第29話 同じこと考えてるくせに

 アルケインは、さっとポケットに手を入れ、触媒を取り出した。それぞれの指の間に四つ触媒を挟み、触媒から魔法の予測を立てにくくしている。

 ソヘイラーはペンタチュークを突き出して前進。ピーシャはその後ろへ回り込みながら、後に続く。アルケインは、ペンタチュークの魔法を斬り裂く能力を知らない。小手調べのつもりで軽い魔法を打ってきたら、そのまま突っ込んで殴り勝てる。


 だが希望的観測は、二人の脳内に浮かんだ魔法のイメージに砕かれた。

 急停止したソヘイラーを後ろから抱きかかえて、手を上へ伸ばす。

「オクルリッジ!」

 アルケインは触媒を握ったのとは、逆の手に隠し持っていた火吹き竜の牙を掲げた。

「我は世界の理に乞い願う、其の息吹は火焔、我らが前のすべてを灰と化し燼を成す、吼え猛れ、フレイムロア!」

 宙を舞う二人の少女の下に、灼熱地獄が生まれていた。吹き上がる熱波が肌をなぶっていく。ミュティアが使い森を焼き払った必殺の魔法を、アルケインは初手から放ってきた。

「殺意満点だよぉ」

「厄介ね。ロードが得意とするのは、広範囲を攻撃する魔法でしょう。ペンタチュークと相性が悪いわ」

 この空間は気流が穏やかになるよう作られているのか、前回のように熱波で声が聞こえないことはなくて助かった。だが、このまま落ちても狙い撃ちにされるだけだ。さらに数回転移して石柱の影に隠れる。ソヘイラーは大剣を突き刺してぶらさがり、ピーシャは力づくで石柱にしがみつく。胸が潰れてちょっと苦しいけどそうも言ってられず、がじがじ動いてソヘイラーの横についた。


「隙を見つけて接近戦に持ち込むしかないよね」

「正しい攻略法だけれど、だからこそロードの思惑通りではないかしら。オクルリッジの魔法で遠距離から狙撃はできないの?」

「繋げる場所を決めないと橋は架けられないんだよー。あんまり遠いと決められないし、近かったら普通に避けられると思う」

「さっきの応用で、私が引き付けるからその間に死角から撃てばさすがに当たるでしょう」

「ソヘイラーちゃんが囮やってくれるの!?」

「なんでそんなに嬉しそうなのよ……」

「ついに私の時代が来た! みたいなね。オクルリッジさまさまだよー。あっ、でもソヘイラーちゃんひとりだと、フレイムロア来たら一発アウトじゃない?」

「今回は頑丈な石柱があるからこれを足場に少しなら逃げられるわ」

「……いける感じはするんだけど」

「なにか引っかかる?」

「まだ先生の手のひらの上で転がされてる気がする。ここは裏の裏をかいて、突っ込むしか!」

「脳まで筋肉のあなたは、丸焼きにして盾にするぐらいしか使い道がないわね」

「囮から盾になってるぅ!? ……ちょっと待って……なにこれ……」


 ピーシャは、頭の中に生まれた魔法のイメージを掴もうとする。ソヘイラーはまだ感覚に不慣れなせいか、ピーシャに任せるような目で見つめていた。

 アルケインから離れているため呪文は聞こえないが、魔法の準備をしているのは確かだ。徐々に魔法の輪郭が定まる感覚を経て、掴んだ正体にピーシャの背筋を戦慄が走った。

「召喚魔法だ……!」

「なんですって!?」

「絶対そうだよ。でも知ってるのと少し違う」

「とにかく止めるわよ!」

 どんな形であろうと、召喚魔法が高度なものには違いない。それだけ集中力を要求される。付け入る隙があるなら、それはいまだ。ピーシャはソヘイラーを抱えて連続転移。

 アルケインの斜め上方へ躍り出たところで、ソヘイラーと目だけで意思を交わした。ソヘイラーから離れ、アルケインを挟んだ逆側へ転移する。アルケインを左右から挟み撃つ形だ。

「覚悟!」

「ちぇぇぇい!」

「――顕現せよ、コール・サーヴァント」

 ペンタチュークは虚しく空を斬り、ピーシャの飛び蹴りも地面を打っただけだった。

 着地した二人は、召喚魔法の阻止失敗を悟る。アルケインは、巨体を誇る獣に騎乗していた。


 その獣は、獰猛さをひけらかす獅子の頭部と、頑健さを確信させる山羊の胴体を持ち、柔軟さと強靭さを見せつけるように両翼を広げていた。そして、尾の先端には蛇の頭部が接合され、赤い舌をうごめかせて威嚇の鳴き声を上げた。

