二十四、山

 ルフス将軍の城に帰り、報告を済ませた。執務室の卓上には地図があり、フラウムの城を中心とした円が二つ描かれていた。

 一つ目の小さい円は、フラウムが通信を絶った直後から儀式を始めたとして、現在到達できる範囲を示していた。それはアイルーミヤの元の城を含んでいた。


「で、こちらの大きい円が、奴らが収集、使用可能な力から割り出した最大の到達範囲です。見ての通り、中央にぎりぎり届きます」

 アイルーミヤは二人を見て続ける。

「この最大円の場合、儀式完了は十日後です。もちろん、この図はフラウムの城を基準にしていますから、ずれはあり得ます。しかし、そう大きな差にはならないでしょう。それに、まさか領境付近のような攻撃にさらされやすい所で儀式をするとは思えません」

「最大円で移動する戦力の想定は?」

 ルフス将軍が尋ねた。

「すみません。申し遅れました。封印を想定しているので三人です。最低必要人数ですね」

「それは人間の術者の場合だな。フラウムが直接乗り込んで来るとしたらどうだ」

「奴なら一人でも可能でしょう」

「その場合、儀式に必要な時間が縮まらないか。力も少なくて済むだろう」

「はい。しかし、必要な力は減り、到達距離を延ばす事はできますが、儀式に必要な時間は変わりません」


 地図を指先で軽く叩きながらローセウス将軍が言う。

「陛下狙いなら十日後あたりか。奴はどう出ると思う? 部下を三人送り込むか、自分が来るか」

「どちらにせよ大した違いはない。中央を含め、到達可能な重要拠点は今から警戒態勢を厳にし、不審者は逮捕してすぐに離れた所に移送する。それから顔を検めて尋問後、フラウムでなければ処刑。簡単だ」

 ルフス将軍はもう退屈そうな顔をしている。この戦い、思ったより刺激がない。口には出さなくてもそう考えているのが伝わってきた。

「油断は禁物だ。ルフス将軍。フラウムの事だ、こちらの予想を超えてくるぞ」

「確かにそうだな。それに、彼らの魔法についての情報源は、すべてヒコバエと言う巨人からのみだ。誤りが無いとは言えんな」

 そう言いながらも、ルフス将軍の退屈そうな表情は変わらなかった。アイルーミヤの見た所、むしろ、ヒコバエに誤りがあるか、裏切ってくれたほうがいいのにという感じでいる。そうなったら約定など反故にして攻められるからだ。彼は昔の仕返しをしたがっている。


 二将軍の命令が四方八方へ飛び、ルフス将軍の立案による警戒態勢が始まった。中央については、山の麓の罠が設置されていない所に警備部隊を置き、闇の王の間には精鋭から成る部隊が配置された。

 将軍たちは麓に臨時の司令部を作って城から移った。アイルーミヤもそこに滞在している。


「クツシタは?」

 ルフス将軍が冗談混じりに尋ねた。

「置いてきました。呼びましょうか」

「そうだな。鼠退治ならあいつの方が向いている」


 日が経つにつれて緊張が高まっていく。七日目、フラウムの軍が東の領境を超えた。五十から百ほどの種族混成部隊だった。

「陽動だな」

 ローセウス将軍が報告書を読み、ネーロー、アテル、ノーウル各司令官に指示を出した。


 八日目、ほぼ同数の軍が西に侵入した。ルフス将軍は戻って陣頭に立ちたがったが、こんなあからさまな陽動の相手などするなとローセウス将軍にからかわれた。

「つまらん」


 九日目と十日目は何も起らなかった。東と西の敵軍は深く侵入しようとせず、手を出しては引き、の繰り返しだった。


 十一日目の未明、山が揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る