十、思い出
クツシタはこっちの兵舎でも人気になった。誰かが見ていてくれる。おかげで安心して調査に出かけられる。今回はハヤブサ号も置いていく。連れてはいけない。徒歩で行く。
夜中に出発し、ローセウス将軍の城を見下ろす山頂遺跡に着いた頃には翌の日が沈もうとしていた。闇の王の遺跡で、ずっと放置されてきたため荒れている。将軍が取り戻してから一応木や雑草は取り除かれ、露天の舞台が見えるようになっていた。
以前、ここでは闇の王に関わる儀式が行われていた。どうしても信仰を変えない者を生贄にして力を絞り取り、王に捧げる儀式だった。
無理に絞り取る生命の力は、進んで差し出される信仰の力に比べると遥かに小さい上、一回きりだが、当時は無いよりましだろうと考えていた。それが闇の勢力に対する嫌悪や反発になっていた事は知っていたが、何の問題になるのかと思っていた。刃向かう者は圧し潰す。それがあの頃の正義だった。
彼女は額の目を開き、舞台を見回した。円く石を敷き詰めて高くしてある。円周にそって等間隔に石柱が六本建てられていたが、根本を僅かに残して折れて無くなっていた。生贄が縛り付けられた柱だった。
何も検出できない。やはり、五百年はどのような怨みの念も洗い流してしまうのか。
いや、いた。かすかだが、まだ光っている。怨みの光。これほどの年月が経ってもまだこの世で我らを怨み続けている。
あの光り方。もしかして、奴か。なら大当たりだ。
ここで怨みの念を持つのは高位の僧か光の女王の将軍だ。そして、彼女が会いたいのはその中でも最後まで自分に牙を向いた男。彼女がその手で直接儀式を執り行った僧正将軍。アールゲントだ。
彼女は一旦額の目を閉じ、本格的な降霊の準備を始めた。火と香油で舞台を清め、正確に方角を測って数カ所に血を一滴ずつ垂らした。
再度呪文を唱え、額の目を開く。さっき見つけた魂がこっちをうかがっている。怒り、驚き、戸惑いを感じた。なんでもいい。早く出てこい。
「お前か、アイルーミヤ鎮護将軍」
「久しぶりだな。アールゲント僧正将軍」
彼女は自分の身分について訂正しなかった。そんな細かい話をしている時間は無いし、こいつと話す時は将軍でいたいという気がしたからだった。五百年前のままがいい。
「では、闇の王は復活したのか?」
「とぼけるな」
怨みの魂は白っぽい半透明の塊のような姿から、在りし日の姿に変わっていった。彼女がつけた傷は無い。初めて会った時の姿。礼装だった。
「何が知りたい」
「女王と王の関係について。婚約について知りたい。どういう意味で、いつからだ?」
「答えるつもりなど無いと言ったら?」
「五百年経ったが、私の腕が衰えたかどうか知りたいか」
「おぞましい、『三つ目の鬼婆』め」
「お前が付けてくれたのか」
「上手いだろう?」
アイルーミヤは僧正将軍の目を見た。彼女が潰したのだが、今は優しく、そして深い。
「婚約というのは結婚の約束をする事だ。他の意味などない。あると思っていたのか」
アールゲント僧正将軍はアイルーミヤの表情を読んだ。
「ふん、それでは闇の王は隠していたのか。柄にも無い」
「女王は隠さなかったのか」
「いや、何も言わない。しかし、失礼ながら、女王陛下は嘘が下手だ。分かったのは封印の半年くらい前だったな。顔に出る方だ。お前と同じでな」
「何を言う。話を逸らすな」
「そういう事だ。光と闇は水と油ではない。混じり合う事もある」
アイルーミヤは頬が火照るのを感じた。
「はは、その顔。それが見られただけで気が晴れたぞ」
僧正将軍は空を見上げ、またアイルーミヤに目を戻す。
「お前は私を怨みの念と見たようだが、怨みだけで五百年も過ごせると思っていたのか。現に他の魂は見つけられなかっただろう」
「今さら何が言いたい。あの時言えなかったくせに。この意気地なし」
「髪、切ったんだな」
アイルーミヤの肉体の目が潤んだ。
「すまない。色々思う所があって」
「謝らなくていい」
「でも、長い方がいいんだろう?」
アールゲント僧正将軍は答えなかった。もう形を留めておく力が無くなっている。白い半透明の塊に戻りつつあった。
「もう、あの世に行くよ。会えたら清々した」
塊は小さくなって消えた。もう、どこにも魂は見当たらない。この舞台遺跡は完全に浄化された。
アイルーミヤは額の目を閉じ、夜空を見上げた。星が降るようで、二人で丘に寝転んで見上げた時のまま光っていた。
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