第20話 魔法ってすごーい☆


 ふと、ピーシャは後ろから近づく足音を捉えた。振り返ると、クラスメイトが二人、小走りで寄ってくる。

「ソニアちゃん、アルト君、おはよっ」

「おはよう。これじゃ昨日と同じね」

「おいおい、もうゴブリンに襲われるのは勘弁だぜ」

「ソニアちゃん、怪我はもう平気?」

「問題ないわ。心配してくれてありがとう」

 ソニアは涼しげに微笑み、ソヘイラーに視線を移した。機を制するようにソヘイラーがお辞儀をする。

「はじめまして。私はソヘイラー。ピーシャの友達よ」

「私はソニア、こっちはアルト。よろしくね」

「ピーシャにこんな小さい友達がいるなんて意外だな」

「えっ! それはそのぅ」

「そこの街で出会ったのよ。なんだか気が合うから、こうして途中まで迎えに来てまた街へ遊びに行くの」

「しっかりした子ね」

「随分懐かれてるじゃねえか」

「えへへ~。それほどでもあるけど?」

 ソヘイラーはにっこりと笑う。こんなに笑顔らしい笑顔もするのかと思ったが違う。なにも知らない二人には、とびきりの笑顔に見えるだろうけど、ピーシャには『あとで殺す』と言われているように思えてならなかった。

「いや、その……ソヘイラーさんには大変よくしてもらっております……はい」

「なんで急に卑屈」

「年上の威厳もなにもあったもんじゃねぇ」

「そ、それよりも! 二人はどこ行くの? また触媒探し?」

「今日は街へ行くわ。アルトの剣が曲がったって言うんですもの」

「ゴブリン相手に大立ち回りしたせいだっつの。修理費が恐ろしいぜ」

「一緒に行こうよ。大勢のほうが楽しいよっ」

 ソニアとアルトは了承したが、ソヘイラーはぎょっとした顔をしている。

「待ってピーシャ。こういう時は気を遣うものよ」

「え? ……あっ、あ~~~~そういうのね。はいはいわかりますよ」

「そういうのじゃありません。ニヤニヤするのやめて」

「お、おう。そうだぞ。……違うぞ」

 アルトはショックを受けているようだったが、ソニアは気にしていなさそうだ。

 ソヘイラーに手を引っ張られ、二人から離される。

「どういうつもり? あの二人に召喚魔法のこと正直に言うわけにはいかないでしょう」

「そこはソヘイラーちゃんが上手くごまかして」

「この世界のこと知らない私に上手くやれるはずないって考え付きなさい。大丈夫? 脳が足りないなら代わりにペンタチューク詰めておく?」

「ひぃ、そんなに怒らなくても。色んな人の意見あるほうが、ソヘイラーちゃん早く馴染めるかな~って」

「やれやれ……あなたの損得考えないところ本当におもしろいわ」

「……?」

「ボロが出ないようにフォローし合いましょう、という意味よ」

「やった!」


 飛び跳ねるピーシャを見て、ソニアは首を傾げている。

「相談はもういいの」

「一緒に行ってもいいって」

「ソヘイラーちゃんの許可がいるの?」

「お前らの関係こそマジなんなんだよ」

「友達だよ……ね?」

「疑問形で言われたことで、友情にヒビが入ったわ」

「そんなことないよー! 一生の友達だよ!」

「私もそうなるよう祈っているわ」

「うぐぐ……」

 クラスメイト二人から憐れみの顔を向けられる。

「ああ。うん。だいたいわかったわ」

「ピーシャお前、魔法の才能ないからって漫才師に方向転換か」 

「失礼にもほどがあるよ~! もぅー!」

 立ち話してもしょうがないので、ピーシャは街へ行くよう促す。山道は広く、四人で並んでも余裕があった。

「アルト君にはいまの発言を取り消してもらいます。相性のいい精霊見つけたんだからね!」

「マジかよ! あっ、昨日の瞬間移動みたいなやつか?」

「見てて……」

 ピーシャは身体に魔力を通し、集中状態を作る。腰だめにした拳を突き出して叫んだ。

「応えて、オクルリッジ!」

 ピーシャが消失。横に並んだ三人からやや離れた前方に現出したピーシャは、くるりと振り返り胸を張った。

「呪文も触媒もなしで……!」

「マジかよ。マジかよ」 

 ソヘイラーは慣れたもので顔色も変わらないが、魔法使い二人は呆然としている。

「こんなことってあるのね。相性の偏向、極まっているわ」

「それで、一体なんの精霊なんだ」

「それがわかんないだよねぇ。あはは」

「それでこそピーシャだわ」

「お前はそういう奴だよ。安心した」

「だから失礼だってば! 一緒に考えてくれてもいいじゃない!」

 ソニアとアルトは、顔を見合わせる。

「ごめんなさい。心当たりがないわ」

「瞬間移動の精霊じゃねーのか」

「それならさすがに思いついてるよぉ」

「ソヘイラーちゃんは、魔法に興味ある?」

 ソニアが子どもを気遣う口調で尋ねる。

「精霊に興味があるの。触媒を消費するにしても、あるいは呼びかけるだけであれだけ強力な効果を起こすなんて、コストリターンが合わないもの。どんな存在でなにを考えているのか、そもそも意思があり生命と呼んでいいのか。興味深いわ」

