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 斎城梅雪の――正確には斎城梅雪と仁川梓の共同デビュー作は今でも書店で手に入る。

 重版こそかかっていないが、そもそもが大賞受賞作で期待の初版数だったため、どうやらまだ残っているらしいのだ。

 しかも俺がまだ仁川梓の名前で仕事をしているものだから、検索すれば引っかかってくる。

 それはもちろん狙ってのことだけども。

 当時の担当編集者は、サイジョーが死んだ直後の三月末に退職したそうだ。それまでも、仕事のやりとりで頻繁に上司が出てくるなと思っていたが、あれは有休消化だったという。

 話を聞きたいと言っても、出版社でも彼女と連絡がつかずに困っているらしく、実質失踪状態だと言われて諦めた。なんせこちらは名前と会社の連絡先しか知らないのだから。

 ではどうして辞めたのかというと、どうやら俺たちが原因らしい。

 最初は誤魔化されていたが、後任に入った編集者がこっそり教えてくれた。

 サイジョーが死んだことではなくて、俺とサイジョーが、いわゆる『ふつう』でなかったのが駄目だったそうだ。

「斎城さんが本当は女性だって分かったと思ったらすぐ亡くなって、今度は仁川さんが同性愛者って前提ありきの仕事を始めたでしょう。なんか彼女、そのへんが抱えきれなかったらしいですよ」

 サイジョーは普段基本的に男子大学生の見本みたいな服装をしていた。

 それが、授賞式の日になって突然女性的なおめかしをしたのだ。

 俺からすればさして不思議なことではなかったのだけど、さすがになんで急にとは聞いた。

 サイジョーは、今後作家として生きていくにあたってなるべく自分をさらけ出しておきたいのだと答えた。そして、一足先に大舞台に上がる自分が道筋をつけることで、他の……主に俺たちが傷つくのを少しでも和らげたいのだと、言った。

 希一郎も華凜も松馳も、みんな文章で食っていきたいという気持ちがあるのを知ってのことだった。どちらかと言うと後で追いかけてくる三人よりも、強引に引き上げられた俺を庇ってのことだった気がするが、ともかく。

 あの日、サイジョーは腹を括って身体に合わせた方の格好をした。それだけだ。

 その夜ホテルに戻ったあとに編集さんからメールが来て、サイジョーは自分で丁寧な説明をしていた。

 これからも書くものはなにも変わらないけれど、もし自分そのものを売り込み材料にするのなら、セクシャリティの部分は誤魔化さないでほしい――そんなことを返信していた。

 それが受け入れられなかったのだろうか。

「そんなに珍しいんですか、俺たちみたいなの?」

「全然? 特にクリエイターには多いんじゃないですか。でもまあ受け入れられない人は一定数いますからね、彼女はその点で運が悪かったんでしょ。本来編集なんて、世間的な『ふつう』を無視しなきゃ仕事にならないんだし」

「しかし、なにも辞めなくたって良かったのでは? 担当替えとか、できるだろうし」

「替えたら、許容範囲が狭いって証明になっちゃうでしょ。新卒二年目で、そのレッテルはきついです。すっぱり辞めるか、無理して苦しんで続けるか、二択ってとこですかね」

「……ちなみに、あなたも無理してたりするんですか?」

「まさか。むしろ、そういう人臭いの、大好きですから」

 彼はその一年後に異動になり、立ち上げに関わったグルメムックの小さなコラムを創刊号から俺にやらせてくれた。今でも公私ともによくしてもらっている。

 いつか機会があればまた小説の仕事もしたいと思っているが、この編集者はそちらの畑に行くつもりはないらしい。だから余計にコラムやルポの仕事ばかり回されて、俺もどんどんそっちに行ってしまう。

 世間の『ふつう』はマジョリティによって定義される。

 俺の『ふつう』だって、自分をマジョリティと仮定してのものだから、不快に思う人だって多くいるのだろう。

 でも、その時点での『ふつう』に当てはまらない人物事象に出会ったときには、そういう存在もあるのだと受け入れて、適宜『ふつう』を修正していく、そんな人間であり続けたいと、俺は思う。

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