アイルーミヤの冒険
@ns_ky_20151225
一、鳴き声
発:東部方面鎮護将軍アイルーミヤ
宛:第三軍司令官ノーウル
件名:占領地の治安維持および統治について
大いなる闇の王の下、貴官の日頃の働きには感謝している。
また、この度の勝利を誠にめでたく思う。これは貴官の勇猛果敢なる作戦行動による所が大きく、その点には満足している。
しかしながら、占領軍による、治安維持および統治計画を逸脱する行為が頻発しているとの情報がある。
具体的には略奪、無差別な破壊行為、裁判によらない処刑などである。
貴官も承知しているだろうが、これらは治安維持および統治計画のいずれにも含まれていない。即刻対応し、当初計画通りの統治を行うよう命令する。
前回の通信を繰り返すが、降伏を受け入れ、占領した以上、その地のすべては『大いなる闇の王』に所属する。復活の日まで、我らはそれらを預かっているに過ぎない。
よって、財産の略奪、破壊は許されず、また、人間を含む知性ある生物に対しては陛下に従うよう適切な教育を施さねばならない。
貴官が戦闘と同じく、統治においても私を満足させてくれることを強く期待する。
署名:大いなる闇の王の下僕 アイルーミヤ
アイルーミヤ将軍は一息つくと、通信紙に今口述した通りの内容が書き込まれたか読み直した。
なんとか使えるようにした執務室には茶の香りが広がっている。長きに渡る放置と戦闘で城は破損し、まだ修理や片付けは終わっていない。
ここら辺はやっと静かになったが、最前線や占領地はそうはいかないだろうな、と茶を一口飲んだ。
内容の確認が終わると、将軍は紙の端を指で弾いた。そこから煙のない炎が燃え広がり、通信紙を焼き尽くし、宛先に送信された。
これでノーウルも反省するだろう、とアイルーミヤ将軍は茶を飲みほした。まったく、占領後には飴をなめさせておけとあれほど言っておいたのに。
しかし、これは我ら全体の欠点でもある。戦いは勇敢だが、統治が稚拙すぎる。奪って壊して殺す。そんな事だから五百年前に皆まとめて封印されたんだろう。
彼女は窓を開け、夜風が長い黒髪を撫でるのを楽しんだ。
今度はそうじゃない。光に従う奴らが、闇の王の下僕となる。昨日は我らだったが、明日封印されるのは光の女王だ。
『みー』
「何?」
アイルーミヤ将軍は外を見回した。月明かりはなく、人里離れた城の庭は真っ暗だった。
『みー』
近い。窓の下だ。
黒い、小さな塊がもぞもぞしているのが漏れた明かりでなんとか見えた。鳴かなければ気づかなかっただろう。
「猫か。小さいな」
一匹だけだった。親とはぐれたのだろうか。彼女は呪文を唱えて額の目を開く。軽く付近の生命探知を行ったが、猫程度の大きさの生き物は他にはいなかった。
「お前、どうした? 一匹か」
『みー』
声に気づいた仔猫は彼女の方を向いて鳴いた。そのため、声が大きく聞こえた。かすれていて、『みー』という声に『ひー』という音が混じっている。
彼女はどうしようか迷った。放っておいてもいいが、あの声の様子だと長くはもたないかも知れない。残り物でも投げてやろうか。いや、そのくらいならいっそ、入れてやった方がいいか。
とりあえず、今夜だけ。明日になったら執事に言って引き取り手を探させよう。
それに、あいつは黒猫だ。闇の色をしている。吉兆だ。助ければ縁起がいいかも知れない。
簡単な呪文をつぶやき、引き寄せるように手を振ると黒い毛玉が手の中に飛び込んできた。空中浮遊してびっくりしたのか、鳴くのも忘れてきょとんとしている。
その顔を見て彼女は笑った。声を出す笑いは久しぶりだった。
「なんだ、お前全身黒じゃないのか。靴下猫だ」
手足の先と、腹に白い部分があった。目の青さは薄れて黄色くなりかけているので、そこそこ育った仔猫らしい。これなら肉をやっても大丈夫だろう。
彼女は猫をテーブルに降ろし、夜食の鶏肉を小さく刻んで与えた。猫は肉を用心深そうに嗅いでから食べ始めた。
「そんなにあわてて食うな。誰も取らないよ」
小皿に水を入れてやると勢い良く飲んだ。
「お前、どこから来た? 歩いてきたんじゃないだろう? 荷馬車にでも紛れてきたのか」
『みー』
「まあいい。今夜だけだぞ。食べたら好きな所で寝ろ」
靴下猫はよく食べ、よく飲んだ。終いには心配するほど腹がぽっこり丸くなった。
食べ終わるとそわそわしだし、そこらを嗅ぎ回り始めた。なんだろう? 少し見ているうちに、何事かわかった彼女はあわてて藁屑を詰めた箱を作ってやった。
そこに靴下猫を連れて行くと、ふんふん嗅いだ後に用を足した。
執事や召使はもう休んでいるし、わざわざ起こすまでもない。汚物と汚れた藁屑を便所に捨てて戻ってくると、靴下猫は毛づくろいをしていた。まだ不器用で、丸くなった腹のせいで時々転げていた。彼女は書類をめくりながらその様子をちらちら見ては微笑んでいた。
「おい、もう寝るぞ。来るか?」
『みー』
彼女は靴下猫を連れて寝室に入った。猫には、さっきの箱と同じ物を、今度は寝箱として作ってやった。さっきの箱も隅に置いておく。好きなように寝たり、用を足したりすればいい。
「おやすみ」
『みー』
朝方、靴下猫が彼女の横に潜り込もうとしてきた。彼女は夢うつつで、好きな所で寝ろって言ったしな、と思い、猫を入れてやった。暖かで柔らかくて、喉を鳴らす音が心地よかった。
「閣下、お早うございます。朝をお持ちしました」
いつもの時間に起床し、着替えを終えた頃、執事が執務室の扉の外から告げた。
「お早う。入れ」
執事が扉を開け、数人の召使が朝食を運び込み、前夜の夜食を下げた。城の食堂はまだ使える状態ではない。当分執務室で食事するしかなかった。
『みー』
靴下猫が鼻をひくひくさせながら寝室から出てきた。
「閣下、これは?」
「猫だ」
「そのようですが、何か持ってきましょうか」
「頼む」
執事が目配せすると、召使の一人が部屋を出た。
「お飼いになるのですか」
「昨日の夜見つけた。親もいなかったし、一晩だけのつもりでな」
「では、私が連れてまいりましょうか。補給の商人にでもやりましょう。鼠除けにいいでしょう」
『みー』
「いや、待て。やはり私の下に留めておく。鼠除けになるのであればちょうどいい。これからも書類が増えることだし、かじられてはかなわんからな」
「かしこまりました。そのように」
彼女が朝を摂っていると、靴下猫の朝も届いた。切り落としの肉で、調理はしていない。猫にとってはその方がいいらしく、昨夜より食いつきが良かった。
「昨日も言っただろ。あわてるな」
『みー』
開け放った窓から朝の風が入ってくる。今日はいい天気になりそうだった。
「お済みになりましたか」
「ああ、済んだ」
召使たちが空いた皿を下げ、掃除をする。靴下猫は手伝うつもりなのか邪魔をするのか、箒やはたきにまとわりついている。
「閣下。あの猫はなんと呼べばよいのですか」
「そうか、そう言えばまだ名前をつけていなかった」
『みー』
「よし、お前はクツシタだ。クツシタ、な」
「クツシタ、でございますか」
『みー』
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