三、寺院攻略

 最前線とは言っても、周囲の自然の様子は城の周りとさほど変わりはない。

 アイルーミヤ将軍は兵たちの敬礼を受けて馬から降り、司令部として使っている家に入った。農民の大きめの家を徴発したが、様式などは五百年前そのままだった。

 光の女王はごくわずかな変化も起こしていない。調査では人口も横ばいのままほとんど増減していない。農業などの生産性も古記録のままだった。

 変わったと言えば川の流れくらいだが、住民に聞いてみると、人工的なものではなく、過去の天災のせいらしい。


 家の中では第一軍のネーロー司令官と、第二軍のアテル司令官が待っていた。将軍の出馬に緊張している。

 それから他の将軍たちから派遣されてきた副官三人。こちらはさほど緊張していない。彼らは戦況を見守り、アイルーミヤ将軍の要請があり次第、それぞれの援軍を受け入れる準備を行う。


「着席。楽にしてくれ」

 全員が戦闘時礼装のため、金属の当たる音や、革のこすれる音をさせて着席した。特にアイルーミヤ将軍は正装なので一段と騒がしい。黒鉄の鎧兜は曇りなく磨き上げられ、それを闇の王とアイルーミヤ将軍の紋章を染めた金と赤の帯と紐が飾っていた。腰には彼女の身長に合わせて作られた儀礼刀と短剣が漆黒に染められた革帯で留められている。


 皆が姿勢を正し、将軍に注目する。その視線を感じつつ、鬼神を模した兜を脱ぐと、束ねた黒髪から香油の香りが漂い、戦化粧で整えられた白い顔が現れた。


「皆、慣れぬ包囲戦ご苦労である。報告を読むたび、兵たちの忠実さ、勇敢さに感謝している」

 アイルーミヤ将軍は一息置き、会議卓の全員を見回して言う。

「だが、包囲戦を選択しておきながら矛盾することを言うようであるが、長期化は避けたい。ネーロー司令官、交渉はどうなっているか、今だに緒もつかめないか」


「は、山頂の寺院にこもったまま、呼びかけを無視し続けています。麓にて水も漏らさぬ包囲を行い、補給は止めているのですが音を上げません」

 指名されたネーロー司令官は即座に返答する。


「貯蔵されている水や食料はとっくに尽きているはずではないのか」


 アテル司令官が横から答える。

「それは私がお答えします。現在寺院内には僧四十五人、逃げ込んだ信者百二十三人が立てこもっていますが、こちらの計算では蓄えがなくなってから十日はたっております。食料はともかく、水無しで過ごせる期間ではありません」

「隠し井戸でもあるのか」

「そのように推測されます。事前調査が行き届かず申し訳ありません」


「それは仕方がない。開戦まで時間がなかったのは分かっている。そやつら百七十人弱の人間はぜひ一人も欠けることなく手に入れたい。それだけの信仰の力があれば陛下復活やその後の力の充実にかなり役に立つ」

「私もそのように考えます。しかし狂信的な僧については犠牲もやむを得ないかも知れません。こちらの兵力は二百五十。戦闘できる敵は僧だけとすると圧し潰すに十分な数です」

 ネーロー司令官が言った。


「それも選択肢には入れている。だが、最後の選択肢だ。アテル司令官、奴らの年齢構成は分かるか」

「は、完全ではありませんが」


 そう言って、アテル司令官は会議卓に調査報告を拡げ、統計の部分を指差した。アイルーミヤ将軍はざっと目を通す。


「子供と老人を保護すると提案を行え」

「切り崩しですか」

「そうだ。それから第三軍の兵を割き、他の将軍に援軍を要請し、こちらは千人程度の集団にする。装備はできるだけ大げさに、必要ないが投石機など攻城兵器もそろえてほしい」

 アイルーミヤ将軍は副官たちの方を見た。彼らは頷く。

「保護をちらつかせ、大群で威嚇を行い、奴らの結束を乱す。逃げ込んだ信者をまず切り離したい」


「保護の勧告書は私が書こう。通信紙を」

「いえ、通信紙は……」

 アテル司令官は困った顔をしている。アイルーミヤ将軍は以前の報告を思い出した。

「ああ、そうか、魔法防御か。そうすると、普通に手書きして、矢か何かで送らないといけないか。まったく」

 五百年前の技術だが、魔法防御はその単純さから今でも有効なものの一つだった。単に影響範囲内の魔法を無効化するに過ぎない。もちろん、敵も同様で、魔法防御を作動させた以上、信仰の中心でありながら、光の女王に由来する強力な魔法を使えない。


