三十一、戦闘
後々まで語り継がれ、書き記される戦闘がある。しかし、それに匹敵するにも関わらず、全く伝わっていない戦いもある。これから行われるのはどっちだろう。
ローセウス将軍は修復があらかた終わった中央の内部に入っていきながらそんな事を考えていた。
落ち着いている。私もそうだった。未来を決めるような戦闘の前は不思議と落ち着くものだ。それとも、これは執行日の決まった死刑囚の落ち着きだろうか。
ルフス将軍は横のアイルーミヤの顔を見ながら考えていた。
闇の王は次元の裂け目から上半身を突き出した状態で三人を見下ろした。後ろに光の女王が浮かび、呼び出されたのか、側にアウルム僧正将軍が控えていた。
ローセウス将軍とルフス将軍は同じように控え、アイルーミヤのみ前へ進んだ。
「皆の者、よく来たな。新年の祝いを言う。これからも余の為に働いてくれ」
闇の王は後ろの二人からの礼を受けると、アイルーミヤの方を見た。
「どうだ。決心はついたか」
「はい。自分の生きる道は決まっております」
「そうか。残念だ」
闇の王が指を振ると、アイルーミヤは膝をついた。
「このように力の差があってもか。お前は余に指一本触れられぬ内に、余によって膝をつかせられたではないか。確か、戦場で膝をついた事は無いと聞いているが」
「二回目です」
アイルーミヤは立ち上がり、膝についた埃をはたいた。
「ほう、それは知らなかった」
「陛下のお知りにならない事が、世界には山ほどあります」
「それは認める。しかし、だから何なのだ。お前は余の分身に過ぎない。少々の逸脱は目をつぶってきたが、これはだめだ」
「では、なぜ私に考える力を与えたのですか。なぜ私を個として作ったのですか」
「その方が便利だからだ。余が分身を作ったのは広大な領地の統治の手間を省くためだ。なのにいちいち細かい所まで指示が必要だと本末転倒ではないか。ある程度自律して動いてもらわないと役に立たん」
「各分身に独立した思考力を与え、個として成立するようにした時、こうなると予想されなかったのですか」
「したが、心配しなかった。フラウムのように帰還させればいいと思っていたし、実際そうしただろう」
「私もそうするお積もりですか」
「いや、お前にはフラウムのような緊急性はない。あわてて対処しなくてもいい。説得して改宗させたい」
「私は自分の主でいたい」
「だめだ」
闇の王はアイルーミヤと、後ろのローセウス将軍、ルフス将軍を順に見た。
「お前たちの主は余だ。この世の知的な生き物は、知的であるがゆえに自分の主でいられるが、その例外がお前たちだ。それはよく分かっているはずだ」
そう言う闇の王に対し、アイルーミヤはきっと見上げ、後ろでは二将軍が頭を垂れる。
「私は改宗する気はありません。この自然の力と共に自律します」
「では、帰還か。やむを得ん。残った将軍たちは忙しくなるな」
「お待ちを」
ルフス将軍が進み出た。
「アイルーミヤの能力、消えるのは惜しく、部下として用いる事をお許し願います。私、恥ずかしながら治世について疎く、小規模反乱を早期に収めるため有能な副官が必要です」
「反乱はほとんど収まっているではないか。却下する。下がれ、ルフス。個人的感情を顕わにするな。見苦しいぞ」
下がるルフス将軍に代わってローセウス将軍が進み出た。
「陛下。失礼ながら、陛下ご自身も感情を顕わにされておられます。アイルーミヤを帰還させた場合の利害得失についてお考えになられていないご様子ですね」
「帰還させて何の害があると言うのだ」
「東北部方面の領地を失います」
その場の皆がローセウス将軍に注目した。
「西南部方面もだ」
ルフス将軍が付け加えた。
光の女王は、直立した浮動姿勢を崩して揺れた。
「脅しか。ローセウス。お前も帰還を望むか」
「いいえ、脅しではありませんし、帰還も望みません。これは交渉です。ここで、陛下が統治において失敗なさった点を申し上げますと、分身を用いたとは言え直接支配を目指された所にあります。一方で、女王陛下は人間に国家を作らせ、自分は信仰の対象としてのみ存在する事で間接的な支配を行っておられます。一見効率は悪いのですが、乱がおきても信仰さえ揺らがなければ放置しておけます」
「そういう事か」
「そういう事です。その上、先程陛下ご自身が仰ったように、細かい指示を与える面倒を避けるため、我々が自律して行動できるようになさいました。いつでも帰還させられる事を安全弁にされたお積もりなのでしょう」
お積もりなのでしょう、は皮肉っぽく発音された。
「しかし、フラウムのように個別の反逆ならともかく、同時に反抗される事は想定されていなかったのでは無いでしょうか」
「三人とも帰還させるのは容易い」
「ええ、しかし、その後はどうされます? 五百年前はどうでした? 封印されてからも人々は闇の信仰を保ち続けましたか。我々将軍がいなくなり、陛下が統治を完了されるまでの混乱した間、他の勢力が民を放っておいてくれるのですか」
「余を愚弄するか」
「いいえ、陛下のお力は存じております。我々が束になったとて敵う所ではありません。ただ、アイルーミヤが言ったように、我々は考える力を与えられ、個として存在しています。それだけです。ご理解下さい」
光の女王が漂うように闇の王の横に進み出た。アウルム僧正将軍はあわててついて行き、女王の後ろに控えた。
「陛下、私も発言してよろしいですか。ひとつ聞いてみたくなりました」
「これは余の問題だが、特別に許す」
「ありがとうございます」
光の女王はローセウス将軍の方を向いた。
「ローセウス。なぜそうまでしてアイルーミヤをかばう? 理屈はいらぬ。感情を顕わにしてよいから、お前のそのままの心を見せよ」
ローセウス将軍は光の女王を見上げて答える。
「私はアイルーミヤが好きです。実は、ルフスと共に逃亡を勧めたのですが、彼女は戦うと言いました。だから大好きなのです」
光の女王はルフス将軍にも問いかけるように目を移した。彼は何も言わずに剣の柄に手を置き、大きく頷いた。
それを見た女王は闇の王に向かって小さく頷き、後ろに下がった。そして、アウルム僧正将軍に小声で指示を出した。将軍は少し驚いたが、一歩前に出た。
「突然の発言、お許し下さい。我らアイクロシイ・アイコ・アイゼンサン・アイサ・アコ帝国は闇の王陛下の領地において何らかの混乱が生じ、帝国に被害が及ぶと判断した場合、治安維持に必要な行動をためらいなく取ると申し上げます。念の為」
棒読み気味の宣言だった。闇の王は光の女王を振り返って睨みつけたが、女王は涼しい顔で澄ましている。
「どういう積もりだ」
「アイルーミヤには結婚を仲介してもらった恩があります。また、あなたの救出の際、自らを目星とした勇気と忠誠には感心しておりました。あなたの分身ですが、独立を認めてあげなさい」
闇の王は深呼吸した。胸の上で、黒く艶のある皮膚が太鼓の皮のように張り詰める。
「余は変化を象徴する。この変化も認めねばなるまい。それにしても、余がこのように軽んじられる時がこうも早く訪れるとはな」
「決して、決して陛下を軽んじているのではありません」
「忠誠心は衰えておりません」
ローセウス将軍とルフス将軍は口々にそう言った。
アイルーミヤは闇の王を見上げている。
「行け、アイルーミヤ。お前の信仰と共に」
「はい」
「しかし、たまには帰ってこい。面白い話を聞かせてくれ」
「はい。そのようにいたします」
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