十七、少年少女
帝国に入ると、付添たちは帰っていった。代わりに帝国の騎馬兵が五人ついた。一人が先導、二人が左右、もう二人が全体を見渡せるくらい距離を置いて後ろ。
彼らは必要最小限しか口をきかない。マントの闇の王の印は隠すよう言われたので脱いでしまった。日除けが無くなり、日差しがきついが我慢した。
僧正将軍の待つ城に行くまで、辺りを観察する。風景はあまり変わらないが、住民や農作業の様子は昔のままで遅れている。わざわざ手間のかかる方法で働いていた。作物の出来はあまり良くなさそうで、葉の色からすると、肥料に原因があると思われた。
小休止の時、騎馬兵たちの会話が耳に入った。
「今年は豊作だな」「ああ、助かる」
城は立派だった。当たり前だがまったく破損しておらず、適切な補修を受けていた。アイルーミヤにとっては見慣れた様式だった。場所は違うが、あの塔や装飾は破壊した事があると思いだしていた。
案内に従い、馬をつないで城内に入ると、光の魔法技術者が検査にやってきた。挨拶もなしか、と思ったが顔には出さない。今回の任務では何回我慢が必要だろうか。
「アイルーミヤ特使、ようこそおいでくださいました。私はアウルム僧正将軍です。お見知りおきを」
検査が終わる頃、白を基調とした礼装をつけた背の高い男が奥から現れた。鎧には金線の細かい模様が輝き、見えるだけで儀礼刀を二本差している。
「アウルム僧正将軍。アイルーミヤ特使です。この度の願い、お聞き届け感謝致します」
彼女はすぐ側に来た僧正将軍を見上げて返事をした。光の信者の距離感には馴染めない。近すぎる。
「では、まずは打ち合わせを行い、その後、私が女王陛下にお伺いを立てます。その結果が良ければ特使も直接会えるでしょう」
僧正将軍は振り返ると、先導するように歩き出した。彼女はついていった。
「分かりました。が、そうすると私は面会できないかも知れないのですか。事前交渉と話が異なるようですが」
「その交渉役がどのような報告をしたのか知りませんが、約束はしていません。闇の信者が女王陛下に会うなど、まったく前例がありませんから、何も確約できません」
重そうな扉を兵士が開く。ここには執事や召使はいないようだった。その役目を兵士が行っている。そういうものなのかと思ったが、今だけ、彼女がいる間だけかも知れない。
「どうぞ、かけて下さい」
会議室は装飾過剰だったが、細工の細かい所まで掃除が行き届いていた。僧正将軍は椅子を勧め、自分は会議卓の向かいに腰を下ろした。
「まずは事前交渉の内容について確認したいのですが、闇の王は婚約について、現在でも有効かどうかを女王陛下から連絡してほしいという事ですね」
「その通りです」
「闇の王からは確認の問いかけはしない、と」
「はい」
「つまり、女王陛下が自主的に回答する形になる」
「形の上だけです。私という特使が動いた事は記録に残るでしょう」
アウルム僧正将軍は三角に指を組み合わせた。どことなくフラウム将軍を思わせる仕草だった。
「そこが分かりません。それに何の意味があるのか。そして、分からないから慎重になります」
「理解できます」
「特使、詳しい説明を頂けませんか」
アイルーミヤ特使は少し考えた。決断しなければならない。外交的な嘘か、彼女が今分かっている範囲の真か。彼女はすぐ決断した。
「陛下は思春期の少年のような部分をお持ちなのです」
アウルム僧正将軍は予期しない返答に驚いた。分からないというように首を傾げた。
「俗な表現になりますが、照れと怯えがまじっています。五百年の間に女王陛下が心変わりしていたらどうしよう。聞けばいいのに、答えを聞くのが怖いのです」
彼女は言葉を切った。僧正将軍は続けるよう手振りで促した。
「封印された原因は自らにあり、改善されたかどうかの判断は女王陛下が行う。陛下の少年の部分はそれを知るための質問が出来ないのです」
「これは……、驚きました。理解は出来ますが。私のような人間ならともかく、闇の王にそのような部分があるなどとは……」
「そうでしょうか。ある意味では、闇の王と光の女王はこのような事については少年少女と言えないでしょうか。人間のように同族が多数いるわけではない。それどころか王と女王はそれぞれ一人きりです。言ってみれば、恋愛や結婚について机上の勉強はできても、経験から学びようがないのです」
説明しながら、それは私も同じだったな、と彼女はアールゲント僧正将軍との事を頭に浮かべていた。
「特使は自分の主に対してそのような分析を行う事ができるのですか」
僧正将軍は驚いている。
その時、扉の外から、祭壇の準備が整ったという知らせが入った。
「では、参りましょう。案内します」
冷静さを取り戻したアウルム僧正将軍はさっきのようにアイルーミヤを先導する。曲がりくねった廊下をたどり、城のかなり奥に来た。
「ここが控室です。しばらくお待ち下さい」
アイルーミヤは勧められた椅子に腰を下ろした。僧正将軍は入った扉の反対側の扉からさらに奥に行った。
控室は、会議室と違い、装飾は壁の絵くらいの小さな部屋だった。他の部屋と作りが異なるのか、扉を閉めると外の音がまったく入ってこなくなった。
「特使、どうぞこちらへ」
しばらくすると、僧正将軍が扉を開けて呼んだ。アイルーミヤは扉を支えてくれている僧正将軍の横をすり抜け、祭壇室に入った。
どうも、この距離感には馴染めない。
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