二、会議中は静かに

 クツシタは執務室と寝室を主な居場所にして、城と庭を探検している。生まれた時からここにいるような顔をして、毎日元気よく遊び、虫や鼠にちょっかいをかけ、餌と寝る時に帰ってくる。

 そして、甘えたい時は、書類仕事をしているアイルーミヤ将軍の膝か胸で丸くなっていた。

 胸に乗られると背中や尻尾が首に当たってくすぐったいし、仕事の邪魔なのだが、嫌ではなかった。


 今も尻尾をどけながら、届いた通信紙を弾き、第三軍のノーウル司令官からの返信を聞いている。命令は忠実に実行され、計画から逸脱した行為は取り締まられている、という報告だった。


 よし、と頷きながら、第一・第二連合軍の戦況報告に目を通す。こちらは苦戦しているがやむを得ないし、予想した通りだった。

 第三軍が攻め入った地域はほとんど一般庶民が暮らしており、光の女王の熱狂的な信者は少ない。それゆえに力を示し、飴をなめさせればそれほど困難なく闇の王に鞍替えさせられた。

 しかし、こっちは事情が異なる。この地方における光の女王信仰の中心たる大寺院を含んでおり、信者が多く、中には狂信者と言える者も少なくない。信仰を変える事そのものは全く難しくないが、変えようという気にさせるまでが困難なのだ。抵抗も激しい。第一軍と第二軍を連合させたのもそのためだ。


 第三軍の統治が順調に進めば、兵を割く事も考えたほうがいいだろう。

 また、他の将軍に支援を頼んだほうがいいかも知れない。不名誉ではあるが、闇の王の下僕として、自分の功績など考えていてはいけない。いつまでも戦争を続けてはいられないのだ。戦闘そのものはできるだけ早く決着をつけねばならない。

 その点を今日の会議に諮ってみよう。


 クツシタはいつの間にかどこかへ行っていた。城の探検か、庭の討伐か。好きなようにすればいい。


 昼食の後、遠隔通信用の水晶玉を四つ用意させた。一つは送信用で自分の前に置き、三つは受信用で、それぞれが着席しているかのように会議卓に置いた。これらは、通信紙ではなく、顔を見ながら同時に会話したい時に使う。


「こちらアイルーミヤ。映像と音はどうですか」

「正常」

「来てるよ」

「問題なし」


 四人がそれぞれ通信を確認し、会議が始まった。議事録は水晶玉のそばの紙に自動的に浮き上がってくる。


「今日の議題はお知らせした通り、光の女王の寺院攻撃に関する事です。狂信者の抵抗は思ったより頑強で、我が連合軍は苦戦しています」


 西部方面のルフス将軍は正面で黙ったまま眉をしかめた。

 彼は一番年長で、五百年前の考えをそのまま引きずっており、弱音を吐くことを嫌う。また、戦いの技術に秀でており、封印が解けるとあっという間に自分の担当区域を取り戻してしまった。

 しかし、その後の統治はお世辞にも見事とは言えない。アイルーミヤ将軍のもとには、小規模な反乱が続いているという調査報告が届いている。


「状況は知っているが、光の女王の軍隊など蹴散らしてしまえばいい。どうせ装備は昔のままなのだろう?」

 左から軽い口調でフラウム将軍が言う。南部を担当するが、いつもこの調子だ。

 彼はすっかり変わってしまった。前と違い、すべてを軽く考える。これは欠点のように見えるが、アイルーミヤ将軍はそう捉えてはいなかった。どんなに有利であろうが不利であろうが、状況を常に一歩離れた所から見ている。戦闘、統治いずれの能力も四人の中では目立たないが、違った視点を持つという点に一目置いていた。


「確かにフラウム将軍の言う通りだな。光の女王は『安定』を象徴するとは言え、まさか五百年前と同じ装備、同じ戦術を使っているとは思わなかった。国同士もばらばらでほとんど結束していないし、狂信者だろうが何だろうが、アイルーミヤ将軍なら押し切ってしまえばいいだろうに」

