□□□14
サイジョーの部屋に四人で集まるのは五年ぶりだった。
「これ、片付いていってるのか?」
「ちょっとずつだけどな。……悪い、希一郎。これ読んで」
疑問を口にした希一郎に、自分では読み取れなかった原稿用紙を押し付けた。
またかよと言いながらも、みかん箱で作った作業台に載せて読み始めていくあたり、かなり役割が馴染んできたように思う。
サイジョーの原稿を整理するのは、分かっていたとはいえかなり骨が折れた。
デジタル媒体で執筆し始めたのは大学に入ってからで、ほとんどが紙の原稿。劣化の進んだものもある。
同じ話でも、大量のエピソードに分かれていたり、時間が経った後で焼き直したと思われるものも多い。つまり、バージョンが複数あるケースが多いのだ。
それらを含め、基本的に時系列順になっていないのも手数を増やす要因だった。
俺と松馳でざっと仕分けをし、読めないものは希一郎が判読して、華凜が記憶と擦り合わせながら分類していく。
気が遠くなりそうだった。
しかし、この中から、問題の原稿を見つける。
いや、見つからないかもしれない。
なんらかの方法により、あのアカウントの主が原稿を持ち出していたなら、それはもうここにはないから。
でも俺たちはそんなことはないと思っている。たとえ古いバージョンだとしても、なにかが残っていると。そう思わなきゃこんな量、捌ききれない。
ただでさえ、読みふけってしまうんだから。
原稿に目を通し、系統別に分けていく。それだけなのに全然進まない。
「しかし、ここまでの量を一気に見せられると悔しくなってくるな」
急に松馳がそんなことを言って、集中が切れた。
時計を見れば、もう昼を回っている。五時間以上もやって、ようやく一箱の半分。
まあ、部屋に散らばっていた原稿からやっつけているから、一箱分くらいは終えたのかもしれないけども。
「さすがサイジョー、恐れ入る、ってか?」
「そうそう。こんなに色んなもん、よく書くよ。びっくりする」
「お前だって結構色々書いてるだろ。あのエセ時代劇のやつ、好きだぞ」
「梓河あれ読んでくれてるのか」
「俺も読んでるけど」
「希一郎も? ……華凜は?」
「ごめん、あたしそういうの好きじゃないから。でも一話だけ読んだよ」
「もうそれで十分、ありがとう!」
「でもお前、あれの悪役はちょっとベタすぎるだろ」
「いいんだよ、時代劇は王道パターンがあるんだから」
思えば、こんな会話をするのも久しぶりだった。
いつも飲みながらこういう話をして、酔って、笑って。
「あー、もう無理、腹減った。飯にしよう」
「賛成。これ急いだって何日もかかるから、どうせなら楽しくやろうよ」
希一郎と華凛の集中も切れたところで、俺たちは買い出しに出た。
違うのはサイジョーがいないだけで、まるであの頃と同じように。
そして作業場を汚さないように外で立ち食いして、また作業に戻る。
結局その日だけではなにも見つからなかった。
ただただ、サイジョーの懐かしい文章に心地よく酔いしれただけ。
もちろんその後も全員が時間の許す限り作業を続けた。
俺はサイジョーの部屋に泊まりこみ、単発の仕事は断って、定期仕事もサイジョーの部屋でやるようになった。
束ねられた原稿だからといって必ずしも繋がった内容ではなく、同じ原稿用紙に異なる話が載っていることもある。幼いころのものは更にめちゃめちゃで、書ききらずに終わっているものまで出てきた。
一方で深水さんは一日おきに連絡をくれている。
あの人の調査能力もなかなかのもので、既に例のアカウントの持ち主が誰かに迫りつつあった。
というのもこのアカウント主、個人で同人誌を作って通販を始めたというのだ。
そしてこれがまた売れている、らしい。
そのおかげで、深水さんが得られる情報がぐんと増えたのだった。
とはいえ、いくら迫れたところで証拠がなければ問い詰められはしない。
俺たちの仕事の成果次第というところまできていた。
三度目の週末を迎え、四人揃っての作業が続く。
