十二、鬼婆じゃない

 調査は大した成果をあげなかった。ローセウス将軍は人手不足と言いながら、魔法技術者を多数抱えており、他の任務やアイルーミヤの東部地区調査と並行して支配地の独自調査をすでに済ませていた。隠されていた物はすでに暴かれており、目録が出来上がっていた。

 そこに王と女王に関するものはほとんど無く、あっても王を下げて女王を持ち上げる宣伝の類で、今のアイルーミヤの興味を引く程の重要な情報ではなかった。

 僧にも失望させられた。聴取のため軽く話をして感じた事だが、彼らの中に宗教的な師や哲学者といった面を備えた人物はおらず、単に光の女王に盲従しているだけの寺院管理人に過ぎなかった。あの本の補遺のような疑問を持つ気概のある者は現代にはいなかった。


 手掛かりがない。西部や南部に行っても同じだろう。彼ら二将軍の統治方法からして、ここにない物があるとは思えない。利用できない物は破壊され、転向しない者はすでにこの世から旅立っているだろう。


 そう考えながらも、例の本のように見逃しがあってはいけないし、アールゲント僧正将軍のように彼女だからこそ得られる事実もあるだろうと思い、予定通り廻ってみようと決めた。


 数日後、彼女は城からもっとも離れた寺に来ていた。小さいが、この地域で一番古い寺だ。あまり望みはないと思うが、自分の目で調査してみたい地点の一つだった。


 警備に挨拶し、ハヤブサ号をつなぐ。クツシタは城に置いてきた。ローセウス将軍は猫を気に入ったようで、遊び相手になってくれている。


 ここはのんびりしている。森に近く、小川もある。人里離れているが、不便になるほど遠くはない。近くの住民が光への祈りを行う場だったのだろうが、転向はほぼ完了しており、すぐに闇への信仰を捧げるようになるだろう。

 寺の建物は、小規模である点を除けば他とそう変わりはない。本堂、倉庫、僧の生活区画がこじんまりとまとまっている。外見と内部の寸法に矛盾はなく、地下設備もない。

 疑わしいところでは額の目を開いたが、気のせいだった。新事実はまったくない。


 アイルーミヤはよく晴れた空を見上げ、井戸で喉を潤した。ついでに手と顔の埃を拭う。


 おや。


 森がざわめいている気配がした。


 そちらに目を向けた瞬間、きらめく何かが多数飛び出てきた。妖精か。あんなに羽を輝かせて、何のつもりだ。


 アイルーミヤはすぐに事態を悟り、自分の呑気さに舌打ちした。感覚が鈍っているのか。羽を輝かせた妖精。つまり、興奮している状態。それが何を意味するか知っていたはずなのに、判断と行動が遅れてしまった。


 妖精の後から狼、いや、狼の獣人が走り出してきた。


 警備が叫んでいる。ここには兵士は数人しか置かれていない。全員そちらへ向かった。


「警報を、警報を送れ!」

 アイルーミヤは大声で怒鳴りながら警備の詰め所へ駆けた。間に合うか。

 いや、間に合わなかった。最初からそのつもりだったのだろうが、妖精たちは最初に詰め所に飛び込み、警備兵を無力化した。多分毒針だが、彼女からはよく見えない。窓から煙が上がったのは通信紙を焼いているのだろう。


「何だ?」

「襲撃だ。森から。妖精と獣人。数は不明」

「何で?」

「知るかよ」

 兵士たちが混乱して怒鳴っていた。


 アイルーミヤは額の目を開いた。炎塊をとばして妖精を数体撃ち落とすと味方の兵士が後ろから声をかけてきた。


「魔法使いか。ありがたい。何が起きてるか分かるか」

「いや。襲撃を受けているとしか。詰め所が制圧されたらしい。誰でもいいから馬を走らせてくれ」

「あんたは?」

「派手に炎をあげて敵を引きつける」

 そこでその兵は、振り向いた彼女の額の目に気づき、誰か悟った。アイルーミヤは構わんと言うように頷く。

「了解。おい、お前、馬だ。お前は俺と戦え」

「ここはいい。詰め所を見てきてくれ。通信紙が燃え残っていたら」

「分かりました。頼みます」


 狼の獣人は撃ち落とされる妖精たちを見て速度を落とし、彼女の方に進路を変えた。先に片付ける気らしい。ありがたい。時間が稼げる。

 短剣を抜いて日光を反射させて挑発する。これは今でも通じるようだ。


 獣人三体が彼女を囲み、十体前後の妖精たちが飛びまわって隙あらば毒針を使おうとしてくる。

 馬が安全な距離に逃げるまで挑発し続けなければならない。あまりに接近した妖精のみ撃ち落とすようにし、一気に倒さないようにした。


『薄汚いトンボもどきめ、お前らなど蜂と交尾してろ。それからそこの犬臭いぼろ雑巾ども、すぐに屑肉に変えてやるからな。おすわりしてろ』

 意識に直接話しかける魔法言語を使った。相手に同様の魔法使いがいない限り片道になるが、その後奴らの攻撃が激しくなったところを見るとちゃんと聞こえたらしい。

 横目で確認すると、兵士を一人乗せた馬はかなり離れたが、他の兵は見当たらなかった。それと、ハヤブサ号もいない。ついでに解き放ってくれたのだろうか。


 背中と右足に痛みが走った。よそ見をしたせいで毒針を食らってしまった。刺された所を中心に板のようにこわばっていく。麻痺毒か。殺す気はないのか。

 力を絞り出し、妖精の集団を消し炭に変えた。しかし、狼獣人の遠吠えに呼応し、詰め所に隠れていた妖精と獣人が飛び出し、森からも新手が多数現れた。

 さすがに多すぎるな。でも、なんでこんなに。


 木々をかき分けて、巨人が一体現れた。彼女の意識に話しかけてくる。

『降伏せよ。悪い舌の乙女よ』

『乙女か、醜女よりは悪くない』

 そう言いながら目の前で牙を向く狼の頭を消し飛ばした。

『闇の王の下僕は変わらない。殺してばかり。止めよ』

『見てるだけじゃなく、お前も来い。そびえる消し炭にしてやる』

 もう一体獣人を倒し、妖精を多数燃やしたが、減る様子がない。逃げようにも右足は動かないし、馬はいない。

 これはもう、どっちが先にあきらめるかだけの戦いだな。そして、私はあきらめない。


『闇とか光とか、もういいだろう。結婚するのだから』

 驚いて巨人の方を見た。愚かだった。戦っている最中にまたよそ見をした。五百年は私を相当馬鹿にしてしまったのか。

 彼女は首筋に針を感じ、薄れていく意識で自分を呪った。鬼婆じゃない、ただの耄碌婆だ。

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