第23話 空中戦になるわ

 大地を消し飛ばす光線を走って回避。吹きすさぶ烈風に負けないよう叫ぶ。

「作戦はっ?」

「キィルキュースは降りて来るつもりがなく、こちらに遠距離攻撃手段はない。あなたの魔法を駆使しての、空中戦になるわ。それに今回は、逆鱗がなくなっている。これはまさに進化ね」

「弱点ないじゃん! ウロコは硬くて私の攻撃通らないよ」

「ペンタチュークなら通るけれど、機動力をあなた頼りにしたままでは満足に振るえないわ。でも、翼なら傷つけられるはずよ」

 ソヘイラーはここで、謎掛けするようないたずらっぽい微笑みを見せた。

「そうだ……! 翼を使って速く動いたり、速度を落としたりしてた! ということは――」

「翼がなければ飛行不可能。あの巨体があの高度から落ちれば、自重で潰れる。こちらが光線で消される前に、落とす」

「撃墜作戦だね。やってやるよー!」


 ピーシャはソヘイラーの手を取り、逆の手を空へ伸ばす。

「待って!」

「オクルリッ……っと、っと。なにっ?」

「その転移先へ手を向けるクセ止めなさい。まだ気づかれていないようだけれど、キィルキュースは愚かではないわ。先読みされて狙い撃ちされかねない」

「えっ?」

「オクルリッジを使う時に、手を出しているでしょう。自覚がないの?」

 驚きと納得が同時に降ってきた感覚だった。確かにいつもそうしてきた。いや、一度だけしなかった時があった。

「自覚なかった。でも、いま生まれたよ。……でもでも、必要な動作なんだと思う。ミュティアさんと戦った時に手を伸ばさなかった時があって、その時は魔法が発動しなかった」

「精霊の本質に関わることかしら。考察している余裕はないけれど」

「気づかれる前に、倒すしかないね」

 今度こそ、ソヘイラーとともに上空へ転移。一瞬の浮遊感ののち、すぐ落下が始まる。すでに光線は軌道を変え迫ってきていた。凄まじい反応速度だ。


 ピーシャは次の転移先をキィルキュースの身体の下へ向けた。口から光線を吐くのだから下に潜り込めば狙いづらいはずだ。

 再び精霊の名前を叫び、巨竜の腹下に出現を果たす。あと二、三度転移すれば翼の上まで届くはずだ。

 が、キィルキュースは翼を大きく打った。自身は上昇しつつ、巻き起こった烈風がピーシャとソヘイラーを地上へと送り返す。墜落を待つことすらしないと、光線が殺到。

 ペンタチュークが、天光を受けまばゆい軌跡を描く。光線を砕いて稼いだ隙に、空へ飛び戻る。はるか高みから睥睨するキィルキュースと、天を睨むピーシャの眼光が不可視の熱線となって激突した。

 巨竜は空飛ぶ要塞もかくやの高火力広範囲攻撃を連発し、少女二人は攻撃をかいくぐり縦横無尽に飛び回る。攻撃しながら逃げる者と、しのぎながら追う者は、幾度も交錯しつつ上昇し、大空に闘争の舞踏を刻みつけた。


 ピーシャは追いすがりながら、焦りを感じ始めていた。何度も揺さぶりをかけ、視界を振り切ってもキィルキュースは超反応で迎撃してくる。それに、光線の精度が上がってきている。オクルリッジの弱点に、キィルキュースは気づき試しているように光線をばら撒いている印象があった。

 そして、焦りとは違う恐怖もあった。戦闘で傷つく恐怖ではなく、あまりに高いところにいる本能的な恐怖だ。学校があると思われる山は、苔の生えた小石かなにかのようで距離感がおかしくなる。

 ピーシャの視界が突如白い靄で覆われた。雲だと頭で理解しながらもパニックの気配がせり上がってくる。繋いだ手をぎゅっと握り、同時に握り返され、靄の向こうのソヘイラーを実感して平静を取り戻す。

 これはチャンスだ。雲のおかげでキィルキュースは、手の動きが見えない。視覚に注力しているいまなら、わずかに反応が遅れるだろう。そのわずかの隙に振り切り、上を取る!