「しっかりした考察を持っているのね……?」

「ていうか出来すぎじゃねえか……?」


「ちょちょちょ、ソヘイラーちゃん」

 今度はピーシャがソヘイラーを引っ張る。

「怪しまれてるよ! もっと子どもっぽくしゃべって!」

「あなたの考える、子どもらしさの定義から始めなさい」

「ま、魔法ってすごーい☆ みたいな?」

「いつものあなたじゃない」

「いくらなんでもそれはないよ! ほら、いいからソヘイラーちゃんもやって!」

 ピーシャはソヘイラーの肩を掴み、疑わしい顔をしているクラスメイトのほうへ無理やり向ける。

 ソヘイラーは小さくため息をついたあと、純粋無垢を体現したかのような極上の笑みを錬成した。

「魔法ってすごーい☆」

「可愛いわね」

「やっぱり俺たち、コメディショーの練習に付き合わされてるんじゃねえのか」

「だとしても、ソヘイラーさんの演技力は認めるべきよ」

「コソコソ話してたつもりだろうが全部聞こえてたんだぞ。ただのアホだろ」

「そう……」

 うつむいたソヘイラーの表情は揺れる前髪に隠され、細い肩は悲しげにすぼまっている。

「アルト、子どもを泣かすなんて最低よ」

「な、泣かしてねえし! な? な? ソヘイラーちゃん泣いてないよな?」

 ソヘイラーは首をふるふるするだけだ。

「そうだ、街へ行ったら甘いものを買ってやるよ!」

 ふるふる。

「頼むよ~。なんでもするから機嫌直してくれよー」

「なんでも?」

「えっ」

「じゃあ今日の支払い全部」

「待て待て待て! んなもん無理に決まってるだろ! 破産するわ!」

「なんでもって……」

「ぐああああ!」

「じゃあお昼ごはん」

「そ、それぐらいなら」

 ソヘイラーは小さくうなずき、ピーシャの元へ戻る。払われた前髪の下は、完全な真顔だ。

「子どもらしくしたわよ」

「子どもはあんなえげつない交渉しないよぉ……」

 財布を覗いてブツクサ言っているアルトを放置して、ソニアも寄ってくる。


「ソヘイラーちゃん、世の中には二種類の人間しかいないわ」

「子どもと大人かしら」

「利用する人間とされる人間よ」

「なるほど。あなたとはいいお友達になれそうだわ。よろしく、ソニア」

「こちらこそよろしく」

 熱い握手を交わす二人の横で、ピーシャはの顔はひきつっている。

「あんまりアルト君いじめないであげてね……?」

「人聞きの悪い。あのお兄さんが自発的に言い出したことよ」

「アレの扱いはこれくらいぞんざいでいいのよ」

 ソニアは得意そうに笑っていた。『そういうの』かどうかはともかく、仲の良いソニアの言うことなら間違いないだろう。


 街に着いた四人は、風リンゴをかじりながらぶらぶらと歩き回った。

 辻楽師の演奏を聞き、賭け遊戯に興味を持ったソヘイラーにルールを説明すると、『チェスみたいなものね』と言ったその口でアルトからお金を巻き上げて、勝負を始めてしまった。

 ソヘイラーは華麗な試合運びで勝利を収め、増えたお金で少し贅沢な昼食を取る。興味深そうに味わう生まれたばかりの少女から、あとで質問攻めに合うだろう。ピーシャは食材や調理法をできるだけ記憶しておいた。

 食事のあとは、アルトに付き合って鍛冶屋に行く。ずらりと並ぶ剣たちを見て修理から買い替えに心変わりしたアルトに、ソニアは呆れ笑いしていた。試し斬りとして店の裏で、ソヘイラーとアルトが手合わせした。何度叩きのめされても負けを認めない少年を引きずって、今度は女子たちの提案で服屋をハシゴし歩き疲れたころ、ピーシャが小さく声を上げた。


「あの人、アルケイン先生じゃない?」

 ピーシャとソヘイラーは、目で合図を送り合う。実は――とピーシャが切り出す。召喚魔法については言わず、ソヘイラーのことはたまたまレポートを手伝ってくれる子でごまかした。

「それなら早く言ってくれれば、先生探し手伝ったのに」

 真面目に答えるソニアに、ピーシャはやんわり首を振る。

「ううん。遊ぶのも目的だったから。先生探しはついでだよ」

「アルケイン先生は好きだけど、休みの日に用もなく会うほどじゃねーなぁ」

「解散にしましょうか」

「今日はありがとっ、またね~」

「また、遊んでくれると嬉しいわ」

 ソヘイラーが微笑むと、ソニアはにこやかに、アルトは若干引きつった顔で手を振った。

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