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 梓河がグループLINEに投下したのは、黒葉を問い詰める計画だった。

 決行は今夜。

 夜十時集合とはいえ金曜だから勤め人も仕事に支障はないだろうなどと言ってきたが、俺は夜勤だった。

「ごめん、希一郎の勤務形態特殊なの忘れてた」

「大丈夫。むしろ有休が消化できて助かった」

 十一月の棚卸しでは時間外にもさんざん労働させられたんだから、このくらいは許されると思う。

「で、華凜は?」

「事が済んだら呼ぶから、しばらく待機してろって言ってある」

「優しいねえ」

「邪魔にならないようにだ」

 住宅街と商業区域の狭間のところ、コンビニの前で落ち合う約束になっている。

 近頃珍しく、喫煙スペース……という名のただの灰皿があった。

 梓河が吸うおかげで、特に怪しまれることもなく待ち合わせられる。

「希一郎も一本いっとく?」

「お前それ、一回の頃も言ったろ」

「あれ? ああ、そうか、それで試しに吸って、駄目だったっけか」

「そうだよ。……あ、松馳」

 最後の一人はやけに身軽な格好で現れた。

 十二月にしては寒そうな服装だが、ここまで走ってきたらしいのであまり関係なさそうだ。

「一回家に帰って、本気の装備で来たってとこか」

「うん、今日ってそういう要員として呼ばれたでしょ、おれは?」

 腕っぷしと度胸なら梓河と俺で十分だが、速さとなると松馳を呼ぶしかない。

 松馳鳴海。高校時代、中距離の北海道代表として全国入賞までしたことのある男だ。

 大学に入ってからは陸上部に入るわけでもなくのほほんと暮らしていたが、バイトと執筆の合間を縫って自主的にトレーニングを続けているのをよく知っていた。

「で、黒葉サンはそんなに足の速い人なわけ?」

「知らん。でも仮に足が遅くても、自転車でも使われたら厄介だ」

「いやいや、おれだってママチャリくらいならまだしも、原付とかになったら無理だよ?」

「なんのために単車で来たと思ってる」

 俺は傍らのR25を叩いた。若干窮屈だが貰い物なので我慢している。

「そういうこと。ママチャリより速くなったら希一郎のバイクが火を噴くから」

「火ぃ噴いたらヤバいと思うけどな」

「ふうん。で、梓河はなにするわけ?」

「俺? 俺はそりゃあ、尋問担当だから」

「冗談はいいから作戦を教えろ、司令塔」

 段取りはこうだ。

 ここから少し歩いたところに黒葉の自宅マンションがある。いつも十一時以降に帰宅するらしい。そこを狙う。実にシンプルな方法だ。

「……大丈夫なのか、それ?」

「大丈夫。昔ルームシェアしてた奴が最寄駅で駅員しててさ、ここ三か月、金曜はいつもこの時間だって」

 胡散臭い。松馳も大きく溜息をついた。

 まったくこう、どうしてこいつはどこか抜けた計画を立てるんだろう。文章は緻密なのに。

「まあ一応信じるけどさあ……で、どこで待機してりゃいいの」

「あいつが自宅マンション直前の角を曲がったところを狙う。オートロックだから、入られないように気をつけろ」

 正直、そこまで警戒しなくても大丈夫な気はしていた。

 梓河はなんだかんだ帳尻を合わせてくるタイプだ。

 話を聞いただけではそんなに上手くいくのかよと突っ込みたくなるような舐めた内容だが、そんなんでこそ梓河は上手くやる。そうでなければ、あんなに逞しく生きてない。

 果たして、梓河の策はぴたりとはまった。

 まあ、策というほどのものでもなかったけれど。

 クソ野郎――もとい、黒葉篤彦はいとも容易く捕まえられた。

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