 ピーシャが高く手を振りかざした時、凄まじい風が雲を散らし、視界を晴らした。風に吹っ飛ばされながら、キィルキュースの必殺の意思を込めた視線を感じた。大顎の内に裁きの光が灯る。

 ソヘイラーが大剣を掲げた。光線を防ぐにしては奇妙な、ペンタチュークを寝かせるような構えだが、可憐な唇は会心の企てを敢行する興奮にねじ曲がっていた。

 その意図は、キィルキュースが苦悶の声を上げ、のけぞることで示された。もちろん攻撃が届くような距離ではない。大気が薄まり強くなった陽の光が、ペンタチュークに反射、こちらを注視していたキィルキュースの眼にまともに刺さっていた。

 風のせいで聞こえるはずはないけれど、ソヘイラーが『いま!』と叫ぶのが聞こえた気がした。


「オクルリッジ!」 

 ついにキィルキュースの翼の上に出現。落下の勢いを乗せたペンタチュークが、巨竜の翼を貫いた。ピーシャは魔力を全開で身体に充填させ、ソヘイラーを抱えたまま翼を全力疾走。ペンタチュークに引き裂かれた翼から、血しぶきの代わりに光が盛大に飛び散る。

 キィルキュースは激しく翼を羽ばたかせ翼の上の敵を振り落とそうとするが、ピーシャは転移で離れてやり過ごし、また素早く取り付く。一旦近づいてしまえばペースはこっちのものだ。 

 翼に着地し、ソヘイラーごと振り回す。友達の少女は意図を汲んで脱力しつつも、武器だけはしっかり握っている。好き勝手に振り回してあとが怖い気もするけれどいまは考えない。暴れ倒し、翼を徹底的に斬り裂いた。


 片方の翼にズタズタにすると、ピーシャはもう一方へ転移する。すかさずソヘイラーがペンタチュークを突き刺すも、キィルキュースはもう翼を羽ばたかせてこなかった。片方が使い物にならない状態で下手に動くと制御不能になりかねない。

 代わりにキィルキュースは、長い首を曲げ伸ばし、ピーシャたちのいる翼のほうへ向けた。

 大きく開いた巨竜の口の中の、ずらりと並ぶ牙のざらつきまでハッキリ見えた。ピーシャの目の前で光が膨れ上がっていく。

 本当に自分の翼ごと焼き切るつもりか、あるいは追い払うための脅しか――意地と思惑が激突する短いような長いような睨み合いののち、キィルキュースは光を収めた。   


 賭けに勝ち、ほっと息を吐く間もなく、キィルキュースの巨体が急上昇。上からの風に這いつくばらされ、肝が潰れた思いで反対側の翼を見る。ズタズタにしたはずの翼は、すっかり再生していた。

 再生能力! 前回の竜形態の時は逆鱗を一突きで倒した印象ばかりで、意識から抜けていた。前回も、急速に再生する前足には焦らされたし、元々は触手の塊で、強力な再生能力に手こずらされた相手だ。竜になったからと言って、元の能力を失ってはいなかった。睨み合いを演じたのも、再生する時間を稼ぐだめだろう。すっかりはめられた。

 隣では、ソヘイラーが悔しそうに眉をしかめていた。ペンタチュークには再生を阻害する力があるようだけれど、今回は発動させていなかった。一度逃したチャンスはもう戻って来ない。撃墜作戦は失敗だった。


 次の手を考える間も与えないつもりか、キィルキュースが今度は急降下。浮遊感などでは生ぬるい、下から突き上げる烈風に身体がさらわれる。翼に突き刺したペンタチュークにしがみつくソヘイラーが吹き飛びそうになるのをピーシャは慌てて掴んで、逆の手で翼を握りしめた。

 暴力的な風がソヘイラーの長い髪をぐしゃぐしゃにはためかせ、まぶたや唇がぷるぷると震えていた。普段なら絶対にありえない間抜けな顔で、こんな時なのにピーシャは笑いそうになる。ふと気が抜けた瞬間、思いついた。