「キマイラ!」

「それは幻想上の……ってこちらの世界にはいるのね」

「噂だと、先生はキマイラ倒したって聞いたけど……」

「倒しはしたが、殺しはしていない。戦って以来、忠実な相棒で切り札だ」

 キマイラにまたがるアルケインは堂々としており、猛獣であるはずのキマイラは背の上の人間を主と認めている雰囲気があった。

「でも召喚魔法だなんて。先生はできないはずじゃ」

「別の世界への扉を開けようとしていたんだ。こちらの世界同士で繋げられなくてどうする」

 当然のように言い切るアルケインは、まさに超級の魔法使いだった。

「魔法を使っての最後の戦闘になる。私とこいつに手応えのある花道を用意してくれ」

 キマイラは相棒の言葉を理解しているのか、勇ましい吠え声を立てた。

「ピーシャ、あれはどういう生物なのかしら。私の知っているおとぎ話との齟齬を埋めないと危険だわ」

「見た目通りのパワーとスピードがまずヤバイよ。でもそれより――」


 キマイラが地を蹴った。疾い!

 飛び退いた目の前の空間を爪が薙ぎ払っていく。一撃でも受ければズタボロになると思わせる凄まじい爪撃だ。だがキマイラの本当の恐ろしさは、そのパワーとスピードではない。

 振り抜いた足が地に着いた瞬間、爪先の地面が盛り上がり、岩の短槍が噴出。地を突き破って走る槍の山脈が、二人の少女を襲う。ピーシャは走って逃げ、ソヘイラーは叩き斬るが、さらに獅子の口から炎の息吹が放たれ、尾に付いた蛇の口からは水の刃が伸びる。


 キマイラの側面に回っていたピーシャは、首の高さで迫る水の刃を屈んでかわす。後ろから聞こえる石柱が切削される音に心臓が縮んだ。石柱を削るだけの威力があれば、人間の首などたやすく落ちる。

 ピーシャは屈みから姿勢を戻す一瞬に、状況を見て取る。蛇は横へ薙いでいる。獅子の吐く炎はソヘイラーの振り回すペンタチュークと拮抗していた。頭部の獅子が拮抗していては、胴体の山羊も動かないだろう。そうなると、即応してくるのは翼とアルケインだ。

 雷速で踏み込む。好機を待つのではなく、速度で奪い取る。翼は、反応できていない。アルケインとは、目が合った。

 ピーシャの眼前に手がかざされる。初老の男の、シワと傷に塗れた手はアルケインの刻苦を思わせた。指の間に小さな石を挟んでいるが、なんの触媒かまでは特定し切れない。

「火の精霊サラマンダーよ、我が意に従い眼前を薙ぎ払え――」

 この呪文はファイアーボール!

 ピーシャは身体をねじって、アルケインの手の正面から外れる。直後、

「ファイアーボール!」


 射出された火球はピーシャの真横の空間を灼き進み、足元で爆裂。広がる熱と炎に構わず、拳を振りかぶった。無傷では済まないけど、この一発を当てれば勝負は決まる。

 翼が動いた。生まれた風は炎を飲み込み、燃え盛る烈風となる。風だけなら、炎だけなら耐えられたが、相乗効果の炎風を受けてピーシャはたまらずに吹っ飛ばされた。

「ピーシャ!」

 獅子の炎をいなしたソヘイラーが後方跳躍。転がっていく友達を助け起こし石柱に隠れた。

「丸焼きになりそこねたわね」

「これぐらいすぐ治しちゃうよ」

 焦げた服の袖を破って捨てる。火傷にはなっているが、魔力を集中させれば、とりあえずは動くだろう。

「キマイラの説明の途中だったけど、もうわかったよね」

「獅子の火、蛇の水、山羊の地、鳥の風、それぞれが魔法の基礎四属性に対応しているのね。獣としての膂力に加えて、魔法使いとしても一級品」

「さっすがソヘイラーちゃん、飲み込みが早い! それと、先生との連携だね。普通は人とキマイラが力を合わせるなんてあり得な――うわ、来るよ」


 巨獣の足が振り下ろされ、疾走した岩の短槍が背にしている石柱を揺るがす。

「水の精霊ウンディーネよ、過たず敵を穿ちたまえ――」

 アルケインの呪文を聞き、ピーシャは右奥の石柱を指し示す。ソヘイラーがうなずいたのを確認して、今度は逆の手を石柱からわざと出した。

「アクアスナイプ!」

 出した手の先の石柱に、すり鉢状の穴が空いた。アルケインの放った水の弾丸が高速で貫通し、その衝撃エネルギーが石柱を引き千切るように砕いていた。もし、転移していれば、ピーシャの上半身も石柱のようにバラバラになっていただろう。やはりアルケインは、転移先に手を伸ばさなければならないことを忘れていなかった。


