■■■13
深水氏と会った翌日の早朝、俺はスマホの振動音で起床した。
早番の日のアラームでも作動したかと思ったが、画面に表示されているのは梓河の名前。
出るか出ないか悩んでいるうちに華凜が隣でもぞもぞし始めたので、起こさないようにベランダへ出て通話ボタンをタップする。
「まだ五時だぞ、何の用だ」
五時とか始発動いてるだろなどと言う梓河に、いいから用件を話せと急かす。
十二月の鴉原はかなり冷え込む。寝巻きのまま出てきてしまったので、さすがに寒い。
だからさっさと簡潔に話してほしかったのだが、話自体にボリュームがありすぎて無理だと分かった。
中で布団にくるまりたいところだが、あいつを起こしてしまうのは忍びない。
結局たっぷり一時間弱も話を聞かされ、冷え切った身体で部屋に戻った。
ベランダの鍵をかけると同時に、小さなくしゃみの音。華凜だ。
気をつけてはいたのだが、やはり冷たい外気が入り込んでしまったのだろう。
自分のくしゃみで起きてしまったらしい華凜が、ぼんやりと周囲を見回している。目はまだ半分寝たまま。
「きいちろう……?」
「ごめんな、まだ寝てていいぞ」
俺と違って、華凜はきっちり土日祝日が休みだ。
土曜は俺も公休日だから、今日一日はゆっくりしていたっていい。
「ううん、もうおきる」
言う割に起き上がろうとはしない華凜は、布団をかけ直してやっても目を閉じなかった。
「まだ六時前だから。ほら、寝てろ」
「いい。だって、梓河のとこ行くんでしょ?」
目をこすりながら上半身を起こし、そんなことを言った。
「……なんでそれ」
「さっきの電話、梓河でしょ。途中であたしにもLINE来たよ」
華凜が布団からスマホを引っ張り出してきた。
充電していないせいで電池残量が赤い。その画面には、五時半ごろから送られ始めたメッセージが続いていた。
なんだよ梓河、今回は俺から言わせてくれないのか。
「で、どうすんだお前は」
見たところ、まだ華凜は返事をしていない。
「そりゃ行くよ。だって、サイジョーの運命を変えられるかもしれないんだもん」
言って、返事を打ち始めた。
まあ、そう答えるのは分かっていたけど。
梓河長い話を要約すればこうだ。
『サイジョーの運命を俺たちで変えよう』
盗作疑惑の輩を突きとめよう――という話ではもはやなかった。
もちろん、パクリ野郎について調べはする。
でも、それが全てではない。最終的な目標は、サイジョーが本当に自殺かどうかを徹底して検証すること。
俺たちが意識的に避けてきた、その部分の確定を完了させる、こと。
「で、お前はどんな作業割り振られたの」
「サイジョーが話してくれたストーリーをまとめて書き出せって書いてある」
既に了解の返事を送った画面を見せてきた。
もし問題の輩が本当にサイジョーの原稿をパクっているとして、そもそもいかにしてサイジョーの原稿を手に入れたのかということになる。
が、俺たちはまだその問題の作品がサイジョーのパクリなのだと証明することさえできない。なぜなら、元になったであろうサイジョーの原稿を見つけられていないから。
サイジョーの作品に関する著作権は、全て梓河が引き継いでいる。あらゆるものの遺贈先を遺言書によって指定したサイジョーは、発表済みのものもそうでないものも全ての原稿を梓河に託した。
遺言書に書かれていた表現をそのまま使えば、『斎城飛鳥または斎城梅雪の名義で書かれた全ての原稿』について著作権を遺贈したわけだが、これが厄介だった。
サイジョーの遺した原稿は、すぐに見つかっただけでも段ボール三十箱を超えている。
おまけにサイジョーには昔の原稿をやたら掘り出して焼き直す癖があって、そこらじゅうで原稿の雪崩が起きていた。
最初こそ梓河が目録でも作ろうと試みたが、そのあまりの多さと辛さに中断して久しい。
それを再開するにあたり、探すヒントとして頼れるのは華凜の記憶になる。
「じゃあ、とっとと支度して行くか」
「うん」
華凜は泣きも震えもしなかった。
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