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サイジョーが死んだあと、俺たちは手分けして色んな人に会いに行った。
と言っても華凜はしばらく寝込んだので、実際にはほぼ俺と松馳の二人でやったんだけど。
目的は二つだ。
ひとつは斎城飛鳥の血縁者を探すこと、そしてもうひとつは犯人探し。
血縁者がいないことはサイジョー本人が高校生の頃に自力で調べた記録が出てきたので、どちらかというは犯人探しがメインだった。
どう考えてもサイジョーの死に方は不自然だとしか思えなかったからだ。
大量の睡眠薬の空シートと酒の空き缶、遺書にも思えるメモが自宅にあったこと、メンタルクリニックに通っていたこと、性自認に揺れていたこと。見つかった遺体の様子。
それらを総合して、警察はあいつを自殺で処理した。
けれど、俺たちから見ればあれは不自然だった。
そもそもサイジョーは不定性で、自覚する性は日どころかシーンによってばらばら。揺れていたわけではなく『どっちも』を堂々と使い分け、別にそこを特別悩んではいなかった。
それとは別でカウンセリングを受けに通院していたのは事実だが、このところは軽めの睡眠薬だけの処方で落ち着いていた。
遺書とされたメモはおそらく小説のメモに過ぎないだろうもの。
そして、あいつは梅酒のロックしか飲まないということ。
そういうことをあれこれ主張しても、警察は捜査してくれなかった。
俺たちもあまり粘ってまで親友の身体を腐らせたくはなかったから、諦めてさっさと火葬を済ませた。解剖もできずじまいで、その後でできることは限られた。
でも本当のことを知りたい気持ちはおさまらず、サイジョーのことを少しでも掘り下げるため、俺たちは全国回って色んな人に話を聞いたのだった。
サイジョーがいかに人懐こくて可愛がられていたかということはよく分かったが、それ以上のなにか鍵になりそうなことは出てこなかった。
大きなことは、例のデビュー作の担当編集者がショックで退職したくらいだった。リストアップした人間のうち彼女以外は全員会ったはずで、あまりに大量だったためもしかしたらその中に黒葉がいたかと思ったのだが。
「いや、こんな奴いなかった」
「だよなあ」
昼過ぎの牛丼屋で黒葉の写真を見せれば、松馳は首を横に振った。
ライフプランナーという職業は、日中は時間が全くないらしい。
昨日希一郎から聞いた内容をかいつまんで説明し、急ぎで会いたいと言えばこの店の地図が送られてきた。
食券を買うのが一瞬だったあたりからしても行きつけのようだ。
「で、どこまで調べたんだ?」
「うん? 家まで突き止めたけど?」
調査は簡単だった。
というか、別名義らしきものと電話番号が共通で、そこから辿れば自宅マンションまですぐに特定できたのだ。ネットに公開している情報だけでここまで調べられてしまうあたり、同業者として心配になる。
まあ、あっちは俺と違って写真主体の観光ライターのようだから、こんな狡い手法はご存じないのかもしれない。
「……じゃあなんでわざわざ聞きにきたの」
「ちょっと協力してほしいことがあってさ」
そう頼んだタイミングで松馳は鞄を抱えた。
「いいけど。……悪い、続きは歩きながらで」
「え、……食べるの早いな?」
俺の牛丼はまだ半分も空いていないのに、松馳は味噌汁まで飲み終わっていた。
ちょっともったいない気もするが、残してごめんと叫んで店を出る。
「次に間に合わない」
店を出ながらブレスケアを口に放り込むのを慌てて追いかける。
革靴のくせになんだその速さはと言いたくなるが、そんな余裕すらない。
なんとか追いついたと思ったら、今度は走り始めた。
「ちょ、歩きながらって言ったよな⁉」
「ごめん、JR遅れてるから地下鉄使う」
「えええ、まじで」
徹夜明けの身体には辛い。
どこに向かうのかもいまいち分からないままに鴉原駅に着き、ICカードで地下鉄改札をくぐり、ちょうど入ってきた上り電車に乗る。
「で、何を手伝えって?」
「ああ、えっとね……鬼役」
「いつ?」
「今週中。向こうのスケジュール次第かな」
「了解」
「……えらく簡単に引き受けてくれるんだな」
「だって、断るって選択肢はないだろ。おれ、あいつの貯金全部もらったんだぞ」
サイジョーは公正証書で遺言を残していた。
それによれば、遺品のうち書物の管理は希一郎に、その他は華凜に一任。大量の未発表原稿の著作権は俺に、貯金は松馳に譲る。そう、書いてあった。
死後のあれこれ煩雑なことを松馳に頼むからこその対価的な配分としての約五百万らしいのだが、まあ妥当だと思う。
「俺らは全員、あいつの持ち物を託されてるからな、そりゃ断れないか」
「むしろ、誘ってくれて感謝してる」
「ああ、そりゃよかった」
黒葉がサイジョーになにかをした可能性は低いと思っている。
でも、わざわざ本名の方を持ち出して俺たちに接触してきたのだ、なにかしら俺たちの知らない情報を持っているのだろう。
それを、多分俺たちはみんな知りたい。