今日新しく手をつけた箱は割に最近のもので、プリントアウトされたものが綺麗にファイリングされていて見やすいのだが、両面ぎっしり小さな字なので目が滑りやすいこと。
かと言ってじっくり読めば時間が溶けるしで、難航していた。
初日から引き続いての劣化原稿用紙の手書き小説もまだ山積みで、いっこうに終わりが見えない。
集中が切れたらそれぞれ勝手に休憩を取るようになって、不意に華凜が声を上げた。
「ねえねえ、これ、なんだろ?」
覗きこんでいたのは床下収納だった。
俺たちが好き勝手に持ち込んだ酒類を詰め込んで置いていた場所。
「なにって、床下収納だろ」
「それは分かってるよ。そうじゃなくて、なんか奥に持ち手があるんだよ」
収納の底、指差す方向には確かに指をかけられそうなところがある。
華凜の手では届かないそれに希一郎が代わりに腕を伸ばしたが、角度的に捉えきれない。
仕方なく身軽な松馳が収納の中へ入って、えいやと引っ張る。
と。
床下収納の一方の壁が剥がれた。
「えっ、なにこれ。えっ、おれ壊した?」
「違う、食器棚の下も収納だったんだ。松馳、これで照らしてみろ。何がある?」
スマホのライトアプリをオンにして渡せば、松馳はそれを頼りに奥へ進んでいき、一分ほどで顔を出した。
「……みんな、残念なお知らせだ」
「なに?」
「……ここにも原稿がある」
しかしそれは実は残念なお知らせなんかではなかった。
食器棚を動かして正攻法で開いてみれば、床下にしまわれた原稿には丁寧にナンバリングがされていたのだ。
そのどれも、かつてサイジョーが賞を取った作品。
サインと、日付と、そして受賞通知の書面をセットにして、丁寧にしまいこんでいた。
それらの草稿まで一緒にされているので多く感じたが、実際はそんな驚くほどの数はない。
完成された原稿はやはり段違いに面白く、よりいっそう読みふけることになった。
「床下のはこれで最後かな」
全部で三箱出てきたうちのラストひとつを開けると、他とは少し様子が違っていた。
なにやら封筒にしまわれている。
「待ってそれ、開けちゃだめ」
なんとなしに手に取って封を切ろうとしたのを、華凜に言われて止めた。
ひったくるようにして奪われたその封筒には、表に紙が貼られている。
文言で一番大きく書かれているのは、著作物の存在事実証明。
一瞬理解ができなくて、ただし無事に思い至った。
「……サイジョーめ、抜かりないが詰めが甘い」
変な笑いが出た。
著作権は、原則的に著作した瞬間に発生する。
ただし、未発表原稿の著作権についてまともに争えるかと言われれば、かなり微妙なところである。作者と書かれた日付の二点を固定するのが困難だからだ。
それを公に主張するための方法の一つが、著作物の存在証明。
いつ誰が作成したものなのかを明記して、公証役場の確定日付によって封印する。
「これなんか聞いたことあるな。実物見るのは初めてだけど」
「さすがサイジョー、こんなもん金かけて取ってたのか」
希一郎と松馳が他の封筒も手に取って、それぞれに感嘆した。
俺も驚いた。
ここに置いていたということは、隠していたということで。
サイジョーは、自分の原稿に並以上の執着を持って向き合っていたということで。
「で、この中身はどうやって確かめればいいんだ?」
松馳が封筒を透かしてみるが、残念ながらCD-ROMは透けないのだ。
「待て」
「なに、梓河?」
「それ、なんか書いてないか?」
封筒の裏、うっすら書かれているようにも思えるそれを、希一郎にパス。
読解に長けた男が読み上げたのは――さっきまで俺が目をしょぼしょぼさせて繰っていた、あのファイル束の中のひとつを示す記号と数字。
俺が慌てて反転し、箱を漁ったのは言うまでもない。
しかしなあ、サイジョー。
そういうことこそ遺言書に書いといてくれ。
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