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五人で初詣に行こうと言っていた。
鴉原出身はサイジョーだけで、下宿生は元旦を各々の地元で迎える。
だから、帰省から戻ってきたら改めてみんなで行こうと言っていた。
大学二回生の冬のこと。
その年はみんな成人式直前で、同窓会やら前撮りやらで帰省するのが早かった。
年末ぎりぎりは飛行機の値が張るからと、松馳が年内最終講義日の二十日に早々と帰った。
希一郎と華凛は中学の同窓会があるからと揃って二十二日の夜行バスに乗った。
俺はというと、二十三日の朝に東京行き新幹線に乗った。サイジョーも一緒に。
サイジョーの商業デビュー作の授賞式があったからだ。
斎城飛鳥が斎城梅雪の名で書いた小説は数知れず。
その才能は凡庸なものではなく、そこらじゅうの地方文学賞で賞金稼ぎをして暮らしていたほど。
いわゆる新人賞というものに極端に興味のなかったサイジョーの小説を、勝手に応募したのは俺だ。
出したのは交通事故で右手が使えない間の作品で、口述筆記してやった俺を仕返しとばかりに勝手に共著者にしやがったので、同行せざるを得なかった。
珍しく女性服を選んでドレスアップしたサイジョーは、新幹線のE席で妙にはしゃいだ。
元々身体は完璧に女子だから、こういう服はやっぱり似合う。
華凜に借りたのだという赤いミニドレスの裾から、白くて細い脚が覗いていた。
「見て、梓河。あっちに大きい工場あるで!」
「そんなに珍しいか? 鴉原にもあのくらいのもんはあるだろ」
「そう? でもほら、こんな山の中にいっぱい!」
「ああ、鴉原のは海沿いばっかりだからな」
サイジョーはワゴンサービスを使いたがった。
昼食にはまだ早かったので、あの固いアイスとホットコーヒーを買った。
「僕、人と一緒に新幹線乗るの、たぶん初めてやわ」
「まじで? 修学旅行とかは?」
「小学校はバスと特急電車で、中学校は飛行機やったもん」
「高校は?」
「僕、高校行ってへんから」
「えっ、そうだっけ?」
「うん。大学は高認で入った」
二年近くも毎日のように会っておきながら、まだ知らないことがあったのかと驚いた。
確かに、俺たちはいつもサイジョーの過去の話を避けていた気がする。
子供のころの話が出ても、北関東と北海道と北九州という同じ北側のくせに全然違う文化のせいで、サイジョーのことを聞くに至らなかった。
俺たちが話すのは、いつも大体お互いの創作の話ばかり。
ふとした縁でつるむようになった五人が全員小説を書く人間だったなんて偶然を、俺たちは永遠に酒の肴にすることができた。
その中でも明らかに頭一つ抜けているサイジョーは、まだそこに届かない俺たちの文章を大抵辛辣に評価する。
なのにこいつは文章できちんと生計を立てていく気はなかったらしい。
だからこそ新人賞には応募しなかったし、かと言って同人活動をすることもなかった。
まあ、見かねた俺が勝手に応募したんだけど。
夏には、松馳が出たがった同人誌即売会に五人でサークル参加して、乗り気じゃなかったサイジョーの作品も代わりに製本して売ってやった。
事前の宣伝が良かったのか、みんなそこそこ売れたけど、サイジョーのは特によく売れた。
秋に別のイベントに出たときには、斎城梅雪の新刊はないのかと聞かれたほど。
自分の文章は受け入れられるということを実感として掴んだサイジョーは、やっとそれを生業とすることで腹を括った。
そんな決意が称賛される日に立ち会えることを、俺は誇りに感じていた。
結果的に、それが親友を見る最後の機会になるなんて思いもせずに。
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