二十三、涙と枯れ葉
陛下を狙うのであれば暗殺ではなく、再封印だろうと思われた。
封印次元の裂け目が残っているので、光の女王が封印した時のような膨大な量の力は不要だし、封印でも闇の勢力の力をかなりの程度奪える。それに、封印した陛下を人質に取れば光の女王に対して交渉を有利に進められる。
それに比べると、陛下を無にしてしまうのは、膨大な力がいる割にそうした後々の利点を失ってしまうので考えにくい。
仮説に仮説を重ねた根拠のない想像に過ぎない。しかし、確かめねばならないという点で三人は一致した。
そんな魔法はあるのか、あるのなら制限はどのようなものか。フラウムが用いる可能性はどのくらいか。
「ヒコバエに確認できないか」
アイルーミヤの方を見てローセウス将軍が言った。
「はい。そうします。しかし、取引が必要でしょう」
「では、彼ら独自の魔法の情報と引き換えに、フラウムについた勢力以外には手を出さない。そう文書で約束しよう。これなら、例え仮説が外れていても損にはならない」
「約束の拘束力が及ぶ範囲はどうします?」
「できれば、我ら将軍のみに留めたい」
『いや、交渉次第によっては余も含めて良い。その情報にはそれだけの価値がある。アイルーミヤ、至急対応せよ』
闇の王の低い声には苛立ちが感じられた。
数日後、約定の準備を整えたアイルーミヤは、前にさらわれた森の外れでヒコバエを呼び出した。すぐに迎えの獣人が来て奥地へ誘導された。
枯れ葉の強い臭いとともに、巨人が現れた。
『どうした。アイルーミヤさん』
アイルーミヤは一部の事情を伏せて説明し、取引を持ちかけた。
『なぜそんな情報がほしい?』
『お互いの平和のためだ。あなた達の中立を認め、そっとしておくために情報がほしい。我らの将軍閣下は文書で約束する用意がある』
『私にそんな事を決める権限があると思うか』
『思う。私はあなた達の社会について詳しくないが、ヒコバエはかなりの重要人物と見た。間違いないだろう?』
巨人は笑った。口臭も枯れ葉の臭いだった。
『鋭いな。よし、文書を見せてほしい』
彼女は署名前の文書を渡した。ヒコバエはそっとつまんで目に近づけた。
『約定に関わるのは将軍二名とアイルーミヤさんだけか』
『そうだ』
『闇の王は?』
『必要か』
『必要だ。私は重要人物なのだぞ』
巨人はさっきのアイルーミヤの口調を真似た。しかし、目は笑っていなかった。まさか、ヒコバエは王に匹敵する立場なのか。それともはったりか。いや、探っている時間はない。
『分かった。確認してみよう。陛下が署名すれば、情報の取引に応じてくれるか』
『約束する』
アイルーミヤは文書を受け取ると、経緯の説明と依頼を付けて弾いた。
『返ってくるまで時間がかかる。先に情報をお願いできるか』
『構わんよ、署名がなければ使者が行方不明になるだけだ。では心を開け、アイルーミヤさん。我々山と森の住人の魔法について講義を始める』
彼らの魔法は住んでいる山と森そのものから力を得ていた。それゆえ不安定だった。必要とする力を集める手間がかかり、消費すると再生産に時間がかかる。焚き付けや木の実を拾い集めるようなものだ。獲ってしまえば一時的に無くなる。闇や光の力のように、王や女王から泉のように常時湧き出している力とは異なっていた。
しかし、集めた後は、闇や光の魔法のように使用できる。大半は珍しいものではなく、効果は変わらなかった。火は火だし、氷は氷だった。
だが、神出鬼没の魔法は存在し、アイルーミヤの知っているどんな魔法とも異なっていた。術者と身につけられる程度の物を瞬時に別の場所に移動させ、帰還させる。移動と帰還で一組の魔法だった。ただし、出発地点における事前の儀式が必要だった。儀式そのものは事前準備不要の簡単なものだが、要する時間と力は移動距離に応じて急激に増えていく。
また、使い勝手は良くない。移動先は術者が見るか聞くかしてそこの様子を思い描けなければならず、さらに、現れた場所から動くのは自由だが、帰還するためには一日以内にその場所に戻らないといけない。戦闘に使うにしても、討って出るような攻撃に使えるものではなさそうだった。
アイルーミヤは首を振った。彼らの魔法は根本原理が違うため、闇と光のように勉強し、修行すれば両方とも使用できるというものではない。この、いわゆる自然を力の源とする魔法を自らのものとするなら、闇と光は捨てなければならない。
フラウムは捨てた。なぜか。確かに変わった魔法だが、思ったほどではない。ヒコバエが提供してくれた情報は有用ではあるが、脅威ではない。そういう魔法があると分かった以上、対応は可能だ。
書類が返ってきた。闇の王、ローセウス将軍とルフス将軍の署名がある。アイルーミヤは一番下の空欄に自分の署名を炎の指で書き込み、ヒコバエに渡した。
『これで安心だ。ところでアイルーミヤさん。ひとつ聞きたいがいいかな。純粋に私の好奇心だ』
彼女は頷いた。
『なぜ、何のためにこんな事をしているのだ。争いや面倒事から距離を置いて、森の奥で静かに暮らそうとは思わないのか』
『難しい質問だな。考えるべき色々な要素を含んでいる。だが、答えは単純だ。私の主は私じゃないんだ』
ヒコバエの目がうるみ、涙が一筋こぼれ落ちた。
『それがアイルーミヤさんなのか。では、さらばだ』
巨人は、枯れ葉の臭いと共に、森の奥へ歩いていった。二度と振り返らなかった。
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