十六、特使出発

 アイルーミヤしかいなかった。重要な仕事を抱えておらず、重大な判断をまかせるに足る人物。将軍たちは三人とも彼女にこの任務を遂行させる事に異議は唱えなかった。

 ただ、この任務に陛下の直接の指示がない点は気がかりだが、『よしなに』という言葉をもらっているので進めようとなった。


 調査官に特使という肩書が加わった。任務は女王に対し、結婚の意思があるかどうかを陛下に伝えてもらうよう依頼する事。その際、現状を説明し、かつ、陛下からの質問でない点を詫びる役も務めなければならない。


 検討の結果、西の帝国を介すると決まった。地理的にはルフス将軍の支配地から楽に行ける上、進出を予定していたので情報が多い。そこで僧正将軍を紹介してもらい、依頼を行う計画となった。


「アイルーミヤ特使。恥辱に塗れるような任務であるが、陛下と我らのためと思って耐えてほしい」

 ローセウス将軍がそう言うと、水晶玉の中のルフス、フラウム将軍も真剣な表情で頷いた。

「はい。この任務、立派に果たして参ります」


 アイルーミヤ特使は、まずルフス将軍の城へ向かう。事前準備にも結構時間がかかるだろう。


「クツシタ、連れて行くのか。預かってもいいぞ」

「ありがとうございます。しかし、ルフス将軍の所でしばらく滞在しそうです。やはり連れて行きます」

「そうか。それでは、任務が無事完了するよう可能な限り支援を行う」

「感謝致します。おまかせ下さい」


 西部地区は思ったほど荒れていなかった。平地が多く、畑の緑は濃い。小規模な反乱はほぼ静まっていた。ルフス将軍も力で抑えるばかりの統治はもう行っていないようだった。


 城は、目の前にしてみると、アイルーミヤの元の居城よりはましと言った程度だった。

 しかし、そう思った彼女は自分を叱った。ローセウス将軍の城での滞在期間が長かったので贅沢気分が染み付いてしまったか。


「任務ご苦労。アイルーミヤ特使。部屋は城内に用意させた。気兼ねせず使ってくれ。で、そいつがクツシタか。抱かせてもらっていいか」

 大柄な体を礼装で包んでいる将軍は、遺跡によくある武神の像のようだった。彼の腕の中のクツシタは、大きくなったと思っていたが、やはり小さな毛糸玉だった。彼は鼻にキスをしたが、クツシタは少々嫌がっているようで、それに気づいた将軍は謝ってから、アイルーミヤにクツシタを返した。


「さっそくだが、荷物を置いたら打ち合わせだ。執務室で」

 執事を呼び、荷物を運ばせ、案内させる。アイルーミヤは将軍の慌ただしいやり方には早く慣れたほうが良さそうだと思い、部屋に荷物を置くと、旅装の内、マントと革鎧を外し、乱れた髪を整えるだけにした。クツシタは部屋で好きにさせておく。ここも探検すればいい。


 執務室は飾り気が一切無かった。通信紙や記録用紙が積み重ねられた机や会議卓と椅子が数脚あるのみで、水晶玉は出しっぱなしで隅に置かれている。

「気を使わなくていい。どこでも座ってくれ。そこの書類が帝国の現状だ。分かっている限りをまとめた」

「ありがとうございます。ただ、できれば軍備などより、国民性などを調査した資料はありませんか」

「そうか、そう言えばそうだな。それならこっちだ」

「国号が変わったのですね」

「そうだ。また長ったらしい。内輪では、A帝国と呼んでいる」

「僧正将軍は?」

「資料はその中にある」

「あ、なるほど、アウルム僧正将軍。これまで交渉は?」

「二度。手強い。しかし、光にしては、という程度だ。交渉術も変化なしの五百年だな」

「事前に使者を送って頂きたいのですが」

「もう送っている。それと、A帝国内でもこちらの通信紙を使わせてもらえるよう交渉している」

「向こうの感触はどうですか」

「戸惑っているよ。我らと同じだ。ただ、向こうの方が大変そうだ。前例が無いからな。まったく、光の連中は臨機応変に対処ができないので困る」

「上層部は婚約について知っていたはずなのに」

「彼らにすれば、陛下から確認が来るつもりだったからな」

 アイルーミヤはため息をついた。そうだよね。


「いつ発つ?」

「予備交渉が終わり次第すぐにでも」

「なら、五、六日後になるな」

「そんなに?」

「戻ってくるのは四日後くらい、それから報告を検討して、だからな」

「ああ、そうでしたね。担当者がここに戻ってこないと結果が分からないとは」

 資料を読み込み、計画を立てるとはいえ、そんなにはかからない。何もせず過ごす無駄な時間ができてしまう。そう愚痴をこぼした。

「アイルーミヤはいつもそうだな。働いてばかりだ」

 将軍は微笑んでいる。いつものアイルーミヤを見ていると、今の八方塞がりの危機的状況もなんとかなる気がする。いい人だ、と思った。


「今日はここまでにしよう。食事を摂り、体を休めてくれ。私はまだ片付ける事があるから」


 将軍がそう言ったのを潮に退室した。待っていた執事に案内してもらって夕食を摂る。量はたっぷりあった。ここでも給食担当にお願いしてクツシタの餌をもらった。


 四日後、予備交渉の結果が明らかになった。特使は受け入れられ、アウルム僧正将軍との会談も予定された。通信紙は内容を事前検閲の上で使用を許された。

 しかし、入国を許されるのは特使一人のみ。武装は礼装用も含めて許されなかった。


「礼装がだめとなると……。旅用の服とマントしか持っていません」

「困ったな。儀礼用の装備ならいくらでもあるが、婦人用の服や装飾品は私も持っていない。ローセウス将軍に相談するか」

「いいえ、時間がありません。仕方ない。このままで行きます」


 翌朝、日の出と共にアイルーミヤ特使はハヤブサ号にまたがって出発した。境までは見送りの騎馬兵がつく。


「クツシタを頼みます」

「いくらでも遊んでやる。それにこいつは優秀な鼠獲りだ。餌の分は働いてる。いい子だ」

『みゃあ』

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