「じゃあ、また連絡する」
「よろしく」
隣の市まで行くという松馳と別れ、俺は適当な駅で降りた。
本当に偶然なのだが、降り立ったのは都賀口駅。母校、鴉原市立大学の最寄駅だった。
どうせなら、と少し歩いていくことにした。
学生時代はみんなこの近くに住んでいた。
希一郎と華凛は今も当時のままのマンションに住んでいるが、松馳は就職のタイミングで鴉原駅の近くへ引っ越し、俺は寮を引き払って以来あちこち点々としている。
そろそろ、ちゃんと住めるオフィスを構えてもいいかなと思ってはいるけども。
キャンパスの外壁を見ながら坂を上れば都賀ノ山への登山客が目に入る。
大通りから逸れて西へ入れば、馴染みのある建物が見えてきた。
サイジョーの部屋は古い木造長屋の奥の角だった。路地から更に入ったところの狭い通路を縦一列で進んで現れるのはガタがきている玄関扉で、一度思いっきり押し込んでからでないと鍵が入らない。
四部屋あるうちのひとつは空室で、二つは借主がいるが用途は物置。特に周囲に気を遣うことなく暮らせるここを、あいつは好んで選んだという。
実は、サイジョーの部屋はまだ当時のままだ。
理解ある大家さんで、サイジョーの死後も名義を変えて俺たちに貸してくれたのだ。
合鍵は、今も俺のキーケースにかかっている。
現在の契約者は希一郎だが、家賃は松馳が払い、定期的な掃除は華凜がしている。
全員が思い立ったときに訪れているおかげで綺麗に保たれている室内を進み、窓際のこじゃれた飾り棚の前に胡坐をかいた。
デザイン性で部屋に馴染んでいるが、これは仏壇だ。
生前、サイジョーが毎日整えていたそれの一番手前には、本人の写真が飾られている。
線香を上げて軽く手を合わせれば、ふんわりと梅の香りが漂った。
この線香もそうだが、新鮮な仏花、高そうな梅酒、好きだった漫画の新刊、ミルクチョコレート、カステラ、缶詰のつまみシリーズまであるが、一体誰が持ってきたんだろうか。
俺たちは、この部屋に連れ立って来ることはなく、それぞれが持っている鍵で、自分の意思で来る。だから誰が何を供えているのかはさっぱり分からないけど、みんな色々持って来すぎだった。
「手ぶらの俺が馬鹿みたいだよなあ、サイジョー?」
俺なんか、手ぶらどころか宿として借りたりしているほどだ。
この部屋は、サイジョーの生きた痕跡がそこかしこにべったり残っている。
服も靴も本も、全部。特に原稿なんか、データを焼いたCDと紙原稿、設定をまとめたノートなんかが詰まった段ボールが少なくとも三十はある。速筆だった上に創作歴が長いサイジョーの、約十五年分の記録だ。
サイジョーが死ぬ直前の半年間に書かれた原稿は、まだ箱に詰められることなく散らばっている。デビュー作の続きを書く一方で、その何倍もの分量の別作品をぽんぽんと書きあげていた。昔書いたものに手を入れて書き直すことも多く、見る度増えていく原稿はどういう順にいつごろ書かれたものか推測するのも難しい。
読んで書いてまた読み返してを何度もやったせいで、サイジョー自身にも把握しきれなくなっていたほど。
それが心地いい。ときどき、どうしようもなく縋りたいときに、ここで一晩過ごす。
理由は、サイジョーは俺のことを一番理解してくれている奴だったから。
サイジョーが死んだのは、いわゆるセクシャルマイノリティと呼ばれる人々が差別を苦に自殺することの多い時期だった。
サイジョーの死は他のそれらと並んで少しばかりセンセーショナルに扱われた。
デビュー目前のラノベ作家だったこともあって、ネットでもいくつかスレが立った。
共著で名を連ねていた俺も四方八方から心配され、叩かれ、勝手に推測された。
俺は当時まだ隠していたから余計だ。違うと言われてもそうだと言われても、どっちにも頷けないのが苦しかった。
明かすも明かさないも自由だろうに、なんでこんなに悩まなきゃいけないのかと思った。
だからだと思う。サイジョーの四十九日を迎えた直後、俺は隠すことをやめて、自分をさらけだして仕事を始めた。
それがフリーライターでありセミナー講師であり、その他色んな肩書だ。
自分を切り売りするような感触があったのは最初だけで、今では向いている生き方だと思っている。
親友の仇をとるような気持ちも、ある。
「どうせ実家に帰っても煙たがれるんだから、お前と一緒に正月迎えればよかったなあ」
もらうぞ、と供え物の梅酒をひとつ取って開け、軽く鈴に当てた。
あいつは酒と言えば梅酒のロックしか飲まなかった。
なのに、あいつが死んだ後のこの部屋には、ビールやウイスキーの空き容器があった。
もちろん、それ自体が室内に存在していたのは知っている。大きな床下収納があるのを良いことに、俺たちがたくさん買ってきて置いてたんだから。
でも、それをサイジョーが飲むことはなかった。
ビールなんて苦くてシュワシュワしたもの、あいつは飲めない。
だからそれがおかしいって、言ったのに。
言ったのに。
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