第22話 戦うしかないようね

 街往く人々も足を止め、空を見て騒然としている。地上から疑念の視線を受けた大穴は、解答を出すかのように、モノを一つ吐き出した。

 人々は叫び、ピーシャとソヘイラーは固い息を飲んだ。ソレに見覚えがあったからだ。

 落着時に家屋を踏み潰し、粉塵を破り現れたのは、夢の世界で戦った警備虫だった。警備虫は逃げ惑う人々を蹴散らしながら口腔に光を集束させていき、やがて光は臨界に到達。放たれたまばゆく輝く白光は、容赦なく無辜の人々を薙ぎ払った。悲鳴、嘆き、断末魔の声が、ピーシャの耳に焼き付く。


「なんで……」

「あれがこちらの世界に出て来れるだけでも驚きなのに、むやみに人を襲うなんて」

 警備虫は無差別に破壊と殺戮を繰り返しているだけで、なんの意味があるのかまったく見当がつかなかった。

「とっ、とにかくやっつけなくちゃ! 行こう!」

 ピーシャが言った直後、また人々が叫びを上げた。仰げば、空から次々と警備虫が投下されている。絶句するピーシャのすぐ前にも、一体の警備虫が地響き立てて着陸。逃げ遅れた人が、長い脚の下で潰れていた。

「こいつ……!」

「戦うしかないようね。万理討裂剣ペンタチューク

 ソヘイラーが呼び出した大剣を、ピーシャは拳をそれぞれ構える。

「私が右、ソヘイラーちゃんが左、脚を崩して頭を潰す、でいいよね」

「ふふふ。こんな時でもあなたはいつも通りね」

「笑ってる場合じゃないよ! 人が死んでる!」

「落ち着きなさいと言っているの」

 ソヘイラーの声は、奇妙なほど感情が欠けていた。

 命の価値を重んじるソヘイラーが、この状況で笑っていられるはずがない。だが、ミュティアとの戦いで怒りに我を忘れた結果、敗北した苦い経験もある。失敗を繰り返さないために、激発寸前の感情を意思の力ででねじ伏せしている少女の手は、小刻みに震えていた。

「ソヘイラーちゃん……」

「光線への対処が問題になるわ。私たちは避ければいいけど、普通の人はそうはいかない。私がペンタチュークで防衛に回るから、その間にあなたが倒して」

「ごめん。頭に血が上ってた」

「いつも通り、と言ったはずだけれど」

「私がいつも考えなしみたいに聞こえるよ!?」

「役割分担よ。さあ、敵は待ってくれないわ」

「否定してよ~!」


 情けない声を残して、ピーシャが突撃する。オクルリッジは使わず、地を蹴って速度を稼ぐ。

 警備虫は大きく、そこから生えている脚は長く、動くだけで巨大なエネルギーを持つ。道路にヒビを入れた脚が持ち上がり、振り下ろされる。ピーシャはそれに真っ向から飛びかかり、速度の乗った拳を打ち込んだ。重々しい音とともに生まれた衝撃波が、粉塵を散らし周囲の窓ガラスをビリビリと鳴らせた。


 体勢の崩れた警備虫の口腔では、光が臨界を迎えていた。ソヘイラーは振り向くと、逃げる人々の位置と動きの流れを見て取り、光の射線上へ飛び込んだ。

「死にたくなければ動かないで!」

 光線が射出。ソヘイラーは、被害が最小になると演算した向きで切っ先を差し入れる。大剣ペンタチュークに激突した光は、二つに分かたれ大地を砕きながら爆進していく。ほとんどの人はすぐそばを光が抜けていく恐怖にじっと耐えたが、パニックを起こした何人かは自ら光に飛び込んでいった。

「命を大事にしなさい……!」

 ソヘイラーの慟哭は、光線が巻き起こす暴風にかき消される。

「るうううあああああ!」

 むやみに命が消えていく。怒りと悔しさを吠え立て、ピーシャが跳躍。警備虫の右後ろ脚へと、両手を握りあわせハンマーを振り回すイメージで思い切り叩きつけた。

 長い脚が爆散し、警備虫は大きく右へと倒れ込む。

「お願い、オクルリッジ!」

 手を、空へ真っ直ぐ伸ばし叫ぶ。

 転瞬、ピーシャは、はるか高空から街を見下ろしていた。あちこちで警備虫が暴れ、火の手が上がっているところもあった。空に開いた大穴は、高空にいるピーシャのさらに上で暗黒をうごめかせている。いまもまた警備虫が投下されていった。

「くっ……! まずは、一匹倒す!」

 ピーシャは蹴りの姿勢を取り、一条の雷撃のイメージで落ちる。大気の絶叫を引き連れた飛び蹴りは警備虫の頭部を砕いて貫通。警備虫は光の粒子となって飛び散った。着地したピーシャの頭上に光が降り注ぎ、ピンク色の髪をまぶしく濡らす。

 ソヘイラーと目が合う。


「次行こ!」

「どれだけ敵がいると思っているの。いまも増えているし、キリがないわよ」

「目の前で人が傷ついてるのに放っておけない!」

「あなたの自滅と欺瞞は本当におもしろいけれど、それは極限状態の決断だからこそ価値がある」

「あのぅ、私のこと実験動物かなにかだと思ってませんか」

「もちろん、大事なお友達よ。だから無駄死には許さない。作戦を――」

 ソヘイラーが言い終える前に、巨大な影が落ちた。街一区画はゆうにある巨大な影だ。見上げた二人の視界を埋めるのは、暗黒の大穴を背負う巨竜だった。上空から地上を睥睨する双眸は、確かにこちらを捉えている。闘気の充満した視線が突き刺さった。

