十五、良い茶葉
今朝、右腕は完全に治った。元の通り不自由無く使える。それまで、アイルーミヤ調査官はローセウス将軍の書類仕事を手伝っていた。ぶらぶら遊んでいるのは嫌だ。
闇の信者は、予想に反して大幅に減少しなかった。微減といった所だろうか。噂で闇の王について知り、信仰を捨てる者はいたが、それ以上に、闇の勢力がもたらす『変化』が歓迎されていた。これまでより明らかに優れた農業、医療技術により、戦争があったにもかかわらず今年の収穫量は横ばいで維持されそうで、乳幼児の死亡率は下がりつつあった。人間たちは、来年以降の豊かさを想像していた。
人間とは不思議なものだ、とアイルーミヤは統計書類をめくりながら考えていた。
この世でもっとも多い知的生物でありながら、もっとも弱い。自分たちで何もない所から何かを作り上げる能力はないが、最初の手掛かりさえ教えれば応用し、発展させる。そして、信仰の力の供給源としてはもっとも優秀。我らと見分けがつかないほど似ているが、まったく違う存在。
「何を考えている? お茶にしようか」
ローセウス将軍が卓の向かいから声をかけ、返事を待たずに執事に茶の用意を命じた。アイルーミヤは微笑む。
「人間について。不思議な存在だと思って」
「そうだな。変わった奴らだ。頭が良いのか悪いのか分からない」
「なら、良いんでしょう」
将軍も微笑んだ。それから話を仕事に戻した。
「その統計、見直してもらったが、結果に変わりないか」
「ありません。封印次元からの陛下の自己脱出は不可能です。力が足りなさすぎる。今は頭部と右腕が現れていますが、その状態を維持するのが精一杯です」
「今後の人口増加を加味してもか」
「周辺に拡がって土地を確保できない以上、頭打ちになります。現在の占領地面積で養える最大人数で試算しても出来ません」
「分かった。結果はルフス将軍とフラウム将軍にも送っておこう。すまないな、任務以外の事をさせて」
「いいえ、どうせ調査任務は事実上終わったようなものですし、腕を生やす間快適に過ごせましたから。クツシタも」
『みゃあ』
拾った頃に比べると大きくなり、毛艶もかなり良くなったクツシタが現れ、ローセウス将軍の足をこすり、アイルーミヤの膝から胸に乗った。
「乗れるんだ」
その様子を見た将軍が羨ましそうに言った。
「いや、そろそろ無理。重いし、不安定なのか爪を立てるようになりました」
『にー』
クツシタは床に跳び下り、隅に用意してある餌を少しだけ食べて、またどこかへ行ってしまった。
「どっちか分かるか」
将軍はその後ろ姿を見て聞く。
「雌でしょう。雄ならそろそろ玉が落ちてきそうだけど、はっきりしないから」
茶が届き、小休止を取った。将軍は良い葉を蓄えている。どこで手に入れるのだろう。アイルーミヤは自分が城で飲んでいた茶と比べた。香りがまったく違う。保存方法が違うのだろうか。
「陛下の事だが。我らだけではどうにもならないか」
「八方塞がりです、が、正確には一つだけ手があります」
「言ってみろ」
「陛下が素直になればいい。女王にきちんと話をすれば」
「そうだな、アイルーミヤ。最初からそれができていれば、だな」
「陛下がだめなら、我らが動きますか」
アイルーミヤは冗談のつもりで言ったのだが、ローセウス将軍は食いついた。
「それしかない。私もそれを考えていた。僧正将軍に依頼して、女王の気持ちを聞いてもらおうか、とな」
「誰が行くんですか」
アイルーミヤはそう言ってから、嫌な予感がした。
当然だが、こういう微妙な交渉事を通信ですませる訳には行かない。誰かが直接敵地に乗り込まなければならない。
でも、誰? まさか。
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