 ピーシャはソヘイラーを引き戻して、仕草だけでしっかり捕まっておくように伝え、握っていた手を離す。

 片手で翼を握りしめ、もう一方は、地表へ向ける。

「お願い……オクルリッジ!」

 ピーシャは、キィルキュースごと真下へと転移。この魔法は掴んでいるものごと動かせる。そして、その時の運動方向、エネルギーはそのままだ。


 キィルキュースの上げた驚愕の声は、さらなる転移で置き去りにする。

 ピーシャの意図を察したキィルキュースは減速しようと翼を動かすが、さらなる魔法の発動のほうが早く、風を掴めない。

「があ! ――あ! ――あ! ――あ!」

 連発される転移によって絶叫も途切れ途切れだ。

 撃墜は失敗したけれど、下へ動いている最中なら、転移を続けて強制的な墜落の形を作れる。

 それに、巨竜の翼が生み出した降下速度は、自由落下のものとは比べ物にならない。このまま地表まで引きずり下ろして巨大エネルギーを叩きつける!

「おっ――のっーーれぇぇぇぇ!」

 ピーシャは、視界が地表でいっぱいになるほどギリギリまで引きつけ、ソヘイラーを掴むと同時に手の指す向きを変える。転移!


 空から山が落ちたような衝撃だった。十分離れたつもりだったけれど、転移直後を衝撃波に襲われ為す術なく吹っ飛ばされる。

「ソヘイラーちゃん、生きてる~?」

「……口の中が不快だわ」

 起き上がって横を見ると、ソヘイラーの口元から赤いものが滴っていた。

「血出てるよ。口の中切ったんじゃない」

「これが血……血の味というものね。形容しがたいけれど」

「味わわなくていいから! ぺってしといて」

 ソヘイラーが血を吐き出し、ピーシャもあちこちの擦り傷から汚れを払い落とす。なにか痛いと思ったら、胸の谷間に小石が挟まっていた。もにょもにょと指をねじこんで、摘んで捨てる。

 超衝撃で大地は地割れを起こしていた。粉塵が荒れる中を進み、衝撃で生まれた大穴を滑り降りる。穴の底に着いた途端、怖気立った。キィルキュースが奇妙な姿勢で横たわっている。骨肉が潰れてすぐには動けないはずなのに、眼窩で盛る炎は衰えず、闘志どころか執念のようなものまで感じた。


「こっちの勝ち、だよね」

「まだだ……まだ、我は……!」

「簡単にとどめを刺せるのよ。おとなしく投降しなさい」

「闘い足りぬ! 勇者よ、我は闘争を求めている……!」

「あきれた戦闘狂ね」 

「とりあえず今回は負けを認めてよ! ゾハルに連れてってくれる約束でしょ!」

「神の座にてなにを為す心積もりか」

 疑う声でキィルキュースが言う。神の力で、キィルキュースがこれほどの自我を獲得しなかった世界を探すことも可能だ。それは望まないのだろう。

「この事態の原因を探し、除去する。状況によっては世界移動も行うわ」

「世界を渡っても解決などしない。防衛機構の狙いは、ソヘイラー、貴様だからだ」

「防衛機構? それに私がなにを……?」

 キィルキュースが答えようと口を開いた瞬間、ピーシャの頭の中に強烈な魔法のイメージが注ぎ込まれた。

「応えて、オクルリッジ!」

 ソヘイラーの手を取り、大穴から瞬速離脱。

「焦土を顕せ、サラマンダー!」

 穴の縁に着地した直後、極大の火線が放たれた。炎の奔流はキィルキュースの口を正確に射抜き、内臓まで焼き尽くす。出力の上がった炎は、キィルキュースどころか大穴のすべてを飲み込み、地上に地獄の釜を顕現させた。

 ピーシャは後ずさり熱波から遠ざかる。キィルキュースの憤怒と怨嗟の絶叫が鼓膜を打つが、やがて絶叫は絶え、大量の光の粒子が空へと昇っていく。炎が消えたあとには、一面の焦土が広がっているだけだった。

 炎魔法の使い手は腰から剣を引き抜き、こちらへ歩いてくる。熱砂混じりの風が、銀の天秤の刺繍を施されたマントをなびかせていった。

「ミュティアさん……」

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