たち、ボクらのギルド“天界への使い”に入ってみないかい?」

 手を広げて勧誘を行うミスト。私の名前が含まれていないのは……おそらく先ほどの話の中から私が呪術師でないと理解をしたうえでの行動だろう。

 あの話の中で、私が途中参加の存在であることが明らかになっていたし、仕事もしていなかったことがありありとわかる。

 それは間違いではなく正解である以上私は何も言えない。そもそも、私は言ってみればただの付添人でしかないのだ。彼らが旅をやめてギルドに入るというのであれば私はそれを止める権利はない。

 しかし――――。

「せっかくですが、お断りをさせていただきます」

「どうして!?」

 迷いを見せずにレイ君は断った。

「少なくとも私はまだ旅人でありたいのです。シンはどうですか? もし、ギルドに入りたいというのであれば彼についていっても構わないのですよ?」

「……私も嫌。レイとヒカリねぇといる」

「というわけで、申し訳ありませんが、ギルドへ入りません。私どもは旅人です。世界中をめぐる、それが目的ですから。その過程の一つに呪術があるだけですから。それに、ヒカリさんとの旅もまだまだ続けたいんです。お気づきかもしれませんが、彼女は呪術師ではありません。しかしもう私たちは立派な仲間なんですよ」

 レイ君は私に微笑みを向けると小さく頷いた。こちらの心配を見越したうえでなのかもしれない。

 私に彼らの行動を制限する力はない。しかし……わがままを伝えるのであれば、私たちは彼らとともにいたいのだ。だからこそ、仲間として一緒にいさせてくれるということは嬉しく温かみを感じる。これは、目の前の焚き火の温かさだけではないだろう。

「こう言っては何だが、“天界への使い”は素晴らしいギルドだ。君たちが世界をめぐりたいというのであれば、休暇だってきちんとある。ギルドに入る際にはテストもあるが、こう見えてボクはそれなりの地位についている。ボクが助言をすればスタート初期からそこそこの役職で自由を得たうえでスタートできる。どうだい? レイさん、シンさん。君たちのガイスティックとしての力を私たち、天に貸してくれまいか?」

 目をらんらんと輝かせて、いまだにしつこい勧誘を続ける。もはやかなりヒートアップをしているようで声も大きくなっていた。

 それと同時に呆れてしまう。もはや彼が求めているのはレイ君とシンちゃんの二人というわけではなく、ガイスティックという技術、そのものなんだろう。口ぶりからも確実だ。

 ギルドのための想いが完全に暴走をしている。自分の仲間たちを大切に思うのは重要なことであるが、これではもったいない。

「……いらない」

「いくら勧誘されようとも変わりません。私どもはギルドに加入するつもりはないんです」

「そうか……。そうなんだな」

 微かに気配が変わる。好意的なものから害のあるものに変化をする。これからの行動をよく観察していく。

「ボクの誘いを断るか。いや、違うな。ボクが間違えていたよ。所詮は変な道具に頼らなきゃやっていけない存在ということか」

 立ち上がると彼は見下した目で私たちを観察した。その視線に温度は宿っていない。先ほどまでと同一人物だとはどうしても信じられないほどの変質だ。

「君たちは天界を侮辱した!! 許されることではあるまい。そもそも、浮遊呪術師など、死んでしまってもいいほど――――」

「交渉はすでに決裂しています。これ以上ここで暴れるというのであれば、私も本気を出さざるえませんよ」

 冷たい目線には冷たい刃がお似合いである。彼の喉元深くに刃を食い込ませていく。

 私一人ならばともかく、クロネコ一座全体を侮辱する彼を許すことはできない。わざわざ殺す労力をさくつもりもないけど。

 レイ君たちは静かに私たちのやり取りを見守る。さすがに殺害を決意しようとすれば彼らに止められるだろうという予想もあるのだ。

「呪術師でもない人間が」

「あなたの本質は理解しましたよ。もういいです。殺したくなる前にどこかに消えてください」

「ちっ」

 彼を開放すると、舌打ちをしてどこかに消えていく、その直前――――。

「野蛮人どもめ。天界の裁きを受けよ」

「しまっ――――」

 すぐに彼の動きを止めようとするが、遅く、煙幕をまかれた上にどこかへ走り去る音が聞こえた。そして下にはお札の数々。

「っ、ごめん、レイ君、シンちゃん!」

「いえ、お気になさらず。煙幕を張られた上に、日も落ちている。それに呪術です。私自身、彼から殺気が消えていたようにも思えて油断していましたし。しかし、これは……」

 レイ君たちは近寄って札の数々を確認する。ここからはその筋のプロの仕事だ。

 ドクンと胸が跳ねる。痛みがジュクジュクとやってくる。蒼き数珠共感チョーカーが淡く光る。

「……苦しみの呪い。対象者は……クロネコ一座、私たちに設定されている。咄嗟だったのかもしれないけど、適当であまりにも雑。そのせいでヒカリねぇがやたらと影響を受けている」

「シンの霊能力を甘く見ていたのも残念なところですね。そうだ、シン。この程度の呪いならば、ドールの試しに使ってみてもいいでしょうか」

「……任せる」

「とりあえず、早くなんとかして」

 ――――以外に苦しいんだよ!!

 胸中の叫びを見たのかいそいそと準備を開始するレイ君。あー、吐き気がすごい。とりあえず、ミストは本当に許せない。

「では、試してみましょう。ドールよ、われらに向かいし悪意をその体に憑依させ、方向をかえよ。ドールよ、われらを救いたまえ」

 小さな呟き。その後の大きな輝き。ドールはその後、光を徐々に安定させていく。そして顔が憑依をして穏やかなものに変わる。

 胸の苦しみもスッと抜けていく。チョーカーも発光がやんでいた。

「これで以上です」

「……最低な男。それにしても、こんな呪いを使うとか」

「確かにね。呪術師でない私ですら呪うことの危険性は理解しているはずなのに、感情に任せて呪うなんてね」

 かの国は呪いによって大きな打撃を受けた。精神支配はそれほどまでに強い呪いだったのだ。しかしながら……、戦争で勝利をもぎ取った。その部分をあえて伏せたつもりもないだろうけども、呪いのことをきちんと理解していれば推理をすることもできたはずであろうに。

「呪いというのは絶対的な力ではありません。どれだけ強力なものになろうとも呪いは返される危険性というものが存在するんです。それが強力なものであればあるほどに、その危険性は増していきます」

「……人を呪わば穴二つ」

「まさに、その通りです。しかし、困りましたね。対象がクロネコ一座ということであるならば、返した呪いは個人ではなく……。まぁ、かかわることでもありませんか。一応願っておきましょう。使に幸せを」

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