三十、宣戦

「それはできない」

「やるんだ。帰還よりはましだ」

 そう言いながら、ルフス将軍はアイルーミヤの目を見た。

「ルフス、勘違いしないでほしい。自尊心で言っているんじゃない。今さら逃亡を恥だなんて思っちゃいない」

「なら、なぜ」

 ローセウス将軍が語調に合わせるように手を強く握ってきた。

「私の信仰は、そんな軽いものではないから。陛下にだって説明してみせる」

「説明すらさせてくれないさ。優しい面談が行われると思っているのか。甘いぞ。出頭した瞬間、フラウムのように吸収される」

 こんな簡単な事も分からないのかと苛立っている口調だった。ルフス将軍も強く頷く。

「そうなったら私の勝ちだ。陛下は私の信仰、自然の力から逃げた事になる」

「そんな理屈をこねている場合か。じゃあはっきり言うが、我々はお前を失いたくない。フラウムに続き、お前まで道を誤るのか」

「ルフス、前にも言ったが、フラウムは力と権力を同一視し、王になろうとした。それは憎むべき誤りだし、報いを受けた。だが、私は違う」


 ローセウス将軍は握っていた手を離し、静かに口を開く。

「力を持ちながら行使しないと言うのか。それは無責任ではないか」

「支配のためには使わない。自然と共生する」

「アイルーミヤ、それは間違っている。力による支配それ自体は悪い事ではない。私は闇の力を用いて改善に努めている。赤ん坊は肥え太り、青っぱなを垂らす子供はいない。畑一面の黄金を見ただろう。領民は皆新年を祝っている。どうだ、もう一度責任ある支配者に戻れ」


「ローセウス、ルフス、ありがとう。一緒に戦い、暮らした日々は私にとって宝だ。今も私などのためにこれほど危ない橋を渡っている。だが、私は逃げない。これは私と闇の王との戦なのだ。挑み、勝ってみせる」


 ローセウス将軍とルフス将軍は顔を見合わせた。じっとお互いを見ている。

 それからローセウス将軍は立ち上がり、窓を開け放った。冷気が流れ込んでくる。

「ちょうどいい。頭を冷やしたい気分だ」

 ルフス将軍が唸りながら言った。窓の所からローセウス将軍が指差しながら言う。

「こいつは『三つ目の鬼婆』と『炎の醜女』、私は『二枚舌の冷血猿』、お前は何だった?」

「『血煙禿鷲』。なぜかな。禿げてなどいないのに」

「お前の周り中死体だらけだったからな」

「そうか? 手加減していたぞ」

「皆、結局変わってなかったんだな」

 あきれたようにアイルーミヤが言った。

「そうだ。変わっちゃいない……」

 窓を閉めて、ローセウス将軍は後を続ける。

「……特にお前だ。アイルーミヤ。いつも戦っていたが、とうとう陛下に牙を向くとはな」

「で、ローセウス、陛下は何と?」

「全員すぐ来い。受けて立つ。そう仰った」

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