二十五、もうひとつの太陽
警備部隊と、臨時司令部の全員が揺れを感じた。低くかすかだが、緊張しきっている彼らはすぐに態勢を整えた。
「突入態勢、整いました」
隊長がローセウス将軍、ルフス将軍に大声で報告した。ルフス将軍が突入を命じようとした時、アイルーミヤが止めた。
「お待ち下さい。様子が変です」
額の目を開ききっている彼女に気づいた将軍たちもそれぞれの感覚を研ぎ澄まして山を見た。
「何と」
「やられたな」
アイルーミヤと同じく状況が見えた二人は悔しそうに言った。
山全体に仕掛けてある魔法罠の光り具合が変わっていた。わずかだが疑いようがない。
「再設定されたか。アイルーミヤ、そうだな?」
「はい。ルフス将軍。誰かが山頂に現れたのは間違いありません」
「そんな事ができるのはフラウムだけだ」
ローセウス将軍はそう言い、山頂の方を見上げながら続ける。
「それにしてもさっきの揺れは何だ? 再設定ではああはならない」
「とにかく、陛下の安全だ。問いかけているがお答えがない」
焦っているルフス将軍に続き、ローセウス将軍とアイルーミヤも魔法言語で呼びかけたが反応は無かった。
「まだ闇の力は流れています。封印はされてない。急がないと」
「しかし、状況が見えん」
ルフス将軍の目が細くなった。
「それに、今や全ての罠が我々に敵対している」
ローセウス将軍は部下に手を振って一旦下がらせた。
アイルーミヤは彼女の考えている事が手に取るように分かった。罠があるのでは突入させるわけには行かないし、させた所で無駄だ。中央の魔法罠はそんな甘いものではない。将軍級の力を持つ我々でさえ、陛下の所に生きてたどり着けはするだろうが、という程度の見通ししか立てられない。
「突っ立っていても状況は変わらん。いや、悪くなる一方だ。私が突入して何が起こっているか知らせるから、後を頼む」
「慌てるな。ルフス将軍。ただ突入などしても向こうの思う壺かも知れんぞ」
「なぜだ。ローセウス将軍。怖気づいたか」
「まだ封印していないのが引っかかる。奴め、なぜこんなに時間をかけているのだ?」
「むしろ、我らの内誰かの突入を待っているとお考えですか」
アイルーミヤが口を挟むと、ルフス将軍も悟ったようだった。
将軍級の力を持った者の突入を待ち、罠で消耗したそいつを捕まえて封印に使う力を搾り取る。将軍たち――特にルフス将軍――の性格を良く知るフラウムなら思いつきそうな企みだ。
「フラウムめ、そこまでの力は集められなかったのか。それに、あまりにも確実性に欠ける企みではないか」
ルフス将軍がそう言うと、二人は今の状況にも関わらず吹き出してしまった。彼は面白くなさそうに横を向いた。
「やはり、あの揺れが何であるか分からないのが不安です」
「そうだな、そうは言ってもルフス将軍の言った事も最もだ。陛下と連絡が取れない以上、ずっと待っていても、な」
夜が明けかけている。東の空が白くなり、雲を染め始めた。その光を見ている内に、アイルーミヤに一つの考えが結晶した。
「私に考えがあります。罠を通らずに陛下の下に行ければいいのでしょう」
そう言いながら、通信紙に走り書きし、アウルム僧正将軍の緊急連絡先に飛ばした。将軍たちは興味深そうに見ていた。
すぐに返事が来た。光の女王は協力して下さる。
「アイルーミヤ、説明しろ」
ルフス将軍が焦れている。ローセウス将軍も目で説明を促していた。
「こちら側の山腹を吹き飛ばしてもらいます。罠ごと。その後開いた穴を通って陛下の所へ参りましょう」
「気に入った」
ルフス将軍はいたずらの計画を聞いた子供の顔をした。
「照準はどうする? 的は巨大だが、距離が離れすぎている。女王陛下とは言え、何の目星もない目標に当てるのは無理だろう。修正射撃をしていると巻き添え被害が出るぞ」
ローセウス将軍は冷静だった。
「私がいます。直接顔を合わせて話をしたので、女王陛下は私の魔法の特徴をご存知です。まず私を狙って撃って頂き、それを元に修正します。そうすれば正確で、かつ爆発する方向の制御も出来ます」
「却下する。提案には感謝するが、無謀だ」
「いいえ、最小出力なら大丈夫、耐えられます」
「最小、といってもここまで届く力だ。大丈夫なはずがないだろう」
「平気だと言っている。私を舐めるな」
周囲が静まり返った。それから、ルフス将軍とローセウス将軍は大声で笑った。
「気持ちのいい啖呵だ。なあ、ローセウスよ」
「ああ、ルフス。五百年ぶりだ」
ローセウス将軍はまっすぐアイルーミヤに向かい合った。
「作戦を承認する。アイルーミヤにまかせる」
ルフス将軍も同意した。
「私もまかせる。だが、限界はわきまえろ。我々とて不死身じゃない」
朝日が辺りを照らし、色づけている。アイルーミヤは全部隊から離れて独りで立っていた。
通信紙で連絡すると、アウルム僧正将軍は反対したが、すでに光の女王が協力を約している上、こちらの将軍が二名とも承認した計画は覆せなかった。
アイルーミヤは額の目を見開き、魔法言語で光の女王に話しかけた。
『女王陛下、アイルーミヤです。これから数を数え続けます。狙いがついたら撃って下さい。それを元に誘導しますので、二弾目は最大の力でお願いします』
『分かった。だが、本当に大丈夫だな。アウルム僧正将軍が青い顔をしているが』
『五百年前を思い出して下さい。私はそんなに柔ではありません。では、始めます』
『一』
全軍が注目している。
『二』
ローセウス将軍は拳を握り、ルフス将軍は剣の柄に手を置いた。
『三』
寝坊の小鳥が、昇りきった朝日に向かって鳴いた。
太陽がもうひとつ、地平線の彼方から美しい曲線を描き、アイルーミヤの体を包んだ。
光が消えた時、アイルーミヤは立っていた。服は燃え尽き、肌は黒く焼け、砕けた鎧の金属部分が融けて貼り付いていた。
修正情報を送信した後、彼女は膝をついた。戦場で膝をついたのはこの世に出現してから初めての事だった。
第二弾は将軍二人以外にはよく見えなかった。力を最大限まで凝集しており、周囲に放射される光という形で力を浪費していなかったからだった。
そのため、一般兵には山腹が突然膨れ上がったように見えた。噴火のようだった。
「アイルーミヤを。早く、救助せよ」
ルフス将軍が怒鳴った。土埃が舞い、石が降ってくる中、アイルーミヤは後方まで支えられて行った。意地を張っているのか、安心させようというのか、ふらついてはいたが、確かに自分の足で歩いていた。
「見ろ、ルフス。大穴が開いたぞ」
「では、行くか」
二人は部下たちが混乱の中集合し、再編成しているのを確認すると山に向かって走り出した。
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