二十六、信仰

 ローセウス将軍とルフス将軍は魔法で補助した超人的な速度で山を昇り、崩れた土砂を超え、穴をくぐって陛下の元へ急いだ。山腹の破壊は、主に外側に向かっていたため、闇の王の空間内にはほとんど影響していないようだった。

 穴を通り抜けると、封印次元の裂け目から出ている闇の王はぐったりとしており、角は二本とも折れていた。

 周囲には警備部隊の無残な遺体が転がっていた。


「爆発か?」

 ローセウス将軍が辺りを見回しながら言った。

「そのようだ。フラウム、出てこい」

 ルフス将軍が剣を抜いた。かすかに発光している。


 その瞬間、次元の裂け目で見えない向こう側から炎が飛んできた。彼は片手で払い除ける。

「やめろ。奇襲が失敗した以上、お前に先はない。あきらめろ」

 闇の王を中心として、ローセウス将軍がそちらに回り込むように歩き始め、ルフス将軍はその反対回りに歩き始めた。


 フラウムは笑みを浮かべて立っていた。一人だった。

「二人ともそれ以上近づくな。あいつをよく見ろ」

 闇の王の頭を指差した。

「何だ、あれは?」

 折れた角の両方の切り株に何か光る石のようなものが刺さっている。

「あれは爆弾だ。ローセウス。先端は陛下の頭の中まで届いている」

 フラウムは『陛下』を嘲るように発音した。二人はフラウムを挟むように立ったまま止まった。

「おっと、呼びかけても無駄だ。あの石が刺さっている限り意識は戻らない。それにしても私がここにいる事は分かっていたのか。さすがに調べはついているようだな」

「説明しろ」

「もちろん、ルフス。言われなくても教えてやる。お前たちの内どちらかが力を提供しろ。それでこいつを封印する。断ればあれを爆発させる。玩具のような爆弾だが、頭蓋内では耐えられまい」

「何をもったいぶっている? とっとと爆発させればいい。そうしたら私が素手でお前を殺す。剣などもったいない」

 ルフス将軍はそう言って剣を鞘に戻した。

「そうすると、光の連中との全面戦争になる。面倒は嫌いだ。お前たちだって、王が消滅するよりは封印のほうがましだろう? ここに取引が成立するんじゃないかと思うが、どうかな」

「どうやってここを制圧した?」

「おや、ローセウス、話をそらせて時間を稼ぐつもりか。乗ってやろう。人間爆弾だ。人間は素直で頭が弱い。よく言う事を聞く。使命を与え、ここについて丁寧に教えてやり、力をいっぱいに詰め込んだ。二発。密閉空間での爆発は思った以上に効き目があった」

「なぜだ」

 ルフス将軍は闇の王の頭とフラウムを交互に見ながら聞いた。

「闇にも光にも愛想が尽きた。私は私の主になりたい」

「何を言っているのか分からん」

「本当か。ルフス。一度たりともそう思った事はないか。戦っている裏で女王に恋心だと? ふざけているにも程があるだろう。闇の王のためにどれほどの命が捧げられたと思うんだ」

「フラウム、我らはそもそも分身として陛下がお作りになった存在だ。自分などは存在していない。陛下の行動を批評できる立場ではない」

「ローセウスらしいな。だが、おしゃべりは終わりだ。決めろ。どっちが力を提供する? それとも、あれを破裂させるか」

 フラウムは上を指差す。


 皆が闇の王を見上げた時、黒い影がその首にまたがり、両方の角から石を引き抜くと消えた。外から爆発音がした。


 ローセウス将軍が笑い、ルフス将軍がそれに続いた。


「遅かったな」

「厳しいぞ、ローセウス。よくやったじゃないか」


「お誉めに与り、恐悦至極」

 左手を失ったアイルーミヤが穴の所に立っていた。


「元気だな。えらくはしたない姿だが」

 ルフス将軍はそう言いながら、フラウムを取り押さえ、魔法で全身を固定した。

「許して頂きたい。服を整えている時間がなかった」

 アイルーミヤはほとんど裸のまま、火傷で引き攣れ、鎧のかけらが貼り付いた皮膚で歩きにくそうに入ってきた。ローセウス将軍が駆け寄ってマントと肩を貸した。


「アイルーミヤか。闇の信仰を捨てたのか」

 フラウムが愕然としている。

「そうだ。平和のために」


 アイルーミヤは二人に遅れて山を登り、ローセウス将軍から魔法言語で送信される情報を聞いた。ごく近くまで来た所で信仰を変え、ヒコバエから教えられた儀式を行った。極短距離移動と帰還。フラウムがとっさに爆発させた時にはもう穴の外だった。


「では、今ではお前は私と同じ、自然の力の信者か。なら分かるだろう。自分の主が自分であるという事が。素晴らしいだろう?」


 ルフス将軍とローセウス将軍が何かを聞いている表情になった。闇の王が全員を見下ろしていた。

 フラウムは返事を聞くこと無く、その場で消滅した。


 アイルーミヤは黙っている。ローセウス将軍がその顔を覗き込んだ。額の目はただの痕跡としてのかすかな筋となっていた。


「とても疲れました。陛下の御前で失礼ですが……」

 ローセウス将軍に抱えられたまま、アイルーミヤは意識を失った。

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