 ローセウス将軍が右手から落ち着いた声でフラウム将軍に同意した。彼女は北部を担当しているが、戦闘よりも交渉で相手を寝返らせるのが得意だ。担当区域のほとんどをそれで手に入れてしまった。

 アイルーミヤ将軍は、自分に最も近い考え方をするのはこのローセウス将軍だと思っている。


「ええ、一気に圧し潰すのは簡単です。しかしその場合、他と違って狂信的であるため、彼らの大半を虐殺し、建物や畑、家畜などの資源にかなりの損害が出ます。何もない焼け野原を占領しても陛下はお喜びにならないでしょう」


「それでも陛下に所属しない土地があるよりはいいだろう? 包囲だかなんだか知らんが、ただ前線でじっとしているのは軍の仕事ではないぞ」

 ルフス将軍が厳しい口調で言う。


「で、アイルーミヤ将軍としてはどうされるおつもりですかな」

 からかい混じりに言うフラウム将軍を、ローセウス将軍が睨んだ。


「包囲によって戦意喪失を狙い、交渉に応じさせるつもりなのは変わりません。今後の計画として、さらに封鎖を確実にするため、第三軍から兵を割く予定ですが、状況によっては皆の力をお借りしたい」


「ほう。よくよくの覚悟ですね」

 さすがのフラウム将軍も驚き、真剣な表情になった。ローセウス将軍も同様に驚きと感心の混じった顔を向けてくる。逆に、ルフス将軍は顔を背けてしまった。


 アイルーミヤ将軍はこの反応を予想していた。将軍ともあろうものが手を借してほしいと言う。常識外れでみっともなく、将軍の資質を疑われかねない発言だった。

 しかし、それはもう議事録に記載されてしまい、取り消しようがない。

 だからこそ、アイルーミヤ将軍の決意は他の三人に良く伝わっただろう。名誉とか恥とか、個人の功績など考えてもいないということだ。


 三人とも、アイルーミヤ将軍の発言をじっと噛み締め、考え込んだ。


『にゃあ』


 三人の顔に戸惑いと疑問が浮かんだ。一人の顔はこわばった。


『みー』


 アイルーミヤ将軍は視界の隅を黒い尻尾が横切るのを見た。何で? 執務室は締め切ったはずなのに。


『ぅにゃ』


「その、後ろの黒いのは猫に見えるが、間違いないかな?」

 ルフス将軍がからかうように言うと他の二人は吹き出した。


 クツシタは積み上げた箱に乗って顔を洗っている。


「あ、いや、これは、あの、鼠、鼠がでるから。それで……、すまない。一時通信を切る」


 彼女は自分の前の水晶玉に覆いをかぶせ、振り返るとクツシタをつまみ上げた。


『みゃみゃみゃ』

 抗議するクツシタを無視して寝室に放り込み、そこらの皿に水と昼の残り物を盛って閉じ込めた。

「おとなしくしてなさい」


 深呼吸。表情を整え、水晶玉の覆いを外して通信を再開する。三人はアイルーミヤ将軍の澄ました顔を見、何かをこらえているような表情になった。


「援軍の件、了解した。要請あり次第送ろう」

 ルフス将軍がまっすぐ彼女を見て言う。


「こちらも了解。早めに落としましょう」

 フラウム将軍は手を三角に合わせて静かに答える。


「私も援軍について了解した。しかし、できればアイルーミヤ将軍のみで片付けるべきだと思う」

 ローセウス将軍は厳しい言葉を微笑にくるんで言った。


「皆、感謝します。必要になり次第要請します。では、会議は以上です。お時間ありがとうございました」


「すまぬ、最後に一ついいかな?」

「どうぞ、ルフス将軍」

「名前は?」


 アイルーミヤ将軍は一瞬間を置いて答えた。


「クツシタ、です」

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