 わざと手を見せて作った隙に、二人は右奥の石柱へと走り出す。が、そこへ蛇の生んだ水の刃が長く伸びて迫る。ソヘイラーがペンタチュークを振るって水の刃を打ち砕き、二人は冷たい飛沫を浴びながら石柱へと滑り込む。と、同時に今度こそ転移。アルケインとキマイラの視界から外れる位置を取って、石柱の身をもたれかけさせた。

 冷や汗なのか水飛沫なのかわからないものを拭って、二人はつぶやく。

「最悪だ」

「最悪ね」

「説明しようとした途端にそれっぽい攻撃してくるの、なんなの!」 

「ふふふ。教師としての勘かしら」

「先生に言われた通り、命懸けの授業だよぉ」

「生徒として正しい解答をしなくてはね。とは言え、こちらが勝機を見出していたのはロードの機動力の低さ。それをキマイラでカバーされて、攻防ともに無欠の相手になったわ。それに私たちにとっては、実力差以上の差がついているわ」

「……? わかりませんソヘイラー先生!」

「よく思い出しなさい。これまで生き延びてこられたのは、連携攻撃で強敵を出し抜いてきたからよ。でも相手は、見せつけられた通り人獣一体の連携を持っているわ。昨日今日出会った私たちとは年季が違う。実力差を埋めてきた連携攻撃で、さらに差をつけられているのよ」


 横目でソヘイラーをうかがう。絶望的な戦力分析を告げても、勝負を捨てた様子はまったくなかった。ソヘイラーは一度勝負が始まると、徹底的に腹をくくるタイプだ。キィルキュースに潰されかけたときも、ミュティアに焼かれそうになっても、絶対に諦めなかった。細い体に秘めた生を渇望する力に、巻き込まれていたのは自分だったのかもしれない。

「私ひとりで先生に勝てないのはわかりきってる。私とソヘイラーちゃんが組んで、勝てなくてもまぁ納得するよ」

「ふぅん。それで?」

「でも、でもさぁ、私とソヘイラーちゃんが組んでるのに、先生とキマイラに勝てないなんて、認められない」

「ふふふ。なぁにそれ。一人に勝てないのは納得するけど、一人と一体に勝てないのは認めない。おかしな話ね」

「ソヘイラーちゃんだって同じこと考えてるくせに」

 特に応えず、口の端を意味ありげに上げるのはソヘイラー流の肯定の返事だ。


「作戦とかないのでソヘイラー先生お願いします!」

「呆れるのも飽きたから省略するわよ」

「それはそれで寂しい……」

「めんどくさいこと言わないで。オクルリッジで魔法の方向転換は見たけれど、反射は可能なの? 獅子の炎をそのまま反撃に使えるのかしら」

「橋っぽくないから無理かな。橋の本質は繋ぐものだから、もうこっちに向かってきてるものを送り返すのは橋っぽくないよ」

「では、空中の瓦礫を操作していたのは? あんなことが可能なら、飛行するキィルキュースを簡単に引きずり下ろせたのではないの」

「さっき先生と相談した時も考えたよ。でも勝手に移動させるのは、繋ぐのとは違うから難しいかなって。モノならともかく、生き物は無理だよ。私が触ってる物ごと転移できるのは、その勝手を押し切ってるだけな感じ」

 情報を整理するために、ソヘイラーが少し間を置いた。星空のような瞳に、獰猛なほうき星のような輝きが走り、アルケインを連想させた。ソヘイラーと血の繋がりはなくても、やはりどこか縁があるのだろう。

「ふぅ……『勝手に』が難しいのでしょう。なら、私は飛ばせる?」

「……できる。できるよー!」

「こうしましょう――」

 ピーシャとソヘイラーは、あえてアルケインの正面に姿を見せた。

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