「書記を」

「ここにはおりません。申し訳ありません」

「なら私が書く。読めるくらいの字は書ける」


 将軍はその場で未成年と高齢者保護の申し出を仕上げると封をしてアテル司令官に渡した。我ながら下手な字で、書写が日常の僧からすれば冷笑ものだろうなと自嘲した。

 それは部下に渡され、日が傾かないうちに寺院に射られた。


 また、将軍は通信紙に正式な援軍要請を口述し、第三軍司令官と、他の将軍三人にそれぞれ送信した。

 司令官たちと、将軍の副官たちには援軍の受け入れ態勢を取っておくよう指示した。


 翌朝、寺院から返事が届いた。将軍自らの交渉には効果があったようで、保護の申し出を受け入れるとあり、時刻を指定していた。

 アイルーミヤ将軍は直ちに了承の合図を送り、非武装の兵を迎えに差し向けた。


 憐れになるくらい怯え、落ち窪んだ目を下に向け、あたりを見回そうともしない五十三人が、臨時に作られた天幕の下に座っている。

 彼らは当分元の家には返せない。寺院内の状況を知るために事情聴取を行うのと、他の勢力と連絡しないようひとまとめにして監視をつけるよう指示した。


「水と食料を十分に与えよ。それと医療もだ」

 ネーローとアテル両司令官に命令した。

「はい」

 見ているのが辛い光景だが、ネーロー司令官はできるだけ感情を押し殺して返事をした。


「嫌なものだな。飢えた人間か」

「光の女王は何をしているんでしょうか。苦しむ信者を救わないのですか」

 アテル司令官は感情を隠さなかった。


「個々の信者には感心はない。それが光の女王だ。世界全体が総合的に安定さえしていれば良いと考えている。まだ復活もしていない陛下の軍が大陸のごく一部に広がったからと言って介入はしないだろうな」

「余裕ですね。光は」

「それはそうだ。我らが陛下は強力だが、一度は封印された事を忘れてはならん。油断禁物だぞ」

 アテル司令官と、話を聞いていたネーロー司令官は驚いた。アイルーミヤ将軍はどういう存在なのだろう。人の姿を取ってはいるが、五百年前闇の王とともに封印された内の一人だ。神ではないし、鬼のような伝説上の怪物でもないが、何かそれに近い存在に違いない。

 それにしても、闇の王に対してああもあけすけな事を言うとは、恐れ知らずなのか。


 翌日、元気を取り戻した者から事情聴取が始まった。同時に、闇の王の信者となるよう説得と教育も始まった。

 さらに、寺院内への呼びかけが行われた。子供が親に会いたがっている、老人が息子や娘に会いたがっている、と。


 その内に援軍が到着し始め、麓は騒がしくなってきた。特に、アイルーミヤ将軍が要請した攻城兵器がわざと、山頂の寺院からよく見えるように配置され、これみよがしに訓練を行った。


 事情聴取によると、やはり隠し井戸はあった。逆に食料の備蓄は予想していたより少なかった。子供や体の弱い者に回していたとは言え、寺院内の草木や傷んだ食べ物も配給されたとの事だった。


 そして、僧たちは、闇の王の配下はすべてを焼き尽くし、生けるもの皆殺し尽くすと言っていたらしい。


 その報告を受け、アイルーミヤ将軍は苦笑した。五百年前だな。間違ってはいない。たしかにそんな戦い方だった。今でもその記憶が伝えられているのか。


「残った者たちへの呼びかけは厄介だな」

「はい、それについて提案があります」

 将軍はネーロー司令官に頷いた。

「こちらで保護した老人の中で、回復した者に降伏の勧告と食料を持たせて返しましょう」

「それがいいだろう。勧告は私が書く。使者を選んでくれ」


 夕日があたりを赤く染める頃、勧告書を持った老人と食料を積んだ荷車が寺院のそばまで運ばれた。

 すぐに僧と老人の間で会話が始まり、やがて寺院内に収容された。


 翌朝、避難した住民全員が寺院を後にした。途中まで下山した所で、ふらつく彼らを兵たちが保護した。


 昼頃、魔法防御が解除され、全軍に緊張が走った。


 しかし、何事も起らず、子供のような若い僧が十人、虚ろな目で投降した。


 その僧たちから事情を聞き、開け放ったままの門から侵入した偵察隊は、残りの僧が全員自決しているのを発見した。それぞれの自室で、魔法攻撃によって自らの首を刎ねるか、胸を貫いていた。傷口は焼かれており、血はほとんど流れていないきれいな遺体だった。


 報告を受けたアイルーミヤ将軍はただ寺院を見上げていた。


「皆、大儀であった。戦闘はこれで終わる。しかし、これより、もっと厳しい統治が始まる。この地方の者たちを正しい信仰に導いてほしい」

 司令官二人と副官たちは深く頭を下げた。


 将軍は翌日から三日かけて寺院を含む主戦場を回り、敵味方双方の死傷者を見舞い、兵たちを激励し、援軍の帰還を見送った。


 そして、来た時と同じように自分の城に帰っていった。

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