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華凜とサイジョーは付き合っていた。
二回生の夏頃から、華凜はやけにサイジョーの家に泊まることが増えて、髪をいじってやったり服を貸し借りしたりと距離が近くなっていた。
女子同士のコミュニケーションかとも思ったがそうではなく、しょっちゅうデートだと言って旧市街通りのセレクトショップなんかを二人で見て回っていた。
手を繋いで、あるいは腕を組んで。
サイジョーが一回生の頃と比べて明らかにメンズに寄った服装を選ぶことが増えたのも、そのせいかもしれなかった。
男女カップルに見えた方が、色々スムーズだから。
サイジョーの『どっちも』はそういうことなのだ。
華凜を好いていて、華凜が求めるのが男性の姿だったとしたら、喜んで男を名乗っただろう。
誰でも好きな人の前ではより相手の理想の姿であろうとする。それだけのことだ。
「でもね、サイジョーはあたしの名前を書いてくれなかったでしょ」
「……緊急連絡先の話か?」
「そう。結局、頼るのは梓河と松馳だったんだよ」
俺のベッドを我が物顔で占領し、俺の枕をくしゃくしゃにしながら華凜は怒った。
移動している間は大人しく俺の腰にしがみついていたくせに、足が地面についたらこの有様だ。まったく。
このことで怒るのは何度目だろう。
不安定になるだろうことは予想がついていたから、あの日以来一度も家に帰していない。
着替えは俺が適当に取ってきたものを渡し、風呂もトイレもうちのを使わせ、仕事もここから通わせた。本人の鍵は取り上げて、代わりにうちの合鍵を渡してある。
そうじゃなきゃ、なにしでかすか分かったもんじゃない。
夜勤を二回断ったが、こういうときのために普段真面目に働いてるんだ。
「だって万一のときに華凜なんか呼んだって、泣くばっかりで役に立たないだろ」
「ひどい、役に立つもん!」
そんなわけあるか。
あの日も、結局泣いてばっかりだっただろう。
「無理だって。その点、梓河や松馳はしっかりしてる」
「あたしだってできるもん」
「あいつらの方がしっかりしてる。ほら、とりあえず化粧取れ。ぼろぼろだぞ」
「うるさい、希一郎キライ」
「はいはい」
シートタイプの化粧落としを持たせ、アイメイクを落とし始めたのを見てから浴室の暖房を入れに行った。
「華凜、風呂場あっためといたから、シャワー浴びてこい」
「うー……」
「上がったら、ココア用意しといてやるから」
絶対だよと念押しして、華凜は着替えを抱えて浴室へ消えた。
十五分と見込んで、明日の朝食の準備と並行して牛乳を熱していく。
不安定になった華凜は、とりあえず風呂に入れるのが一番早い。
華凜の母親曰く、昔からずっとそうらしい。
いじめられっこだった華凜を、意図せず庇ったのが俺。
そして、華凜は行きも帰りも俺にべったり着いてくるようになった。
その名残で、今もこんな風に世話を焼いている。
十分ほどで出てきた華凜は、ココアを受け取るなりぼそりと言った。
「誰かが、サイジョーの原稿を盗んだかもしれないってことだよね?」
「……ああ」
「あのね、さっき見た話、サイジョーが一番書きたがってたやつなんだよ」
華凜はしんみりと続けた。
「一緒に寝るときいつも話してくれた。今公開されてるのは五話までだけど、あの続きはね、代理戦争が始まるんだよ」
魔力を持つ者が持たない者を使役する世界の話。
魔術流派の種族同士は直接対決を禁じられていて、代わりに魔法を使えない種族を戦わせる。
しかし、魔法を使えない人たちは賢く、いかに自分たちが死なずに済むかの策を弄すうちに結託して、魔法を使える者への復讐を試みる。
その過程に散りばめられたエピソードの全てが、その世界を補強して彩っていく。
それぞれの立場と、信念と、弱さと。
サイジョーがいかにも好んで作りそうな話だった。
「……そういう話に進んでいくの見てみたいけど、それが見られるってことは、誰かがサイジョーの才能を盗んだってことだから、嫌だなあ。ずるい」
そういえば、こんな話書いてとおねだりしては叶えてもらっていたのも華凜の特権だった。
俺たちが言っても自分で書けと一蹴されるのに、華凜にはすぐ書いてやるのだ。
それは、華凜が褒め上手だったのもあると思う。どこが上手いとか話が面白いとか、そういう褒め方ではなくて、ストレートにここが好きという感想の言い方をする。
俺だって、そういう褒められ方は嬉しい。
「そうだな……ココア、ゆっくり飲めよ」
「うん」
少し落ち着いた様子の華凜を残してシャワーへ向かう。
服を脱ぎながら思うことには、サイジョーは別に華凜を頼りたくないわけではなかったという事実。
サイジョーには元々後見人の弁護士がいたが、成人に伴って後見が外れたときに誰か緊急連絡先になってほしいと言い出した。
華凜にお願いしようかなと言うサイジョーに、俺は頼んだ。それだけはやめてくれと。
なんで? と聞かれたが、明確に答えられた記憶はない。
とにかく嫌だ、代わりに俺が引き受けてもいいと返せば、サイジョーは笑った。
そういうことなんやったら他あたるわ、と。
当時はどういうことだと聞き返したが、今なら分かる。
あれはただの嫉妬だったのだと、はっきり分かる。
シャワーから出てきた頃には華凜はベッドで丸まっていた。
半乾きの髪を暖房の風で揺らしながら、なんだかとても懸命に眠っているように見える。
それがあまりに可愛いので、俺が寝る場所が狭いのは許してやろうと思った。
「おやすみ、華凜」
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