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第33話 すっごい嬉しい

 ピーシャは手袋をはめた手で、自分の身体よりも大きな瓦礫に触れる。空いたほうの手は、瓦礫の山の先で手を振っているおじさん達に向ける。

「オクルリッジ!」

 ピーシャと大きな瓦礫が現出すると、おじさん達から歓声が上がった。

「あそこの学生はこんなに優秀なのか」

 ピーシャが魔力で強化した膂力で、瓦礫を荷車に乗せる。あとは、魔法使いではないが、たくましい身体を持つ男たちが荷車を引いて街の外まで瓦礫を運び出していく。

「この調子で、ばんばん頼むぞ!」

「はーい、がんばります!」


 昨日の、警備虫の襲撃でアルムヒンの街は大きな被害が出ていた。多くの家屋が倒れ、行方不明の人も多い。救助と整地だけでも大変で、復興はずっと先になるだろう。それでもミュティアをはじめ教団関係者が指揮を取り、魔法使いたちはそれぞれの能力を活かし、学園にいる生徒たちもボランティアとして参加していた。

 召喚魔法もゾハルの件も、ピーシャの知識では文書にまとめるのは難しすぎた。夏休みの自由研究の目処がまったく立たないまま、ピーシャは留年覚悟でボランティアに行くつもりだったが、ボランティアのレポートを自由研究として認めると、アルケインの代理の先生から急に告げられた。実はピーシャの能力が必要だからと、ミュティアから根回しがあったと先生はこっそり教えてくれた。まだまだミュティアには頭が上がらなそうだ。


 ピーシャは泥の付いた手袋で額の汗をぬぐう。今日は学園の制服ではなく、怪我防止のため作業服を着ている。制服のように調整がきかないため、胸周りに布が引っ張られて、逆に腹の辺りは足りなくなっていた。すでに日は高く、熱い。ピーシャは胸元と裾をぱたぱたして風を送ってから、瓦礫の撤去に戻った。

 しばらく集中して作業していると、小さな人影が近づいてくるのに気づく。歩みは速くもなく遅くもないが、地を踏みしめて歩けること自体を喜ぶかのような軽やかさだ。紫がかった長い黒髪はポニーテールにして、黒いワンピースドレスの上にエプロンを着けていた。

「ソヘイラーちゃん、エプロン似合うね。料理人って感じ」

「あなたは……似合わないわね。体型に合っていないわ」

「胸がきついんだよ~」

「ミュティアに報告しておいてあげるわね」

「それ死刑宣告と同じだよ!?」

「最後の食事になりそうね。昼食にしましょう」

 ソヘイラーは手に持っていたカップをピーシャに差し出し、提げていたバスケットにサンドイッチが入っているのを見せた。二人は木陰に移動して、瓦礫の上に腰かける。


「あ~~、水おいしっ」

「改めてこの世界は凄いわね。災害現場で水が実質無制限で出てくるなんて、とんでもないことよ」

「だいたいの魔法使いなら……って向こうの世界と比べてってことね。それでも魔法使いも数は多くないし、だから学生まで駆り出して使ってるんだよ。みんなそれぞれやれることやってるだけと思う」

「私の料理スキルがこんな風に役立つとは思いもしなかったわ」

 ソヘイラーとは朝から別れて、違う仕事をしていた。ペンタチュークを扱えることを除けば、非力な子どもでしかないソヘイラーはそれでもボランティアへの参加を強く希望し、料理や雑用のおばさん達に交じって働くことになった。満足気にしているから、活躍したのだろう。


 ピーシャはサンドイッチを食べながら、瓦礫の街を見る。休憩を切り上げた人達がもう動き始めている。姿は見えないけど、ソニアとアルトもどこかで働いているはずだ。

「ひどくて悲しいことだったけど、魔法使いもそうじゃない人も力を合わせて、自分と全然関係ない人を助けようとしてるよね。ここから生まれてくるものもあると思う。昨日アルケイン先生が言ってた、前向きに解釈するってこういうことかなって」

「目の前の情景について述べている体裁を取りながら、自分のことを語っているわね」

「やっぱりバレるか~……お母さんのことだよ。助けられなかったし、やり直す機会もふいにしたからね。でもそういう経験があったから、いま私はここにいる。単純に良い悪いはないけど、だから良いほうに信じていきたいなって」

「否定しても取り繕っても、全部で自分なのだから、本当、解釈の問題よね」

 ソヘイラーも隣でサンドイッチを食べている。作るのが上手い少女は、食べるのは下手でパンくずをぽろぽろこぼしていた。

「解釈って、『だけど』とか『だから』で、なにとなにを、どう繋ぐかって考え方なんだよ。ソヘイラーちゃんは違う世界から来たけどこの世界の人、それをこの世界が認めてくれたんだと思うよ」

「なるほど? 繋ぐことに関しては一家言あるというわけね」

「それいいね! じゃあ私は嫌なことを良いことに繋いでいく魔法使いだ!」

「あれもこれも繋がされて橋の精霊もご苦労様ね」

 食べ終えた二人は、立ち上がり揃って身体を伸ばした。埃っぽい風が吹き上がる。空は青く、高い。

「よーし、やること山積みだぞ~」

「午後も明日もあさってもその先も、あなたのそばには問題山積みでしょうね」

 ソヘイラーがほほをねじ上げていやらしく笑う。

「私のこと厄病神かなにかだと思っていませんか……」

「もちろんお友達よ、と答えるところだけれど変わったわ」

「ええっ、なになにっ?」

「あなたが言ったのでしょう。幸せにしてくれる人よ」

 ソヘイラーは妖しく微笑む。星空のように輝く瞳には意味ありげな篝火が瞬き、ピーシャの背筋を熱く、冷たく、震わせた。

「~~~~! バカぁ! ここでそれズルいでしょ!」

「そんな口をきいていいのかしら。今夜は寝かさないわよ」

「いかがわしい口ぶりで実は~~ってパターンなんでしょ、お見通しなんだからね!」

「実は手足を縛って、一晩中目薬を落とすわ」

「拷問だー!?」

「はいはい。仕事に戻るわよ」

「仕事終わっても部屋に帰るのが怖いよぉ……」

「私のほうが上がりが早いわ。なにか作って待ってるわよ」

 ピーシャはぽかんとしたあと、にやにやがこみ上げてくるのを抑えられなかった。

「……すっごい嬉しい」

「材料の流通も怪しいし、たいしたものは出来ないわよ」

「ソヘイラーちゃんが作ってくれて、ソヘイラーちゃんと一緒に食べるならなんでも美味しいよ」

 ソヘイラーは長いため息をついて、首を振った。

「相互理解はまだまだ通そうね」

「なにその反応! 感動してもいいんだよ!?」

「あなたの今日の夕食は、愛情込めてじっくり黒くなるまで焼き上げたパンよ」

「それただの炭だよね!? あ、待ってよー!」

 ピーシャはソヘイラーを追いかけていく。大地に、少女二人分の足跡が刻まれていた。

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Guts! Go! Girls!! 犬井るい @fool_zero

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