「ピイイイイイイイイイイイイッシャアアアアアアアアア」

「うるさっ、ってこの声……!」

「ソオオオオオオオオオオオオオヘイラアアアアアアアア」

「キィルキュース? 倒したはずよ」

「我は世界の守護者である。ゆえに、不滅である」

「世界のシステムに組み込まれている……世界そのものが滅びない限り復活するのね」

「滑舌よくなってるよね。これも進化なのかな」

「進化なら、空を飛んでいることに注目しなさい。前回は竜の姿をしながら、地上戦しかしてこなかった。今回は違うわよ。あの巨体を滞空させるだけのエネルギーを有している」

「……ヤバイね」

「我は進化を望む。止まらぬ進化を望む。汝、神の座の到達者よ、此度は我の挑戦を受けてもらおう」

「ようは、強くなって仕返しに来たってこと?」

「門番が聞いてあきれるわね。我欲まみれだわ」


 キィルキュースが大顎を開き、口腔内に極大の光が生まれた。ピーシャは即座にソヘイラーの手を掴む。

「オクルリッジ!」

 二人が直前までいた地点に、天空より光の柱が突き立つ。十分離れた位置に出現したが、烈風が吹き付けてきた。

 そして光の柱は、二人を追って動き出した。爆光の中に消える、崩れた建物や放置された屋台、それに多くの人々がハッキリと見えてしまった。遺体も残らないだろう。

「……お願い! オクルリッジ!」

 ピーシャとソヘイラーは、上空へと転移する。地上にいては街に被害が広がるだけだ。街を見下ろせるぐらいの高さにはいるが、キィルキュースに届くまではもう一、二回は上へ転移を繰り返さなければ届かないだろう。

「      」

 ソヘイラーがなにか言っているがやはり風のせいで聞こえない。たぶん、『どうするの?』だろう。光線が空を追いかけて来ているのを確認して、ピーシャは街の外を指差して見せた。ソヘイラーは、それだけですべて了解した顔でうなずく。

 警備虫はともかく、キィルキュースの狙いは自分たちだけなのだから引きつけて街から離れるべきだ。


 ピーシャは手を伸ばし転移。さらに空中を連続で飛び回り、空を焼き焦がす光線をかいくぐっていく。跳躍の果てで、アルムヒンの街の東に広がる平野に降り立つ。

 さすがに光線は射程外らしく消えたが、すぐに空の果てに黒い点がにじんだ。点はすぐにも巨竜の形を取るだろう。

「やってくれたわね、キィルキュース……!」

 空を睨むソヘイラーの瞳には、光に消えた人々の最期が映っているようだった。

「ゾハルに行ってもっかいやり直せない? 人が……死にすぎてる」

「言ったはずよ、あれは一度きりの奇跡。たまたまゾハルの入り口を見つけて、運良く裏口を用意できただけ。もうバックドアは潰されてるわ」

「ゾハルに行けばできるんだよね?」

「主観的にはやり直したように見えるだけで、世界を移動しているに過ぎないわ。消えた命が戻ってくることはないのよ」

「でも、助けられる可能性の世界を見つけないと、そういう世界があるかどうかもわかんないままになっちゃうよ」

「もしも、の議論をしている余裕はないわ。どうやってゾハルに行くつもり?」

「キィルキュースを倒す! そんで、ゾハルに連れてってもらう!」

「あなたらしい、いえ、短絡的な解答どうもありがとう」

「言い直さなくていいシリーズだ!?」

「手っ取り早いのは認めるわ。――キィルキュース!」

 飛翔してきたキィルキュースは、翼を打ち速度を殺した。烈風に黒髪をなびかせるソヘイラーが、陽光に鈍色のウロコをきらめらせる巨竜へ、まなじりを決し叫ぶ。

「あなたの挑戦を受けるわ! ただし、こちらが勝ったら神の座へ案内しなさい」

「どんな理由があろうと、何人たりとも神に近づくことはあってはならぬ」

「だったら、好きにすればいい」

 開いたキィルキュースの口から光線が発射。ピーシャはとっさにソヘイラーの腕を掴んだが、振り払われた。

 愕然とするピーシャの目の前で、光の柱が大地に大穴をうがった。塵になるまで砕けた土石が二人の足元を吹き抜けていく。

「私いま心臓止まってた……」

「平気な顔をしておきなさい」

 キィルキュースは首を巡らせ、街の方角へ向けまた光線を放つ。街までは届かないにしても、意図は明白だった。


「あなたの望みはなに? 私たちを消滅させること? それとも無関係な人を虐殺することかしら」

「強き心を示しし勇者よ。我は昂ぶった。いいだろう。我を再び打倒せし時には、神の座への道を開こう」

 ピーシャとソヘイラーは肩を寄せて、小声で話す。

「自分で言うのアレだけど、いいんだ」

「門番としての属性を逸脱しているわ。自我が暴走している……これが進化なのかしら」

「いまならもうちょっと交渉できそうじゃない?」

「もうひとつ気になっていることがあるの――キィルキュース! 条件を加えるわ、街で暴れている怪物を止めなさい」

「不可能だ」

「何故」

「あれは最上位の権限で動いている。我の制御下ではない」

「神、世界の意思ということ……?」

「ゾハルに行ったらアレも止めれるんじゃないの? 世界をそういう風に変える? 感じで」

「私がやると思って簡単に言ってくれるわ。でも、それしかなさそうね」

「問答は終わりだ。我らが交わすは、言の葉ではなく爪と刃であるべきだ」

「よーっし、さくっと倒して世界平和だよ!」

 ピーシャが腕をぐるぐる回し、ソヘイラーがペンタチュークの握りを確かめる。キィルキュースが天地に咆哮を轟かせて、開戦の合図とした。

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