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「あんなことを言って誘ったけど、結局追加取材がしたいだけなんだよ。だから嫌なら帰ってもらっていいからね」

 鴉原駅近くのシェリー酒専門店で手早くオーダーした後、深水さんはそう謝った。

「いや、気づいてましたよ。俺ももうこの仕事五年近くやってますから、よく使う手段です」

 まんまと騙されておいて言うようなことではないが、五つも上の先輩相手ならまあいいかと思えていた。それも、明らかな格上だ。

「専門はなんだっけ?」

「何でも屋ですよ。最近は書くより喋る方が多いですけど。……煙草、いいですか?」

「どうぞ、私もいただくから」

 深水さんはこの店をさも穴場のように言ったが、実は俺のよく知る店だった。

 というか、去年ルームシェアしていた奴が働いている。今日は運よくシフトに入っていないようだが、別れ方が汚かったのであまり顔を合わせたくない。

「で、なにを喋りましょうか」

 煙を吐き出しながらの問いはストレートに打ち返された。

「まずはじめに、オレの独り言を聞き流してほしいんだ」

 俺たちの間にグラスが置かれた。

 ベネンシアドールの説明によれば、オロロソ・ファラオン。

 独特の香ばしい風味が口腔に広がる。

「……実はね、斎城ちゃんのことはずっと追っかけてたんだよ。中学上がった頃からかな、ああこの子はええ書き手になるなあって」

 深水さんは、サイジョーのことを親しみを込めて斎城ちゃんと呼んだ。市民文芸の表彰式でサイジョーを見て以来、ときどきこっそりと近づいては様子を見ていたのだという。

 直接話してみたいのを抑えて見守っているうちに、サイジョーはひとりになり、そして俺たちと出会った。

「同郷の先輩として、色んなことを話したかった。デビューしてくれれば、口実を作っていくらでも喋りにいける。ストーカーまがいのことなんかしなくてもよくなる。それを楽しみにしていた矢先の自殺報道だった。正直、悔しくて泣いたな」

 五年前海外にいた深水氏は、日本での報道を数日遅れで入手していた。

 サイジョーの死は向こうで手に入る新聞ではほとんど載らず、地元誌の鴉原新聞にだけは少し大きな記事が載った。

 あの頃は手続きで精いっぱいで、俺はろくに見てなかったけど。

 深水さんはサイジョーのことを題材にしようと思った時期もあったものの、仁川梓がやるだろうと判断してやめたそうだ。

 それはちょうど俺がライターの仕事を始めた頃と重なる。

 俺だって書こうと試みたこともある。でも、なにも分からないこの状態では書けなかった。

 サイジョーの作品集でも作ってやろうかとも思ったが、原稿の整理の時点で手に負えなくなり、やめた。

 触れない方がいいかもしれないと思い始め、自然と俺たちはサイジョーのことに限らず、昔のことを話題にするのをタブーとした。

 多分、怖かったのだ。

 あいつのものを全て片付け終えたら、俺たちの中でサイジョーの時間が止まってしまう気がするから。

「まあ、あの子は色々抱えてたから、自殺も仕方ないかなって思ったよ、当時は。でもさあ、ああいう亡霊みたいなのが出てくると……改めて考えるよね」

 サイジョーと最後に会ったのは俺だ。

 デビュー作の授賞式から帰るときのことだ。鴉原へ帰るサイジョーがのぞみに乗るのを見送って、俺はあさまに乗った。

 東京駅で東海道新幹線のホームへ消えていくサイジョーの後ろ姿を思い出す。

 サイジョーが死んでからずっと、この映像が繰り返し俺を襲う。

 どうしてあのとき、サイジョーをひとりで鴉原に帰してしまったのか。

「深水さん」

「うん?」

「多分、俺は逃げてたのかなって思います。もう五年近く経ってるから調べようもないなんて言い訳に隠れて、きっと知るのが怖かっただけで、その、」

「ん」

 無言で火が差し出され、俺の二本目の煙草に火を点ける。

 その隙にペドロ・ヒメネスが二杯追加で注文された。

「今回、深水さんが希一郎と華凛に接触したとき、俺はすぐに飛びつきました。それで、みんなと連れ立ってあなたを問い詰める計画を立てた――本当なら、俺ひとりでやりゃいいものを」

 結果的に騙されていたとはいえ、やはり同業者だ。

 俺のいつものやり方でアプローチしたってよかったのに、そうしなかった。

 それは、ひとりで抱え込むのが怖かったからだ。

「俺は、サイジョーのことをちゃんと知りたい。でも、本当のことをはっきりさせたら、そこで俺たちのサイジョーが完結してしまう気がするんです。一方で、あいつを真似た奴のことを突き詰めて調べたい。調べて、どうするのかは……分からないけど」

 ぐずぐずだった。

 二十五にもなって、こんなにもあの日に囚われているとは思っていなかった。

 きちんと泣けたのは華凜だけで、他はみんな我慢していた。

 俺は、泣いたら泣いた分だけ自分を責めてしまいそうで、だから泣かないように気を張っていた。

 五年間、ずっと。

「深水さん、教えてください。――俺はどうしたらいいんでしょう?」

 無様な問いをしたと思ったがもう遅い。

 甘いシェリーを含んで、深水さんは言った。

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